打ち上げと看病
「あァ〜あァ〜…………もう日が暮れちまうのかよォ…………折角盛り上がってきた所なのになァ…………森を立ち去るのはやっぱり名残惜しいぜ」
〝日が暮れる〟は〝狼男〟用語で勤務終了を指す。なので、夜勤の終わりを告げる日の出を見ながらでもウールネスは同じ言い回しをする。
多くの者が狼は夜行性だろとツッコむのだが、そもそもウールネスの自認は狼でなく〝森の狩人〟。犬っころの常識で関わられても困ると返すのが、ウールネスの日常風景である。
「…………確かに勤務終了の憂鬱さには中々慣れないでありますね。ただ、しばらく【酒呑童子】が療養を取るので、本職らの仕事の取り分は増えるでありますよ」
「そうだなァ………ま、少なくとも【狼男】の負担に関してはマジで気にしなくていいから………ゆっくり休んで元気になってくれよなァ!シジミ!!」
休息の為の【酒呑童子】の一時離脱。TOP5としての責任感が特に強いミサカラカとシジミの2人にとって、他の4チームに負担をかけるこの事態は後ろめたい事だろう。ただ、シジミの発熱の責任の所在は、仕事の偏重をもたらしたOliverにあり、【酒呑童子】の2人が気にする事では決してない。【酒呑童子】に与えられた休みは、ただの帳尻合わせに過ぎないのだ。
ウールネスはそれとは全く関係ない切り口で、担架に寝そべるシジミに声をかけた。
4:14PM
レベル4モンスター。【ヒーローのモンスター】、【目潰しのモンスター】、【銃殺のモンスター】の討伐が終了。一時、討伐した筈のモンスターが復活するという異常事態に陥ったものの、【酒呑童子】の活躍で再び制圧。現場の後処理が終わり、そして再度復活する可能性がないと判断されて、ようやく【フランケン】、【ミイラ男】、【狼男】、【酒呑童子】の4チームはその場から離れることを許された。
空の青が帰り支度を始める時間帯。討伐者によって担架で運ばれているシジミを除いた7人は、ノソノソとした足取りでフリムホーツFCを後にしていた。
シジミの顔の真正面に振り注いでくる、冬の弱い日差し。凍てつく肌にとっては癒しであるそれだが、弱った今、目で受け止めるのはしんどい様子。
「はぁ…………ほんと………さいあくなのだわ………風邪ひくとか………はぁ……」
モタモタと片腕を押しつけて目を塞いだ直後、マミィの影がシジミの頭にかかる。そして吐いた言葉にはやはり自責の念が含まれていた。
「も〜………体調悪くなっちゃったならいっそ、サボれるし優しくしてもらえるしでラッキーラッキー ! てな感じで喜べばいいのに………」
シジミはウールネスやミリーとは別ベクトルで仕事への熱意が強い。熱でうなされてるせいで彼女はリアクションできていないが、自らの助言に対し断固として突き返す姿勢を取っているのだと、バンタンは付き合いから読み取った。
「───心配しなくても、きっとすぐにでも良くなるわよ。というかそうでなきゃ困るわ………分かるかしら?明日はテストで、ツナグらは日勤よ ! あなたが教えてくれなければまた私赤点になるのよ………!あなたの大好きな友人を助けるためにも、今晩中に風邪直してみせなさい………!!」
「───お前は人を励ますこともまともにできないのか?怖いぞ」
「冗談に決まってるじゃないの!!本当に大げさねあなたは!!」
いち早く回復したいであろうシジミの意を汲んで、マミィは自分なりに彼女を励ます。結果本当にカスみたいな発言となってしまったのでパイロに咎められたのだが……………そんなマミィの言葉を聞いたシジミは───
「………テキスト………32p…………大問1………これすらとけなきゃ……………はなしならないのだわ」
「見たかこのバカがッ!!やる気にさせちまっただろうが!!」
「じょ、冗談って言ってるでしょう!?テストはパイロに何とかしてもらうから明日あなたは寝てなさいよ!?いいわね!?」
マミィの冗談を真に受けて………いや、恐らくちゃんとそれを理解した上で要求を承服し、シジミは明日に備えてマミィに宿題を出した。
こういう場合のシジミは、ちゃんと言っとかないと弱った体を無理やり起こして本当に勉強を教えに来てしまうので、念を押すように繰り返し来るなとマミィは釘を刺す。
ただ、マミィパイロの組み合わせは、どんなキッカケからでも喧嘩を勃発させられる。きっと2人は勉強という行為に対し最低の能率を叩き出し、結果何も遂げられるない事が目に見えているので……………シジミは「あさ…………しちじしゅうごう…………はぁ」と承った勉強を教える約束を譲らない。
明日の七時に本当にベッドから出てきそうな気配がしてくるが、多分出待ちするであろうマミィかミサカラカに戻されると思うので、ツナグはそこまで心配はしなかった。
どちらかと言えば、ツナグは2時間と立たずに始まる夜勤に対し───いや、更に先の事にまで彼は憂慮をしていた。
普段から変化の乏しいツナグの顔つきに、浮かない気分が溶け込んでいく。
「ニャハハ!お疲れ様だぜぇお子様方ぁ!!」
TOP5の背に投げ込まれる労いの言葉。パルトコーツの声を聞いて、一同は振り返る。仕事の一段落に際してか、恐らく休憩の一環として【メッサーズスケルトン】の2人はツナグ達の後を追うようにして外に出ていた。
「いやぁホントに本日は大変な一日なこって………全員五体満足、無事でこの戦いをきり抜けられたのはマぁぁジでめでたい事だよなぁ!──でぇ〜そんなお子様方に質問なんだが…………この後はどこ行くつもりなんだぁ!?」
いつものように、パルトコーツは明るくお調子者な口調で語りだし、ツナグ達の次の行動について聞いてくる。
「…………?無論パトロールでありますが?」
「まだ日は暮れてねェしなァ…………いつ呼び出されるか分かんねェんだしせめて車にはいねェと」
「んー………勤務開始はまだ先だけど、時間的にわざわざ学校帰るのは無駄足だよなぁ…………【ミイラ男】もこのままパトロールっすかね」
「はぁ…………ま、そうなるわよね。早いとこ散らばって巡回に勤しまないとだわ」
TOP5の回答としては、端的に言えば仕事であった。そしてそれはパルトコーツの期待を大きく裏切るものだった。
「おいお〜いっ!!お子様方マジで言っちゃってんのかぁ!?この快勝と苦労を経て、すぐさまやる事が労働かよォ!!───じゃあそんな時にすべき事ってなぁんだっ?打ち上げでしょうがッ!!」
その勢いよく放たれた、〝打ち上げ〟というワードに対し、ツナグ達TOP5のリアクションはひたすらに困惑、そうとしか言えない程に彼らは呆気に取られていた。
「…………えっと、でも………TOP5がひとかたまりになるのって良くないんじゃ…………」
ツナグが指摘したのは、レベル4モンスターを迅速に討伐する為の実質的な原則。TOP5は校内を除いて、州全体に散らばっていなければいけない、という点であった。そしてそれは皆の総意でもあり、特に自らの意見を付け加える事なく一同は返ってくるパルトコーツの言葉を待った。
しかし、そのツナグの発言に返答をしたのは、パルトコーツではなくアラボネの方。
「貴方達は学生です。風紀を遵守するのであれば、貴方達の行動に関与する権利など、本来私達にはありません。───1時間。私の力で貴方達に与えられる時間はこれが限度です。約束事を守れないようであれば次はありません。留意したのであれば、この時間をご自由にお使いください」
長々と、業務的な口調に徹したその言葉は、感情の一切を取り払ったようでありながら、彼の心の内をそのまま反映したそれであった。
小難しく迂遠なアラボネの発言を徐々に理解していったウールネスは───
「つまり打ち上げ行っていいって事だなァ!!おっしゃあ皆でどっか行くぞォ!!」
はしゃぎだし、久しぶりのTOP5同士の外出に胸を踊らせ始めた。アラボネへの感謝の言葉がマミィ以外の全員の口々から綴られていき、パルトコーツもテンションを上げだして、骨の頭を揺さぶり始める。
「いぃよっしゃあァァ!!んじゃ皆様方どこいくぅ!?ファミレスぅ?カラオケぇ?ボウリングぅ!!Foo〜!!」
「──ただし」
そんなパルトコーツの揚々たる態度、アラボネは冷たい一声に貫かれる。パルトコーツはその凍りついた笑顔(雰囲気的に多分表情は笑っている)をぎこちなく、アラボネに向け───
「パルトコーツ•バッツバック…………貴方の業務はまだ終了していません。打ち上げの意図と必要性は首肯致しますが、貴方の職務放棄と放蕩を肯定する理由には到底なり得ません」
アラボネの鋭利な正論をどストレートに受け止めた。借りた猫のような態度を続ける事数秒、パルトコーツはほんの少しちょけてみて、実兄にねだってみる。
「兄〜様っ!───2倍頑張ってぇ?」
「……………………………」
返ってきたのは、混じり気のない冷ややかな目であった。徐々に辛うじて残っていたパルトコーツの遊び心は凍死し始めて───
「……………はい」
他人行儀の返事しか、兄に返せなくなった。
「───つーわけでぇ………オイラはいけなくなっちったから。皆様方で楽しんできてくれなぁ!!」
兄からツナグ達に視線を映したパルトコーツは、一転して明るい口調となり、ツナグ達だけで打ち上げに行くよう促した。
「───打ち上げかぁ……青春ぽくっていいないいなぁ………」
「そうでありますね。………行くとするなら、この近くにある|Ultimate Donutはいかがでありますか?」
「おおいいなァそれ!!オレ〝ドーナッツインザルビーオンストロベリー〟が食いてェぜ!!」
空気は完全に打ち上げムードとなった。ただ、これから遊びに行くには一つの懸念がある。
「じゃはは ! 打ち上げだぁ?俺はそんなくだらねぇ催しなんざいかねぇよ」
ふと、後ろからツナグらの肩を叩く声。ミサカラカの声を皮切りに、ツナグはその懸念について口にする。
「………シジミはすぐにでも寮に帰ったほうがいいです。来たところで辛いだけで楽しくないでしょうし…………」
「あ〜…………確かに確かに………じゃあ打ち上げは無しかな無しかなぁ」
風邪を引き高熱を出しているシジミが、打ち上げに参加できる訳がない。折角の機会を不意にしないよう、ミサカラカは不参加を宣言する事で、シジミを連れ帰る旨を伝えてきたが…………体調不良で寝込む友達をよそにして遊ぶ事など気分的にできそうもない。打ち上げに湧き立つムードが、一変していく────
その空気感の変化を瞑目しながらも敏感に気取ったシジミは、睥睨。とても弱った体から放たれているとは思えない、怒気で満ちた流し目が、場の全員にかかる。
「───すっげぇ行ってこいって言ってるな」
「行かないと抜かりなく全員にキレ散らすわよ。行きましょうか」
パイロとマミィの反応は、困惑というよりも納得。この場合のシジミはまぁこのようなリアクションをするだろうなという、理解度チェックに正答した故の淡白な感情が湧いていた。
「そうかァ…………シジミを看病する為にミサカラカは来ねぇっつったのか…………けどよォ、お前が特にキツく睨まれてるみてェなんだけど………ホントにこねェの?平気かァ?」
状況に追い付いたウールネスが気にかけたのは、シジミの凄まじい目つきを受けるミサカラカであった。そんなミサカラカは、シジミの様子を見ないようにしながら話し出す。
「あァン?ちげぇなぁ、シジミを心配して行かねぇと言ったわけではねぇよ。オレはこの後、アイスとゼリー、フルーツ各種を買い揃え、シジミの看病をしに来る女子をリンゴを剥きながら待つという予定があるから断ったってだけだぁ ! 」
「…………えっ?オレなンか間違ってたかァ?」
「じゃはは ! 精々次の機会にでも誘う事だなぁ」
そう言い捨て去っていくミサカラカの後ろ姿を、一同は「本当は来たかったんだなぁ」と思いながら見送った。そして、担架で運ばれるシジミと肩で風を切りながら歩くミサカラカの姿がそれなりに遠くなった頃、ミサカラカはシジミに「大丈夫か?」と優しく声をかける。返ってきたのは舌打ちだったが、ミサカラカの沈痛な表情が揺らぐ事はなかった。
【酒呑童子】のパトロールカーに2人は乗り込み、程なくしてその車はOliverハイスクールの寮に向かって走り出す。
「───じゃあ行くか」
自然とできた【酒呑童子】を見送る流れがパイロの一声で断ち切られる。向かう先は|Ultimate Donut。一同が他愛ない雑談をしながら歩き出した。
しばらくの間、この少年少女達ははTOP5などという仰々しく重たい肩書を取り外し、思春期真っ盛りの普通の16歳として街に溶け込む。何気なく沢山の友達と共に道を歩く時間、何でもないはずのそのひと時が、如何に久しかったのかをツナグは理解していった。
「………ツナグ ?」
集団の動きと真反対の方向にツナグは歩み始める。突然、自分達から離れだした彼の動きを目で追うバンタン。彼女の言葉を一旦放置しながら、ツナグは見送りに道を出ていた【メッサーズスケルトン】の前に立つ。
「えっと…………ありがとうございますアラボネさん───パルトコーツさんも」
ツナグが後戻りしたのは感謝を伝える為。アラボネに対してのありがとうの一言くらい、とっくに伝えてはいた。しかし、今一度、もう一度言いたくなった。そして同じようにパルトコーツにも感謝を告げたくなったのだ。
「───貴方が語らいたいのは私ではなく友人達の方でしょう。時間を有意義に使わないのは好感が持てませんよツナグ•アマネク」
「ん?……………あーオイラも遊びに行きたかったな〜!!」
素直な反応で何故か苦言を呈し始めるアラボネ。咄嗟に遊びたがりの仮面を拾い上げて、偽り直すパルトコーツ────彼等らしい言葉を聞くや否や、ツナグが一礼してから、皆のもとに戻った。
第2節完です。次の節は既出キャラの整理を兼ねた短めの話になります。朱雀を早く描きたい気持ちもあるんですが、扱いたいキャラが多すぎる故…………




