60 パトロヌス教とアイヌの神々の託宣
場内が騒がしくなる中、俺達は口を利くに利けない状況が続いていた。
アストリッドに至っては己の不甲斐なさを感じ、そそくさとクヌーテボリ宮殿近くの大聖堂に帰ってしまった。
いいのか? 国王主催のパーティーから勝手に帰ってしまって。しかし、ヨアキム国王やマルティナ王妃などが止めることは無かった。
そしてようやく周囲の騒ぎが収まり始めた頃、ヴィクトリアがボソッと気になる発言をした。
「やはり、あの“お告げ”は事実でしたのね……」
「“お告げ”?」
俺たちの近くの人たちは一斉に、彼女のほうを向いた。
「ええ。以前、アストリッドとともにクヌーテボリ大聖堂に入った時、彼女を介して突然神託が下されましたの」
「それは、どのようなものであったのか?」
神託が下された? 俺の身に起こったことで例えるなら、あの「不思議な夢」みたいなものか。
確かミュルクヴィズラント王国の宗教は、パトロヌス教だったな。
キリスト教っぽいけど、多神教だとも言われた。そして祀られる神々には、俺にとってお馴染みのミネルヴァやフレイアも含まれている。
そこから導き出される神託の内容は――
「――『世界樹の異常で、数多くの世界が融合した』、そう仰せになったそうですわ」
「……ヴィクトリアよ、それは真か!?」
ヴィクトリアが述べた内容に、ヨアキム国王やマルティナ王妃、それにブレンダたちも驚く。
察するに、大多数の王国の人たちは神託のことを感知していなかったようだ。
「もし神託が真実であれば、蝦夷地のように魔法を知らない者がいらっしゃっても、特段奇異な事ではありませんわ」
「なぜ、私たちに教えなかったのです?」
「わたくし自身、蝦夷地に赴くまで確信が持てませんでしたので」
だから、敢えて報告しなかったということか。
でも気持ちはわかるな。俺もミネルヴァとフレイアからそれを初めて聞いた時は、上手く内容を咀嚼できなかったし。
フルホルメン大佐が松前に登場するまで、実感すら湧かなかったものだ。
「慶広。まさか王女様から爆弾発言が飛び出すとは思わなかったな」
「同感だ。見ろ、季貞達も恐怖に慄いているぞ」
慶広が親指を突き出した先には、大量の酒が回っているにもかかわらず、情けなく顔が青ざめている3人の武士の姿があった。
「や、やはり、よよよよ、黄泉の国が地上に現れたと申すのか……」
「せ、拙者の前の化け猫が、そ、そそそれを暗示していたでありますか?」
「か、怪奇にて候……」
「……それ以上化け猫と言ったら、私の神速の爪でその顔を刻む」
黄泉の国ねえ。完全に無いとは言えないな。
融合した世界が全て北欧神話関係のものという保証はないが、北欧神話に従えば死者の国として「ヘルヘイム」や「二ヴルヘイム」が融合している可能性もある。
日本神話の黄泉の国とは違うが、似たようなものとして扱えるだろう。
そんな季貞達とは対照的に、レスノテクは納得の顔であった。
「アタシとしては、神の世界が近づいた気がして良いんだけどね」
またまた北欧神話の例えで悪いけど、アースガルズやヴァナヘイムは神々の世界とされている。
アイヌ神話でいうカムイモシリも、もしかしたら存在するのかもしれない。
「……」
だがそんなレスノテクとは違い、リシヌンテは珍しく真面目な顔つきだった。
「リシヌンテ? さっきまでの元気はどうしたんだ、もうお腹いっぱいなのか?」
さっきまで、いつも通り無邪気にはしゃいでいたリシヌンテ。
しかし神託の話が始まってから、普段は見せない真剣な眼をしていたのだ。
「――武親、実はボクも神から神託を預かっているんだ」
「え、リシヌンテもか?」
「うんっ」
忘れていたぜ。リシヌンテはアイヌの巫女だったんだ。
魔法を行使できたのも、それに関係しているのかもしれない。
すると彼女はさらに興味深く、そしてさらに世界の根幹に関わる証言をした。
「『アイヌモシリはサモロモシリ(本州)等と共に、滅亡の危機に晒されている。これを避けたくば、機が熟すのを待ってウタリをまとめ、和人をはじめ多くの民族と結託せよ』ってね」
「……それって何時の話だ?」
「うんと、ボクが不思議なチカラを上手く使えるようになる前だから……3年前くらいかな~。ボクが11歳の時の話だね~」
俺は焦った。滅亡の危機、だと? それは初耳だぞ。
ミネルヴァとフレイアも一切口にしなかったことだ。
どうしてそんな重大な話をしなかったんだ、あの2人は?
リシヌンテのこの不吉な話に、多くの人が飛びついた。
「今の話、このミュルクヴィズラント王国に限らず、蝦夷地の存亡にも関わることじゃぞ」
「滅亡の危機とは、具体的に如何なるものか朕にも教示願いたい!」
当然、このような質問も飛び交ってくる。
「ご、ごめん……それはボクもわからないんだ」
だがリシヌンテ自身は、滅亡の過程と時期について詳しく聞かされなかったようだ。
もしかしたら、彼女の元を訪れた神々は余計な不安を与えたくなかったのかもしれない。
そんな中、リシヌンテと言葉を交えていた俺はある仮説を思いついた。
「この流れ、もしかしてリシヌンテも俺や慶広と同じ転生者なのではないか?」と。
そうであれば、俺達の理解者がまた1人増えることになるからだ。
根拠は、日本列島にありながら神々の言葉を直に聴いていたという点だ。
「――なあリシヌンテってもしかして、転生者なのか?」
他の人に聞こえないよう、小声で単刀直入に伝えた。だが俺の予想は外れた。
「ううん。武親や慶広と違って、ボクには将来のことはわからないよ~」
あ、しまった。
彼女やレスノテクには、蝦夷地で俺が転生者であるという事実を伝えたことがあった。
もし転生者ならば、その段階で告白していたに違いない。
考察するに、神々の声を聞いた人全員が転生者というわけでもないようだ。
俺としたことが、これには気づかなかったぜ。
こうして楽しいはずの宴は、俺達蝦夷地の使者やヴィクトリアの発言によって、双方にとっての将来の懸念材料を論ずる会議と化した。
それから10分と経たない間に、この神妙な歓迎の宴も終焉の時を迎えた。




