とどのつまりヤッベェ状況
「ガオオオオオオオオ!!!」
猛々しく咆哮するウールネスは、四股を踏むように腰を落とし、竜巻を携えながら回転する【ヒーローのモンスター】に真っ向勝負を挑む。
【スーパースピントルネードロングロングハリケーンアタァァァァァック】
コマのように回りながら滑らかに滑る【ヒーローのモンスター】の突撃は、ウールネスの大振りな打撃を安々と弾き、そのムキムキの肉体を、風に乗った菓子の空袋のように飛ばす。
「クッソォ…………つえええな…………ガオオオオオオ!!!」
次に目をつけたのは、【目潰しのモンスター】に掃射を仕掛けている【銃殺のモンスター】。背後をつく位置関係からの攻撃だったが、殴る前に吠えてしまったので奇襲は成立しない。
振り払った拳はカス当たりに留まる。【銃殺のモンスター】は前へ小走りした勢いを殺しながら振り返り、今度はウールネスに向けて弾丸をお見舞い。
回避しながら距離を詰めようと前に走るウールネスだが、戦いから己の強みを学習したのか、【銃殺のモンスター】は引き撃ちに徹し、ウールネスとの距離を保ち続けるばかり。弾丸を躱し続けるそのステップも、徐々にバランスが乱れていく。
【アルティメットジャスティスファンタスティックヒロイックレーザー】
ジリ貧になったウールネスを結果として助けたのは、【スーパースピントルネードロングロングハリケーンアタァァァァァック】を終えた【ヒーローのモンスター】のレーザー攻撃。
レーザーによって朱色に染まったコンクリートは、一拍を経て爆発。爆風が直撃した【銃殺のモンスター】は転倒し、その熱気と風圧が掠ったウールネスはまたも吹き飛びゴロゴロと転がされる。
「痛ってェ…………………ん?」
打った背中をさするウールネスは、【目潰しのモンスター】と目があった。
「ミィィィィィィテンじゃネエ”エ”エ”エ”エ”エ”エ”エ”エ”エ!!!」
「ガオオオオオオオオオ!!!」
襲い来る、鋭利な触手を掻い潜り、ウールネスは拳を振り被る───
突如、吠える為に開けたウールネスの口に、大きく硬い何かが挟まった。
「ンが…………?」
ウールネスの口に入ったのは、辞書であった。それは人の口にギリギリ入る厚さであり、しかし当然、その全てを飲み込むのは不可能の大きな本。角っ子をねじ込むようにウールネスの口に含まれたそれは、更に奥へ進もうと、舌と口蓋をこじ開けるように進行しだす。
銃で撃たれるのが日常のウールネスにとって、痛みなど些細な事。しかし、いきなり口の中に硬くて大きいものを突っ込まれて、仰天しない程鈍くもない。
辞書は動揺で緩んだウールネスの肉体を押し倒し、更には後続として新たな辞書2冊が、ウールネスの脇の下に突っ込み、仰向けに倒れたウールネスを引きずり運び出す。
「…………………………」
そのよく分からない状況を飲み込む最中、辞書を吐き出し開けた視界で、顔面に紙が張り付き混乱する【目潰しのモンスター】の姿を、ボーッと見ていた。
「あなた…………バカじゃないの!?どうして手当たり次第に…………レベル4全員に突貫仕掛けてるのよッ!!」
流石のウールネスも、マミィの怒声を聞くより早く、この動く辞書の正体と役目を理解していた。一回深く息を吐き出しながら、ウールネスは上体を起こし、続くマミィの罵声を正面から浴びる。
「あなたどうかしてるわよ!!【目潰しのモンスター】相手に正面から迫撃かまそうとして………………どういう了見よッ!!」
「……………………能力使われる前に殴ればオレの勝ちだったぜ!!」
「このバカッ!!」
多分テンション上がってしまって細かい事を考えず動いていたのだろう。自身の弱体化を考慮していない……………いや考慮していたとしても大分頭悪い立ち回りをしていた。
「……………で?バンタンはどこだ?……………うまくいったのか?」
「…………………運悪く流れ弾に被弾して胴体がグチャグチャになったわ」
これまでウールネスが1人で戦っていたのは、逃げ出したバンタンを探す為の時間稼ぎ。自分の働きがどう状況に作用したのか、気になるのは当然の事。……………結果は残念どころの話ではないのだが。
「……………そっかァ…………んじゃコイツら殺すかァ!!【本能」
ウールネスのハイテンポなぶっ殺の判断が、マミィの殴打によって途切れる。
「バカッ!!やはりあなたはバカッ!!」
ウールネスは呆然とした。パーでなくグーでしばかれた事実に面食らい、生理現象のように頬を手で押さえて、マミィの罵倒を微動だにせず聞く。
「あなたが100%出してこの場のレベル4モンスターを皆殺しにするって作戦は!!バンタンに止めてもらう事が大前提でしょう!!……………そして私は今!!そのバンタンがしばらく戦えなくなったと言ったのよ…………!!」
マミィの栓を全開にした蛇口のように勢いよく迸る言葉は、ウールネスの間抜け面を徐々に崩していく。
「………………つまり………………ヤッベェ状況ってコトだなァ!!?」
「その通りよ!!」
〝フランケン〟はこの戦いのキーパーソン。それは戦闘放棄をかました以降ですら覆らなかった。つまるところ、バンタンの戦闘不能は、今すぐに打開する事ができなくなった事実を指す。
「オイどーすんだ!?あ、いやでもバンタンは回復速度キモいくらい速えェよな!!何十秒か耐えればいいんじゃねェの?」
「それはパーツごとに意思がある故の、任意回復の倍率の良さと、バンタンの強い生存本能が内訳なのだけれど………今のバンタンは内臓含めてほぼ全損状態だし、唯一無傷な頭も生存本能の働かせかた履き違えてどっか行っちゃったのよ」
バンタンの胴体は安全そうな所へ運んだので、回復が中断される事はない。しかし、恐らく一般的な表象モンスター並の速度でしか回復が進行しない為、稼がなければいけない時間は短くない筈だ。
これからどうすればいい?途方に暮れかけたその時だった。
『バンタン!ウールネス!聞こえてるか!?』
ここでようやく、マミィとウールネスの2人は無線機からの声を、パイロの必死な叫びを耳にした
『状況を教えてくれ!!バンタン!ウールネス!』
『何で私の名前だけ呼ばないのよ!!あなた他の誰もと違って私がかけがえのない存在でないのかしら!?信じられない!!』
『無線持ち歩かねぇバカを呼ぶわけねぇだろうが!!うるせぇ!!』
無線ごしで繰り広げられる【ミイラ男】の喧嘩模様。それは毎日のように勃発し、あまりにも一瞬で収まる為に、最早誰も止めようとしない、ただの日常風景であった。焦慮が染み出したマミィとウールネスの思考が、クリアになっていく。
当然だが、表象モンスター3人が転送された直後から、オペレーターは3人に無線で情報共有を要求し続けていた。しかし、この3人は普段から無線でのやりとりを相方の弱点に任せきっており、マミィに至っては無線を持ち歩かないという意識以前の暴挙に出ている。比較的無線意識の高いバンタンもすぐに戦闘放棄しだしたので、一時はウールネスだけが無線でオペレーターと繋がっており、そのウールネスに至ってもすごく必死な無線からの声に一切耳を傾ける事なく特攻を繰り返していた。
応答したマミィが今持っている無線は、体の節が3倍くらい増えたバンタンの胴体から拝借したもの。無線を持ってく判断はできた癖に無線を聞こうともしなかったのは、一体どういう事なのだと言いたいところだ。
『いいからとにかくそちらの情報を教えてほしいであります。どうなっているのか何も分からないのでは本職らが動きづらくて困るので』
【ミイラ男】の喧嘩になど構ってられない、とばかりにミリーは重ねてマミィとウールネスに状況を聞く。喉から手が出るほど助力がほしい現状。そして、死のリスクを排除できなければ、弱点達は迂闊に動けない事を、マミィもウールネスも理解している。
2人は思考を加速させる。そして───
「……………分かんないわっ…………普段からパイロに報告ぶん投げてせいで、何言えばいいか分かんないッ……………!!」
「なンか……………何から説明すればわかりやすいのか……………なンか見当がつかねェッ!!」
『……………………………』
己の説明力の無さを嘆きだす相棒達の情けない姿を耳にして、パイロとミリーは無線機を見つめて黙りこくる。
『じゃあこれから僕らが質問をするので、それに答える形で状況を教えてください』
呆然とするパイロとミリーに代わって、ツナグがマミィとウールネスに指示を出す。向こうがテンパって何を伝えればいいのか分からないというのなら、こちら側から何を伝えてほしいのかを教えればいい。単純ながら的確な指示だ。
『………………分かったわ』
一拍おいて返答したマミィに向けてツナグは問いかけた。
『そちらのレベル4モンスター3体は、貴方達だけで対処できますか?』
『絶対に無理ね』
『そうですか。バンタンがやられたんですね』
「うおっ。伝わったスゲェ!」
バンタンが戦える状況なら、たかがレベル4相手に手詰まりになるなんて事はない。マミィが何故か無線を持っている事からも、バンタンが何かしらの理由で戦えなくなったのは明白だ。
他に敵がいないことや、バンタンの状態、マミィとウールネスに目立った負傷がないかどうかをマミィ達から聞き出し、今後の動きは固まった。そしてマミィとウールネスオペレーターからの今後の指示を仰ぐ。
『救援はおよそ10分で集結します。それまでの間、マミィさんとウールネスさんはレベル4モンスター3体がその場を離れないよう釘付けにしつつ、【目潰しのモンスター】の能力の有効範囲と射程を計測してください』
「え?でもオレら定規なんて持ってないぜェ?」
〝目潰し〟の異能は回復能力の高い表象モンスターならともかく、回復速度がモンスターに圧倒的に劣る弱点にとっては群を抜く危険さだ。だから、弱点が来る前にできれば計測を済ませておきたい、そんな司令部の意図は分かる。分かるが、肝心の計測方法にウールネスは引っかかった。
ウールネスの疑問に答えるように、マミィは自らの手元にお菓子の空箱を出現させた。
「あなたには縁がなかったでしょうけど。大体の表象モンスターは、まずサポート方面に能力を拡張するものよ」
マミィが能力で作り出したのは、ただの縦長の箱ではない。側面の方を見てみると、マジックペンでいくつもの縦線が、規則的に書き加えられていた。
「………あァ〜、これが定規か!」
ワンテンポおいて落書きの意図に気がついたウールネスをよそに、マミィは同じ空き箱を作り続けて準備を進める。
「私の能力は要するに『触れた紙の複製』。だから同じ紙製の物を1mmも縮尺に誤差を出すことなく、汚れや傷も含めて再現、量産できるの。これを繋げて操ればおおよその距離を測ることができるわ。あなたも覚えておきなさい。この空箱の側面の長さは20cmきっかりよ」
『30cmな』
「うるさいわね!いちいち細かいのよあなたは!!」
『そこ大雑把だと俺の目が危ねえんだろうが!!頼むから確信の持てる計測結果を報告しろよ!?マジで!!』
ウールネスが無線機のボタンを押しっぱにし続けるバカみたいなミスをしていなければ、また別のバカのやらかしのしわ寄せをパイロが被る事になっていただろう。パイロの怒声にマミィは逆ギレで返しながら、箱の側面のメモリを数える。結果、線の総数は30本だったので、この話は打ち切る事にした。
『合流後は当初の予定通り、【ヒーローのモンスター】をチーム【狼男】が、【目潰しのモンスター】をチーム【ミイラ男】。そして【銃殺のモンスター】をチーム【フランケン】が担当し、討伐に当たってください。何か質問はございませんか?』
そう、定型文によってオペレーターの指示は締め括られた。何分も音信不通が続いた影響もあって、説明に不備はなかった。しかし、マミィが、珍しい事にマミィがオペレーターに質問を投げかけた。
「…………………本当に私達がやらなくちゃ駄目かしら」
『え?』
「【目潰しのモンスター】……………【ミイラ男】が討伐しなきゃ駄目かしら……………」
マミィが述べたのは、自分に与えられた役目についての不満であった。
『…………ええっと…………それは近距離に存在する生物の目を潰す【目潰しのモンスター】に対抗するなら、豊富な中遠距離攻撃を持つ貴方達チーム【ミイラ男】が最適であるからです。尤も次第によって応変すべきなのも確かですが、理由を伺っても……………?』
オペレーターはその今さらな質問に対し、困惑気味で応答。絶対に碌でもない彼女の都合だろうが、立場に則り頭ごなしにならずに聞いてみる。
「だって………………パイロの目が潰れたら、私がパイロの分のノートを取らなきゃいけないじゃない……………」
やはり、マミィの言い分は自己中心的思考極まる、持病の発作のそれであった。ここまでほとんどひっきりなしに言葉が交錯していた無線機の世界が、一時の静寂を手にする。
『………………お前はバカか?』
マミィの異常行動にメスを入れたのは、やはりというべきかパイロ•アンバーであった。
「そうよその通りよ!だから私は困っているのよ!!…………知ってるでしょ!?私……………ノート取るのヘッタクソなの!!字は流麗だけど、板書を丸写しにしているだけで工夫のない…………行き当たりばったりが筒抜けの…………私が作り出すノートはそんなクソなのよ!!まぁ字は流麗なんだけれど…………字は流麗なんだけれど…………ッ!!」
ネガティブな自分下げを軸にしながらも、自負する所は主張し逃さない。マミィらしい自己中心的発言が、何の恥ずかしげもな無線を闊歩する。
「そりゃあ…………他の友達に任せるって選択肢もあるわよ……………けど、私はパイロの相棒で、常に一緒にいるのだから…………こういうときはこの私がパイロの面倒を見るのが道理じゃない…………!!───あぁ〜………もう本当にイヤだわっ!!授業を真面目に受けるのも苦痛だし、何よりパイロに作ったノートを渡したその後、やれ構成が悪いだの注釈がゴミだのゴチャゴチャと文句垂れるのでしょう…………!?───パイロ…………あなた最低っ!!」
『与えられた厚意には感謝以外何も返せねぇだろうが!!お前の発想力の汚さと俺の心の清さには天地ほどの差があるみてぇだなぁ!!?』
オートで増長を続け、何故かパイロの非難に発展したマミィの妄言に、パイロは我慢できずに無線を通して罵声を送る。そして両者に、視界が通ってないにも関わらず火がついた。
「あなたの口の悪さならこれくらい息と同頻度で言うでしょう!?詰まって3日の便器のように汚いその口は、発言をすべて罵倒に変換するのよ!!」
『それが何だよ!!テメェのこの世の全てを自己愛と保身に作り変える脳内の地獄絵図と比べたら!!どこもかしこも桃源郷だろうが!!』
こんなあんまりな罵倒の応酬…………2人の間柄を知らばければ聞いていて吐きそうになるだろう。ヒートアップを止めない、その電波を超えた喧嘩模様に水を差したのは、パイロの隣に座るミリーであった。
「パイロ殿。喧嘩をするのは結構でありますが。お二方が喧嘩に使っているその無線は公の場そのものであります。個人的な感情の発露は場をわきまえて行うべきでは?」
「うっ……………」
脳漿代わりにガソリンでも頭に詰めてるのかというくらい、すぐにやりとりを喧嘩に発展させる【ミイラ男】の2人だが。第三者が冷静に、その非を的確に突くように諌めれば、どれだけ激化しようが大抵収まる。三歩先に放送コードの瀬戸際が迫るくらい口汚いパイロの罵声が、水を浴びたように萎縮する。
『……………す、すみません…………』
冷静になったパイロは恐る恐る無線に口を近づけ直して、大変申し訳なさそうに謝罪を送る。
『…………ふん。わかればいいのよ』
「…………!?……テメッ!!…………っ……………チッ」
多分ついて程なくすれば再度喧嘩は催されるだろうが、まぁ多分そこは公共の場ではないだろうから、好きに乳繰り合えばいいだろう。アラボネ以外の者達は、一旦鎮圧したその喧嘩に干渉しない事を選んだ。




