43 借箭
「これは……壮観に御座るな……」
「ええ……」
あまりに大量の藁人形を前に、重季や季貞のみならず実際に人形を編んでいた父や守継ですら言葉を失う。
策を提案した俺ですら、この光景には感嘆通り越して若干引き気味である。
「な、なんか変なものが出てきそう……」
「えっと……和人には、藁人形を使った呪いの儀式があるって聞いたことがあるんだけど……」
アイヌの人たちは、俺以上に体が後ろに引いている。
そしてレスノテクがどこで耳にしたのか、藁人形で人を呪い殺す話をした瞬間、重季は突然何か閃いた様子。
「はっはー、なるほど。これを用い、眼前の夷狄に対抗して此方からも妖術を仕掛けるつもりなのだろう? 承知致した!」
「残念ながら違います」
「へ?」
重季、適当なことを言うな。
多分きっとこんな早とちりをするから、親父さん――師季と変な衝突を繰り返したんだろうよ。
でも気持ちはわからなくもない。これはどう見ても大掛かりな儀式の準備だ。
まあしかし実は、重季の閃きもあながち間違いではない。
実は俺にはこの戦いの中で、ある1つの仮説を思いついていた。
だがそれは、計略を実行してからのお楽しみ。
「これは矢を集める道具です」
「む? 矢を集める道具とな?」
「はい。昔の唐における戦いで使われた計略を、この場で再現するつもりです」
「ほう」
「策の名は『借箭』」
「まさか……あの名高き諸葛孔明の計略に御座るか?」
「まあ、中らずと雖も遠からずでしょう」
『借箭』。
それは三国志演義において、もっとも大きな戦いであった赤壁の戦いにおいて諸葛孔明が使用したとされる計略。
簡単に言えば、後に呉の皇帝となる孫権の軍師、周瑜に「矢を10万本集めてこい」と言われ、等身大の藁人形を数多く用意。
それを舟の上に載せて、対岸の曹操軍から放たれた矢をまんまと10万本回収してきたという計略。
まあこれは創作上の話で、実際には唐の時代に起こった反乱、安史の乱での攻城戦がモデルという説があるらしいんだよね。
「ということは、あの異国の者どもから矢を奪い取るつもりか?」
「そうですね」
「しかし敵方には、強力な妖術が……」
「俺の予想では、恐らく明日はそれは使えないんじゃないかと思います」
「な、なんと!?」
別に根拠なく言っているわけではない。それなりに理由はあるんだ。
「どういうことか、説明してくれる?」
「俺たちは連日、大軍を前にして連戦連敗。窮地に追い込まれております。しかし連戦で消耗しているのは俺たちだけではない。相手だってそうです」
「それが、どうしたの~?」
「そして俺の見立てだと、多分ですが、敵の妖術には使用制限があると思われます」
「使用制限ですって?」
「それに王国軍からすれば、連戦連勝とはいえ、たかだか少数相手のわりに兵の損害も予想を上回っているはず。これ以上の被害は是非とも避けたい」
「相分かり申した。すなわち敵は怪しげな術を使えぬ上に、刀槍で此方に消耗戦を挑む事も考えにくい。よって矢を以て我が軍を削りに掛かる算段が大きい、ということじゃな?」
「そういうことです」
今回の勝山館攻略の指揮官は、あのフルホルメン大佐。確かあいつの所属は第4師団で、役職は連隊長。
まだ開戦から日も進んでいない。ほかの連隊は別の館の攻略に明け暮れている頃だろう。
しかもあの大佐、わざわざ部下に任せればよい兵糧庫の防衛に回っていた。
ということは、実際の兵力は今まで戦ってきた王国軍よりも少なめだと予想される。勝てる見込みはあると言えるだろう。
「だがこの策、機を見誤ればあまりにも脆い」
「そうですね。それこそが一番の鍵となると思います」
でも実際のところ、半分賭けに近い状態でもある。
王国軍は攻略を最優先して、敢えて正攻法でこちらに来るかもしれない。
それにこの計略の裏には、単純にこちらの矢が不足しているからという事情もある。
なにせ白兵戦ではこちらは数が劣っている上に、アイヌの主要な武器は弓矢だからだ。
「とりあえず作戦開始は、戌の刻(午後8時頃)あたりが最善かと」
「うむ、そうじゃな。それが一番良い」
まったく、限界まで追い詰められているとはいえ、なんて不確定要素が多い中での選択なんだろう。
失敗すれば一巻の終わり。もう後がない。
苦し紛れにさっき言ってた仮説に則って、最後の悪あがきをするよりほかない。
「皆の者! 戌の刻に敵を迎えるぞ!」
「おおおおお!!」
兵に連絡を兼ねた鼓舞を行う守継。
こうして俺達は、勝利を掴むためのギャンブルを今にも始めんとしていた。




