23 開戦準備
無理難題な要求を押しつけられてから一週間。
それを当然、拒否した蠣崎家。
しかし去り際にフルホルメン大佐は、「戦場で会いましょう」と事実上の宣戦布告をし、徳山館を後にした。
こうして、俺たちは本格的な戦争準備に入った。
今回も季広さんは、北出羽(現・秋田県)の安東愛季に、事の顛末を知らせる使者を派遣し、援軍を求めた。相手の戦力が読めない以上、準備は入念にやらなければならない。
かくして、麾下の12の館は騒然となっていた。
「なあ、慶広」
「む?」
「戦国大名って、すげえんだな。やっぱ」
「急にどうした。武親」
「だってさ、合戦って実際に立ってみると、一回だけで自分の体力や精神力、それに国力だって削れるだろ? それを毎年のようにやっているなんて、骨が折れそうだななんて」
「怖じ気づいたか、武親」
感想自体に嘘は無い。だが、そう受け止められるのは心外だった。
「そうじゃないよ慶広。ただ、こんな時代はいつまでも続いては欲しくないなー、ってさ」
「……それは、あの神々たちとて同じことだ」
「ああそうだな。勝とうぜ」
「無論」
俺たちは徳山館の向うを直視しながら、決意を新たにした。
そんな俺たちに最初に近づいてきたのは、長門広益であった。
「新三郎様! 今回も腕が鳴りますのう!」
「そうか。余もお前の働きに期待しているぞ」
「有難き幸せ! この長門広益、大量の首を引っ提げて、この徳山館に凱旋しとう御座りまする!」
「その意気やよし。ただ、犬死だけはするなよ」
「御意!」
うお、気合入ってんなー。
でもそうか。前回は戦略拠点の夷王山を占拠できなかったもんな。今回リベンジを果たそうってわけか。
「小僧。前回は遅れをとったが、次は負けん! 一番は某じゃあ!」
はいはい、そうですか。
ったく、よっぽどコタンシヤムの乱の悔しさが残ってるのかよ。
戦ってのは個人の武勲を争う場じゃなくて、皆で戦争目的を果たす場所だってのに。
「……俺も、負けませんよ」
ただ1人の男として、功名心を揺さぶられる気持ち、わからない訳でもない。
その勝負受けてやろう。
「生意気を。某こそが蠣崎家最強の武辺者と刻み込んでくれるわ」
とは言えこの勝負、勝ったら勝ったで、その後もこのオッサンに付きまとわれそうな気もする。どうしよう……。
広益は捨て台詞を残して準備に戻っていった。
その後、暫くしてやってきたのは、先々月、上ノ国館の城代に任ぜられた南条越中守守継。
「さすがに今回の要求は、おぞましきものにあったな五郎」
「越中守さん」
「ただ、異民族にも善い者と悪しき者がいる。今回はその悪しき者に当たっただけのこと。そこは忘れぬよう」
「勿論です」
そういえば、守継はコタンシヤムの乱の終わらせ方に一切異を唱えてはいなかったっけ。
俺と慶広以外では家臣団の中で一番、異民族に寛容なのかも。そして戦がなんなのか解ってそうだ。
「新三郎様。此度は拙者、己の持てる限りの力を尽くし、この地の平和守ってみせまする」
「殊勝な心掛けだ。それでこそ領地を与るものに相応しい」
「ははっ!」
広益と同じく、慶広に誓った守継も準備に取りかかっていった。
「じゃ慶広。俺も父上と一緒に茂別館で用心しとくわ」
「互いに武運を祈ろう」
「OK」
こうして慶広は蠣崎家の本拠地・徳山館にて、そして俺、不破武親は一族で茂別館にて構えることになった。
◆◆◆◆◆
さあ来い!
俺は気合いを入れ直し、敵の来襲に備えた。
今回、不破家は一族の拠点・茂別館で、東方からの王国軍の侵入を止める作戦を授けられた。
さすがに徳山館を包囲されては不味いというのが、理由である。
ただ、この茂別館にいる武将は、必ずしも戦に慣れている人材ばかりでは無かった。
実際、俺の次兄にあたる不破季治は、一抹の憂いを隠せずにいた。
「大丈夫かな……」
「何をそんなに怯えておる、次郎」
「今回は、敵も全軍を上げてこちらに向かうのでありましょう? とすれば、この茂別館の防備では些か心許ないかと」
確かに「館」とは、本当の「城」ほどの固さは無い。せいぜい「砦」ぐらいのものだ。
けど万が一茂別館が落ちたとしても、実はそんなに心配していない。
「ま、『全軍を上げて』の行は、只の脅し文句に御座ろう。そんなに心配せんでもよい」
「しかし……」
「今から100年も昔のこと。蝦夷がこの地を制圧したことが御座ったそうだ。とうとう残ったのは、僅か2つの館」
「なんと……」
ああ、1457年に起こったコシャマインの戦いのことか。
蠣崎氏が、蝦夷地の支配権を確立するキッカケになった、アイヌの武装蜂起だったな。
「じゃが、それでも結局は蠣崎方が勝った。蝦夷の首長を討ち果たしたからじゃ。大事なのは、館の固さ云々では御座らん。最後まで諦めぬ心じゃ」
「諦めぬ心……」
良いこと言うね、父も。俺も綺麗に勝とうとは思わない。最後まで粘って粘って粘り抜いてみせるさ。
もっとも父は、前回はわかりやすい武功は残していないけど。それにやっぱ、戦略の関係もあるし。
父の、やや説教臭くはあったが、その鼓舞によって士気が上がる茂別館の将兵。
しかし俺たち一族の戦意は、瞬く間に霧散の淵にたたされた。
原因は、今し方茂別館の沖に見えたミュルクヴィズラント王国軍の陣容であった。
「伝令! 敵の船団を確認致しました!」
「そうか。どれ、どんなものか」
俺たちは父の後を追って、茂別館の外に出た。
すると一族全員、力を失ったかのように腰を抜かした。
「……マジ?」
「あ……あ……」
「これは……ワシも想定の及ばぬ大軍に御座ったか……」
例の大佐の台詞、全く以て嘘では無かったようだ。
なぜなら、沿岸部には凡そ500隻の軍艦が、海を埋め立てるようにひしめき合っていたからだ。
南条守継が実際に上ノ国館の城代になったのは、1548年頃です。




