事実として、森にヒーローはいらないのだ
「ガオオオオオオオオオオオ!!!」
〝狼男〟の巨腕が【ヒーローのモンスター】の足元を砕く。
「くっ………………」
ギリギリ飛び退いて回避した【ヒーローのモンスター】はその威力を見て冷や汗を流す。
「ガオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
〝狼男〟の勢いは止まらない。大きく腕を振り回し、鋭い爪が放たれ続ける。空気をきり裂く音が体の直前で奏でられ、掠れば血潮を抜き取られると、その連撃は迫真とした脅迫を仕掛けてくる。
しかし、〝狼男〟が【目潰しのモンスター】に負わせられたのは、ここしばらくの間はこのプレッシャーのみであった。
〝本能〟それはウールネスが引き出した〝狼男〟の力の割合であり、引き換えられる理性の量を指す。訓練によって理性の低減は格段に抑え込まれているものの、それでも引き出せる力は時間制限付きで60%が限界地点。
一度その境界線を超えてしまえば、獣の本能を抑えることができなくなり、ストッパーが無くなる事で〝本能〟の値は100%まで止まる事なく駆け上がっていく。
現在の〝狼男〟の〝本能〟は71%。つまり、彼は既に理性を失っている。
現状はまだマシだ。理性を失った事でウールネスの攻撃は大振りで隙だらけのものとなり、回避に徹する事で【ヒーローのモンスター】は被弾を抑えれている。
しかし、このまま〝本能〟が上がっていけば、即ちフィジカルが増強していけば、拙い動きのままでもいずれその喉元に牙を突き立てられるようになるだろう。
〝本能〟が90%近くに達した時、〝狼男〟のパワーは、レベル4モンスターすら即死足りうる領域に至る。
運よく死を免れたとしても、重度の障害、深刻な欠損は免れない。
「ガオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
「コミュ力皆無のカッコ悪い奴め……………!!」
爪を振るう度増し続けるパワー。【ヒーローのモンスター】の鮮やかな赤スーツが、汗を吸い取りくすんでいく。
正義のヒーローであれば、誰しもに訪れる。最大のピンチ。敗北の危機。【ヒーローのモンスター】にとってのそれは、まさに今である。
「オレは人々を救うんだ……………!!お前のような悪人を成敗して、みんなをッッ!!!」
この巨悪を打ち倒し、その骸の向こうに続いていく先の光景こそが、〝ヒーロー〟としての彼の花道。平和という、守り抜くべき彼の願いの本質だ。
【ヒーローのモンスター】の足腰に力が漲る。かつてない程の強敵を前にして、それを倒すという使命感に満ちて。飛び上がった【ヒーローのモンスター】は腕をクロスし、輝きを纏わせる。
「ガオオオオオオオオオオオ!!!」
更なる盛り上がりを見せる戦闘が〝狼男〟の心底を震わせる。【ヒーローのモンスター】が構える必殺技の予備動作を見上げ、〝狼男〟は大きな咆哮を上げた。
【アルティメットジャスティスファンタスティックヒロイックレーザー】
【ヒーローのモンスター】の腕が、眩い輝きを吐き出した。そして槍のように纏まる光は、〝狼男〟に襲いかかる。
「ガオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
回避などという小賢しい事はしない。吠えた〝狼男〟はその鋭利な爪で、真っ向から【ヒーローのモンスター】の光線に立ち向かう───
「落ち着くでありますウールネス」
〝狼男〟の頬を過ぎる〝猟銃〟の弾丸。血と共に〝狼男〟の力が流れ落ちていき、獣の巨体は大男の肉体へと戻った。捕らわれていたウールネスの理性が解放される。
「…………………あぶねェェェェェ!!!」
少しづつ冷静さを取り戻していったウールネスは、光線が眼前に来てようやく自分の危機に気がついた。
丁度ウールネスの顔面に差し掛かってきていた光線を、頭を傾け寸前で回避。背後で炸裂する爆風を背に受けながら、ウールネスは前に走り出しギリギリで直撃を避けた。
【スペシャルシャイニングメテオインパクトストライクバスタァァァァァァァァァァ】
光線を外した事を確認し、己の真下を通り過ぎるように走るウールネスを発見した【ヒーローのモンスター】は即座に次の技を繰り出す。足を畳み、両腕を束ね、団子のように体を纏めて下に落ちていく───
隕石を称するその落下は、重力に勝る勢いを纏っていた。ウールネスの脳天を潰すべく、威力を重ね続けたその攻撃が、床と巡り合う。
危うく挫滅。咄嗟のローリングで落下地点を抜け、ウールネスはすんでの所で戦闘不能を免れた。
真後ろで響く破壊音。ウールネスはその音を地に腹をつけたまま聞き、ふぅーっと息をつく。息づかいで充分な心の余裕を空けれたその頃会い。ウールネスの目の前に子供のような小さな手が差し伸べられる。
その者が子供でない事にはすぐに気がついた。そして、一見頼りないその手は、今まで誰よりも頼りにしてきた相棒のものだと、すぐにわかった。
「無事なようで良かったでありますウールネス。仕事に弊害がでなくて何より」
「お前もなァ!ミリー!!お前が怪我してっと狩りがまともにできなくて困るぜ!!」
伸ばされたミリーの手を取って、ウールネスは立ち上がった。
【本能 60%】
再度ウールネスの身に〝狼男〟の力が宿る。破れたシャツの代わりのように、胸毛から伝播する長く太い毛が、彼の上体をふっくらと覆った。
そして、ウールネスの肉体が膨らんでいく。鍛え抜かれた肉体に広がり、つけ足される獣の本能。
前に突き出た口からは唾液が漏れ、毛の群れの隙間を抜ける眼光は〝ヒーロー〟を名乗る変質者を射貫いていた。
「………これまでの本職は社会人として実に不甲斐なかったでありますよ……………入社してからこれだけの日にちが立って、ようやくそれを自覚したというのが、今狂おしいほどに業腹で」
忽然と後ろからやってきたのは、長らく同じ時を共にしてきた相棒の自責であった。自信に満ち溢れた人間、という印象があったわけではないが、己を卑下する瞬間というものもまた、思い返してみても見つからない。
「なンか失敗とかしたのかァ?」
「いえ……………いや、何もできなかった…………というのもまた失敗の内でありますね………………」
ミリーは悔いていた。小学校での攻防で何もできなかった事を、積み重ねれた筈の努力を怠っていた過去を………………
「今この瞬間が契機であります。今日この日を、何もしないままで終わらせない事から本職は変わっていくのであります」
「……………オレも今日はいいとこなしだぜェ‥…………こいつを討伐くらい、やってかねェとなァッ!!!」
【狼男】は立ち向かう。自身の誇りの為に。
「ぶっ飛ばすとは、ちょっとだけカッコいい事を言ってくれるな……………だが貴様は悪だ……………!!実はカッコ悪いッッ!!〝みんなのヒーロー〟であるこのオレに楯突いているからなっ…………!!」
【ヒーローのモンスター】のマスクに、握られた紙屑のような皺ができる。目つきは物々しく、己の正義の指針に触れる悪を許さないという気構えがよくわかる。
【狼男】の2人に怯んだ様子はない。それが気に食わないのだろう。【ヒーローのモンスター】は自身の最大の技にて、【狼男】を屠る判断に出た。
【スーパースピントルネードロングロングハリケーンアタァァァァァック】
どっしりと腰を下ろして開脚。非常にダッサいポーズを取り、その体勢を維持したまま滑るように回転していく。この回転は時間と共に加速していき、最終的に膨大な空気を味方につけて、強烈な竜巻を作り上げる。その凄まじい風の威力を携えたこの突撃は、コンクリートをも砕き、【銃殺のモンスター】の弾丸すらものともせずに弾ける。【ヒーローのモンスター】が全幅の信頼を置くのも当然の、まさしく必殺技だ。
その諸元はウールネスも理解していた。知った上で、ウールネスは何もせず、風威の高まりを傍観し続けている。
「……………行かないのでありますか?」
「あァ!!打ち負かすンなら全力をだ!!その方が楽しいだろォ!?…………あっなんかマズかったか?」
「いえ、再度類似したモンスターに化ける可能性がが減少するので、完膚なきまでに叩き潰す選択は悪くないであります」
戦闘を戯れのように認識するその愚考はウールネスの悪い所の一つと言える。しかし、ミリーがそれをたしなめる事はあまりない。例え今のような舐めプをしたとしても、〝狼男〟は勝つと分かっているからだ。
竜巻の勢いは最高潮に達した。巻き上げられた商品は風の速度を可視化させ、音の壮絶さが虚仮威しではない事を丹念に教えてくる。
「ガオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
待ちわびていたとばかりに、ウールネスは気色を帯びた鳴き声を上げて、竜巻に迫撃を仕掛けた───
「…………………は?」
風の壁がほつれていく。確かに自身の周りで展開されていたその竜巻。砂ぼこりを上る流動が、崩れさり統率が取れなくなり……………風の向こうの景色が開けた。
視界を引きちぎる高速回転は尚も継続している。しかしながら、不可思議にもほんの刹那。【ヒーローのモンスター】は巨大な拳を振り被る、獣の全容を目にした。
「ガオオオオオオオオオオオ!!!」
腹を突き抜ける衝動。内臓が飛び上がるおぞましい感覚。続いたのは、足が地と離れ離れになる頼りない心地。
「ガオオオオオオオオオオオッ!!!」
鈍痛を包む微睡みと脳の未使用部分を貫く耳鳴り。必要以上に肉体の悲鳴をしゃぶる脳の愚挙を打ち止めにするように、顔面の粘膜がゴワゴワした毛の塊に侵害され、指圧が頭全体にかかる。
「ガオオオオオオオオオオオッッ!!!」
咆哮の声量を切り抜けてきた、石が砕ける気持ちの良い音が耳の中を撫でる。しかし、鼻先が顔に乗る初体験、首の肉が引かれ顎の下と肋骨まわりの肉が張る不快感、そして地面に勢いよく頭を叩きつけられた事によるシンプルな痛みの引き換えと考えると遺憾で仕方ない。
顔を圧迫する握力から解放された直後、【ヒーローのモンスター】は腕周りに雑然とした光を分泌し、闇雲に振るって反撃する。
身軽な事に、その攻撃はウールネスにヒョイと躱されてしまったが、立ち上がる暇を得れただけ重畳だ。
───尤も、立っている時の体のバランスを思い出すよりも早く、ウールネスの拳が右脇腹を襲ったのだが。
「………ッ!!」
腹の中を満たす衝撃に喘ぎながらも咄嗟に繰り出したのは、たった今己の腹を突いた拳めがけてのすれ違いざまの手刀。しかし、その指先よりも早く、〝猟銃〟の弾丸はウールネスの腕を傷つけて、膨張した肉体を元通りにしていく───よって、【ヒーローのモンスター】の手刀は斬り裂くつもりであった肉を見失い、虚空を意味もなく走る事になる。
ウールネスにかすり傷を負せた弾丸が急転換する。放たれた弾丸が空中で軌道を変える、そんな銃弾の常識に平然と背いたそれは、迷うことなくウールネスへ、たった今、またも【ヒーローのモンスター】の胸を殴りつけたその腕に向かっていく。
ホーミング能力を応用した、環境に優しい再使用の技巧。ウールネスの〝本能〟を再度血ごと抜いた〝猟銃〟の一発は、尚も新たな役目を見定めて、ウールネスに殴り飛ばされた【ヒーローのモンスター】のもとへと放たれる。
「ガオオオオオオオオオオオッッッ!!!」
先行した〝猟銃〟の弾丸の後を追うように、ウールネスは跳躍し【ヒーローのモンスター】に猛追する。4本足で駆けるウールネスは、前足の一歩で床を砕き、後ろ足の一歩で瓦礫を後ろへ蹴り飛ばしていく。破壊を伴う走行はその被害に見合う速度になっていた。
そのスピードを上回る速さで、【ヒーローのモンスター】が復帰を果たす。窮地こそ、この上ない進化に適した土壌。その第一歩を踏み締めるようにして、輝く手刀がウールネスの猛進に立ち向かう────
それを目にした〝猟銃〟の弾丸が、くるりと方向を変えた。弾頭は【ヒーローのモンスター】からウールネスに向かい、殺すことなく保持した推進力で飛び直す。
そして弾丸は、すれ違いざまにウールネスの右前足と左後ろ足に傷をつけて走り去っていく。弾丸の軌跡が血で濡れた。肉を裂くこと7度、ようやくその役目は終わりを迎え、失速しながらコンクリートの硬い床に勢いよく寝そべった。
「おっとあぶねェ」
手足から力を抜かれたウールネスは、速度を失いながら冷静さを拾い直す。よって、彼は眼前で振るわれる【ヒーローのモンスター】の一撃を観察する権利を得た。
「悪りィなァ……………狩りは怪我なく終えてナンボなンだよなァッ!!」
踏ん張る足から血が溢れ出す。引いた腕が血の粒を残していく。獣らしからぬ謝罪と、獣らしい闘争の意欲の表明を終えて、ウールネスは構えた拳を放った。
「ガオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」
危機的状況だからか、動体視力は異常なほどに活性化。圧縮された時の中に佇むような奇妙な感覚の中、咄嗟に胴の前に出した左腕が、血を撒き散らして砕けていく様子をただ見ていた。
痛みの開始地点から逃げてくような小さな声が不随意に飛び出て、吹き飛ぶ勢いにちぎられ情けない音の線が引かれていく。肌で聞き取っていた咆哮は距離が離れる程に小さくなっていき、対象的に〝狼男〟への敵意は尻上がりに上がっていく。
「オレはッッ!!!〝みんなのヒーロー〟だァァァァァ!!!!!」
結んだ決意がまたも花開く。幾度も叩き伏せられた打倒の意思が、激しい奔流のような化質に生まれ変わり、彼をつつみ込んでいく。
───彼の身に起こったのは、巨大化であった。
【ヒーローのモンスター】はピチピチ赤スーツ、子供向けのカッコよさそのままに、体積という至極シンプルな強さを手に取り進化を果たした。
「………………マジかよ」
全長15m。大きい者は強い、という自然界の常識に則れば、彼は最強と呼ぶに相応しい存在だろう。
放つ言葉は咆哮か大口。そんなウールネスの唇が小さく揺れて、羽振りに似合わぬボソリとした音を鳴らす。
「思い知ったか!!これが正義……………!!カッコいいという事だッッッ!!!」
自分をあれ程追い詰めた〝狼男〟が、脆弱でチンケな存在に思えて仕方がない。今の自分なら、この憎き悪のカッコ悪さと不釣り合いな超パワーをねじ伏せれると、【ヒーローのモンスター】は確信した。
戦意喪失したとしてももう遅い。【ヒーローのモンスター】は拳を強く強く、その大きな拳を握りしめ、棒立ちのウールネスに制裁の鉄拳を食らわす────
「───本気出して、いいヤツだよなァァッ!!??ミリーッッッ!!!」
喜び混じりの覇気が、ウールネスから放たれる。
加速を始めた拳がピタリと止まっていた。前へと送り出された一歩が、いつの間にか自分の背後を踏んでいた。
【ヒーローのモンスター】は動揺する。自らの熱く気高い正義感が、肌を蹂躙する恐怖に屈している事に。
今の【ヒーローのモンスター】にとって、【狼男】など虫けら同然、虫けら同然の筈なのだ。なのに本能は乞うような説得を、理性に対しひたぶるに行っている。
逃げたい。逃げたい。逃げたい。──だがそれはカッコ悪い!!
生物としての意思と、モンスターとしての意思がせめぎ合う。刹那の激戦。勝利を掴みとったのは、かろうじて思想の芯を守り抜いた〝ヒーロー〟としての信念であった。
自らの背後は、弱き者の居場所だ。己がそこを踏みつける事など、断じてあり得ない───!!
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
その猛りは、【ヒーローのモンスター】は身を食う恐怖をねじ伏せた。溢れんばかりの決意が肉体に充填し、一度臆して断念した全力のパンチを放たんと、【ヒーローのモンスター】は振り被る───
【HATCH〝レーダー〟〝ウォール〟】
ミリーが投げた2つの卵が、角砂糖程の大きさと釣り合わない量の化質の凝りとなり、〝レーダー〟と〝ウォール〟の懇虫に変化する。
〝ウォール〟は体を丸めてその場で待機。〝レーダー〟は匍匐の体勢についたミリーの前に這い寄り、尻から分泌した糸で作った輪を彼女の視界に差し込んだ。
波動を読み取るその糸の輪は、波打つ化質の多寡を可視化させる。糸の輪の向こうの光景……………巨大化した【ヒーローのモンスター】の化質の流れをミリーは見た。
「本体は胸部。腹よりも首よりの位置であります」
ミリーが行ったのは、【ヒーローのモンスター】の急所を暴く事。懇虫を用いた情報収集と陽動は弱点の大事な役目。大型のモンスターを討伐する時に、〝レーダー〟で突くべき敵の弱点を調べるのはマニュアル通りの定石である。
ただ、今回、というより【狼男】の場合は、〝レーダー〟を使う意味が少し違ってくる。ミリーが心臓部を暴いたのは、そこを狙って欲しいからではない。───そこを避けて欲しいからだ。
「───森に善悪の尺度なんてねェよ。何故ならッ!!オレより弱いお前の理屈が、合ってるなンてこたァありえねェからだ!!」
勝敗は一瞬で決まる。勝負が決した後の歓談の余地がないほど圧倒的に。
だから、ウールネスは四つん這いの体勢を維持したまま、言いたいことを言っておく。二度と巡り合えぬ獲物との、殺し合いに悔いを残さぬよう。
既に、【ヒーローのモンスター】の拳は振り下ろされていた。
「お前は〝みんなのヒーロー〟になんざなれねェよ」
正義のパンチが到来する。
「せいぜいなれるとすりゃあ────」
転瞬の暇を経ればすぐに、拳がウールネスに直撃するその距離間で───
「──〝オレのエサだ〟ッ!!」
ウールネスが放ったのは、そんな啖呵であった。
【本能 90%】
間もなく一帯に衝撃が走る。
その威力は瞬時に周囲を飲み込み、辺り全てに影響を及ぼした。
ただ、何がどうなったのか、それを語るには被害から逆算する形で起こったことを組み立てる他なかった。
その一撃の観測者は、存在しない故に。
「───オ"ッッエ"ッッッ!!!まっずゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
鮮やかな赤をした弾丸が、転がってウールネスの足の指先をつつく頃。ウールネスの口から大量の吐瀉物が溢れ出す。───否、その表現は胃酸を混じえた食べ物の残骸に対し使うものだ。彼の口からボロボロと落ちていったのは、薄めた血のような色の化質の凝りである。
「はぁ……………穴ァ空いてても、ドーナッツみてェに美味くねェんだなァ……………」
化質は人の思念が元手のエネルギー。味は捻出者の考えている事次第だが、美味なケースはあまりない。ウールネスの舌に広がっていたのは、味蕾を丹念になぶっていくようなエグみ、それだけ。塩気も甘みも何の味もしない事が、かえって気持ち悪い味わいとなっていた。
〝ウォール〟が丸まり、コロコロと転がっていく。その後ろ、〝ウォール〟に隠れるようにミリーは寝そべっていた。そして、床と服を接着するクレイを崩して、服についた輝く欠片を払いつつ言う。
「………穴を空けたのはウールネスでありますよ」
「───あン ? ……………あっそーだ ! そうじゃないねェかァ!!」
獣の本能による思考の拘束が、徐々に解けていく。目に写ったものがぼやけて見える感覚が取っ払らわれ、ようやくウールネスは現実を正しく認識した。
ウールネスの言う穴とは、自身が通った跡を指す。【ヒーローのモンスター】の大きな腹に空けられた、どでかい穴を、【狼男】の2人は一息つきながら見ていた。
そして、【ヒーローのモンスター】の肉体が瓦解する。液状化した化質が勢いよく辺りに散らばって、円を広げていくのと同時に、青息吐息で横たわるモンスターの姿が鮮明になっていく。
ぼーっと討伐したモンスターの様子を見ている内に、ウールネスはある違和感に気がついた。
「───あれ ? つーかここってこんなに広かったかァ ? 誰か掃除したのか……………?」
「それもウールネスでありますよ…………全く部分獣化に留めとけば良かったものを」
「…………あっそーじゃん ! ヤッベェ〜…………」
ウールネスは、ミリーは見渡す。【狼男】が放ったその一撃がもたらした、ゴミ1つ落ちていない広々とした平面。離れた所から自分達を囲う残骸を───




