↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/41

ままならない(2)

 忽然と乱入してきた白いロングコートの少年、ツナグ•アマネクの動向を、【銃殺のモンスター】は慎重にじっと見つめていた。

 〝フランケン〟(バンタン)を差し置いて、注目をする理由。それは、彼の目にあった。疲れを帯びつつも厭悪で塗れた、鋭い睥睨。それでいながら己を脅威と思わない、軽んじるような態度を湛えている…………そんな、未だ経験したことない彼の目つきにたじろいだ。



「…………君に何かした覚えはないんだがな。話があるなら聞こうじゃないか───紳士的にね」



 気味が悪かった。〝狼男〟(ウールネス)のような、〝フランケン〟(バンタン)のような、はち切れんばかりの化質を宿しているわけではない。〝フランケン〟からの借り物で7割、それでもなお決して多くはない化質量で、戦場(ここ)に立つこの男が。


 そうでありながら、強者たる雰囲気を纏い、名状しがたい圧をもって疑わせてくれないツナグ(この男)が。



「───紳士 ? 」



 その一言は静々とした。裏表のない短い疑問であった。あるはずの悪意を混ぜてこない、単純なそれだ。そしてツナグは、戸惑う【銃殺のモンスター】に対し───



「パンツも履かずに上品を謳わないでくださいよ。せめて人の手を煩わせる前に」



 続く挑発に、【銃殺のモンスター】は反射的に反応した。下っぱらに力を込めて、後ろから周辺の物を採取し、前から解き放つ、〝銃殺〟の異能を発揮する───



「────?」



 何も出てこない。体内を巡って砲塔より放たれる。具現化した殺意(リビドー)が、ほんの一滴も、微かな手応えもなく、出てこない。


 銃口からその先へと伸びる思い描いた想定が、無色透明の現実に塗りつぶされていくのを目視する最中。ようやく【銃殺のモンスター】は、ツナグが放った挑発の意味に、吸引口()を塞ぐクレイの存在に気がついた。



 突如押し下げられる視界。目に写ったのは床に叩き伏せられる砲塔と、砕けて地を立つコンクリート。そして砲塔の上に乗り、コンクリートの破片に囲まれ佇む、メイスとツナグの存在。



 言葉を、思考を、繰り出す暇を踏み潰すように、ツナグの背から飛び上がったバンタンの右手が、【銃殺のモンスター】の襟を握った。



「ずっどんずどおおおおおおおん!!」



 腹部の肉が一点に集まっていくような激痛。添えられる元気のいい掛け声が耳元を軽く触れ、【銃殺のモンスター】の肉体に沿う空気の流れの強さに揉まれて消えていく。凄まじい威力を腹に受け、【銃殺のモンスター】吹き飛ばされた。



 バンタンが繰り出した、〝戻る力〟を乗せたドロップキック。その威力は弾丸のように速く、それよりも重い。ただ、忘れてはならないのは、真に恐れなくてはならないのは、右手が【銃殺のモンスター】の襟を掴む限り、この攻撃は2度も3度も繰り返されるという事。


 床に掴まれ失速し、意思によって無理やり上げた頭で彼は見た。地から足を離し、遠くから加速を始め、こちらに真っ直ぐと向かってくるバンタンの姿を。



 【銃殺のモンスター】が振るった右腕による打撃に、思慮は一切含まれていなかった。ただ先のバンタンの攻撃の、その速度に山感で合わせただけのやけっぱちの一撃。


 しかし、奇跡的にもその一撃は高速移動を続けるバンタンと寸分違わず接触する、絶妙なタイミングと速さ。


 事後的に発生する彼の願いが報われる、その瞬間が近づいていく───



 だが、奇跡が手つかずのまま遂げられる程、【銃殺のモンスター】と【フランケン】の力量差は小さくない。



 思考が開始しだすその直前。不随意に動いた右腕の力が、ツナグのメイスによって相殺される。



「……………?」



 頭を動かす契機をまたも見失う。瞬間的に順を追うのが難しい、蹴り飛ばされた直後の状況変化に戸惑う途中。浮かび上がった思考の種が、バンタンの超速度の肘打ちによって散り散りになる。



 【銃殺のモンスター】はまたも体感する。短く低い空の旅。


 そして着陸が間もなく始まる。次の瞬間から、なだらかに磨かれた石材すらも、ヤスリのように感じられる──凄まじい動摩擦度によって、【銃殺のモンスター】の肉はすり減らされていく。それと同時に宿る速度は死滅を遂げるのだ。


───その筈だった。


 胸ぐらを引く強い力を感じる。その力は、今にも摩擦で削られそうな【銃殺のモンスター】の体を引き上げた。更には、どこまでも際限なく飛んでいってしまいそうなまでに、彼にかかるその力を減殺させていく。減速し、減速し────


───加速を始めた。


 背後へ誘引するようにかかっていた力が、いつの間にやら前へ前へと、背を押す推力へと変わる。



 その行く先は言うまでもない。腰を落とし、大きく振り被って放たれた、ツナグによるメイスの一撃が【銃殺のモンスター】を出迎えた。


 頭に衝突した金属の塊が、【銃殺のモンスター】の脳を揺らす。ここまでで食らった3度の打撃、そのカラクリにもいい加減気づいた。胸ぐらを掴むバンタンの右手をシャツごと破いて取り除く。


 この一連を経て【銃殺のモンスター】は理解した。インファイトに付き合っていては、【フランケン】(この2人)の内臓を拝む事など決してできないと。


 遁走こそが最善手。【銃殺のモンスター】は体勢を立て直すべく、跳躍を───



 そんな【銃殺のモンスター】の思惑を見透かすように、ツナグが放った1発の弾丸が、【銃殺のモンスター】の左膝を四散させた。



「ッ!!」



 踏みしめようと力を込めた左足が、膝からくたりとよれる。動きの中断。必然訪れる隙。すかさずバンタンが【銃殺のモンスター】に飛びかかり、素早く肘を突き出した。


咄嗟に防御として出した左腕。その行動すらもツナグ の発砲によって打ち上げられ、バンタンの肘鉄をノーガードで頬に受ける事になる。



 バンタンの拳が、蹴りが───


 ツナグのメイスが、銃撃が───



 【フランケン】は見事なコンビネーションでそれぞれを活かし合い、息つく暇もなく、【銃殺のモンスター】の全身に攻撃を見舞い続ける。


 流血を伴う不格好なダンス。【フランケン】のリードに一意に従うその動きに、芸術性は欠片もない。


 一歩すらも自分の意思で行うことが許されない、絶え間ない連撃で、【銃殺のモンスター】の化質はみるみる内に削られていく。


 しかしその威力、手数を受けて先に限界を迎えたのは、【銃殺のモンスター】ではなく彼の尻を包むクレイの方であった。



 周囲の瓦礫が、商品が、吸い込まれていく。その吸引力は、棚すらもねじ曲げ飲み込む恐ろしい強さ。



「死ネぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」



 一瞬のうちに腹に満ちたガラクタ(銃弾)が、貯まった瞬間に解き放たれた。


 体を無茶苦茶に振り回し、銃弾をバラまくヤケクソな暴走。狙いをつけるフリすらしない、恥を捨てた全体攻撃。


 攻撃の密度も薄く、【フランケン】の動体視力を持ってすれば回避も容易────なのだが。



「バンタン集合です」


「OK!OK!」



 戦っている自分達にとっては躱しやすい闇雲な攻撃でも、攻撃地点を目視していない仲間達にとっては危険だ。なので、ツナグはバンタンに集合の指示を出した。一カ所に固まり、【銃殺のモンスター】の攻撃を誘導する意図だ。


 ツナグとバンタンが自身の周りから離れ、少し離れた所で止まっていることに、【銃殺のモンスター】はようやく気がついた。


 瞬く間に、【銃殺のモンスター】の正気は再生していく。そして、血走った瞳は恍惚とした目つきに代わり、そのほのかに溶けた目線は、白いロングコートを着たアルビノの少年と、ノースリーブにホットパンツの紫髪の少女に向けられる───



「【フランケンシュタイン】…………だったか。キミ達の顔、───合格だ。ボクのデータによれば、臓物の美しさは容姿の端麗さに連動している。キミ達の美しさなら、その肉質はさぞかし妖艶なことだろう」



 元の紳士的口調を取り戻した【銃殺のモンスター】が語り出したのは、自らの本性に基づいた吐露であった。


 虫の居所の悪さを隠さない、そんなツナグの表情が更に深い嫌悪で歪み出す。バンタンはそんなツナグの様子を見ながら、かけるべき言葉を探る。しかし、何を言ってあげればいいのか、それを考えつく前に、ツナグの方から声をかけられた。



「…………僕の後ろにいていいですよ」


「── ! ……わかったわかった」



 【銃殺のモンスター】による銃撃ももうすぐ始まる。その対応についてツナグの発言によって、なし崩し的に、バンタンはツナグをなだめる言葉をかける機会を失った。



「さァ ! 開帳だ【フランケン】ッ!!美しく伸びる肉の尾をッ!!白日にたじろぐ肉塊の怯えようをッッ!!混ぜて眺めて白を付そう───!!」



 ゴロゴロと腹を下る雑多な瓦礫。混ざってこねられ固められ、込められた化質が火薬となる。



「声高らかに断言しよう───この世で最も美しい色彩は……………血の赤だッッ!!!」



 コンクリート、木材、プラスチック。一塊を構成する素材は錯雑としていた。しかし、材質など重要ではない。湧き立つ化質(想い)を端まで届けてやれば、そのゴミは死を呼ぶ威力を孕みだす。



 列になって飛んでいく、殺意の結晶。弾丸はツナグとバンタンの中身を暴くために、一心不乱に襲いかかる────


 先頭の弾丸がツナグの腹部に迫る。ツナグの耐久力であっても、それが一度命中してしまえば肉が抉れて、内容物を地にこぼす結果となるだろう。──そう、当たれば。


 弾丸を横から触れる白い手。その指先は軽やかに弾丸の輪郭を撫でていき、手の意思に沿うように向かう先を変えていく。


 パーリング。ボクシングなどといった格闘技で、手合いのパンチをいなすその技術を、ツナグはこの大きな弾丸に対して使用した。横から弾くそのタッチは、弾丸の軌道を見事に変化させ、ツナグは自らの被弾を防ぐ。


 加えて〝解体〟による威力の分散。散っていく弾丸の欠片、その威力は新たな行き先である棚と商品に埋められた。


 そして、次々と来る弾丸を、先鋒と同じようにいなし、同じように散らしていく。



「はっ…………!?!」



 埒外の身体能力と技術によって実現されるその防御は、まさに離れ業。それに驚いた直後、右肩が1本の熱よって貫かれる。


 銃で撃たれたのだ。弾丸をいなしながら、その合間で、ツナグは【銃殺のモンスター】の肩に銃弾を命中させた。



「人を撃つのと、殺すのが好きなんですね。僕はどちらも嫌ですが」



 次々と体から噴き出る血の柱。発砲のペースは【銃殺のモンスター】の攻撃の緩みと同じ間隔で上がってい

く。



「───なのに、貴方は僕を撃ち殺す事ができなくて、何故か僕は貴方をいつでも撃ち殺せる。おかしいですよね。どうして世の中は、こうもままならないんですかね」



 恐ろしいほどにその声色は冷たく、低い調子であった。目の色は放置され乾いた血の跡のように暗く、殺気だったツナグの様子は、【銃殺のモンスター】を痛めつける為だけに動く人形のように見えた。



 いつの間にか、【銃殺のモンスター】の銃撃は止み、ツナグの拳銃は弾切れを起こしていた。



 熱い呼吸が間も置かずに繰り返されていく。何度も何度も肺の空気を入れ替えている筈なのに、血の香りが途切れない。出血の名残が立ち退かない。そして、解を示すかのように、咳と共に血の塊が喉を這い出て、吐き気を堪えながらそれを見下ろした。



 【銃殺のモンスター】の力はとっくに衰え始めている。



 ツナグといえど、人間がレベル4モンスターの攻撃を僅かな動きで何度も凌ぎ続けるという芸当は、そうそうできることじゃない。



 【銃殺のモンスター】は、自分が殺せない者を殺す為に、殺す側の存在である為に化けたモンスター。その願いこそが、彼に力を与えた源流だ。


 だが、彼は知ってしまった。自覚してしまった。万人を殺せるようでである為に、強さを手にして尚、届かない(殺せない)───そんな【フランケン】(存在)がいる事を────そして、【フランケン】には、どれだけ背伸びをし、手を伸ばし、リスクを負って身を乗り出そうとも、勝てないと。



 【銃殺のモンスター】()を形作る本質の崩壊は、そのまま宿った力も枯れさせていく。


 下腹部に溜まった血流も全身の傷口から流れ落ち、そもそも勃起の意思はとうに砕けて姿がない。



 体躯を作り上げる肉が、ドロリと溶けて化質の凝りに戻っていく。肉体バランスの崩れと、単純な痛みで、立つという簡単な運動も維持できなくなる。



 カラリと鉄越しに空気を鳴らす軽快な音は、地に捨てられたマガジンの音。ガチャガチャとした小気味いい金属のぶつかり合いの音は、ツナグがリロードを済ませる過程の音だ。



 そして、殺意を示す鈍い光は、疑いようなくモンスターを照らしていた。

 

 痛みを感じるのが嫌だ。服を濡らす血が不快だ。死が背中を撫でて甘く囁く、その感覚が耐えられない。



「や…………やめっ………やめてぇ……………」



 漏れてきたのは、薄く弱々しい懇願だった。全身を襲うこの恐怖から、離脱する事こそが人生における幸せの全てであると、彼はそう信じて疑わなかった。ほんの一時でもそれを抱きしめて、息を吐くことを許してほしい。そう男は願って、ツナグに乞う。



 その願いが、響く銃声によってそっと地に伏せられる。そして弾丸が彼の希望を、跡形もなく打ち砕いた。



***



『【銃殺のモンスター】の討伐を確認』



 オペレーターの落ち着き払ったその声が、引き金を引き続けるツナグの指の動きをようやく止めた。拳銃のがなり声が立ち去った後の空間は、静粛で異様に不気味だった。呼吸の1回1回に必要以上のエネルギーを使うような、そんな感覚をバンタンは味わう。



「───ツナグ……………」



 どうしても、不安感を喉で殺す事ができなかった。どうしても、いつものように明るく話しかける事ができなかった。銃を握ったまま腕をだらんと落とし、顔の向きをモンスターの残骸に向けたまま変えない───その後ろ姿に、バンタンはわずかに恐れを覚える。



───ツナグが、おもむろに振り返った。



「すみませんバンタン。少し取り乱しました。もう大丈夫です」



 バンタンに見せたツナグの表情は、普段通りの穏やかな微笑みであった。怒りも、憎しみも、恐怖も、何一つとして知らないような、本当になんてことのない普通の顔であった。


 普通である事に対し、思考の停滞が一瞬訪れて───



「……………そっかそっか。わかった ! 」



 バンタンは、彼の心の内実に触れることをやめる選択をした。



 拳銃を懐にしまいながら、ツナグは一歩ずつ、確かめるようゆっくりと歩いていく。仄かな表情の変化も見せずに通り過ぎていく、ツナグの横顔を見届けてから、バンタンも彼に並んで歩を進める。


 大丈夫。なんてことはない。



 ツナグは自分とは違うのだ。弱い人間じゃないのだから───


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。