51 和睦
「わらわはミュルクヴィズラント王国側の代表、王国軍第1師団長のイングリッド・ティルダ・ミュルクヴィズラントじゃ」
「ワシが蠣崎方の代表、徳山館主の蠣崎若狭守季広にござる」
それまでの騒がしい雰囲気から一転、厳かな雰囲気に包まれる徳山館。
王国側の人物に向けて、敗者である俺たちは、一斉に頭を下げて土下座する。
戦に負けてしまったのだから、屈辱的な姿勢もやむを得ない。
しかしこの時、王国側の司令官は思いもよらない言動をこの場で行った。
「――すまなかった」
「……え?」
なんと、勝者であるはずの王国側が、何故か俺達に謝罪の言葉を述べたのである。
「今、何と申した?」
「――すまなかった、と言っておる」
これこそ予想外中の予想外。
「侵略することは罪である」などという近代的発想のない時代。
互いの国が、戦争を仕掛けたり仕掛けられたりが多いこの時代にあって、彼女たちの発言は異例なものであった。
「本来、わらわたちはこの地に兵を率いるつもりはなかった。じゃがしかし、あのエルフの男・フルホルメンが強く侵略することを主張しておってな」
「何……!?」
「我が国の国王・ヨアキム1世も周囲の反対を押し切って、かような大軍を遣わしたのじゃ」
フルホルメン大佐の主導で、今回の戦は決まったってわけか。それも国王からの信任もあって。
まあ、あそこまで大見得切ってあんな要求叩きつけたんだから、止めようもなかったんだろうが。
しかしそれだったらなぜ、総司令官の席に大佐はいないんだ?
「じゃが先日、フルホルメンは自分の任務に関して、ある重大な罪で訴えられた。奴は今、軍事裁判にかけられているところじゃ」
「重大な罪……?」
静まり返った空気からさらに一転、再びざわめきだす徳山館。
当然だろう、和睦を前にして勝者が自分たちの汚点を、わざわざ敗者にさらけ出しているのだから。
「しかし此度の戦はわらわたちの全面的な勝利。そこは違いあるまい」
「は、はあ、そうなんじゃが……」
「そこで今回は先の事情により、当初の要求内容から大幅に譲歩した条件を提示することにしよう」
でもちゃっかり、勝利者としての権利は主張するわけなんだな。
まあ、相手も命懸けで戦っていたわけだから、仕方ないといえば仕方ない。譲歩されるだけ有難いと思うしかない。
ということで、今回の和睦で提示された条件は5つ。
・ミュルクヴィズラント王国と蠣崎領間の自由な通商を認めること
・王国に8億クローナ、およそ15万貫相当の賠償金を支払うこと
・王国と蠣崎家の間で軍事同盟を結ぶこと
・今回の戦における捕虜は、全員蠣崎家に返還する。
・蠣崎家から20歳以下の子女を数名、王国に派遣すること
賠償金の支払いは痛いが、最初のフルホルメン大佐の要求に比べればかなり内容は軽くなったと言えよう。
特に、服属の代わりとして提示された軍事同盟と通商に関しては、むしろこちらに利があるといって良い。
なにせこちらはもともとの軍事力も低く、収入源は交易に依存しているからである。
とはいえ、これはある意味、かの有名な織徳同盟に似ているかもしれない。
すなわち形式上は対等同盟だが、実質は従属同盟。
例えるならば、織田信長に相当するのがミュルクヴィズラント王国で、徳川家康に相当するのが俺たち蠣崎家であると。
いや、俺達は今でも一応、出羽の安東氏に従っていることになっている。
だからそれよりも、江戸時代の琉球王国に例えたほうがいいかもしれない。
琉球王国が薩摩藩と中国の両方に従属したように、俺たちも2つの勢力に従っていると。
捕虜は全員返還か。
そういえば広益のオッサンが言ってたことだが、王国軍は今回、蠣崎方の武将を生け捕りにするよう命じてたって話だったな。
そうであっても、1人たりとも討ち取ることなく生け捕りにできたってのはすごいことだ。
あれだけ圧倒的な兵力の戦いにおいて、奇跡に近い現象と言ってよい。
そして最後の条件は、恐らく事実上は人質といったところだろう。
自分たちの非を公式に認めている分、表だってそうは書けないからだ。
あとついでに賠償金に関してだが、よく未知の国の通貨どうしで換算ができたものだな?
多分、俺が布団の中で寝ている間に、そのへんの交易品の相場でも調べたんだろうが。
しかし15万貫か。いくら交易で栄えているとはいえ、支払いには最低10年はかかりそうだな。
「――以上であるが、異論のある者はおるか?」
「……異論はござらん」
結局、蠣崎方の全武将が王国側の条件を飲む形で、和睦は成立。
かくして、蠣崎家とミュルクヴィズラント王国の戦争は終焉を迎えたのであった。
そしてこの和睦をきっかけに、俺たちは新たなるステージへ進出することとなる――
第3章、終。




