19 下国親子の不仲
セタナイ(現・せたな町もしくは八雲町熊石)。
日本海の雄大な景色を見下ろすこの土地に、師季が居るという。なんでまた、こんな辺鄙なところに?
荒波押し寄せる海岸に沿って歩くと、それは粗末なあばら小屋を発見した。
「微妙に、飯を炊いている煙が見えるな」
「まさか……ここに?」
断崖絶壁。人なんて誰も住み着かなそうな場所で生計を立てる。並大抵のことじゃないぞ?
俺は慶広を一瞬止めたが、「父上からの任だ」言って聞かず、小屋の扉を開けた。
「――誰じゃ?」
「蠣崎新三郎慶広だ。父・蠣崎若狭守より、『下国師季を連れ戻せ』との命を受けた」
「儂は、確かに下国下野守師季じゃが」
「帰ろう。主君が待ってるぞ」
いやいや、性急すぎるっしょ慶広さん。まずは理由を聞かないと……。
堅物そうな顔してるし、すんなりそんな命令、素直に受け入れてくれるとも思えないよ。
「――儂は戻らぬぞ!」
やっぱし。予想通りだった。
「なんでなんですが?」
「儂とあの馬鹿息子は、肌が合わん!」
やれやれ、コタンシヤムの乱自体はこっちのオリジナルの戦いでも、下国親子の不仲は史実通りですかい。
「そもそも勝山館の防衛でも、儂の命令を馬鹿息子が一切聞かなかったのが原因じゃ。儂は悪くないわぁ!」
それは兵力差が50倍以上あったからであって、作戦云々の話じゃないような気もするけど……。
つか、どうするんだ慶広? 季広さんにどう説明すれば?
「お館様には『師季は出家した』とだけ伝えてくれ。儂は、断じて動かん!」
うわあ、頑固っ。梃子でも動かないとはこういうことか。でもどうすれば……。
「わかった」
「へ?」
「父上にはそう伝えておく。達者でな」
「おう。さらばだ」
え、なんとまああっさり引いたもんだな。
て言うか、俺たちこのためだけに、何日もかけて日本海の波飛沫を浴びさせられてたのかよ?
せめて、もう少し粘れよ! 帰りも同じルートを辿らなきゃなんないんだぞ?
だが、俺の心の叫びは聞き入れられることはなく、慶広に半ば強引に引っ張りだされるように、あばら小屋を後にした。
◆◆◆◆◆
「……まったく、なんで」
俺はギリギリ聞こえない範囲の声で、不満を吐いていた。
しかし慶広の耳には何故か丸聞こえだった。
「お前の言いたいことはわかる。『もっと粘れ』、だろう?」
なんで分かるんだよ、海翔くんよ……。確かにその通りなんだけどよ。
「だが史実に造詣のあるお前にも、見落としはあったようだな」
「?」
何いってるんだ慶広。俺のどこに見落としが……。
「そもそも、下国氏は安東氏の支族だ。下国氏も代々蝦夷地を治めている身」
「安東氏……あ」
「それに、安東氏は今でも形の上では蠣崎一族の主君。下手に強くでれば、安東に攻め込まれるかもしれん」
ああ、そうだったね。すっかり忘れていた
実はこの頃の蠣崎氏は完全には独立していない。
コタンシヤムの乱の時もそうだったけど、あの二千の援軍は、安東氏にしてみれば「部下に兵でもくれてやる」という感覚で派遣したやつなんだ。
そもそも下国という姓が『蝦夷地の下国を支配している』立場を表している名前だったな。すっかり、忘れてたよ……。
「結局無駄足か。はぁ……」
「そうでもないぞ武親」
「え?」
そういって慶広が差し出したのは、封書だった。
「これは?」
「師季から貰ったものだ」
「いつの間に?」
「それはどうでもいい。とりあえず読め。お前宛てらしいからな」
「俺に?」
わざわざ、俺に宛てるって……?
中身はなんだ?
『儂が立ち去った後の茂別館をよろしく頼む。儂では成し得なかった発展を、どうか成し遂げてくれ。お前の父・武治殿にも頼むぞ。あと、重季に正式に家督を継がせることも伝えといてくれ。儂とそやつの仲を、儂の意地でこじらせてしまったことを反省致す。これからも、蠣崎一族を支えてくれ。下国下野守師季』
さっきの態度と、180度違うじゃねえか師季さんよ。
本音がそうなら、そう直接伝えりゃあいいじゃないか。
て言うかこの本当は息子思いだったんだな、あの爺さん。
「まあ、立場ある人間だからな。そう、おいそれと本音なんて言えんだろう?」
「そういうもんかねえ?」
「そういうもんだ」
これは、父もだけど、重季にも教えとかないとな。
◆◆◆◆◆
徳山館。
政務中の重季に俺は接触した。
「孫八郎さん」
孫八郎とは重季のことである。ちなみにかつては師季も“八郎”と称されていた。
「ん? 誰かと思えば、先の戦で功を挙げた五郎ではないか」
「孫八郎さん。下野守さんから伝えたいことがあると言われまして……」
下野守、師季の名が出ると、重季の目つきが急変した。
「あんなクソジジイ、とっととくたばっちまえばいいんだ!」
突然強い口調で反発する重季。興奮し息があがっている。
これはヤバいな。早く沈静化しないと。
「孫八郎さん、怒らないで。ちゃんと落ち着いて聞こ……」
「知らん!」
大人気ないなー。俺より15歳くらい上なのに、だだをこねてやがる。思ったよか深刻だなてこれは。
「――親を蔑ろにするとは、武士以前に人として失格だな、重季」
「慶広?」
そして、こういう美味しいところで登場するのが慶広だ。というわけで頼む。
「し、新三郎様! いや、これは、その……」
「とりあえず、武親が読み上げる一文に耳をそばだててみろ」
「新三郎様の命令とあらば、聞くしかありませぬ……」
俺は、重季に関する手紙の後半部分を読み上げた。
「親父が……拙者に家督を……? それに、これは……」
重季は信じられない様子だった。
きっと、互いに喧嘩ばかりしてたのかもしれない。
その頑固親父の意外な一面を、重季は驚きの目で感じていた。
「生来、頑固だった師季さんは、きっと面と向かって言いにくかったんでしょうね」
「まあ、己の誇りが傷つくと考えるとな」
「まさか……そんな……」
「なんだかんだで、子ども思いだったんですよ、師季さんも」
「……」
おお、おお、男の涙か。
いいぜ、泣いとけよ。存分にな。
「……お、親父……親父ぃ!」
後の話。
師季さんは『清観』と号し、数年のうちに亡くなったそうだ。
重季の考えがどう変わったかは、言わずともわかるだろう。
とにかくこれで、コタンシヤムの乱に関する物事に対し、全ての清算が終わったのであった。
史実には、下国親子が和解したという記述はありません。




