22 異世界からの来訪者
1561年(永禄4年)8月。
コタンシヤムの乱が終わってから約1年が経ち、松前の街は以前と変わらない様子を見せていた。
今、俺は徳山館にいる。徳山館での政務が忙しくて人手が足りず、兄とともにせっせと働く日々である。
「すまぬな武親。お主のような若者の手も欲しくてのう」
「いいえ。お館様の命とあらば、いつ、何時でも馳せ参じましょう」
「そうか、良い心掛けじゃ。ハッハッハッハ」
まあ、それが『世界征服』に向けての一番の近道だからな。季広さんや慶広たち、蠣崎家の人間には頑張ってもらわんと困るからね。
にしても、コタンシヤムの乱は本当に大変だったな。
あんな戦がこの先も続くようじゃ、いくら神経があっても足りない。より精神的な図太さが必要なのはわかっているんだけど。
そういえば、フレイアがそろそろ『ミズガルズ』の民が来訪するとか、なんとか言ってたけど、一体何時来るんだ?
そうして徳山館の政治を、後学のためにも見学していると、1人の小姓が季広さんのもとを訪れた。
「お、お館様!」
「なんだね。ワシは今忙しいのだが……」
ん? なんだこの人、ずいぶん息を切らしてるように見えるんだけど……。
そう、まるで妖怪でも見てきたかのような慌て顔で。
「そ、それが、い、い……」
「早く申せ」
「異国の者が来ておりまする!」
「なんと?」
異国の……者? 一体どこの誰なんだ?
「そ、その者たちが言うには、お館様に謁見したいとのこと!」
「ふむ、仕方あるまい。通すがよい」
「はっ!」
季広さんの命令で、小姓が慌てて館の外にすっ飛んでいく。まさか、フレイアが言ってたヤツ……?
そしてすぐに俺たちは、小姓の焦りようの正体を掴むことになる。
◆◆◆◆◆
大館に通されたその集団を一目見たとき、俺は自分の視覚を疑った。
「いやいや、ウソでしょ……?」
「な、なんと面妖な……!」
その来訪者は耳が長く色白。そして美しい顔立ち。
どこからどうみても、ファンタジーでお馴染みの『エルフ』そのものの姿だったからだ。
確かに小姓が面食らうのも無理はない。
前世、アニメやゲームで知っていた俺ですら、実際に会って動揺しているのだから。
すると軍人らしい白い制服を纏った細身の男が、帽子を取り礼儀正しく挨拶をした。
「ミュルクヴィズラント王国第4師団連隊長、モルテン・フルホルメン大佐と申します」
「聞き慣れぬ名前だ……」
「みゅ……みゅる……?」
いきなりこの展開、なんだ?
突然エルフみたいな人たちが現れるとは、これが異世界と融合したという決定的な証拠か?
館内は正体不明の一団に、混乱の境地に陥っていた。
しかし季広さんはいち早く平常心を取り戻し、質問をする。家臣団の中で同じく唯一平静を保った俺も、相手の回答を静かに待つ。
「お主の国はどこにあるのだ?」
「ここより東に船で二週間足らず。といったところでしょうが」
船で二週間足らず、か。
しかも東ということは、本来ならばアメリカ大陸がある方角なんだよな。
総合して考えるに、アメリカより近い国家というわけか。
「それで、用件はなんじゃ?」
季広さんが案件について問い質すと、フルホルメン大佐は物騒な発言を口にした。
「――本日は要求があり、訪問させて頂きました」
「要求、じゃと?」
「とりあえず此方をご覧ください」
そう言ってフルホルメン大佐なる人物が出した書面には、見たこともない言語で書かれた文面が、ずらりと並んでいた。
「よ、読めぬ……」
「そもそも、日の本の言葉にあらず」
「唐の言葉とも異なりまするな」
この字の感じ、北欧っぽい言語か? 綴りの雰囲気とか、そんな感じがする。
さて、とは言えこのままだと要求が何なのかがよくわからないな。あの大佐の黒いニヤケ顔がムカつく上に、要求の内容を暗示している気もするが。
「お館様。ここは五郎にお任せください」
「武親?」
そういうわけで俺のチート能力、『他言語翻訳』。
名前の通り、さまざまな言語を母国語に翻訳できる能力。なので、母国語(俺の場合、日本語)の古典で活用することはできない。
俺はこの能力を使い文章を和訳した。すると、驚愕の内容が書き連ねていることを目の当たりにした。
『・我ら、ミュルクヴィズラント王国に服属すること
・王国に毎年、100億クローナと海産物を貢納すること
・領主の正室と嫡男を、人質として首都に送ること
・国民全員、パトロヌス教に改宗すること
・今後、王国が軍事行動を起こす際は兵を出すこと』
俺は言葉を失った。
恐ろしいほど傲慢不遜な内容の数々。
酷い、最初から属国になれと命令されているようだ。ただでさえ、俺たちは安東氏の下にいるというのに。
「どうじゃ武親。何かわかったか?」
こんな屈辱的で一方的な要求、飲めるはずがない。これは正直な話をして突っぱねてもらおう。
「お館様。この者たちの要求、俺としては飲むわけには参りません。今から内容をお伝えしますので、お耳を拝借します」
俺はフルホルメン大佐の要求を一字一句正確に伝えた。
「なんと……」
「どういうつもりじゃ、これは!」
「見知らぬ異国人の癖に、なんと無礼な!」
読み上げ終わり、館内は一気に怒号で埋め尽くされた。
それは当然の反応で、その轟音には驚いたが予想通りだった。
「しかしながら、これを呑まねば我らは全軍を挙げて! この地を征服に来るでしょう」
脅しか。会って早速最後通牒って、そんな滅茶苦茶な外交初めて聴いたぞ?
いきなりのエルフの登場と属国命令に、蠣崎家と家臣団、そして領民の安全と未来は再び危ぶまれることになる。




