62 霊泉
俺達はラウラに連れられるまま、宮殿の大浴場に向かっていた。
「ここが、男子用の脱衣所ッス」
「ほう、これは広い!」
ここの男子用の脱衣所は主に宮殿内にいる親衛隊所属の人々が大勢利用するとのことで、かなり広大だ。衣服を入れる籠の数も多い。
もっとも俺達5人が使う分には、広すぎて落ち着かないが。
「そして奥の大浴場には、大量の魔力が含まれている霊泉が引き込まれているッス。だからリラクゼーションには最適ッス!」
「よくわかりませぬが、効能は高そうでありますな」
「自分たち親衛隊や王国軍の皆さんは、日頃の訓練で大量に魔力を消費するッス。ここは主にそういう人たちの回復のために浸かる大浴場ッス!」
そして二次元の世界的には、霊泉で魔力を摂取することによって、体の成長が相当早まるなんて展開もあったりするものだがな。
それで壁の向こう側にいる女子たちの発育状況も確……ゲフンゲフン。
とりあえず、ラウラの話を聞く限り1日の魔力の回復量には限界があるらしく、寝て起きれば満タンと言うわけにもいかなそうだ。
「……ところでラウラちゃん。いつまでここにいるんだ?」
「へ?」
「いや、だから……このままここにいると色々と問題が……」
「……あ、ああ! 失礼したッス!」
俺の指摘に、ラウラは急に赤面して脱衣所から逃げるように退出した。
男子用の脱衣所に女の子1人。それは、肉食獣の群れの中に小鹿が1匹いるようなものである。
別の意味で、ラウラを食べるヤツがいるかもしれないしな。
「余は軽々しく女子を食らうほど軽率ではないぞ」
「あれ? 聞こえてた?」
「だだ漏れにて候」
「まあ、冗談だって冗談。俺も本気でそう思っていたわけじゃ……」
いや、1人危なっかしい奴がいたな。
「うぃ~っ、温泉と言えばやはり酒は付き物にごじゃる~」
そう、季貞。さっきのパーティーで、ウイスキーを1人で10瓶も平らげた酔いどれ侍。
素面の時は性に関する話題にはそれほど食いついてこないが、酒の勢いで女湯にダイビングしていかないとも限らない。
つかコイツ、ようやくアルコールが体に巡ってきたのかよ。これは要注意だな。
「備中守殿。それ以上の酒は控えた方が宜しいであります」
「何を申しゅでごじゃるか~。南条越中守の嫡男ともあろ~男が、甲斐性が無いでごじゃる~……ひっく」
ついにしゃっくりまで出てきたよ、この武士。しかも絡み酒とか……宗継、哀れ。
どうやら父親の守継に似て苦労人のようだ。守継も鷹姫には散々手を焼いているからな。
◆◆◆◆◆
「……な!?」
いよいよ王国の霊泉に浸かろうと脱衣所を抜けると、そこには予想していなかった先客が複数名入浴していた。
「あら、奇遇ですのね」
「え……ええ!? なんで!?」
「堂々と入ってくるとは、死ぬ覚悟は出来ているようだ」
「いやいやいやいや、ちょっと待て!」
ヴィクトリアとイングリッド、ブレンダ、レスノテク、リシヌンテの女子5名が何故か男湯の中にいたのだ。
「うぃ~っ、これじょまさしく桃源郷にごじゃる~……」
「な、何を呑気な事を言うでありますか、備中守殿!」
「何故、男湯に……」
「お、男湯っ!? あんたたちこそ変なこと言わないでよ! ここは女湯よ!」
「それ以上白々しい嘘を吐けば、私の灼熱嵐が黙っていない」
まさか、湯ノ岱温泉の時以上に美味し……けしからんイベントになろうとは。
にしても、話がどうも噛み合わないな。
俺達が男湯として案内されたと主張する一方で、レスノテクやブレンダは女湯と言い張る。
もしかしてここは、アニメとかでよくある時間ごとに男湯と女湯が入れ替わる大浴場で、たまたまその入れ替わりの時間にぶつかったとか……。
「待つのじゃ、皆の者」
ここで、イングリッドが止めに入った。
「これは妾の計らいじゃ。こうして男女別に滞在させている以上、妾などは男子と話す機会が減るからのう。どうせなら、湯浴みで裸の付き合いに興じるも悪くはのう思うて」
「だからといって、間違いが起こる心配はありませんわ。そこの貴方、少しこちらにおいでなさいな」
「承知にて候」
ヴィクトリアに誘われるままに、季遠が羨ましくも女子のほうへと歩いていく。
「ぬ……? 何事にて候」
すると、浴場のちょうど中心線付近にて季遠が全く前に進めなくなってしまったのだ。
「この通り、仕切りの代わりに魔法で結界を張っておきましたの。これで殿方はわたくたちに指一本触れることは出来ませんわ」
やっぱ簡単には触らしてくれないか。
しかし、目の保養は許されているみたいだな。これを堪能しない手は無い。
据え膳食わぬは男の恥! 楽しませてもらうぜ……へへへ。
「ふう……しかし、異世界『ミズガルズ』にもこのような温泉があったとは驚きだ。それも、霊泉とは恐れ入る」
「霊泉は王国各地から湧き出ておるのじゃ。されど、なぜ魔力が湯の中に含まれるか詳しい理由については解明されておらぬ」
「伝承では、神々の世界『アースガルズ』とこちらの世界『ミズガルズ』の間にある“ウルズの泉”の魔力が、地中に滲み出して霊泉となって湧き出るようになった、とされておりますわ」
「妾はこの伝承を真実と思うておる。先の宴の話ではないが、『数多くの世界が融合した』ことが真であれば、近年霊泉の魔力量が加速度的に増大している事実に説明がつく」
本来の北欧神話通りだったら、ウルズの泉は世界樹の根の直下にあるとされる。
何でも、北欧神話における運命の女神、ノルンたちが世界樹が枯れないように管理しているとかって話だったな。
もっとも、この融合した世界には北欧神話にとどまらずローマ神話やギリシャ神話、日本神話に中国神話の神々もいるから、本当の所はわからないんだけど。
そして霊泉の魔力が増大しているのは、きっと数々の世界が融合したことで『ミズガルズ』と『アースガルズ』の距離が縮まり、直にウルズの泉の魔力を授受することが出来るようになったからだ。
俺はそう思う、ただの推測だけど。解説は以上。
「ご、ごめん……ちょっと早いけど上がらせてもらうわね」
すると、レスノテクが少し具合が悪そうな仕草で大浴場から出ようとしていた。
「レスノテク殿、どうされたのじゃ?」
「なんか、ちょっとのぼせちゃったみたいで……」
確かに、彼女の足取りも少しおぼつかない状態だ。
結局彼女は、イングリッドが呼んだお手伝いさんによって女子用の脱衣所へと運ばれていった。
「少々、温度が高かったのかしら」
「どうだろうな? さっき大声を発しまくっていたから、血が余計に頭に流れていったからじゃね?」
「もしくは、あの少女の容量を遥かに超えた魔力が彼女の体に蓄積された。私にはそう思われます」
一方、ようやく怒りが静まったブレンダはそう冷静に推測した。
容量――俺と慶広的にはMPのことか。ということは、元のMP値の高い俺と慶広はともかく、季貞達3人はそう長くは浸かっていられないらしい。
特に季貞はいつものことながら泥酔状態だ。せっかくの温泉なのに、この場で吐いてもらっては困る。
どこかで、宗継と季遠の手で強制的にでも季貞を引きずり出させる他ない。
「も、唐土の故事にもごじゃった酒池肉林が……某の前に……!」
そんな俺の心配をよそに季貞の暴走は止まらない。
脳天気すぎる彼の様子に、俺を含め他の8人は呆れるばかりであった。




