69 士官学校と世界樹
決闘終了後、俺達は学校敷地内にある塔の最上階、校長室に来ていた。
この塔は、士官学校の教導官や生徒会のための機能が詰まっている施設らしい。
肝心の決闘を行った季遠とエイヴィンはと言うと、怪我をしているため医務室に運ばれた。
「さて、『改めまして、ようこそセーデル王立士官学校へ!』と言ったところかな? 私はフルダ・ウルリヒ。この士官学校の校長さ」
校長室の革製の椅子についているのが、校長のフルダ・ウルリヒ。
さきほどの決闘で司会を務めた40代女性である。
そして名前からも分かる通り、フルダはエイヴィンの実の母親である。
「さっきは私のバカ息子がお世話になったみたいね。私としてはミュルダール少尉より話を聞いた時、最初は断ろうと思っていたけど」
「ではなぜ許可を?」
するとフルダは、椅子を後ろに回し俺達に背中を向けてこう言った。
「――神託さ」
「何?」
「王女殿下とフォーゲルクロウ卿から例の神託の話は事前に聞いていた。あそこにある世界樹の異常で、数々の世界が融合したらしいね」
そう語るフルダの人差し指は、後ろの窓のほうに指し向けられていた。
「あそこ? ……え!?」
俺達もフルダの後ろの大きな窓に近付いて外を見てみる。
――すると遥か遠方、天を貫かんばかりの極太の幹を有する大木が微かに見えた。
方角は、士官学校を起点にして東南東。
「武親……仰天ものだな、これは。かの女神たちの話に出てきた世界樹が、ここから見えるものとは」
「あ、ああ……。クヌーテボリにいたときは全く見えなかったけどな」
「確かに、クヌーテボリからは地形的に東の山脈で遮られているッスからね。視認できなったのは仕方ないッス」
しかしながら、士官学校からじゃ世界樹のどこに異常があるのかは、ハッキリわからなかった。
何しろ世界樹は、蜃気楼のように青空の上に浮かんでいるように見えるからだ。
「それに、世界樹が根を張っているのは隣国のオーケアノス帝国ッス。だから、自分たちは今回近づくことができないッス」
「オーケアノス帝国?」
「この大陸――アイオニオン大陸東部と、さらに東のオミクレー海上にある島々を領有している国ッス」
「しかも鎖国政策とブロック経済を敷いているおかげで、私たちも容易には入国できないって状態さ」
鎖国ねえ。
江戸時代の日本も鎖国だったとは言われてるが、実際は中国や朝鮮、アイヌにオランダとは貿易していたから厳密な鎖国ではない。
だが2人からさらに詳しい話を聞くと、オーケアノス帝国という国は厳格な鎖国を行っているようだ。さながら21世紀の北朝鮮のように。
「原因はともかく、この士官学校に異界からはるばる剣士がお出ましになった。だから私としても、息子を使って腕を試させたくなったのさ」
「ほう……」
剣士、ねえ。
さっきエイヴィンの応援に駆け付けていた士官候補生たちは、自分たちと互角に渡り合える人物はそうはいないとか言ってた。
けど、俺達にしてみれば戦乱の世を生き抜くうえで武芸は欠かせなかったから、なんか季遠が過大評価されているようにも感じた。
それにこの時代の有名な剣豪なら、塚原卜伝や上泉信綱、伊藤一刀斎に柳生宗厳など枚挙に暇がない。
『ミズガルズ』の人たちが彼らに出会ったら、どれほど大きな驚嘆で迎えられるのだろうか?
……これは、世界征服に対するモチベーションがまた1つ増えたぞ。楽しみだ。
「さて、君たちは魔法を使った戦術を学ぶことも大きな目的の1つだろう? 合間に周辺地域の視察も入れつつ、ここで鍛錬するといいさ。卒業生のミュルダール少尉も教官としての任を請け負っていることだしさ」
「ふむ……とくと学ばせてもらおう」
俺達はラウラにつれられるままに、校長室を出て教室に連れて行かれることになった。
◆◆◆◆◆
「とは言っても、使節団の皆さんは集団戦法用の魔法を良くは知らないッスよね。だから先の戦争で実際に王国軍が使用した魔法など、自分が詳しく解説するッス」
教室につくと、ラウラがようやく教官らしい顔つきで誇らしげに解説し始める。
その手には、細かい字で埋まった紙が何枚もあった。特別講師による臨時講習の準備は万端のようだ。
「と、その前に……蝦夷地駐在の王国軍の報告によれば、蝦夷地の皆さんは一部を除いて魔法に関する適性が低いという話らしいッスね」
「なんと……?」
「悔しいけど、当たっているね」
蝦夷地というか、日本中同じ傾向なんだけどな。
「だから具体的な戦術を覚える前に頭に入れてほしいのは、魔法を発動するタイミングをきっちり見定めることッス」
「なるほど、むやみやたらに乱発出来ない分、使い所を誤らないことが大切だな」
「その通りッス」
そう考えると、俺や慶広、リシヌンテは日本じゃ破格の存在ということか。
俺達のMPと魔攻、魔防の値は高い。多少の見誤りはいつだって修正できる水準にあるってことだ。
「戦争で猊下やブレンダ・ラーゲルクヴィスト少佐などが使ったのは、主に局地での戦闘に適した魔法ッスね。
灼熱嵐は森の中で行使すれば、森林火災を引き起こす火計として使えるッス。空間障壁は完成してしまえば、敵の進行を一定時間遮ることができるッスからね」
「ラーゲルクヴィスト少佐……かの化け猫のことでありますか?」
「ば、化け猫?」
「余達の国では、人間以外の種族という概念が無くてな。獣人やエルフなどは面妖な生き物に見えるのだ」
「そ、そうなんッスか……。メモメモ……っと」
ラウラ、それいちいちメモするほどの内容か?
……でも、無理解による種族間・民族間差別は後々問題になるからな。軽視するのは早計か。
「えっと、話を戻して……他に少佐が使っていた鋼の爪や疾走する刃は一騎打ち用ッスね。獣人は自分の爪で攻撃を加えるッスが、他の種族が行使する場合は刀剣で代用するッス」
つまり獣人以外の種族は、刀剣を失えば発動できなくなる魔法もあるってわけか。やはり、多少なりとも発動特性はあるものだな。
「ラーゲルクヴィスト少佐の魔法は、威力は大きく劣るッスが、蝦夷地の人だったら数人いれば発動できるものが多いッス。一方、猊下や殿下の魔法は残念ながら、今の段階では非常に行使しづらいものが大半ッスね」
「何故にござるか?」
「猊下の神への償いは地面を長距離にわたって割るほど強力な魔法ッスが、その分、一定水準以上の魔道士が沢山いないと発動できないッス」
それにその魔法、明らかにパトロヌス教への信仰心の強さも関係してくるよな。
発動キーとなる呪文も揃えて口に出す必要があるし、ラウラの言う通り、魔法に関する素質の低い蝦夷地の人間には扱えなさそうだ。
「じゃあ、ヴィクトリア王女の鋭利な雷光や漆黒の殱撃なんてのは……」
「――あれは最高位の魔導師とかじゃないと習得は無理ッス……。威力を抑えてなかったら、立派な戦略魔法ッスから」
戦略魔法――要は戦略兵器の魔法バージョンか。
と言うことは、ヴィクトリアやイングリッドは戦争では『生ける核ミサイル』と考えたほうが良さそうだな。別に彼女たちが戦った後に放射能を出すわけじゃないけど。
それにしても最高位の魔導師ね。
戦略魔法を扱える存在ってなら、無駄な争いを避けて降伏を促すことも出来そうだ。ちょっと目指してみようかな……。
ラウラによる教室での特別講習は、その後3時間ぐらい続いた。




