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皆でクッキンッ!!焼きそばァ!!

「あのさぁ!皆で一緒に料理作って食べて、親睦を深めようってこの機会に ! 寝っ転がったまま手伝う素振りすら見せないとか…………呆れる程良識がないよね!?おれはもうお前らと懇親する意欲がまるでないよ。これっておれが悪いの?違うよね悪いのはお前らの方だよね!?」



 帰ってきてからというもの…………いや、多分理不尽にも空亡に頭を焼かれたその以降、雲外鏡の機嫌は相当に悪かった。


 そんな折、一向に料理の手伝いをしようとしない、一反木綿と空亡の怠惰ムーブを見せられてしまえば、もう彼の悪態が止まる事などないだろう。



「黙れカス丸メガネ。妾は(ワル)じゃ。(ワル)はお手伝いなどせん。失せろ」


「料理は面倒臭くて嫌いやねん。やりたい奴がやればええやんか」



 表象(シンボル)モンスターは弱点をつかれなければ討伐され(死な)ない。故に、表象(シンボル)モンスターに餓死の概念はなく、食事は生存の必須項目とは言えない程度のもの。彼らが文化的生活を営むのは、それによって化質の増加とクオリティの向上が見込めるからであり…………事を起こす直前でもなければ生活水準を維持する理由はないのだ


 雲外鏡とて、取る必要もない食事を、自分の手で作ろうとするような、そんな高尚な創作意欲など持ち合わせていない。ぬらりひょんの提案に乗ったのは、それが〝ぬらりひょんの提案〟であったから。


 皆で一緒にご飯を作って愛を深めようだなんて発想は、雲外鏡にとって薄ら寒くてしょうがない吐き気を催すようなそれである。しかし、その持ち主が、自らの居場所の頭に位置する存在であるのなら、立場を守る為に自分を偽って即す他はない。


 そんな自分の気苦労を手にも取ろうとしない奴、気づきもせず堕落を貫く奴…………それを目の前にして、雲外鏡のこめかみに青筋が走り出す。



「お前らっ───」


「黙れとも失せろとも言っておろうクズ丸メガネ。うぬの口から聞きたい事など地獄の住心地以外ないわ………!!」



 爆発する雲外鏡の怒りを直前で封じたのは、空亡から発せられた圧力。能力を使ったわけでも、化質を現したわけでもない。ただ彼女は見ただけだ。ただのひと睨みで、空亡は雲外鏡との力関係を構築し直し、黙らせたのだ。



「喧嘩はよくないよ2人とも。一反木綿の言うようにやりたい人だけやればいいんだ ! 」



 このタイミングで、そうぬらりひょんに言われてしまえば、もう雲外鏡には立つ瀬がない。雲外鏡は黙ったままつま先をキッチンに向けて、わざとらしく音を立てて歩き出す。



「おい、どこに行くゴミ丸メガネ。三途の川はそっちにはないぞゲロ丸メガネ」



 空亡の挑発に対する憤りを抑え込みながら、雲外鏡は調理に徹しする心を築く───



***



「賞味あれ!我輩と雲外鏡が織りなす愛の結晶ッ!!懐かしき日本の味、焼きそばだァ!!」



 ぬらりひょん、一反木綿、雲外鏡、空亡…………この4人の共通点は、4人とも日本人である事。ふと郷愁にかられ、日本の味を口にしたくなったぬらりひょんは、昨日からこの4人での食事を計画していた。


 一緒に調理してくれたのは残念な事に雲外鏡だけであったが、それでも今日のこのひと時は、自分達にとって忘れられない記憶となるだろう…………卓についたぬらりひょんはそう確信する。



「焼き…………そば…………なん………?」


「……………………」



 困惑する一反木綿の目線は雲外鏡一人に注がれていた。雲外鏡の態度もまた呆れ返ったもので、自分は知らないとばかりに、隣に座るぬらりひょんから顔ごと視線を外しながら親指をそちらに向けている。


 そして、一反木綿と空亡は再度視線を、自身の前に置かれた焼きそばにやった。


 豚バラ肉、ピーマン、もやしに、キャベツ。そして一皿の大部分を占める縮れた麺を見れば、それが焼きそばである事は瞭然の事実と言える。───しかし、しかし…………それを焼きそばであると断じるには、麺の色が赤すぎた。



「ソースを買い忘れてしまってね。仕方がないからケチャップで代用したんだ!」


『…………………………』



 焼きそばの材料が冷蔵庫にない。その為に行われたのが先程の買い出し……………3時間にも及ぶ買い物の理由である。


 だからこそ言葉が出てこない。一反木綿も、雲外鏡も、空亡も、しばし発言する気力を失ってしまっていた。



「…………パスタくらい………あったじゃろ…………ナポリタンにすればよかったんじゃ………ナポリタンも日本料理じゃぞ」


「初志は曲げない………!その方が人として愛らしいじゃないか!!」



───何にせよ作った以上食べるしかない。4人は合掌し、ぬらりひょんの掛け声に合わせて───



『いただきます』



 食前のあいさつを済ました。そして4人はケチャップ焼きそば口に運んでいく。



「───まぁ、悪くはないんちゃう?」



 ソースの代わりにケチャップで味付けされた焼きそば───という印象が強いだけで、具材とその組み合わせ自体はそこまで妙なものではない。雲外鏡が調理に携わっているのもあり、食べ難い味では決してなかった。


 食事がつつがなく進んでいく。勿論ただ目の前のケチャップ焼きそばを食べるだけではなく、他愛ない会話を箸の動きの合間合間に差し込みながら────言葉を発しているのはぬらりひょんと一反木綿だけだが。



「ぅぅぅ………ぅうぅぅぅう……………」



 泣き声が聞こえる。それはソファの方から発されて、少しずつ和んできた空気に染み込んでいき───腐らせていった。



「………っ!!あぁ!!百目ッ!!なんってことだ………!!忘れっ…………失念していたぁ!!」



 百目の声に気がついたぬらりひょんは、慌てて彼女の元に駆け寄り、ほったらかしにした時間を埋めるよう丁寧に何度も頭を撫で始める。



「ごめんよ百目……………ご飯は皆で食べるから美味しいのに…………キミを置いて先に食事を始めてしまうなんてッ………!!ごめんっ………ごめんなぁ…………!!」



 無数の目から濁った水を分泌する百目と、一緒になって涙を流しながら、ぬらりひょんは平謝りを続ける。そしてひとしきり泣いたぬらりひょんは手と手を合わせて───



「今からでも、一緒に食事をしよう。ほら」



 目の内のいくつかはぬらりひょんをじっと見つめているが、その他大勢の眼球は自分の昼食から目を離すことができないでいた。



「手を合わせなさい百目」



 ぬらりひょんのその一言を受けた瞬間、黒く丸々とした肉体の一部がペリペリと剥がれていく。剥離したのは腕、百目の体を形作っていた肉の一片。そして続いてもう1本、腕の形に戻した肉を剥がして作り───黒い肉塊から伸びる2本の腕を並べて構えた。


 一拍置いて、プルプルと震えながら、両腕が動き始める。聞こえてきたのは、泥と泥のぶつけ合い、硬い木片の衝突の繰り返しのような、異なる異音のデュエット。百目のぎこちなく動く両腕は何度も何度も手を叩き合っていた。───というより、うまく手を合わせられないから、幾度も手のひらの端同士をぶつけ合わせて滑らせてしまうから、繰り返す事で正常な合掌を成立させようとしているのだ。


 そしてパチャリと、ようやく黒いグズグズの表面2つが、綺麗に合わさる。



「………ふぅぅぅぅ……っふぅぅぅぅ」



 手を合わせ終えた百目、そこで彼女の欲望は限界を迎える。眼前のご馳走を見る目がより苛烈に燃え上がっていく───大きくがっちり肉肉しい、食べ応え抜群の成人男性。柔らかく舌触りがよく香しい、舌上の踊り手、成人女性。小ぶりだが、瑞々しい少女。


 百目の黒い肉塊の傍ら、リビングのフロアマットには3人の親子が寝っ転がっていた。


 縄で括られた手足が必死に悶える。死に物狂いで吐いた声のほとんどは、口内の布に吸いつくされ、残り物が室内で弱々しく絶えていく。血が巡りきり白を失った目が叫びを止めない。涙のしみきった赤い肉が崩れそうな程によがり、本来の形を忘れて──忘れて……………



 男と女の足の裏が、粘液質なものと触れ合った。それは呼吸するように波打って、徐々に肌にとりついていく。そして二人の指の合間を通りぬけて、その黒黒とした生きるドブは、広々とした足背に乗り出した。


 生暖かい骨付き肉が振動を加速させる。包み方、力の入れ具合、その調性を変える度に、喉元で流れる曲は転調をしだし、骨が動いて肉の形状が変化する。自分の随意が意識とは違った形で反映される、その様子を見る遊びが、百目はちょっとだけ楽しかった。



 フロアマット(食器)拘束された人間(料理)に向かい立つ面を百目の体の正面とするのなら、今まさにプクッと膨らみ、分裂するように太太と伸びていくその部分は背面だ。広がる触手の肌にギョロッと見開く数え切れぬ目。その合間を縫っていくように、赤黒い液を被った白い破片が、這って登って頂点に潜る潜る。


 親子の足先、膝の皿、服を挟んだへその上、起伏の忙しない胸部、動きすぎて内が荒んだ喉、筆舌に尽くしがたい表情の上に、影が乗った。


 親子の真上に位置する目の数々は、規律知らずに動き続け、肉体の全容を把握し、見える範囲での現状の汗粒の数え上げていく。



 そして、熱い風が親子の腹と額を舐めた。腐敗臭が鼻の奥にへと無遠慮に前進していき、それに反応した親子の喉が空白を掴んで前に押し出そうともがき始める。



「いただきますを言いなさい。食べ物に感謝を伝えるこの営みは、人の愛おしいところの1つだよ?」



 ぬらりひょんの朗らかな笑みと言葉が、ひと時の間百目の動きを止める。百目は四方八方に広がる肉体を萎縮するように少し縮め、小さく開けた一つの穴から音を出した。



「い、ぃいたぁ………あきぃ………あす」


「偉いぞ愛しい百目…………さぁ、お上がり」



 百目の肉体が膨張する。ぬらりひょんの優しげな声色を塗り潰していくのは、老いたタンパク質が揉まれる音、打ち付け合う無機質の不格好な一曲。



 歪な黒色の軍勢が、男女2名の肉体に覆いかぶさり───その地を見事な赤色の大輪で満たしていった。



 肘に膝、肩に骨盤、首───耐え難い空腹をいち早く埋めるため、百目は無数の手や口を用いて効率的に食事を行っている。具体的には、関節を起点に食物を大雑把に小分けし、枝分かれさせた自らの体でそれぞれを同時進行で貪る───そんな性急な食べ方だ。


 飛び散る血潮を舐めて飲んで。千切った肉の棒をじっくり吸うように穴の中に収めていく。数え切れぬ瞳孔の数々は、最も近い肉にそれぞれが限界まで寄っていて、目と肉の間に強力な磁力が働いているかのようだった。



 懸命に耳を澄ましてみれば、百目の傍らから鳴り響く、くぐもった高い高い音を言葉として再現できるだろう。


 しかし、少女がもがくような目で見るそれらに当てる単語にしては、あまりにも不釣り合い。それらは小さく醜く、そして使い道がない、幼き彼女の支えとして不十分極まりなかった。


 だがそれでも少女は、胸から込み上げる感情の、見たこともない程のドス黒さを、それらの言葉以外で表現する事ができなかった。


 次第に、未知の感情が見知った色合いに変わり始める。言うなればそれは、止まる事を知らぬ大焦熱。比喩を止めるなら────怒りだ。



「おっと危ない。───ダメじゃないか百目 ! 子供はモンスターに化けやすいんだから、最初に食べなさいといつも言ってるだろう?」



 小さな少女の内側で急激に膨らむ熱烈な化質。それが彼女の額に触れるぬらりひょんの指先によって沈められ、意識と同時に眠らされる。そしてぬらりひょんは気を失った少女を抱き上げた。



「たぁ………えるっ…………たべ………ぅうっ!」



 百目は、手つかずの一皿がとりあげられている事に気が付いた。肉体から幾つもの手を剥がして伸ばし、離れていくそれを手に取ろうとする。そして、食事の手を止める事なく、同時に懇願するように、少女(その肉)を食べる意思をぬらりひょんに伝えた。



「…………そんな可愛らしいおねだりをしてもダメだ ! 一度化けてしまった以上、今ここでキミがこの子を食べるのはリスクがありすぎる…………ごめんなぁ愛しい百目よ」



 ねだる百目の愛おしさに胸が苦しくなるぬらりひょんであったが、彼女が欲しがる腕の中の少女は、見た目に変化を及ぼしていないだけで既にモンスター。眠らせた彼女を刺激する行為は、Oliverに自分たちの位置を補足される結果に繋がるだろう。故にぬらりひょんは心を鬼にして、愛しい百目に我慢を強いる選択をした。


 自らの言葉を聞いて、伸ばした手を引いていく百目の健気さに胸を打たれながら、ぬらりひょんはリビングを後にしていく───



 直前、やにわに響く、机を殴打する拳の音。



「もう我慢できないっ!!こんなカスイベントもうたくさんなんだけど!!」



 憤怒を顕にしたのは雲外鏡であった。彼が叩いた所の側には、ケチャップ焼きそば…………ここまで飛んできた血を被り、より鮮やかな赤になった食べかけの料理。


 そして彼の血走った目は、平然とした顔つきで血のついたケチャップ焼きそばを広げたティッシュに移す空亡、被害がないのもあり我関せずとばかりに黙々とケチャップ焼きそばを食べ進める一反木綿、まぬけ面を取り繕わないぬらりひょん……………そして人喰いの化け物、百目───食事を共にする仲間達全員に向けられている。



「おれは君等と違って人を食いちらかすその害虫と食事する趣味がないんだよね!!?1秒たりともっ ! そのゴミと同じ場所にいたくないよ…………!!」



 思いの丈を吐き切った雲外鏡は、床をこれ見よがしに思いっ切り踏み鳴らしながら席を立ってリビングを出ていく。悲しげな目つきで雲外鏡の背中を見送ったぬらりひょんは、抱えた少女をソファーに寝かせてブランケットをかけてから、そっと百目を抱きしめた。



「ごめんね。きっと雲外鏡も悪気があったわけじゃないんだ…………大丈夫だよ。我輩はキミのそばにいる。ずっとキミを愛している。───だから、ちゃんとキミは幸せだよ?」



 百目は意にも介さず食事を続けている。雲外鏡の罵倒も、ぬらりひょんの愛の言葉も────



***



「ぉおおぉなか…………いっぱぃ……………」



 心中を転がっていく満足感。百目は大人二人分の肉を、骨を、10分程かけて欠片も残さず食い尽くした。満腹に由来する牧歌的な気分が肉体に満ち満ちて、ごく自然に沢山の瞼が沈んでいく────


 一反木綿は浮かぶ布団で昼寝をし、空亡はタブレットで少女漫画を見漁っている。雲外鏡は未だすねたまま、この家に帰ってこない。ぬらりひょんは少女を彼女の部屋に運んで、子守唄を歌いながら添い寝をしていた。



 日当たり良好。3LDKの一軒家。百目は腹の中の家主と一緒にまどろむ。



 1台の車が、庭の奥でアスファルトを踏みしめ去っていく。その音に、彼女らの気配に、百目の内で発生する眠気は引き千切られた。

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