44 団結と綻び
戌の刻。
勝山館に集結していた将兵たちは皆、麓の上ノ国の街の方角を望んでいた。
勝山館周辺には、松明がいつもより多く焚かれている。
街灯も何もないこの時代、夜間は非常に暗く、松明が無ければ隣の人の顔を判別することもままならない。
そこで策をスムーズに成功させるために用意した物であった。
幸い、王国軍も松明かそれに似たものを焚いているため、これから俺たちが不審な動きをするとは思っていないはず。
そもそも地形的に麓からは見えないし。
それにあの有名な川中島の戦いで、武田信玄が採ったとされる『啄木鳥戦法』が上杉軍によって看破された理由は、飯を炊く煙の量が多かったからという“いつもと違う不審な動き”を察知されたからだ。
敵に不審に思われないことは重要だ。
もっとも川中島の戦いの話も、創作のニオイが強いって話だけどね。
「いよいよ、にござるな」
「はい」
もう負けられない。プレッシャーが重くのしかかる俺たち。
だがそれが、背水の陣を敷いた蠣崎軍の団結を強固にしていた。
王国軍の陣地に正対する彼らに一切の綻びなし。
ただし、2人を除いて。
「何故、某が小童の策に従わねばならんのだ……」
「同感です広益様。何故誰も、豆坊主ごときの策に異議を唱えなかったのでしょう。不愉快です」
あーあー、これだ。例によって広益のオッサンと鷹姫。
この一大決戦の場で、意地こいて俺の策を受け入れたがらない頑固で無駄なプライド。
近くで聞いたせいで、せっかくの緊張感が台無しだ。
「五郎。敵の様子は?」
「え、あ、はい。たぶんまだ大丈夫です」
おっと、そんなことに気を取られている場合じゃなかった。
敵の動向にも注視しておかないと。万が一にも察知されたら、策のほうまで台無しになるからな。
「しかも、あたしの守継様となんであんなにしょっちゅう、くっついているのでしょうか!? それもあたしの許可もなしに!!」
「鷹姫殿?」
なんだ? 鷹姫がまた暴走し始めたぞ?
ってヤバい! こんな大声が王国軍の耳に入ったら、せっかくの計略が何もかも失敗になるぞ!!
「先の蝦夷の乱だって、守継様がいなかったら何もできなかったくせに!! ああ! この疫病神!! 妬ましい!!!」
「鷹姫殿、落ち着かれよ!」
ほっ……。父上、相変わらずナイスな抑え役。
このまま放置していたら、それこそ敗北決定だったよ……。
「今は戦の最中に御座る。ここで仲間割れを起こしては、今後の戦運びに大いなる支障が生まれよう」
「ちっ、豆坊主の一族はなんでこう……」
げ、舌打ちしたぞコイツ。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってか。俺だけじゃなく、一族全員に恨みつらみが出てきたようだな。
それになんか、時間を追うごとにどんどん凶暴になっているような……。いや、あるいはこれが本性なのか……。
「鷹姫様は、何をおっしゃってんだべ?」
「そったらもん、オラに聞かれてもわからん」
「まあ、鷹姫様だから……」
おいおい、味方の兵士たちにまで呆れ返られてるぞ鷹姫。やべえ、ガチで不安になってきた……この戦い。
「ていうか蝦夷の乱って……あたしたちもいるのに……」
「なんか怒りっぽい人だね~」
そしてリシヌンテが客観的な評価をする一方で、レスノテクは、同じアイヌが起こした戦いを『乱』と呼ばれショックを受ける。
静けさを保たなければならない場面で、急に騒がしくなる蠣崎軍。
すると今度は勝山館の中から、酒に酔った1人の男が出現した。
「うい~っ。しょうだじょ~、怒りっぽいのはよくねえじょ~……にごじゃる~」
「備中守殿!!?」
「いかがなされた、備中守殿!?」
え? あれってもしかして、季貞!?
べろんべろんじゃないか。どんだけ飲んだらこんなに泥酔できるんだ……?
すると彼の近くにいた重季が、やれやれと言わんばかりに季貞を介抱。そして驚愕の発言を口にする。
「……備中守。お前は昨日も飲み過ぎておったな」
「なんと!!?」
季貞、あんたってそういうキャラだったのか……。
ていうか、命懸けの戦場で酒飲んでる余裕あったのか……。
そもそもどこに、それだけのアルコールを保存する場所があったんだ?
「ええじゃないか、ええじゃないか~。おお、孫八郎殿が8人に見えるじょ~……」
「……いつものことながら、頭が痛い」
さっき言ってたこと訂正。
新たな綻び発見。名前、厚谷季貞。
季貞よ、俺を助けたときのカッコよさはどこいったんだ? あんたの覚悟に惚れたのに、幻滅してしまったぞ……。
ああ、折角の張りつめた雰囲気が完全に消えてしまっている……。
「ていうか泥酔って、まだ戦いが始まってすらいないのに……」
「なんかノーテンキっぽい人だね~」
そしてアイヌの2人も、似たようなセリフを繰り返す。
ダメだ……今回のギャンブル、絶対失敗する……。
「ま、まあ、大事ないだろうよ。少し経てば此奴も本調子になるだろう」
重季、だから適当なこと言うなっての。そんな体たらくの戦国武将目の当たりにして、信じられるかっての。
てか本気で命賭ける気あんのか? 俺はどうしようもない不安に襲われた。




