閑話 脇本館を訪れる
コタンシヤムの乱から3ヵ月後。
俺たち不破家の人間は、季広さんの招聘に応じて津軽海峡の沿岸を歩いていた。
これはその道中の話――。
◆◆◆◆◆
「あっ、父上。1つお願いがあります」
「五郎。なんじゃ?」
「ちょっと越中守さんに、この前のお礼がしたくて」
「そういえば、ここには脇本館が御座ったか。良い、十分にしていけ」
「ありがとうございます」
脇本館(現・知内町)は代々、南条家の拠点となっている館だ。
この前の戦じゃお世話になったからな。感謝の1つでもしないと。
しかし俺が中に入って早速、奥の部屋から例のヤバい言動を耳にする。
「も・り・つ・ぐ・さ・ま☆ あたしのお味噌汁、ちゃんと飲み干してくれますよね?」
「あ……ああ……。も、もちろんだ……」
これは……鷹姫が暴走しているな。
そして餌食になる守継、哀れ……。
しかし、どのタイミングで部屋の襖を開ければ良いんだ?
「あたし、今日は卯の刻(午前6時前後)からたっぷり作ってあげましたのよ。あたしの愛情たっぷりのお味噌汁、味わって頂けますよね?」
「と、当然だ……」
「あの……」
「何者!?」
「ひっ!」
俺が、ええいままよと襖を開けると、鷹姫が俺の方向一直線に短剣を発射させてきた。
短剣は、俺の顔スレスレを通り壁に突き刺さる。俺は、戦場以上に血の気が引いた。
「あ……あ……」
言の葉を紡ぐなんて高度な脳機能、生死の狭間に立たされて実行に移す余裕があるわけも無く、ぼうと立ってる他なかった。
「て、いつぞやの豆坊主?」
「まっ!?」
そして気に喰わない人の名前を、ロクに覚えようとしない。テンプレか?
「あたしたちの愛の巣に何の用ですか?」
「とてもそういう風には見えな……」
「何か言いました?」
「何も申しておりまぜぬ……」
だから、今度は包丁突きつけたまま会話するな。思考が止まる。
「お、おー五郎ー。待ってたぞー」
そして取り繕うように、守継も鷹姫の後ろからのそっと登場する。
と言うか、なんか動きがぎこちないんじゃね?
よっぽど鷹姫のアレが効いてるんだな……。ご愁傷様です。
「え、越中守さん。こ、こここ、こんにちは」
そして人のことを言えない俺。互いに苦労するね。
「まったく、五郎が戻ってくるのが随分遅いから、来てしまったではないか」
そしてこの修羅場に父登場。
空気を読んで入れ。死ぬぞ。
しかし俺の不安はすぐに解消される。
「あ、武治様? なんで……」
そういって鷹姫は、自分の持ってた包丁をサッサと隠し、何事も無かったように振る舞った。
父上、グッジョブ! あなたは救世主だ……!
「何故も何も、ここを通りかかった時に倅が挨拶したいと申してな。ワシもついて来たんじゃ」
「豆坊主が?」
「た、鷹姫! 少しだけ、少しだけでいい。ちょっと席を外してほしい」
「少し」も「ちょっと」も、似たような意味じゃないか。
どんだけ譲歩してるんだ? 相当、鷹姫の調教(?)が功を奏してしまったのか?
「……仕方ありませんね。少しだけですよ」
「かたじけない」
ふう、運良く交渉が成功したようだ。
早いとこ終わらせないと、鷹姫の制裁が怖いからな。
「越中守さん。この前はどうも、ありがとうございました」
「ん? どうした。随分と改まって」
「越中守さんと共闘していなかったら、俺、背後を気にして上手く戦えなかったと思います。だからその感謝をしようと」
「拙者は何もしておらぬよ。五郎の武が誠に達者でござったから、あの戦に勝てたのだ。こちらこそ礼を言う」
守継。鷹姫のいないところだと、なかなかの紳士だな。
さすが蠣崎家の忠臣なだけはある。立派だ。
「さあ、拙者たちにはやるべきことが山ほどある。天下に向けて、歩みを進めて参ろう」
「……はい!」
いい奴だ。こんな男を家臣に迎え入れられて、季広さんもさぞかし喜ばしいことだろう。
「では、戻ろうか」
◆◆◆◆◆
俺たちが元の部屋に戻ると、なぜか父が天井を向いて倒れていた。
「父上!?」
「鷹姫! これは一体……?」
「ふふふ、守継様。武治様もあたしのお味噌汁に感動して、この通り♡」
鷹姫、まさか飲ませたのか?
そう言われれば、父の横にお椀が落ちているけど。しかも大半が零れているし、察するに……。
「た、鷹姫。落ち着いて……」
「守継様には是非、あたし特製のこのお味噌汁で精力をつけていただきたいの。だから、飲んで☆」
「あ、ああ……」
これは断れないよな。守継、ファイト!
「……えい!」
なみなみと盛られたお椀片手に、守継はグビグビといく。おお、一気に飲み干したぞ。
さて、お味の程は?
「……ぐ!」
しかし速効性の毒を仰いだ時かのように、守継も即座に床の上に倒れた。
げ、俺が察した通りの味かよ。それにこの流れ、確実に俺も槍玉に上がるよな……。
「まあ、さっすが守継様。あたしの味に感動してくれましたのね?」
いや、絶対それはない。だって気絶してるし。
ていうか鷹姫、盛るなよ。俺は飲まねっつーの!
「不本意ですけど、豆坊主にもこれを飲ましてあげましょう。絶対、美味しいって言ってくれますよね?」
結論ありきかよ……。
……ええい! 騙された気分になって平らげてやらあ!
俺は半ば押し付けられたお椀の味噌汁を、渋々すすってみた。
「……おえ」
ま、不味い……。
ヌルい温度に具のワカメが変な味……。
そしてなんか滅茶苦茶甘ったるい……。
「ふふふ、これで自信を持って世に出せますね」
この自己中女に振り回され、俺たちは復活するのに1時間かかった。
恐るべき暴君。
俺は改めて守継の我慢強さに敬意を表し、この女帝の傍若無人ぶりもまた、改めて再確認したのであった。
第2章、終。




