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本音と鳴き声

「ミィィィィィィルなァァァァァァァァァァ!!」



 背から生える無数の触手をいからせて、【目潰しのモンスター】はそのうねうねの先の刃を、マミィの肌へと向かわせた。



 右も左も上も下も正面も、押しかける刃達は隙間なく敷き詰められ、回避を試みてしまえば全身ズタズタ請け合いだ。



 ならば漏れなく殴り飛ばすまで。



 眼球に染み込む血液を浮かせたティッシュに全て預け、マミィは拳に紙コップを装着。そしてそれらをパンチの勢いで弾丸のように放った。その動きを両手で、続け様に幾度と繰り返し───形成されたロケットパンチの雨霰が【目潰しのモンスター】の触手達に歯向かう。


 その矢継ぎ早な、忙しない連射は一見して落ち着きのない大雑把な攻撃に思える。しかし、現実はその印象を断固として否定する。


 マミィが放った紙コップ(拳圧)の一発一発は、余すことなく【目潰しのモンスター】の触手に命中。それもただ当てただけではなく、いずれも触手の軌道を的確に変化させる位置を撃ち抜いた、精妙にして正確な狙いであった。


 込められた化質量が圧倒的に足りてないのでダメージは与えられないが、触手の統率を乱したことで回避に余裕が生まれる。



 右ふくらはぎ、左首筋、腰椎、頭上。リズムの崩れた連撃など、一撃の弱さが際立つだけで有効打にはならない。


 そうしてマミィは、襲いかかる攻撃の全てを捌き切った。



「身の丈知らずを改めなさい。あなたの性癖になんて、付き合ってられないのよ……………そんなにも情熱的に、この私を求めようというのならば、抱きしめにでも来なさい。気が向いたら応えてやらない事もないわ……………!」



 触手プレイ(攻撃)趣味じゃない(求めてない)。マミィは美しく抵抗する事で接近を要求。能力の有効範囲を計測する為に、〝目潰しの力〟を使う様に誘導する。



「なァァァァニみテンダァァァァァァァァ!!」


「照れ隠しならもっと静かにしなさいよォ!!」



 違うからうるさいのだ。血液が熱湯の様に茹だり熱を孕みだす。床が破片を生んで散っていく。


 足の指先にまで回る憤怒は、踏み出す一歩にまで全霊の力を引き出した。【目潰しのモンスター】は走り出す。憎らしい目をしたこの変態(マミィ)をぶっ殺す為に



 待ってましたと言わんばかりに、マミィは棚の裏に配置していたお菓子の空箱(定規)を呼び出し、列を作る。マミィと〝目潰しの力〟の距離を結ぶ列を。



 最初の距離は、30cm(空き箱)40個。…………………12m。



 【目潰しのモンスター】が踏み越えていった空き箱を次々にどかしていく。


 5個…………10個…………15個…………20個……………



 そして、25個………………



 そのタイミングで、マミィの瞳孔に稲妻が廻るような、激痛が走る。



「ッッ!!」



 肉体強度の高さはマミィの大きな長所。だからこそ、先の〝目潰し〟は出血だけで済んだ。しかし、修復途中の状態で、レベル4モンスターの能力を軽傷に抑えるの些か無理があった。それを予見して、防御は片目に集中して最低限の視力を維持しようと試みたものの───防御していない右目は壊滅、守った左目は形状が崩れていないだけで機能を失ってしまった。そしてマミィの視界は一寸先すら見えぬ暗黒で包まれる。



 けれども、目的は果たした。



「マミィ!!」



 棚の上で待機していたウールネスが、すぐさま飛び降り眼球が潰れたマミィの前に立つ。



本能(シャスール) 30%】



 眼球を潰して尚、【目潰しのモンスター】はマミィへの敵意を取り下げていない。マミィへ繰り出される容赦のない触手の雨にウールネスは飛び込む。



 眼窩から派手にたれ流れる血液を、大量のティッシュを押しつけて抑え込みながら、マミィは思考する。


 【目潰しのモンスター】が超えた空箱は28個。つまり、能力の有効射程は…………………能力の有効射程は…………………



「イツまデミてんダァァァァァァ!!!」



 未だに収まらぬマミィへの怒りを、触手の荒ぶるようなしなりに変えて、振るう。【目潰しのモンスター】の触手はウールネスを避け、大きく回り込むようにしてマミィに襲いかかる。先っぽの刃は棚を削り大音を立て、殺意の襲来を聴覚的にマミィに教える。



「40………引く…………28………」


「ソノ目をヤメろオオオオオオオオオオオオ!!!」



 暗算するマミィの首に向かう刃が、突如現れた紙の繭に遮られる。A4のルーズリーフを幾重にも何十枚も出現させ作り出した、球状の壁。しかし、重なったとしても紙は紙。刃を止めること叶わなず、数枚の紙を押しのけてマミィの肌へと突き進む。


 が、それこそがマミィの狙い。攻撃に押される紙

から、その距離間を測る事こそが狙いなのだ。



 マミィは迫る触手を掴み、中途で止める。そして繭を上から押しつぶす2本の刃を、引っ張った触手を盾にして食い止めた。



「じゅう……………………にィィィィィィ!!!」



 そして、計算結果は導かれた。力を逓増させ、自らの触手ごとマミィを断とうとする頭上の刃。その脅威からマミィは後ろに跳んで逃れ、ウールネスに向けて声を張り上げる。



「12×………………30よッ……………!!」


「え??」



 マミィに向かう触手の内の数本を捕まえて、纏めて握り潰していたウールネスは突然計算を振られた事に、ぼんくらな声を出す。



「12×30…………!!私今ッ…………計算できそうにないわ!!早く算出して!!」



 【目潰しのモンスター】の触手撃は止む気配がない。ウールネスがある程度受け持って尚、視力を失った状態で受けるこの猛攻をさばき続ける事は難しい。


 そして、何故か【目潰しのモンスター】はマミィに強く執着しており、より近くにいるはずのウールネスにはあまり殺意を割いていない。



 負傷の程度が厳しくても、囮役はマミィがやる他なかった。なら、余裕のあるウールネスが暗算を担うのが当然の分配。ただ問題は───



「ちょっ…………ちょっと待て……………紙とペンが手元にないからっ…………筆算ができねェ!!」



 ウールネスは初等教育の領分すらままならない。すごい馬鹿であると言う事だ。



「10の倍数のかけ算に筆算なんて使ってんじゃないわよッッ!!!」



 マミィの喉の奥から弾ける罵声が倉庫内に反響する。そして、あまりにも無学なウールネスへの怒りは、マミィの呼吸の律動を乱した。


 正常な息遣いを止めてしまったツケは即日で払わされる。劣化した動きを修整する事に気を取られ、左太ももへの一太刀を許してしまった。



「マミィ!!」



 ウールネスの一声を追い抜いて、【目潰しのモンスター】の触手5本がマミィの全身を刻む。


 やられたのはさっきの左太ももに加え、右前腕、左上腕、右腹に、右ふくらはぎ。


 咄嗟に首周りを腕で覆ったから戦闘不能は避けられた。……………かろうじて今のところは。それでも【目潰しのモンスター】の気は未だに収まらない。


 何の緩みもない【目潰しのモンスター】の追撃がマミィを襲う───



「おいマミィッ……………!!30と…………なんだァッ!!?」



 そして、ウールネスの脳みそから、測定結果が泡のように消えていく───



 全てが無に帰す、最大のピンチが迫りくる。




「みんなゴメンゴメン………………いや………ほんとゴメンゴメン…………………」



 8本もの触手が1点に集っていた。マミィを殺すべくその刃は集中し、血と肉をかき混ぜようと飛びかかる。


 そう、この彩りのないコンクリートの床は血の色で鮮やかに生まれ変わる筈だった。そしてその上には、図体ばかり発達したクソ女のミンチが、こじんまりと据わっている筈なのだ。



 しかし、一抹の想定外が、想定の全てを覆す。



 そこにいたのは女。クソ女を下回るガタイの女。……………確かにクソ女を刻んだ威力の斬撃を、いくつも受けて、びくともせず、当たり前に物怖じもせず、平然と立つ…………………首無しの女、バンタンがいた。



「…………12よ……………30かけるね……………」



 多少はバンタンに言いたいことがあった。しかし、今は彼女を責める時ではない。マミィは冷静に消えかけた情報を伝えなおす。



「30かける………………12ィィィィィィ???」



 噛み締め直した、その数値の大きさにウールネスは頭  を押さえて唸り始める。そんなウールネスをよそに、【目潰しのモンスター】はバンタンに攻撃を仕掛ける。


 それよりも先にバンタンは動き出していた。最初にバンタンが、正確には胴体が行ったのはマミィの避難。切離した左手をマミィの首筋に掴ませ、左腕を後方に思いっきり投げる動き。投合された左腕は、左手への〝戻る力〟で体勢を整えてから、元の姿に戻ろうと働きかける。


 つまりは、左腕への〝戻る力〟。投げられ、離れた所に置かれた左腕に向かって左手は引っ張られ、マミィを引きずりながら戦場から離れていく


 座っていてもサイズ感の違いで自分を驚かせてくるあのマミィが、あそこまで小さく見えるのだ。今の彼女が安全な場所にいる事は間違いない。


 それを確認してから、胴体は回避行動に移る。怒鳴り声でしか会話をしようとしない【目潰しのモンスター】だが、攻め口は堅実。初撃は迷うことなく床を這っての足狙いだった。


 【目潰しのモンスター】の触手攻撃はレベル4モンスターらしい、大々的な攻撃方法だが、本来の願いから微妙に外れているためか、速度も威力もさして優れてはいない。胴体は軽やかに前に跳躍し、同時に跳ね上がる触手を容易く跳び越える。


 初撃にワンテンポ遅れて並走する2本の触手が急転換。空中への滞在を選択した胴体を咎めるように、容赦ない挟撃を執り行う。



 しかし、そのような行動など見透かしているとばかりに、胴体は既に前方に足首を飛ばしていた。



 触手の先についた刃二振りは、耳をつくような金属音を鳴らし合い、勢い余って支えである柔い触手を傷つけ合う。


 刃の挟み打ちを足首への〝戻る力〟で抜けた胴体は、綺麗に着地して、投げやりに敢行された無数の触手の無茶苦茶な攻撃を踊るように躱していく。


 しかし1本、【目潰しのモンスター】から速く真っ直ぐ飛んでいく触手の1つがバンタンの動きを捉える。



───が、その刃の鋭さはバンタンを傷つけるに値しなかった。どれだけ目を凝らしてみても、直撃した筈のその場所には、線の一本も引かれていない。無論、怖気づいた様子は皆目なく、揺るぎなく胴体は【目潰しのモンスター】の懐まで潜り込んだ。



「ミィィィィィィるナァァァァァァァァァァ!!!」



 恐れ知らずの猛進、迫撃。己を害する事に堂々たる態度で挑むその精神性が、我慢ならない。確かに感じるハリのある視線。潰してしまいたくて、踏みにじってしまいたくて、喉から踏み切る激情と連れ立ち、〝目潰しの力〟(己の力の本質)を披露目する───



 その研ぎ澄まされた憎悪の視線を、胴体の上の空白に通しながら。



 目と鼻の先までやってきた胴体による殴打の連続は、向かってくるまでの足の動きに見劣りしない凄絶さであった。出は疾く、威力は重く、拳と拳の交代間隔は間断ない。触手を間に差し込み盾としながらも、体は防御以外の動きを取れなかった。


 意識なく、ただ意思のみで動かし胴体を襲わせた触手の鞭も、譜面通りのリズムかのように流す流す。胴体はラストスパートを確信する。疲れ知らずの両腕の早駆けはここに来てギアが上がる。



「お、おいマミィ!!こんなのっ……………こんなの無理だ!!二桁なんだぞ……………!?かけ算なんだぞッッッ!!筆記用具もなしに、こんなのできっこねェ!!」



 胴体が【目潰しのモンスター】を抑える最中、ウールネスは唐突にパスされた2ケタの暗算(越えれぬ壁)を前に、泣き言を吐く。何もかもを腕づくで解決してきた彼にとって、腕を使わずに何かを成すのは何よりも難しいことだった。


 自分がやらねばならぬ事を、やれない。その不甲斐なさが、ウールネスの心中を侵略していく。



 その心の暗雲をきり裂くように、横合いから一声が差し込む。



「360………………」



 その声は涙を含みふやけながらも、確かに自信が通ったそれであった。突然の助け舟を耳にしたウールネスは、それが聞こえた方向に、何もない虚無に目をやった。


 振り向いて音の出どころが掴めなかった時、大体の場合は先に横を交互に見てから、上下もまた交互に見るという順序で確認する事だろう。しかし、その声が馴染み深いものであった為に、ウールネスは一発で下を、正解の方向を見た。


 そこにいたのはバンタン•ランジャン。頭だけになって、半泣きのまま瞑目する少女であった。



「3めぇたー……………60せんち………………ひっく………」



 ウールネスは彼女の様子を見ながら聞き入る。目を閉じ、腕も使えない状態で数値の表記を改善するその様子を。



「2ケタのかけ算の…………暗算ができんのかよ…………ッ!?バンタンッ……………!!スゲェ!!〝天才〟かァッ!!?」



 ウールネスは震撼する。よく知る友が、自分の認識以上の明晰さを持っていた事実に、震えた。


 バンタンの様子は実に平然としたもの……………いや、自分の体が刃物と格闘を繰り広げている事でメソメソと泣いているが、己の才覚を褒め称えられている事に一握りも関心を抱いていなかった。



 そしてついに、胴体は【目潰しのモンスター】の防御を突破した。今は一体でも、状況改善の為に目の前の一体を討伐する。ない頭から弾き出されるその意思に則り、胴体の連撃は加速を続ける。


───その時であった。



「嗚呼!!ここにいたのかマドモアゼルッ!!恋焦がれていたぞッッッ!!」



 胴体の頭上から振り注がれる気味の悪い殺意。その在り処である【銃殺のモンスター】の到来に気づく。


 胴体が今無傷でいれてるのは、【目潰しのモンスター】の攻撃が、胴体にとって相性の良いものであるからである。


 しかし、今まさに落ちてくる【銃殺のモンスター】の弾丸が、〝フランケンシュタイン〟の肉体を破壊させうるものである事は実証済みだ。



 すぐさま【目潰しのモンスター】への攻撃を中断した胴体は場を離れ、自らがいた場所が順に砕かれていく様子を見届けていく。そして、攻撃から解放された【目潰しのモンスター】は、奇声を発しながら即座に触手を胴体へと送り出した。


 刃を受けてもダメージはないが、触手が持つ威力は無力化できない。銃弾を確実に回避しつつ、体勢が崩れぬよう触手攻撃を避けて受けてひたすらにいなす。一転して防戦。こうなったら、状況を変える何かが来るまで耐えるしかない……………そう思った矢先に来たのは



「首がない……………人間っ!?……………そうかつまりは悪霊ッ!つまりは悪ッッ!!即ちカッコ悪いッッッ!!!」



 ピチピチスーツの大男、突然逃げ出した【銃殺のモンスター】を追って来た【ヒーローのモンスター】であった。だが、その標的は気まぐれにも移り変わり───



「このカッコいいオレが!!おやすみ代わりの成敗だァァァァァ!!!!」



【アルティメットジャスティスファンタスティックヒロイックレーザー】



 バツを形作る両腕は眩い光を放ちだし、光量に見合う熱量を作り出す。技名の言い終わり、その光の線は【ヒーローのモンスター】と胴体を結ぶ線分を引くように真っ直ぐと伸びていく。


 すんでで躱し、胴体の代わりに光線の熱を受け持った棚の一角は、赤い光を手にしながら炎に抱かれて砕け散る。



 【ヒーローのモンスター】の腕に満ちた光熱は爆発の火力に生まれ変わり、爆炎に捨てられた熱は空気に混じり風に乗る。その熱風は胴体の全身を横から殴りつけ、肌を焼きながら体幹を揺らした。


 〝フランケンシュタイン〟のフィジカル、能力、技巧は一級品。モンスター()にとっての重要部分である頭部を欠いて尚、その価値は揺らがない。しかしそれでも、レベル4モンスター3体の集中攻撃を捌き切るのには力量不足であった。



 高熱を孕む風に怯み、触手につつかれ崩れた体勢。僅かな動きの衰えが、足先を弾丸の犠牲にさせる不覚に繋がる。



「…………ッ!!…………やべェ!!」



 幸い、それ以上の負傷は回避できた。…………が、3体1の不利な状況は継続している。そして、足の動きの精彩を欠いた今、それが胴体の挫滅にとって途切れるのも時間の問題だ。



 助けに行かなければいけない。しかし、しかしだ。ウールネスは理解している。今の自分では、この戦場に割って入り胴体を救う事など無茶である事を。



 感じる。感じる。久方ぶりの無力感。そして、全身を隈無く加熱する感情を───



 ウールネスの右手を何かが貫く。いや、実際に貫かれたというわけではない。ただ貫かれたように思っただけ。


 何故勘違いしたかといえば、その感触はあまりにも速く鋭く、そして根源的恐怖心を直でなぞり……………彼を致命へ誘うと豪語してくるような、そんな予感だからだろう。


 しかし、それは攻撃ではない。右手に送り込まれた感情には悪意特有の濁りがなかった。大袈裟な感じ方をしてしまったのは、自分の本能が勝手にそれを恐れてしまったからだ。


 理性の見解はそうじゃない。彼女が伝えたいことでも間違いなくない。



───これはただの、吉報だ。



本能(シャスール) 60%】



 ウールネスの手のひらの、そのすぐ上で止まった弾丸が、厚く大きい獣の拳に潰された。



「ガオオオオオオオオオオオッッ!!!!!」



 広い倉庫を埋め尽くす、獣の、〝森の狩人〟の魂の咆哮。



 その獣がけたたましく伝播させたのは音だけにあらず。【ヒーローのモンスター】、【目潰しのモンスター】、【銃殺のモンスター】の3体は、ウールネスが放つそれを克明に感じ取る。



 切り伏せた対手の骨身によって研ぎ澄まされた闘気を、|〝狼男〟《ウールネス•ジャバポット》の大きく雄々しい肉体が持つ存在感を。



 彼らはモンスターとして生まれ変わって以来、常に戦火に身を置き続けていた。故に、彼らの感受性は力の振舞い方に敏感。だからこそ、たった今、着地で床にコンクリートの花を咲かせたこの獣、その形振りに目が離せない。



 あれ程激しく、絶えず動き回ってきたレベル4モンスター3体が、今初めて静止し静粛な空気を織りだす。



「ミッ………………ミルナっ………………!!」



 最初に静寂を破いたのは【目潰しのモンスター】。見られる事を異常なまでに忌み嫌う彼女にとって、機先を待ち静かに見合うこの状況は耐え難かった。


 しかし、今までと違うのは、その声色に含まれる怒気が少しばかり減っている点だ。これは彼女の発言が、単純な感情の発露ではなくなっている事を指す。意思表明というよりは威嚇、だが心に巣食う恐怖心がはみ出した、頼りない言葉を【目潰しのモンスター】は発した。



「それはできねェ相談だなァ……………目を逸したやつが負けるッ!!これは森における常識だぜェ?」



 無論、ウールネス相手にそのような細い威嚇が通用する筈もない。浮かべる笑みの余裕は萎れた様子がなく、寧ろ挑発的な装いとなる。



 目を離せない。見ることをやめられない。見逃せば己の命は奪いつくされる。巡った思考は何か根拠があってのものではなかった。


 これはただの直感。しかし、それは理屈などよりも圧倒的に地に足がついてるように思えた。



 見つめ合う。見つめ合う。尚も見つめ合う。



 呼吸の律動、毛並みの艶、瞬きの間隔。視界の中央に立つ獣の存在が、背景に溶け込んでいくような、そんな感覚がしてきた。



 そしてウールネスは、【目潰しのモンスター】の視界から姿を消した。



 腰から走り出し、臓物を腹部の肉の裏に押し付けてくるような強烈な衝撃。背骨の破損を音色で理解し、肺に詰まった空気の全てが舌で蓋をされていた唾液を巻き込み逃避を始める。全細胞からざわめきを引出す激痛、遅すぎる心の臓の警鐘。彼女を襲う暴力は、彼女に新たな情感と目まぐるしい景色の移ろい、物理の限界地点を堪能させた。



「が!!そうとも限らねェ時もあるッッッ!!!これもまた森ィ!!!!」



 【目潰しのモンスター】の背を、かつてない勢いで打ったのは、〝狼男〟(ウールネス)のドロップキックであった。


 裏など欠いていない。ウールネスはただただ駆けて、背後に回っただけ。〝狼男〟の凄まじい敏捷性は、初速ですら【目潰しのモンスター】には追えない……………今の一連はただそれを証明しただけのシンプルな暴力だ。


 蹴り飛ばされた【目潰しのモンスター】は大気の壁を貫きながらウールネスから、そして大地から離れていく。程なくして彼女は天井に激突。バウンドして今度は斜め下に落ち、瓦礫を散らして床に追突した。



「なんだッ………!?………お前はァァァァァ!!!!」



 【銃殺のモンスター】は全てを見ていた。ウールネスの驚異的身体能力を、異質なその強さを。頭で考えるよりも早く、腰に下げられた銃口はウールネスに向いていた。



「ああン?お前の相手はオレじゃねェよ」



 【銃殺のモンスター】の睥睨はウールネスの拳全てに注がれる。視界いっぱいに広がる、ウールネスの拳に。



「この後来るやつのォ!!名前を聞きなァッッ!!!!」



 ウールネスのパンチを食らった【銃殺のモンスター】はゴムボールのように安々とふっ飛ばされ、背中で道中の棚を掃き取って行く。



「…………………成程なァ‥……」



 今使ったばかりの腕と両足の筋肉が疼く。殴り飛ばした、【銃殺のモンスター】を、巻き上げられた砂埃と棚の残骸を、見つめる瞳が輝きを纏う。



「つまんなかったわけじゃねェ……………そうとは今も思わねェが………………やっぱ、オレはずっとッ!!!ずっとこうしたかったンだなァッッ!!!ガオオオオオオオ!!!!!」



 ウールネスの膨らんだ胸板が高揚感に満ちていく。存分に力を振るえる事に、ウールネスはこれ以上ない鼓動の高鳴りを感じた。



【グレートカリバースーパーヒーロースラァァァ───



 【ヒーローのモンスター】が掲げた手刀が強烈な握力に覆われ、温い毛の海に潜り込む。殴り飛ばされる前の【銃殺のモンスター】と【ヒーローのモンスター】との距離間は決して近くはなかった。ただその距離は、ウールネスにとっては一歩で済む程度のものであったのだ。


 入ると確信した攻撃が、放つ事もできずに封殺される……………彼の心中には恐らくヒーローらしからぬ絶望感がよぎっていたことだろう。



 そして、抵抗する事もできずに、掴まれた左腕から人形のように軽やかにぶんぶんと振り回される。


 【ヒーローのモンスター】を片腕で軽く持ち上げたウールネスは、その勢いのまま【ヒーローのモンスター】を床に叩きつけ───



「ガアアアアアッッッ」



ハンマー投げのようにその場でグルグル回りつつ、【ヒーローのモンスター】でゴリゴリと床を砕いて剥いていく───



「オッッッッ!!!!」



 渦巻く風が瓦礫を巻き込みだすその頃合い、ウールネスは【ヒーローのモンスター】から手を離し、遠心力を纏ったダサスーツは空に舞う。



【アルティメットジャスティスファンタスティック───



「遅いし…………長ェ!!」



 にわかに輝く両腕の輝きを押し退ける、獣の剛腕。【ヒーローのモンスター】のスピードはウールネスにとって遅すぎた。彼が持つアジリティは、【ヒーローのモンスター】が技を放つ隙すら許さない。


 そして、弾かれて、その衝撃で生まれる土煙に埋めたてられてく【ヒーローのモンスター】を追って、ウールネスも煙の中に飛び込み消えた。



「…………いい加減泣くのをやめなさいバンタン。あんまりツナグを呆れさせては可哀想よ」



 回復が終わり、近くまでやってきたマミィはバンタンに声をかけながら、見上げていた。マミィの声と見ている方向を認識してようやく気づく。自分達の真上、天井の向こうから発される音とその正体に。



***



「………………清々しい気分だな今の俺。こんなにも機嫌がいいのは空の旅の新鮮さからなのか、マミィが側にいないからなのか……………どちらも今に終わるというのだけ確かだな。残念な事に」



 開け放たれた扉の向こうからやってきたのは、気圧の帳尻合わせとして強風。真横からの銃声ののち風がやみ、そして次に飛び込んできたのは、美しく立ち並ぶ家々と合間に挟まる木々の緑、その俯瞰の光景であった。


 先にその景色に身を投げようと前に出たのは、ツナグ•アマネク。男はその高度を前にし、近づいて尚も恐怖の色を一抹も見せない。そして、扉の縁に立ったツナグは下の方向に視線を落とす。



「あの……………ツナグ殿。どうして何も背負っていないのでありますか?」



 ツナグは普段からギターケースを背負っており、レベル3程度のモンスター相手ならば、戦闘中でも下ろさずに身につけている。ただこの現場のような危険な戦いの前では必ずギターケースをどこかに下ろしていく。単純に邪魔だからだ。


 ただ、ミリーはその様子を、ツナグがギターケースを下ろす瞬間を随分前に見ている。つまり、ミリーが言いたいのは、今いるのは高度十数メートルの上空、ホバリングするヘリコプターの中であるという事。


 ミリーとパイロが背負うパラシュートに気がついた、ツナグは薄く微笑みながら言う。



「ああ……………僕は結構です」



腰に下げたメイスを手に取って、ツナグはヘリコプターからフリムホーツFCの屋根に向かって飛び降りた。



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