31 王国軍聖職者部隊
「――まだだ! じっくりジワリと引きつけよ」
長門隊とアイヌの兵士は、山上で王国軍を待ち伏せている。十分に近づかせて、まとめて叩き潰す作戦だ。
「今だ! 火矢を射よ!」
そして広益のオッサンの声が広がり、その指令とともに、先端が燃えている矢が森に放たれる。
火計だ。
「ぐわあ!」
「熱い、熱いよ……」
大量の炎が周囲の森林を火の海に変える。策にかかった敵が、業火の中で悶え苦しみ統制を失う。
「おのれ、小癪な奴らめ。力で押してくれる……!」
そんな中でも好戦的な者は、お返しに長門隊を強引にねじ伏せようと進軍する。火傷の危険にも恐れずに。
「今よ。放て!」
「おおう!」
しかしそれこそこちらの思う壺。
今度は森に潜伏していたアイヌ兵が、毒矢の地吹雪を浴びせる。
「ひいぃ!」
「くっ、撤退、撤退い!」
正確無比な攻撃の前に、罠にはまった獣のように慌てて退くばかりの王国軍。
地の利を存分に生かす戦ぶりに、俺たちも度肝を抜かれる。
「……すごい」
「華麗に異国の兵をいなしている……」
確かに凄い。俺たちが茂別館で苦戦した王国軍に完全勝利している。
だが1つ奇妙な点がある。
なんだろう、今回の王国軍、魔法を使っていないような……。
「ガハハハ! 敵が尻尾巻いて逃げとるわ!」
にしてもご機嫌上々だな、広益のオッサン。腹の底から大笑いするなんて。
「でも油断しないでよ。まだ完全に討滅できたわけじゃないんだから」
オッサンとは対照的に、レスノテクは警戒を続けている。
勝って兜の緒を締めよ、か。良い心がけだ。
「――ワシの軍略も、まだまだで御座ったな……」
広益のご機嫌ぶりとは反対に、ため息交じりの父・武治。
いや、一概にまだまだだったとは言えないんじゃないのかな?
今回、王国軍は戦艦で侵略している。
中野館は海岸からずっと山の深い谷のところに建っているから、地の利を生かした防衛ができてるんだ。
茂別館は不幸にも、海岸から目と鼻の先に建設されていたから、攻め込まれやすかったわけで。
「……む? なんだ、あの一団は……」
そうして優勢な戦況に浸っていると、前方から燃え盛る森林をものともしない軍団がこちらにせまってきた。
よく観察すると、その軍団は修道服らしきものを纏っているようにも見える。
「な、なんなの、あの集団は……」
自分の体が炎に包まれる危険性にも顧みず進むその集団に、レスノテクはにわかに冷や汗をかいていた。
そしてすぐそこまで彼らが近づいてきた瞬間、大きな号令が俺たちの前で下された。
『――――天にまします聖女神様に逆らうものに、天罰を!』
『天罰を!!』
その集団は突然わけのわからない呪文を使い、巨大な魔法陣を天空に出現させた。
その魔法陣は俺たちの上を覆い、空を隠すようにどんどん拡大していった。
「な、なんなんだこれは……」
これまで一度も経験したことのない怪異に、蠣崎軍とアイヌ兵は次第に混乱状態に突入。
そして次の瞬間、空から白いビームのようなものが彼らを襲った。
「神への償い!」
「ま、眩しい……ぐわあああ!!」
そのビームは山の上にいた兵士たちを、一瞬にして次々と襲撃。
終わったころには、真っ二つになった死体がゴロゴロと地面に横たわっていた。
その地面にしたって、大きな裂け目まで形成されてしまっている。
まさか、こいつらも……王国軍か!
「ぬうう……」
さっきまで絶好調だった広益のオッサンも、苦悶の表情。まさかこの炎を突破できる連中なんていない、と思ってたもんな。
「お前は、誰だ!?」
俺は部隊長らしき白い服の修道女に、名を問いただした。
「――私めの名とあなた方の存在など、聖女神様の威光の前には塵も同然。あなた方に名乗る義務なんてありません」
「なんだと?」
俺たちが塵同然だと?
ナメてやがる。人間を、そんな風に思うだなんて。
「ただ、この業火を無事に進んだタネ明かしだけはしておきましょう」
その修道女はそう言って、再び詠唱を始めた。
『天にまします聖女神様、我らにご加護を。聖なる防護!』
詠唱が終わると、修道士の集団は突然明るい光に包まれ始めた。
光は徐々にその範囲を広げていき、終いには全身を覆うまでになった。
「これがあれば、炎や飛び道具ごときで私めたちを殺めることは出来ません。聖女神様のご加護なのですから」
げ、昨日の茂別館での戦闘でも思ったけどよ。王国軍、チートな能力有りすぎだろ……。
しかも飛び道具ってことは、アイヌの弓矢も全く通じないってことじゃねぇか!
それに比べれば、俺のチート能力なんてゴミみたいなものだ。
「では冥土の土産を差し上げたところで、あなた方も地獄に落としましょうか」
「!」
ヤバい。修道女の目がレスノテクに向けられている。
標的にされているぞ、レスノテク!
『――天にまします聖女神様、かの者に闇の贖罪を。冥府に至る苦痛!』
修道女の詠唱が終わると、レスノテクに向かって、一閃の黒い稲妻が放たれている。
「え……? 何なのよあれ……」
レスノテクは稲妻の迫力に飲まれて、自分では動けない。
くっ、助けないと!
「ご、五郎!」
夢中だった。
俺は1人の少女を助けるために、昨日の奇襲に次いでもう一度無茶をした。
そして俺はレスノテクを瞬時に抱きかかえ、黒い稲妻の落下地点から飛び上がった。
俺はスレスレで、稲妻を回避。後ろを振り返ると、稲妻が落ちた場所は、井戸のような深い穴が作られていた。
「大丈夫か、レスノテク?」
「……あ、うん。大丈夫……」
レスノテクは無事だったようだ。ふう、間一髪だったぜ。
てか王国側は、蠣崎家の家臣を生け捕りにしてるんじゃなかったのかよ?
とりあえず俺は着地して、彼女を優しく下ろした。
「ほう、私めの『冥府に至る苦痛』にも恐れず、しかも少女を救出するとは」
ちっ、回避されたにも関わらず、すました顔してやがる。暴力的に強くて傲慢な連中だ。
「これは前言撤回する必要がありそうですね」
「そりゃ、助かるよ」
そして修道女は美しくその場に立って、名乗り出た。
「私めの名前はアストリッド・フォーゲルクロウ。ミュルクヴィズラント王国軍、第1師団、聖職者部隊長です」




