激ウマパスタを後にして
「ねぇ、ツナグツナグ。何故、人は恋をするのかな」
バンタンの話題提示は本当に何の脈絡もなく行われた。
「何故って…………恋愛という行為が、生存に不可欠の要素であると人体に見做されていて。強い欲求によってをそれをするように仕向けられているからでしょう。雌雄で性行為を行い、子を産み育むという動作は、寝食とはまた別の生存の形であり───」
「ちっがぁぁぁぁぁうっ!!ちがうちがう!!そーゆー話じゃないない!!」
聞かれた事に答えようと、ツナグなりの考えを披露したつもりであったが、どうやら質問の意図に即してはいなかったらしく、バンタンは顔を少し赤らめながら勢いよく話を中断する。
「アタシが言いたかったのは ! 恋とかエッチにまつわるモンスター多すぎ多すぎって話ぃ!!」
「ならそう言えばいいじゃないですか……………」
モンスターの種類は千差万別。何を願い、そして化けるのかは、人によって違うもの。ただ3大欲求のような、人間であれば平等に存在するそのシステムにまつわるモンスターは、多発し、そして似た系統に化ける事が多い。
例えば、ついさっき討伐した、性行為に失敗してしまった【EDのモンスター】。
昨日の、女王様プレイにのめり込みすぎた【ドSのモンスター】や。
一昨日は、性行為がやめられない【連結のモンスター】とかいうしょうもない奴らを討伐したし。
三日前は、【6股のモンスター】と【断罪のモンスター】の一騎打ちをどちらも殴って仲裁し、のち【怒り狂う母のモンスター】を倒した。
あと5日前に、【悪い狼のモンスター】の討伐に【狼男】が召集されて、ミラーマッチじゃーんとTOP5のグループチャットが少し盛り上がったりもした。
これらの例は、たまたま性に関係するモンスターが短期間で集中したというわけではなく、性欲が起因となったモンスターというのは日に1体くらい化けて出てくるものなのだ。
「アタシ達さぁ…………一体何度………一体何度、ラブホ出向いたぁ………?清い身でぇ!?いくつか住所覚えちゃったんですけどぉ!!」
痴情のもつれ、性欲が暴走を始める事態というのは舞台を選ばない。選ばないものだが、傾向というものはやはりある。【フランケン】───というかTOP5全チームにとってラブホとは文字通り戦場であった。自チームに出動要請が来なかったとしても、ハザード4以上のアラートがなった時点でTOP5は事件の概要を聞く必要があり、その為TOP5一同は店の名前を聞くだけでどの地域にあるラブホテルなのかが分かるようになってしまった。
「エッチって………ここまで覇権のコンテンツなの………?皆そんなにスケベがしたいのかぁ!!おいおいぃぃ!?」
「知らないですよそんな事………性愛の造詣で言えばランジャンさんの方が遥かに深い筈じゃないですか。ランジャンさんに聞いてみたらどうです?」
「えっ、え…………?」
熱を帯び出すシモの話。そんな父親としてすごく気まずい会話に、ランジャンパパは唐突に巻き込まれる。ツナグからの無茶振りに動揺するランジャンパパは、赫映晶タンクを抱えたまま、禄に言葉も紡げず立ち尽くす。
そして、娘のバンタンが慌ててツナグの耳元に口を寄せ───
「ちょっとちょっとぉ!!パパにこういう話ふっかけないで!!ほら………分かるでしょ分かるでしょ!!」
ツナグには共感しようもない話であった。ツナグは特に何か言い訳やら何やらをする事なく、黙ってバンタンから顔を背けて空を見続ける。
「…………え、えっとぉ………おわったよおわったよ」
「は、はいは〜い…………」
赫映晶を車に詰め終えたランジャンパパは、ほんの少し機を待った後、ツナグとバンタンに声をかけ、出発の旨を伝える。
そして、若干の気まずい空気を車内に詰め込みながら、【フランケン】のパトロールカーは赫映晶スタンドを後にした。
「えっとえっと…………もう、お昼だね〜…………」
「はい、お腹すきましたね。召集が来ないうちに、どこか近い店に入りましょう」
歯切れの悪いランジャンパパの話題の振りに、原因であるツナグは平然と受け答えをする。現在地はウェスタンの住宅街、その端っこ。都市部に向かって車を走らせながら、横目で店を探し出す────
「あっ ! そだそだ ! アタシ行きたい店がある ! ちょい離れてるけど!!」
***
その店はウェスタン北部の駅近くにひっそりと佇んでいた。人通りが特別多いわけではない、静かな住宅街の、手前にある店。しかしながら店内は人が満杯であった。
イタリアンレストラン〝紛れもなくBouno〟
店構えとしては静かで癖のないシンプルなもの。それ故の高級感が散らされた、穏やかなムードであった。
テラス席、空と木々の素朴な組み合わせ、それらを一望できるカーテンウォール。見渡してみると白い壁が、入り込む日差しと薄い影による濃淡で分けられていて、見上げればシーリングファンが静々と稼働を続けている。
そして店内を去来する会話の裏をめくってみると、小さな音量でジャズが流れている事に気づけ。その食器を磨く動作のような、物静かで大人びたメロディはこの店の雰囲気を形作るのに一役買っている。
店に入り、注文を終え、お冷を口に含みながら店内を一望した印象としては───悪くない、といった所。ハズレであると断じるには店の空気感が洗練されており、当たりというには、まだ自分たちは水以外何も口にしていない。要するに今は、来たる料理を待ち、期待に胸を膨らませている状態だ。
ツナグの背後に迫る気配。足取りからして悪意はない。敵でないのならば、自分達に向かってくる人間は誰か?この場所、そして自分達の現状を鑑みれば、それが誰であるかは火を見るよりも明らかである。
「お待たせしました。〝トナカイ肉のボロネーゼ〟と〝マンドレイクのジェノベーゼ〟です」
「わぁ〜!きたきたぁ〜っ!!」
やってきたのは、ウェイターさん。そしてバンタンとランジャンパパの注文したボロネーゼとジェノベーゼ。サラダとドリンクも含めて2人の前に置かれる。
「あっ、先に食べてていいですよ」
「おけおけ ! いただきま〜す ! 」
パスタを前にして抱いた、ランジャン親子の一抹の躊躇いを気取り、ツナグは自分を待とうとする2人の意思を除いた。
それを聞いたバンタンはすぐさま自身のボロネーゼをフォークで巻き取り、大きな口でそれを頬張った。
「…………………………」
口全体に満ちたボロネーゼを、バンタンはゆっくりと咀嚼し、味わいと風味をかき混ぜ吟味する。ボロネーゼを飲み込むまでのその間、バンタンの瞳は皿の中のパスタを映し続け、それ以外の一切に注目することはなかった。穴のような大きく深い瞳孔に、ボロネーゼの立ち姿を入れきったその瞬間、噛み砕かれたパスタとソースの集まりが、彼女の喉元を過ぎ去る。
「───うっま…………うっっっまい ! うまいッ!! このパスタ、マジですっごく美味しいんだけどぉ!!」
頬に宿る赤が持ち上がり、爛々とした瞳は光を散らして、彼女は胸に宿った感無量の思いを見せびらかす。基本如何なる時でも、大きなリアクションをするバンタンだが、これ程の反応を料理に対し見せる事はそうそうない。そのリアクションが、ツナグの期待を更に加速させていく。
ちなみに父親であるランジャンパパの反応は、いい年した大人というのもありバンタンと比べたら控えめだ。血筋には従順には逆らえず顔の輝きが隠しきれていない。
「やぁ〜…………地味にこういうの口うるさかったりするリョウカが、一切口を濁す事なく褒めちぎってたから…………美味いのは分かってたけどけど………実際口にしてみると感動的ぃ………」
一度荒ぶる己の感情をしまい込んだバンタンは、一口分かけた一皿のボロネーゼをじっと見下ろし語り出す。そしてふと何かに気がついたようにテーブル脇の食器入れに手を突っ込み───
「ツナグも一口食べなよ食べなよ!ツナグのカルボナーラも味見したいからさぁ!!」
パスタの一口トレードを提案してきた。
「───それトナカイ肉ですよね………」
「え?いやいや偽物でしょ。流石に流石に」
「いや、まぁそうなんですけど」
ツナグは少しだけ引っかかりを覚えたものの、あんなにも美味しそうにパスタを食べるバンタンの反応を見せられると、好奇心を抑える気が失せてしまうもの。
差し出されたフォークを受け取る事で要望を承諾し、ツナグは寄せられたバンタンのボロネーゼにフォークを入れる。
その間バンタンは、特に断りなくランジャンパパのジェノベーゼを巻き取って口にしていた。浮かべた笑顔を指先で覆う、そんな娘の素振りを見つめるランジャンパパを横目に、ツナグはボロネーゼを口にする。
「!」
広がったのは、美麗に振る舞うトマトの酸味と、気高く染み入る牛肉の味わい。グッと緩急をつけて歯を誘い込んでくるような麺の弾力が、美味なるソースの主張をまとめ上げ、あとに残る香り高さを魅せてくれる。
喉を撫でながら胃に向かっていくボロネーゼを見届けた後残されたのは、次を求める渇望、物足りなさ。飢えの自覚であった。
ツナグの良識が足りてなければ、二口目を得るためにもう一度ボロネーゼに自らのフォークを突っ込みかねなかった…………そう思ってしまう程の美味しさであった。
「いやぁ、こういう激ウマな店で待つ事なくすぐ料理食えるってのは、TOP5として頑張ってきた甲斐があるなあるなぁ ! ────あるのかあるのかぁ?」
食事を取る時間すら惜しいTOP5には、特別措置として飲食店での優先権が与えられている。つまり、この行列ができる人気レストランでも、TOP5は予約なしでも待つ事なく席につけ、すぐに食事を済ませる事ができるのだ。
「───これくらい当然の権利ですよね。せめて食事くらい楽しませてもらいたいものです」
「ねーねー…………なんかもうさ、通帳の額見ててもなんも笑えなくなっちゃったもん。いやいやこれ使いきれるんか〜いって」
料理が運ばれるまでの時間、ツナグは軽めの愚痴をバンタンと交わし合い、その暇を潰す。間もなくやってくるカルボナーラに期待を寄せながら、穏やかな一時をツナグは享受していく────
突如鳴るハザード4以上のアラートが、平和な時間を打ち砕く。
『………………………』
オペレーターが、事件の概要を語っていく。今この場の【フランケン】にとって一番重要であったのは、事件が起こった場所。即ち自分達が招集される可能性。
そして、言い渡されたその場所は、ノースタス北部の、中華街。|【フランケン】のいる位置《ウェスタン北部》とそれなりに近い距離間。しかし、ノースタスという事は、校内のTOP5が招集される可能性もあるという事で、そもそも巡回中の他のチームが選ばれるパターンも十分あり得る。
ただ、それでも【フランケン】が呼ばれる可能性が確かにあるという事なので、バンタンは何も言わずに急いで自らのボロネーゼをかきこんでいく。
言葉を発さなかったのはツナグも同様。バンタンとの相違点としては、自らの前にある机の空きスペースに肘を起き、組んだ両手の指の上に顎を乗せて、ただ願っているという所。神妙な顔を構えながら、ツナグはオペレーターの話を聞く。
そして───
『出動要請!!出動要請!!チーム【フランケン】!!チーム【グリフォン】!!チーム【メドゥーサ】に出動要請!!』
【フランケン】の願いは届くことはなかった。
「………………行き…………ましょうか」
「うん……………うん……………」
最初に席を立ったのはツナグ。遅れてバンタンも口を紙で拭きながら立ち上がる。彼女の前に置かれていたボロネーゼは、既に食器洗いを待つ空の皿に変わっていた。
そして、【フランケン】一同が席から立ち去り出したその時。ツナグは一人の女性と目が合った。彼女は、ここ〝紛れもなくBouno〟に勤務するウェイター。僅かに口を開け、呆然とその場に突っ立つ彼女。その右手にあるトレイには、一皿のカルボナーラが乗っていた。
腹の悲鳴をたしなめて、ツナグは彼女から目を外しその場を去る。




