35 中野館、壊滅
「ふふふ、これを見て恐れおののくがいいですよ」
『天にまします聖女神様よ、かの不届き者を希望ごと押し潰し給え。崩壊する大地……!』
集結した聖職者部隊。アストリッドが周囲の修道士たちとともに、突然大掛かりな詠唱を始める。
そこから溢れ出る魔力は、俺たちを窒息させるような迫力を与える。
しかし、その魔法の対象は俺たちそのものではなく、付近の山のほうに向けられていた。
「く、苦しい……」
「なんだ……王国軍の魔法陣が、周りの山を覆い尽くしている……?」
次第に禍々しい暗黒色を強める、巨大な魔法陣。
なんだろう、途轍もない破壊が今、起きそうだ……。
じゃねぇ、早く止めないと!
アストリッドたちの意識は俺たちとは真逆の方向にある。こちらに対する警戒が薄いこの時が好機!
俺は痛む体を押して、刀を持って聖職者部隊に近づく。
気づいていない。よし、いけるぞ!
だがその時にはもう手遅れだった。
「――終わりですよ、少年」
「何っ?」
「これから始まる崩壊の交響曲、大自然の観客席でせいぜい黙って聴くことです」
アストリッド、何を言ってやがる?
俺は山に張られた魔法陣に目を移した。
すると、魔法陣が急に空に向かって一直線に光を発射。と同時に、一帯の地面が激しく揺れ動き始めた。
なんだ? この揺れは……。
「う、うわあああ!」
「た、立っていられん!」
「みんな! 伏せて!」
本能が身の危険を即座に感じとる。何か丈夫な物陰に隠れないと……。
俺たちの近くに幹のしっかりした木は多くない。
広益のオッサンとレスノテクによる火計と、アストリッド、リシヌンテによる魔法の応酬のせいだ。
周囲の木の多くは今もなお燃えているか、既に炭と化している状態だった。
「こ、こわいよ~……」
それにこの地震、それらの木が一斉に俺らのもとに押し寄せてくるぞ……。
「リシヌンテ。あの暑そうな服装の女みたいに、俺たちを倒木や火事から防御してくれる魔法はないか?」
「一応、あるにはあるけど~……」
「時間がない。それに賭けよう」
「わかった。やるよ~……」
俺は、リシヌンテに残りの蠣崎軍・アイヌ兵の命を託した。彼女の魔力は、王国軍との戦闘を経てもなお健在。
障壁を張れるなら、貴重な戦力を失わないためにも、そうさせてもらうしかない。
揺れる地面の上、リシヌンテはありったけの力で踏ん張り、ありったけの想いを込めて詠唱。
「みんなを守りたい」。その確かな意志は、俺だけでなく蠣崎軍全員が感じられるほどだった。
きっと間に合う。ギリギリでも間に合う。いや、間に合ってくれ……!
だが、俺の予想は甘かった。甘過ぎた。
次の瞬間、中野館周辺の木々や山の斜面が、巨大津波のごとき勢いで一斉に一面、大崩落を引き起こしたのだ。
聖職者部隊が発動した魔法陣は、人智を超えたレベルの自然災害を人工的に強制的に誘発させた。
この山崩れ、地形が大きく変わってしまうぞ……。
「ぐおおお!」
「助けて、助けてええええ……!!」
俺たちのいる地面も、猛スピードで中野館のある麓めがけて、急速に崩れていく。
同時に、俺たち一族や広益を始めとする蠣崎軍、そしてレスノテクやリシヌンテたちアイヌの人たちも、その崖崩れに飲み込まれて落下する。
「きゃあああああ!」
「死にたくないよ……」
「あらあら、観客席まで消えてなくなりましたか。それは、残念」
リシヌンテが作りかけていた障壁は、魔力の供給が強制ストップして、あっさりと空中から消滅。
しかもご丁寧に、聖職者部隊が立っている部分の地面は防護用の魔法陣によって崩落は防がれていた。
そして上の方を見ると、大量の汗をかいたアストリッドの狡猾な笑みが、イラつくほど目に焼き付いた。
――そして俺たちは、上から降ってくる地面と木々に次々叩きつけられながら、意識を失ったのだった。




