36 満身創痍の敗残兵
数時間後。
俺達は中野館から見て北西、勝山館の方向に向かっていた。
あの壊滅的な土石流から、運よく一命をとりとめた俺たち。だが、あの場にいた兵士の7割以上が死亡した。
中野館は恐らく原形をとどめてはいないだろう。土石流にのまれて地面の下に埋まっているだろうし、そもそもあの激しい揺れで建物の全壊は免れない。
現代日本でいえば(この言い方に語弊はあるが)震度7レベルの大地震だったからな。
俺はふと気になって後ろに振り向いた。
幸いにも、王国軍の追跡はない。
そもそもここら辺あたりまで土石流があったんだ。あんな大人数でここを進軍することは難しいのだろう。
少しは安心して進められる……とは、なっていなかった。
生き残った僅かな味方は、全員体中傷だらけで、満身創痍で道無き道を歩いていたからだ。
「お、おのれい……! この某に、かような傷を負わせるとは……」
広益のオッサンは歯軋りしながら憤慨し、杖代わりに木の枝をついていた。
「父上、大丈夫ですか?」
「お、おう太郎、次郎……。ワシは……なんとか……大丈夫じゃ」
そして父の武治は、広治と季治、2人の肩を貸してもらいながら歩くのがやっと。その父をおぶっている二人も、顔や脚にいくつかの傷が見える。
「母上……。ここは拙者に背負わせてはもらえませぬか?」
「頼みますよ……三郎、四郎」
母のお凛は、光益と家政が交代でおんぶしていた。
着物は裂け、はだけている。これは、もうすこし裂け目が広がったら素肌が……って、そんなこと言ってる場合じゃないな。
一方の俺はというと、レスノテクに肩を貸しつつリシヌンテを負ぶっている状態だ。
「……酷い一撃だったな」
「……うん」
しかしながら、『ミズガルズ』の魔法文化は戦慄ものだな。あんな広域殲滅型の攻撃魔法が、既にあるだなんて……。
『ミズガルズ』の国を征服できたらその技術を獲得できそうだが、それは無理だ。兵力や攻撃力、機動力など全て負けている。
じゃあ、どうやって手に入れればいいんだ……?
というか、ミネルヴァとフレイアが託した使命、そもそも無理があったんじゃないのか?
頼む相手間違ってるだろ? 頼むんなら、王国軍の誰かにしろよ! こんな弱小大名のイチ家臣に任せた時点で、人選ミスってるだろ!
俺は声にならない不満を、脳内でぶちまけていた。
「レスノテク……」
「どうしたの?」
「リコナイ……だったっけ。あんたが首長やってるところって」
「うん……」
「大丈夫か?」
「……」
結局、中野館を守り切れなかったからリコナイも奪還できなかった。
それについては俺も悔しい。だが、一番悔しいのはやっぱレスノテク本人だろう。
今回の戦いに参加した理由だって、故郷を守るため。それが達成できなかったってのは辛いことだろう。
「リシヌンテ……」
「……」
「……!」
リシヌンテは俺の背中で寝息を立てていた。が、目からは涙が。
だよな、せっかく切り札出して奮戦したのに勝てなかったわけだし。
それに、彼女だって自分のところの仲間を率いていたわけだしな。彼女なりに責任は感じているだろう。
俺は何も言うことができなかった。
◆◆◆◆◆
それから俺達は、何時間も、何時間もかけてひたすら山の中を歩いた。
だがいくら歩けど視界に移るのは山や川、森ばかり。
人間が全く足を踏み入れていない未開の地を、俺たちは孤独に進む。
「ハァ……ハァ……」
俺たちは長時間の山歩きの影響で、広益のオッサンを筆頭に息切れがひどい。
重い鎧兜身に着けてるんだ、ただの登山よりきついのは当然だ。
休憩場所も一向に見つからないし、息つく暇もない。
すると父を担いでいた広治と季治、2人の兄がどっと地面にへたれ込んだ。
「兄上?」
「ふ、ふははは……。情けない。もう体力が無くなってしまったようだ」
「拙者も……だ」
そろそろ体力の限界か。そういえば、さっきから皆の足取りがどんどん重くなっていたな。いや、俺も……か。
それでも一応俺は大丈夫なんだが、皆がついてこれないようだったら無理に進んでも意味がない。
景色は相変わらず、見渡すばかりの木、木、木。
なんか休憩にはあまり適さないところだけど、仕方ない。俺もレスノテクとリシヌンテを下ろすか。
「うんしょっと……む?」
そして2人のアイヌの少女を下ろすと、俺は森の奥から煙が上がっているのが見えた。
「これは……よもや火計ではあるまいな?」
「兄上。それはないと思いますよ」
こんな山奥で火計やったところで、実行した側も焼け死ぬだけ。数で圧倒すれば勝てるのに、そんな無駄なこと王国軍側はしないはずだ。
蠣崎軍側だって、勝山館が仮に落ちたところでこっちに向かって進んでくるはずもない。東側の館がみんな陥落したって情報は、さすがに伝わっているだろうし。
それにこの煙、よく嗅いでみると硫黄のにおいがするぞ。これはもしや……。
「五郎? どこへ行くのだ?」
「すみません。確認したいことがあるんです」
俺は一旦、ほかの皆をその場に置いて、1人、この道の先の様子を確かめに行った。
「……ラッキー」
俺の予想は間違っていなかった。
さっきの硫黄のにおいの正体は温泉の湯気。俺はその温泉に手を入れて温度を測ってみる。
「……ちょっとぬるいかな」
この感じ、たぶんだけど40度行くか行かないかくらいだろう。
ただ、体を芯まで温めるにはちょうど良い。皆をここに連れてこよう。
俺は来た道を再び引き返し、他の皆のところまで戻っていった。




