52 激動の予感
第4章、スタート。
1561年(永禄4年)9月。和睦から数日後の徳山館。
ある一室にて、俺と慶広は2人で団子を食べながら、これからの戦略について話し合っていた。
「負けちまったな……」
「ああ、そうだな」
先日、異世界『ミズガルズ』より進出してきたミュルクヴィズラント王国軍に敗北した蠣崎家。
世界征服を最終目標にする俺たちにとって、それは大きな挫折となった。
ここ数日、俺達は王国の人間とともに、蠣崎家が統治する蝦夷地の調査に駆り出されていた。
具体的には、蠣崎家の政治情勢や経済などの情報を王国側に開示するという方法で。こうして蠣崎家の属領化は、着実に進んでいるように映った。
もっとも、王国側の大多数はかなり礼儀正しく、思いやりと誠意を持って俺たちと接しているようにも見えたが。
捕虜はちゃんと全員返ってきたし、町もほとんど荒らされていなかった。
この辺も蠣崎家の人間は負けている気がする。
「ま、もともと無理な夢物語だったってことだ。こんな弱小勢力が世界を治めるなんて」
改めて俺は、例の2人の女神による人選ミスを認識していた。
一体何をどうすれば、こんな僻地大名に世界征服などという、身の程知らずの偉業を達成できると思ったんだ?
しかし慶広は、俺と反対の見解を示した。
「……余はまだ、望みがあると信じている」
「――え?」
何を言ってるんだ慶広は? 世界征服達成を目指す以上、俺たちは勝ち続けなければならなかった。
だがこの戦いで完敗を喫した。それでもまだ望みはあるだと?
「武親。今ここでもう1度、余たちに課された使命を確認しよう」
「お、おう……」
俺は慶広に言われた通り、ミネルヴァやフレイアから任された使命を再確認する。
――「世界樹の異常によって融合した全世界を、征服してもらいたいのです」
「言うまでもなく、世界征服だ」
征服……だが、今の俺たちには事実上不可能となった状態だ。
結局、確認して一体どうこうなるわけでもない。慶広は何が言いたいんだ?
「それでは何故、世界を征服せよとの命令が下ったんだ?」
命令? フレイアからは命令というより依頼という形で申し込まれたんだが。
どうやら慶広のとこに現れた女神たちは、結構上からものを言うタイプだったらしい。
いやいや、それよりも『何故、世界を征服する必要があるのか』?
――「世界樹を正常な状態に戻すには、何より世界の「秩序」が一定以上に保っていることが不可欠です」
「……秩序を一定以上の水準に戻すため」
そう、これが俺たちが世界征服する理由である。
というより、誰も成し得ないような無謀な挑戦を行う理由が、これ以外にあるとも思えん。
個人の贅沢のためなら、わざわざ世界征服どころか天下統一する必要すらない。この松前で盛んにおこなわれている貿易を、さらに活発にすればよいだけの話だ。
それに周辺には、まだこっちの世界では発掘されていない金山もあったはず。
そう、世界征服を志しているのは自分のためではない。世界のためだ。
「秩序を一定以上の水準にする。まさにその通りだ。だが武親、もう1つそれに関して何か言われたことは無いか?」
じれったい語り口だな、慶広。言いたいことがあるなら、もっとハッキリ言ってほしい。
しかし、秩序を一定以上に保つことに関して言われたことか……。
――「なんならアンタにもっと世界のためになる「秩序」に関する考えがあるんだったら、世界征服によってそれを広げてほしいの」
「より世界のためになる“秩序”があったら、それを広めろ……。それのことか?」
「――ああ。それだ」
より世界のためになる“秩序”……?
慶広にはそれが正解だ、と言わんばかりの太鼓判を押されはしたが、それが何だっていうんだ?
「戦に負けて和睦を結んだあと、余はある構想を考えついた」
「構想? どんな?」
構想だと? 俺にとっては全く想像の及ばない何かを、この慶広という男は思いついたとでも言うつもりなのか?
すると慶広は間に一拍置き、自分の考えをこう述べた。
「――日ノ本とミュルクヴィズラント王国。この両国が“連合”し、協力して世界征服を目指す」
「……何?」
日ノ本、要は日本と、異世界の国・ミュルクヴィズラント王国が“連合”して世界征服するだと?
連合政権の樹立。それはすなわち、俺が今日まで目指していた『1つの政府による世界統治』とは別の目標設定だと言える。
「武親も知っている通り、王国の魔法技術は今までの余たちの手元には無かったシロモノだ」
「あ、ああ……」
「これから全世界に進出していく以上、当然魔法に関する知識は身に着けておかなければならない」
「そうだな」
「しかし、近隣の魔法技術を持つ世界『ミズガルズ』に対する軍事進出の難しさを、この戦いで思い知った」
「……そうか。だから王国と連合する必要があるわけなんだな?」
「ようやく気付いたか武親。何も余たちは無理を強いて、世界を治める政府を1つにする必要はない。多くの地域に政府を創り、互いに連携して連合を組み、新たな秩序を創りだす。魔法も取り入れる」
慶広が示した構想は、言うなれば前世の世界でいう所の“アメリカ合衆国”だろう。
世界を一旦征服しきった後、いくつかの地域に分けて政府を樹立。
そのあとは、世界全体で議論しなければならないことは共通の世界政府で、地域単位で議論すべきことはそれぞれの地域の政府で話し合っていくという形だ。
“国際連合”よりは一体感のある政治形態。これが新たな秩序の柱となる。
ついでにその流れの中で、魔法技術を異世界から取り入れる算段だろう。
「武親。これから日ノ本は、さらなる激動の時代を突き進むことになるだろう」
「ああ。きっとそうなるだろうな」
だが連合国家には1つ、弱点が存在する。それは“足並みが揃いにくい”という点だ。
所変われば常識も変わる。自分と同じ価値観が、相手にも備わっているとは限らない。
時には意見の対立から、自分の意見を曲げなければならない場面も出てくるだろう。俺達が思うような“秩序”が形成されない可能性が高くなる。
それに魔法技術の獲得は、“鉄砲伝来”や“明治維新”に匹敵する日本にとって衝撃的な出来事となるに違いない。
なにせそれは、場合によってはそれまでの常識を一変させるものに成り得るからだ。
“鉄砲伝来”が日本の戦や城の形を変え、“明治維新”が日本の政治や人々の意識を一新したように。
とても混乱なく、スッキリすんなり事が運ぶとも思えない。恐らく、数多くの紆余曲折が俺たちを待ち受けることになる。
「しかし余は信じている。これが日ノ本を、いや世界中すべてをより素晴らしい方向へ導くターニングポイントとなることを」
「主が決めたことなら、俺はただ頑張るしかありませんな」
だが、それでいいのかもしれない。違ってて当たり前。違っているから、それが良い。
実情に合わない無理な秩序が実際の社会で長続きするはずもない。
互いに認め合い、寛容に接する心。これが俺たちがこれから向かう新たなゴールだ。
「ああ。立ち向かおうではないか、時代の荒波へ!」
「喜んで!」
こうして俺たちは、徳山館の一室にて拳を合わせ、新たな目標に突き進むこととなったのであった。




