30 猛々しき迎撃隊
日が開けて翌日。
俺たち一族は大樹の根元で野宿し、再び中野館目指して進んでいた。
しかし野宿したせいか、体の疲れはあまり取れず、それどころか寝違えた時の痛みが付加されてしまう始末。
「五郎、大丈夫か?」
「兄上、俺は大丈夫です。先を急ぎましょう」
でも立ち止まってはいけない。
こうしている間にも、戦況は徐々に悪化しているはず。
俺達がちゃんと戦える態勢を整えられるところまで、事を運ばないと。
体の痛みは気力で耐える! 俺は王国軍のみならず、自分の肉体とも格闘していた。
◆◆◆◆◆
小一時間ほど歩き、僅かに平野が、と言うよりは谷に平地を微妙に足した地形が見えてきた。
一応この辺りが中野館の所在地のはず。
だが一面、木が鬱蒼と生い茂っていて、一目見ただけではどれが中野館かはわからない状態だ。
「中野館はどこかしら?」
「それより母上。なんか随分と騒がしくはありませんか?」
「え? ……あら、本当ですね」
今俺達は、中野館近くを流れる中野川の上流に潜伏している。
そして少し下流側からは、何やら法螺貝や叫び声などが耳に入ってきているのだ。
まさか蠣崎軍か? それももしかして、想像よりも善戦しちゃってる系?
そうやって少しばかり様子見していると、一際大きな、そして聞き覚えのある声が下流から飛ばされる。
「全軍! あるだけの矢を射抜くのじゃ!」
「かの声は、もしや……」
「父上?」
父は何かに気づいたのか、徐に下流側へと歩き始めた。
兄達が制止するも止まらず、半ば追いかけるように父の跡をついていった。
◆◆◆◆◆
「全軍! 攻撃を一時中止せよ! 敵を限界まで引きつけてから、攻撃再開じゃあ!」
豪快に采配を振るう2人の人影。
そこにいたのは、見慣れた甲冑姿のオッサンと、見慣れない1人のアイヌの少女がいた。
「長門殿?」
「――兵部少輔殿? かような地でどうされたか」
げ、ここで広益のオッサンの登場かよ。オッサンこそこんな所で何してんだよ?
「情けなき話に御座るが……ワシらは、茂別館から逃げてきてしもうたのじゃ」
「ふむ、先ほど某の所に参った伝令が言っていたことは、本当だったのか……」
どうやら東の3つの館が落ちたという報告は、もう中野館以西にも伝わっていたわけか。
「長門殿は何故こちらに?」
「お館様が、中野館の防衛に当たるよう命じられたのじゃ」
仮にも猛将であるオッサンを、本拠地の徳山館に置かなかった?
よっぽど、徳山館は将が揃っているようだな。兵は不足しているくせに。
でもおかげで、ここでは東部における悲惨な戦況をものともしない応戦ぶり。
王国軍側が苦戦しているのが、敵の悲鳴だけでもよくわかる。
が、それより気になることがもう1つある。
「このアイヌモシリを、見知らぬ兵に荒らされてはならない! 正確に敵を迎撃せよ!」
広益のオッサンの横にいる若干茶髪の少女、一体、どこから引っ張り出したんだ? て言うか、誰?
「あ、あの……君……」
「なんだ? 今は戦中だ。話は後で聞く」
うわ、堅物って感じの女の子だな。目の前に集中しているのは理解できるけど、素っ気ないな……。
でもアイヌらしく弓の腕は達者だ。一度に5本いっぺんに発射し、どれも正確に命中させている。
相当、訓練を積んできたんだろうな。
「長門殿。かの少女は何者じゃ?」
「ここら一帯を治める、蝦夷の女首長だそうだ。名前はレスノテクとか申してたな」
レスノテクと呼ばれる少女。
周囲のことには関せず、ただ冷徹に矢を王国軍に向けて放ち続ける。
「ぐっ……」
「撤退、撤退だぁ! これ以上の犠牲は危険だ!」
谷の下から、王国軍司令官の命令が聞こえる。
コタンシヤムの乱の時は敵だったアイヌが、今回はこの蝦夷地、いやアイヌモシリを守るために共闘してくれている。
にしてもスゴいな。あれだけいた王国軍を退けたぞ。
味方となれば、なかなか強力な戦力になる。
「とりあえず、凌いだか……」
ここにいるアイヌの兵は約500人。
それに対し、広益のオッサンが率いてきたと思われる和人の兵は150人。
たった650人で撃退したのか、あの大軍を。
「さっきは悪かったね。アタシはレスノテク。リコナイの首長よ」
「俺は不破五郎武親。よろしく」
「あ、アンタがあの『蠣崎家一の武辺者』とか言われていた人? 光栄だわ」
「ど、どうも……」
ちょっと前の仕事モードから一転、わりと気さくに話しかけてきたレスノテク。心のスイッチのオン・オフが上手い子のようだ。
「この500の兵は、レスノテクが連れてきたのか?」
「それは少し違うわね」
「え?」
「ここにいる兵の半分は、チリオチ(知内)の首長・チコモタインさんが預けてくれたものだよ」
今、蠣崎家との交易の関係で、蝦夷地東部のアイヌの代表になっているチコモタイン。
今回は、彼も協力を仰いでくれていたのか。さすがに、ミュルクヴィズラント王国は共通の敵になるか。
「アタシの集落も、敵の占領地になっているんだ。だから、アタシはそれを取り戻したい」
「同感だ」
そうだ、ここは和人以上にアイヌにとって大切な土地。そりゃ、故郷のために必死に戦うよな。
「あ、言い忘れてたけど、後でアタシの親友も参戦するんだ。そっちもよろしくだね」
「へぇ、親友か……」
父上。この様子だと、勝山館まで逃げる必要は無さそうですね。
立派な戦力がいる。まだ蠣崎軍は死んでない!
「ところで、中野館を治める佐藤彦助季連殿はどこじゃ?」
中野館は代々、佐藤氏が治める拠点。
現在の当主は佐藤季連。本来の史実なら徳山館にいるはずなんだけど、なんか中野館も元の史実とは違って再建されているし。
まあその分、支配地が増えているからいいけど。
「……実はな、彦助殿は子息ともども、捕虜になってしまわれたのじゃ」
「ほ、捕虜ですか……」
随分捕虜になる武将が多いな。ばっさり首を取ったりしなかったのか?
「志苔館や宇須岸館の将も、捕虜になっていると聞くが……」
「某の見立てでは、どうも向こうは生け捕りを命じているらしいのじゃ。討ち取ることよりも遥かに困難なはずの生け捕りを、何故か敢えて敵は実行しておるのじゃ」
生け捕りを命じている?
確かにこちらとしては、味方武将が戦後も減っていなくて一応は安心できるが。
けど、わざわざ生け捕りにする狙いって何だ? 王国側に寝返らせようと、工作しているのか?
いや、そんな必要は無いはずだ。
そもそも兵力差は再三伝えているように圧倒的。戦に勝つためだけなら、そんな手間は省くべきなんだ。
「もはや向こうは、戦の全面的な勝利を確信して、占領後の工作を行っているのか……」
縁起でも無いことをいうな、父よ。
それじゃ、こっちはとっくに負け確定と言ってるようなものじゃないか。
確かに『もしもの時』のために、有事のことを考えるのは必要だが。
でももし王国側がその気なら、その物量に物言わせた自信、俺が打ち砕いてやる。属国になんて、なりたくないしな。
俺は茂別館での敗戦の悔しさも相まって、戦意が沸騰するように急上昇した。
「ぐっ……」
が、体の痛みが俺の戦意を抑える。
今は無理しちゃいけない、ってことか。仕方ない。明日は俺が先頭に立って、次こそ王国軍を蹴散らす!
「とにかく、現在は臨時で某が中野館を預かる身となった」
「左様に御座るか?」
「兵部少輔殿も他の皆もお疲れじゃろう。今日は某と蝦夷の兵の戦ぶりを肴に、ここでゆっくり休むとよい」
優しい言葉をかけつつ、オッサンが俺を睨みながらそう言った。
あの『どちらがより活躍するのか』という勝負のこと、まだ覚えていたんだな。
悔しいがオッサン、今日のところはあんたの戦い方を見せてもらうよ。
俺たち一族は中野館の東の山から、長門広益とレスノテク、この2人を中心とした戦いを見学することになった。
レスノテクは、本作における架空の人物です。