32 アストリッドからの改宗勧告
おおおお、やっぱり部隊長だったか。しかし、これまた第1師団と来たもんだ。
第1師団と呼ばれるくらいなんだから、王国側にとっては重要なポジションの軍だろう。ブレンダも第1師団の所属だったしな。
「俺は不破五郎武親だ」
さすがにこちらも名乗らないには礼を失するので、俺は皆より前に出て、儀礼的に名前を明かした。
「不破五郎……武親。ああ、ブレンダが『1人だけ武勇に長けているのがいた』って話の人でしたか」
「なんだ、知ってたのか」
「む、武辺者はこの某じゃぁ!」
オッサンうるさい。
「でも、こんな幼気な少年とは思いませんでしたよ。その小さな体で、似合わぬ重責を負わされているですこと」
小さな体は余計だ、全く。
確かに今の俺の身長は5尺(151.5㎝)だけどよ。前世はもっとあったんだよっ。
この時代の栄養状態が、そこまで良くないだけの話だ。
だが似合わぬ重責か。それは言えてるかもな。
前世に失望して自殺したしょうもない自分を、あの例の女神達によって戦国武将に転生されたが挙げ句、『世界征服』の使命まで与えられて。
もっとも向こうはそんなことは知らないだろうが、『似合わぬ重責』という評価は当たってるよ。
「……ところで、さっきから詠唱の度に聖女神様、聖女神様言ってたけど、誰のことだ? もしかして、ミネルヴァやフレイアのことじゃないだろうな?」
俺は白の修道女、アストリッドに質問した。
するとアストリッドは、ややハッとした表情でこちらを見返してきた。
「これは……驚きですね。この私めの国とは異質の文化圏で、その名を聞くとは」
いや、それは違う。
「み、みみ、みね……?」
「五郎? それは一体なんじゃ?」
「――戦の後で説明します」
俺が単純に西洋の神話にも精通した状態で、この世界に転生したから知ってるだけの話。
今のところ、徳山館で戦闘中の慶広以外、誰もわからないことだ。
「あなたも、随分この世界にとって異質な存在のようですね。周りの方は、あなたの言っていることが理解出来ないようですよ?」
「それは光栄だな」
しゃあない、後で蠣崎軍側の皆にはしっかり説明しておこう。
今はそれよりも、アストリッドの答えが聞きだい。
「それにあなたの推理も、間違いですよ。その2名は、私めどもが信仰する数多の神々の一部に過ぎません」
「そうか」
ええと確かミュルクヴィズラント王国の宗教は……ああ、フルホルメン大佐の要求文書に書いてあった、“パトロヌス教”か。
どうやら聖職者の格好はキリスト教風だが、中身は一神教じゃなく多神教のようだな。
「聖女神様の名をお出しするのは、私めども下界の者には憚られることですが、何も知らない異教徒のために敢えて教えておきましょう」
「前置きはいい。早く教えろ」
「――“メルティーナ・カエキリア”。それが畏れ多き聖女神様です。」
聞いたことのない神様だな。
どうやらミネルヴァやフレイアは共通の存在でも、『ミズガルズ』特有の神々もいるようだな。
「その表情、まるで聖女神様のことを存じない顔ですね。ミネルヴァ様やフレイア様は知ってる癖に」
「あっそうかい。何分、変なところで無知なもんでね」
「――ならばあなた方に、ここで1つ条件を出しましょう」
条件? いきなりここで何を言い出すんだ、アストリッドは?
「ここで、パトロヌス教に改宗してください。敵であっても、無知なあなた方をこの私めが正しき方向に導いて差し上げます」
ちっ、特定の宗教に凝り固まって、驕り高ぶっている。聖職者には多い、『自分の宗教こそ絶対』の人間だな……。
「もしここでパトロヌス教に改宗するのであれば、あなた方が降伏しようとも受け入れますし、逃走しても私めたちは追撃しません。どうですか?」
げ、俺たちを釣ってきているよ、この人。
確かに日本の神道と通ずるところはあるけれど、でも状況を考えてみろ。
お互い刃を交わして、死闘を繰り広げている状態だ。
これで蠣崎軍側が「はい、改宗します」なんて言うわけないだろ?
時を考えろ、時を。
「何を異なことを申されるか。かような場面にて、異国のわけもわからん神を信じよなどと申されても、某には到底出来んわあ!」
「アタシはあんたの言う宗教には、共感するよ。でも、アタシたちの集落を占拠しておいて、そんな傲慢な要求、受け入れるわけないじゃない!」
やっぱりそうなったか。アストリッドさん。あんたの交渉、失敗に終わったようだぜ。
もっともアストリッドの表情から察するに、もとから成功するとは思ってなかったみたいだが。
一応、提案だけはしてみたって感じだな。
……ん? でも待てよ。
中野館主の季連も、志苔館や宇須岸館の将兵も捕縛されたってことは、降伏した彼らはもう改宗した後なのかな?
「あら、それは残念。でも今は意地で抵抗しているあなた方も、いずれすぐに改宗することになりますよ」
王国軍め、こちらに対して連勝して天狗になってやがる。だが、こちらはもう手駒が足りなさすぎる。
このままでは、アストリッドの予言がその通りになってしまうぞ……。
敵の大軍勢によって、幾度となく窮地に追い込まれる蠣崎軍。
しかしここで、まるで俺たちのピンチを嗅ぎつけたかのように、王国の聖職者部隊が背後から何者かに襲撃され始めた。
「くっ……」
「だ、誰だ?」
襲撃のあった地点では、王国軍の修道士達が次々と謎の砲撃を受けて空中に飛散。そう、隕石の衝突を直で受けたように。
完全に現場には俺たち数人しかいないと、高をくくっていたアストリッドたち。
だからこそ、音もなく忍び寄ってきた相手に意表をつかれて、混乱がウイルスよりも速く伝わった。
「あなた方、お静まりなさい! 手負いの獅子を前に、みっともない声をあげてはなりません!」
アストリッドの統制も、一時利かなくなる始末。
「一体、誰が……」
「あ!」
援軍に来た人物に心当たりのない俺たち。
しかし、すぐそばにいたレスノテクだけは、聖職者部隊の後ろの人物を見て、パァと笑顔を咲かせていた。
「――リシヌンテ!」
「レスノテク~! 待たせてゴメ~ン!」
レスノテクの先には、アイヌ風の巫女服を纏った、緑のロングヘアーの元気な少女が1人。
太陽のスマイルを持って、こちらに参上してきた。
「その名、お前も蝦夷の者に御座るか?」
「うん、そうだよ~。それに、“蝦夷”なんて言い方は止めて欲し~かなぁ~」
「む、それは失礼」
これまた、この戦場に相応しくない陽気な子だな。無邪気な笑顔が、眩しく写っている。
けど彼女の後ろ、槍を持ったアイヌの兵士たちが大勢いる。
まさか、彼女が率いてきたと言うのか?
「あ、ボクの名前はリシヌンテ! チリオチの首長・チコモタインの娘で~す」
……はっ、なるほど。
この子がレスノテクが言ってた『親友』、リシヌンテか。だが正直、態度を見るに、指揮能力に問題がありそうな気がしないでもない。
血みどろの舞台に似合わない、ひまわりのような性格。
が、レスノテクが援軍にきてくれて笑顔になるくらいだ。実際は見た目以上に、結構戦える奴なんだろう。
「今の敵は、あの白い服と紺の服の人たちなんだよねっ?」
「そうよ。一緒にやってくれる?」
「もっちろ~ん! 行こ、レスノテク!」
「よっしゃあ! 派手に散らすわよ!」
おお、アイヌコンビがいい感じに意気投合している。俺も負けてはいられないな。
「くっ……」
だから、なんでこういう時に限って体が痛むんだよ。俺にも共闘させてくれよ……。
だがリシヌンテ率いる援軍が来たことで、再び優勢は蠣崎軍側に傾いてきた。やり返せ! 2人とも。
そしてさっきレスノテクを救出して、怪我と体の痛みを悪化させた俺は、情けなく応援に回ったのであった。
レスノテク同様、リシヌンテも本作オリジナルの架空の人物です。




