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憤怒はハゲへの贈り物。だが矛先は鏡

「さぁ………来るで………来るで!!」



『…………お前を帰したくない。I love you !』



「来ぃぃぃたでぇぇぇぇ!!!」



「…………………」



 クサすぎる台詞から始まる突然の濡れ場。沸き立つ一反木綿と裏腹に、空亡は顔を歪めて目を背けだす。


 そんな空亡の様子に気がついた一反木綿は、山場に入ったドラマを渋々一時停止。



「どしたん?折角ええ所やのに………恋愛モノ好きなんちゃうんか?」



 彼女の第一印象は、幼気さと妖艶さが無駄なく混ざった、少女漫画の主人公───といったところだった。16歳相当の青々しい美貌。日常の一角としては華やかすぎる髪形を作りながら、鮮やかな浴衣を美しく着こなしていて────添えられる血と灰の臭いとの不似合いさには、当時ひどく困惑したものだ。



 【ぬらりひょん軍団】最強の火兵。【空亡】の表象(シンボル)を身に宿す、残虐無比なハズの今の彼女の様子は───出で立ちに気合が入っているだけの普通の女子高生のようであった。あまりにも変哲のない彼女の動揺を見て、一反木綿は疑問を抱く。



「………いや……いくらなんでも展開がおかしいじゃろ………だって主人公(この女)、たった一週間の間で7人もの男と肉体関係もっとるぞ…………しかも主人公(コイツ)、日替わりで男とまぐわう異常事態に遭遇していながら、ヘラヘラとしすぎじゃ………頭どうかしとる…………共感がまるでできんわ…………」



 〝Lovers is elevenいる──そんなのまるでサッカーじゃん………──〟買い物に行ったぬらりひょん達を待つ間、一反木綿提案で見始めた、オトナ向けドラマの題名である。


 ストーリーとしては、どこにでもいる普通のOL、シャスナ•ラリホウが、カリスマイケメン俳優、オレ様系No.1ホスト、幼なじみの爽やかインフルエンサーに、義勇あふれる熱血消防士、アメリカンフットボーラーなど───11人の魅力ある男性に言い寄られるという…………欲で汚れきったもの。


 肝心の面白さはというと───面白いとかそういう問題でない程度に地獄絵図であった。



「いやいや……物語はここからおもろくなるんやで!?辛抱して見てみいや!」


「無理じゃ!!唐突にイケメンと出会ってなんか流れでデートして、しょうもないいざこざを終えヤるパターンがもう7度も繰り返されとる………!!飽きたとか以前に、見てて頭おかしくなってくるわ!!」


「けどっ………ウケとるんや………!!世間じゃこれがウケとるんやっ………!!」



 白熱しだす議論。その馬鹿げた争いに終止符を打つように───停止された映像の上に作品のタイトルとあらすじ、そして評価が表示される。



「───おい、星1.5じゃぞ………!!妾が吐いたの総意じゃろ!!」



 星で表される5段階評価。3つと半分の星がその輝きを失い、世間とやらの認識が───〝Lovers is elevenいる──そんなのまるでサッカーじゃん………──〟に対するとてつもない酷評があけすけに晒されている。


 更には、時間と共に画面は実文のレビューまで表示され始め、『女の欲望を体現したつもりかもしれないけど、ここまで欲深いやつ人間じゃねぇよ』などという、本気でキレてなきゃ出てこない辛辣な1文までもが表れた。


 突如として見せられる、一般的なこの作品への共通認識を前に、一反木綿は浮かぶ布団から上体を起こし、震えた声を上げる。



「な、なんやて…………?」


「なんやてじゃないわアホ!!一人おとなしくAV興じてろバカ!!」


 

 愕然とする一反木綿に、空亡は半ギレで追撃を入れていく。


3時間もの苦痛の時間から解放された空亡は、ストレスを深い息として吐き出して、ソファにどっさりと寝っ転がる。肘掛けにかけた傘を体の上に置き直し───



「こんなものは恋じゃない───ただの性欲のもつれ合いじゃ。見ててもちっともキュンキュンせん」



そう、ボヤいた空亡は、胸元から一冊の本を取り出す。それは不朽にして、至高の名作。彼女の人生のバイブルである───少女漫画〝キミと見上げた短夜の花〟、その最終巻。


 単行本の後ろからパラパラとめくっていき、空亡は穏やかな心境を取り戻していく。そして読みたかった場所の少し前までたどりつくと、空亡はゆっくりとページを後戻りしていき読み進めた。



「やはり、恋愛はタイイチが正義で最強じゃ。いやまぁ三角関係も乙なものじゃがな…………」



 繊細な絵のタッチ、平易故に真に迫った味のある台詞回し、胸をついて優しくいじくるような恋の旋律。


 さっきまで見ていたドラマが如何にクソであったのかが、心から理解できる…………真実の恋物語。



「本当に辛い時にいつも駆けつけ、欲しい言葉を贈って救ってくれる……………ああ、素敵じゃぞコイミチ。やはり、うぬが世界一の男じゃ………………」



 漫画の世界に没頭しきったらしい空亡は、顔面をページとページの合間に突っ込み、崩れきった顔つきを覆い隠す。声色は胸のトキメキで鮮やかに染められていて、胸キュンシーンに悶える彼女の心境は、誰が見ても、手に取るように分かる事だろう。


 胸の疼きが収まらない。続きを読みたい気持ちと、制御の効かない感情を抑える意思がせめぎ合う。程なくしてつく折り合い、空亡は密着した漫画から少し顔を離し、次のページに指を伸ばす───



「ただいま〜!!」



 ガチャリと開くドアの音。ビニール袋の擦れ合いが耳に入り、2人分の足音がこちらに近づく。



「いい子にしてたかい?一反木綿、空亡。愛しい我輩の奴隷ちゃん達よ…………!」



 退いていく漫画の奥にあったのは、混じり気のない苛立ちの顔であった。静かになった空亡とは対照的に、一反木綿が文句を発する。



「いや…………遅すぎちゃう?どないしたら1食分の食事を買うのに3時間もかける事になるんや」


「お洋服を見ていたんだ。見てくれ、カッコいいコートを3着買っちゃったぞ!!」


「ヤバいくらいに買い物下手やね」



 折角だから、朝ご飯を皆で作って食べよう!そんなぬらりひょんの提案はもう3時間も前の出来事。時の移ろいは、これから作る料理の名目を朝食から昼食、というよりブランチに変えてしまった。


 いつものぬらりひょんの服装は和服。母国でも街中を歩くには注目を集めてしょうがないであろうその格好で、タメリカの街に繰り出そうものなら、通報か職務質問は免れない。ここフリムホーツ州であればTOP5が殺到する。


 その為、今日の彼の服装はシンプルなTシャツとぱっとしないズボン。ただその格好はモンスターであるから平気なだけで、冬に出歩くには薄着すぎるし、何より地味すぎて愛おしくない。だからスーパーに出かける直前に、お洒落な服を買いたいと、確かにぬらりひょんは言っていた。


 こちらが彼の行動の主導権を握っていたら、今後一切の買い物を禁止していただろうなという結果になったわけだが。



「おい、イチクラぁ………」



 彼を、その名で呼ぶ者は、もうこの世には彼女一人しかいない。



「うぬは、いつまで妾を待たせるんじゃ?」



 空亡の血走った瞳は真っ直ぐと、ぬらりひょんに向けられていた。


 そんな歴然とした怒りを見せつける空亡に対し、ぬらりひょんは柔らかな笑みを浮かべながら、愛で満ちた視線で返す。相反する情緒が衝突しながらも、どちらもそれを撤回しない。その光景はまさに、ぬらりひょんと空亡の歪んだ関係性を表現していた。



「───心配はいらないよ愛しい空亡。愛し合う我輩達が一生懸命になって作れば、ご飯なんて一瞬でできるさ ! 」



 薄茶色の紙の玉がふと表れ、火花を散らして瞬時に走り出す。奏でる音は笛のよう、長く長く同じ音を揺らしながら周囲に広げていき、内に秘めた炎の種を花開かせる。



 空亡が放った小さな打ち上げ花火が、雲外鏡の頭に炸裂した。



「たわけが………!祭りの話に決まっておろう!!妾が開催を待つ間、うぬは一体何をしていた!!」


「昨日はミシンでエプロンを縫っていたよ!!───恥ずかしながら学生時代、我輩は家庭科の授業を真面目に受けていなかったからね。1枚縫うのに一日かけてしまって、皆の分を作れなかった…………申し訳ない」


「殺すぞ!!」



 燃え上がる空亡の激昂を前にして尚、ぬらりひょんの受け答えは明るい調子を損なうことがなかった。それどころか笑い始め、からかうかのように───



「ふふっ………キミは本当に可愛らしいな。殺す事ができないから、今まさに怒りを雲外鏡にぶつけたんじゃないか」



 自らの憤怒に対し、ニヤニヤと、ヘラヘラと、なんの深刻さもない態度を取り続ける。───これ以上の神経の逆撫でがどこにあるか?


 忽然と空亡の周囲に浮かぶ6つの花火玉。導火線が火花を吐き始め、爆発までの秒を刻んでいく。


 頭にこびりつく熱に苦しんで未だ立てない、雲外鏡に狙いをつけて───



「近所迷惑や。これ以上はあきまへんで空亡」



 一反木綿の冷静な一声が、空亡が構えた矛の先を下げさせた。

 一回あんまり描写できてない既存キャラを掘り下げようぜ ! という目的の節であるにも関わらず懲りもせず新キャラが出てくるという…………

 まぁ空亡ちゃんは個人的にかなりポイント高いキャラなんで、描ける機会に描かないという選択肢もないんですが。

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