50 懐かしさと意外性
「久しぶりだな――武親」
「慶……広?」
目が覚めると、そこは蠣崎氏の本拠地・徳山館の中であった。
そして懐かしい顔ぶれも。俺と同い年の転生者、蠣崎慶広である。
「かれこれ5日も目覚めなかったから、どうしたものかと心配していたぞ」
「い……5日も?」
いや、懐かしいと表現するのは本来おかしい。
茂別館と徳山館、お互いの仕事場は別の場所。
すなわち仕事と立場の関係上、何か月も会わないことなど珍しいことではない。
それに比べて、今回の戦で顔を合わせられなかったのもたかだか数日。
だが体感の時間は、数日どころか数年と言ってよろしい。
まるで、故郷に残してきた旧友と再会したかのような感覚である。
「なんで俺、こんなところに?」
「それについては、余の口から直々に伝えておこう」
「慶広が?」
「ああ。大体の話は勝山館の者より聞いた」
俺の記憶は、ヴィクトリア王女との一騎打ちに敗れたところで途切れている。
あの後一体どうなったんだ? どういう経緯で降伏に至ったんだ?
「お前が一騎打ちに敗れた後、勝山館の将兵はあっさりと降伏したそうだ」
「……そうか」
「そして余達が守備についていたこの徳山館も、時を同じくして膝を屈することになった」
「徳山館は結構もったのか?」
「余としてはもったとは思えないが、今回のお前の感覚としてはもったほうである、と言ってもいいだろう」
へっ、さすが慶広だな。 俺と違って、戦いには結構慣れているようだし。
けど、兵力差を覆すまでにはいかなかったようだな。
「そして意識を失ったお前が、徳山館に運ばれてきた。しかも運んできたのは、相手の国の王女だったそうだな」
「お、王女?」
「ああ」
王女って……まさか、ヴィクトリアが?
互いに矛まで交えた相手が、そんなことって……。
しかし俺の脳裏に、彼女のあの言葉がふと甦る。
――「貴方はこんな所で、命を散らすべき人間ではありませんわ」
「……」
彼女の言葉を再び考え直す俺。一方、慶広は説明を続けた。
「今回和睦を迎えるにあたって、蠣崎方の全武将が出席することになった。だが、お前がなかなか目覚めないものでな。余も含め皆が心配していたぞ」
「それは……悪かったな」
「体の具合は大丈夫か?」
「多分、平気」
俺は自分の体に手を当てた。
さすがに、一騎打ちの傷跡は残っているが、立って歩けないほどでもない。
こういうところは、チートボディーのおかげと言って良い。
「眠気が取れたらすぐ皆のもとに向かえ。いいな?」
「お、おう……」
布団の上で上半身を起こしている俺をあとに、慶広は退室した。
◆◆◆◆◆
しばらく眠っていたため、足取りがおぼつかない俺。徐に皆のもとへと歩を進める。
そして大館に到着すると、そこには既に蠣崎氏傘下の武将が集まっていた。
「五郎! ようやく回復したか」
「父上」
「良かった……。もし目覚めなかったら、私、私……」
「母上。大丈夫です。もう心配はありませんよ」
父・武治は俺の回復を素直に喜び、母・お凛は涙を流して俺に抱きつく。
「うむ。誠に頑強なる武士にござるな」
「何を申すか、越中守殿! 頑強なるはこの某じゃあ! あの小童に非ず!」
「ふん! まだくたばってなかったのですね、豆坊主」
「おーい五郎殿。一緒に酒を飲もうではないかー……」
「戦に負けたからと言って、自棄酒はほどほどにしろ、備中守」
他の武将も、いつもとさほど変わりない様子であった。
戦に敗れ髷を解いているにも拘わらず。
「そろそろ和睦の時間よ。早く座れば?」
「む~。勝てなかったな~」
和睦の場には、和人の武将のみならず、首長をはじめアイヌの人たちも出席していたようだった。
「私の友、チコモタインとの再会があるのでな。出席するしかあるまい」
「でもこれで、お父さんと会えるんだね~。よかった、よかった~……」
リシヌンテの父にして、知内の首長・チコモタインと再会? ハシタインとリシヌンテの言動から察するに、この場にはいないのか?
そういえば、蠣崎方の武将も何人か見当たらない。もしかしてこの場で捕虜の返還でもあるのか?
「武親、お前の席はここだぞ」
「あ、慶広。悪い」
近くにいた慶広に指定されたのは、父・武治の横。まあ、順当な席の配置だな。
次に俺は、ほかの武将の配置に一度注目する。
季広さんは、俺たちの代表だからやはり先頭か。で、その横に長男の舜広、三男の慶広の順に着席。
次男の元広は、配下の明石家に養子に出ているため、そちらのグループに。
そして後ろには、守継や広益のオッサンをはじめ家臣が座している。
そんな中で俺たち不破一族は、家臣の中では結構前のほうに位置取っている、と。
「――待たせたな、皆の者」
そうして数十分経った頃、ついにミュルクヴィズラント王国側の司令官が徳山館に到着した。
今回の戦勝国は王国。当然、上座には王国側の司令官が、下座には俺たち蠣崎方の武将が座ることになる。
上座には、俺と先日まで戦っていたヴィクトリア王女をはじめ、獣人部隊のブレンダや、聖職者部隊のアストリッドの姿も見られる。
「……?」
だが、総司令官というべき人物が座るところにいたのは、見たことのない1人の銀髪翠眼の女性。
徳山館に入ってきたときも、先頭を歩いていたのは彼女であった。
気になった俺は、声を小さくして秘かに慶広に質問する。
「な、なあ慶広」
「なんだ?」
「あの総司令官っぽい女性、誰なんだ?」
すると慶広は、想定外な回答を返した。
「ああ。彼女はこの徳山館の攻略にあたっていた、第1師団の師団長にして第1王女の方らしい」
「……なんですと!?」
おい慶広。俺が第2王女であるヴィクトリアと戦闘しているときに、あんたも第1王女と戦っていたとでも言うのか?
なんという偶然。というか、こんなド田舎の攻略に王女2人を派遣とか、もう訳わからん。
そしてもう1つ、意外な点を俺は発見した。
「あともう1つ気になったことがある」
「なんだ?」
「俺たちに戦を仕掛けたあの大佐。姿が見当たらないんだが?」
そう、あの喧嘩を売ったとしか思えない要求を叩きつけたあのフルホルメン大佐が、何故か徳山館の中にいなかったのだ。
経緯から考えて、総司令官の席かその近くにいてもよさそうな人物なのに、である。
「さあな、そこまでは余も知らん」
「……そうか」
だが理由は慶広に訊いてもわからなかった。
すると俺は、ふと勝山館でのヴィクトリア王女の発言を再び思い返す。
――「わたくしはあのエルフの大佐を、“監視”しております」
まさか今回の欠席は、あの発言と何か関係が……?
けどこの場じゃ聞けないしな。今は黙って、和睦の内容を聞き入れるしかない。
和睦を結ぶにあたって静まり返る徳山館。そしてようやく、その式が始まることになる。
「これから和睦の調印式を執り行おうぞ。わらわはミュルクヴィズラント王国側の代表、王国軍第1師団長のイングリッド・ティルダ・ミュルクヴィズラントじゃ」




