42 覚悟と藁人形
(あと、もう少しだ……)
数分後、フルホルメン大佐の部隊に追い回されている俺は、ようやく勝山館に戻る坂道を発見した。
一度入ってしまえば上り坂。お互い競り合いながら登っていく王国軍に比べ、俺は1人だから身軽。
それに地の利はこっちにある。相手も無理には追ってこないだろう。
「せいやあ!」
俺は坂に入ると、疲弊しきった体を奮起させて一気に駆け昇って行った。
「待て! 逃がすな!」
王国軍も必死にスピードを上げるが、俺のチートボディから出る速度の前にじりじりと突き放されていく。
そして勝山館までもう少しと言ったところで、俺に助けの手が差し伸べられた。
「――今だ! 岩を落とせぇ!」
「御意!」
坂の上のほうから男の声が聞こえ、同時に俺の後ろに向かって、大きな岩が次々と転がっていく。
標的は大佐の部隊だった。
「う、うわあああ! お、押し潰されるー!」
「全軍、追撃中止! 即時後退だ!」
「りょ、了解しました! ……って、ぎゃあああああ!」
後方を見下ろすと、岩の向こう側から王国軍の断末魔が嫌でも耳に入ってきて、思わずその光景まで脳内に浮かんできた。
おっと、グロテスクな妄想はやめよう。
ところでこのベタだが、タイミング良い計略を実行したのは誰なんだ?
俺が気になって頂上まで登りきると、そこには2人の武将の姿が。
「ふう、なんとか凌ぎましたな。孫八郎殿」
「備中守もご苦労だった。拙者もこれで、親父に対する罪滅ぼしはなっただろうよ」
頂上にいたのは、コタンシヤムの乱のとき勝山館の守備に就いていた下国重季。
それと、本来は勝山館近くの比石館にいるはずの厚谷備中守季貞であった。
「あ、あの……ありがとうございます」
「む? 五郎、礼はいい。これは拙者のためにやったことだからな」
「五郎? もしやこの小さな男が、あの不破武親であるのか?」
さすがに俺の名は、蠣崎軍中でもかなり有名になっているようだな。やはり去年の戦功は俺にとって大きな財産だ。
「不破五郎武親です。初めまして」
「お初にお目にかかる。厚谷備中守季貞だ」
「ところで、なぜ備中守さんはこちらに? 比石館はどうしたのですか?」
挨拶を終えると、俺は早速季貞に単刀直入に聞いた。
「比石館は……放棄した」
「え?」
「まあ、この大軍を相手にするのだ。各人が方々に散らばっていては勝てんと、父は仰せになられた。今厚谷家は南条越中守のもとに集結しておる」
言われてみれば、なるほどと思わずにはいられない。
蠣崎家は常に慢性的な兵力不足である。確かに米を獲れない蝦夷地では、館を落とされれば、貴重な収入源である交易に大きな支障が出る。
だが、目先の小さな館の防衛を気にするあまり、兵が分散して、戦に勝てなくなっているのもまた事実。
アイヌの武装蜂起の度に、次々と館が落とされている記述がその証拠。
だから大軍の前には思い切って拠点を捨て、兵を1カ所に集結させるのは良い決断だとは思う。
しかし、なんとまあ思い切ったものだ。
「でも……未練とか、そういうのは無いんですか……?」
だが季貞には、そんな甘い感情は有していなかった。
「今は戦乱の世。この荒れた時代に重きを置くべきは、即ち家の存続。館に対して、未練がどうのと申しておるようでは、戦には勝てぬ上に、お家断絶は必至であろう」
……ふっ。俺としたことが愚問だったかな。
未練とか思わず言ったけど、俺もそもそも前世では思いきって『自殺』した身なんだ。未練も残さず、覚悟を決めて。
だから季貞も「未練を持っていない」という点では同じ、覚悟の据わった目をしている。
「では異国の者を払ったところで、戻るとしよう」
けど違う点が1つある。
季貞の姿勢は前向きだ。今後、戦況が好転するのを見越して。
一方の俺は後ろ向きだった。
だって絶望して自殺だぜ? あとあと考えたら、結構恥ずかしい死に方だぜ?
今でこそポジティブに物事考えられるようになって、季貞みたいな覚悟も持てるようになったけど。いや、茂別館から撤退した時のこと考えると、季貞レベルには程遠いな。
まだまだ未熟だな、俺も。
「どうした? 五郎」
「あ、すみません。戻りましょう」
ところで守継のほうはどうなったんだろう?一応、策の提案はしたけど、上手くいってるかなあ?
◆◆◆◆◆
「ムキー! もうやってられません!」
勝山館の中に入ると、突然女の人の悲鳴が聞こえた。
む、この甲高い女性の声は……
「鷹姫、心情察し致すが辛抱願いた……」
「あの憎き豆坊主! あとで打ち首に処してあげます!」
ちょっと待てい! いくらなんでも、理由もなく打ち首はねえだろ!
あ、でも鷹姫ならやりかねないか……。ああ、くわばらくわばら。
恐怖心に震えながら襖の僅かな隙間から中を見ると、そこにはふて腐れた鷹姫と、黙々作業に打ち込む守継隊の兵の姿が見えた。
作業。実は俺が提案した策には、ある大量の道具が必要だったのだ。
「越中守殿と兵部少輔殿の部隊は、何を作っておられるのだ?」
「ああ、あれはですね……」
「じっ」
「うわっ!」
俺が重季と季貞に作業内容を伝えようとすると、襖の向こうからリシヌンテが見つめ返してきた。
「へっへ~。驚いちゃった?」
「ビックリさせないでよ、リシヌンテ……」
「リシヌンテ。こっちは作業に集中してるんだから、迷惑なことはしないで」
「う、ごめん、レスノテク……」
アイヌの人たちも手伝っているようだな。
そしてレスノテクは仕事モード突入か。相変わらずの他人を寄せ付けないムード満載だな。
「まーめーぼーずー」
「うっ!」
この呻くような声は、た、た、鷹姫……か?
「天誅!」
「おわっと!」
間一髪、俺は鷹姫が振り下ろした刀を真剣白刃取りで受け止めた。
やべえ……この黒い殺気、シャレにならねえぞ……。
「鷹姫! ここは堪えてくれ」
「はい! 守継様~」
ところが守継に呼ばれた瞬間、殺気だった表情は一瞬にして立ち消え、笑顔満点で守継のもとに飛び込んでいった。
ふう、守継、助かったよ……。
俺達が館の中に入った時には、すでに作業は終盤に差し掛かっていたようで、数分後ついにその道具が完成した。
それは、およそ1500体に及ぶ、等身大の藁人形であった。




