2月の風が身を焼き尽くす
3:12PM
強盗達を拘束したツナグ達3人は、周囲のクリアリングを行いながら小学校を脱出。そしてオペレーターからの指示通り、正門前で待機していた。
現在の気温は1℃。鼻息までもが白に染まり、鼻頭はうっすらと赤が滲んでいた。その上今日は風が強い。服が遮ってくれない、顔面などの肌の露出部分では、肉が凍てつき、同時に小さく切れ味の悪い無数の刃物を押し付けられているような…………寒いを越して痛いと表現したくなる酷い感覚を味わっている。
だが、まぁ…………………パイロやミリーの苦しみなど、些末と言われても、本人達が納得してしまうだろう。
『ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア!!!!!』
真に地獄を見ているのは、すっぽんぽんにされた強盗達である。
彼らにとって、冬の風は凶器そのもの。とりわけ強い、今日この日のそれは、吹き付ける度に男達から悲鳴を引き出し、体が震えさせて、ついには落涙。ベトベトの鼻水は唇に付着し、伝わる歯の震えに弄ばれる。
パイロが「動くな」と、銃をサイドにつけて言っても彼らは聞かない。地獄のような寒さを前に、本能が肉体を振動させて、少しでも高く、そして長く体温を保たせようと足掻いているのだ。ただ、頑なに、頑なに足の裏だけはアスファルトから引き離さない。
四肢の末端は、人体において最も寒さが本領を発揮する場所である。実践的にそれを理解した彼らは、己の裸足を何よりも思いやっていた。
アスファルトのガタガタを踏むのも辛いのだろうが、何より冬の空気を吸いきった、氷塊に並びうるその表面の冷たさが耐えかねるのだろう。自身の体で温めた、その足場を踏み外さないように、こらえ続けている。
既に全身は赤らみ、肌は少しづつ霜焼けを作り出していく。体を腕で覆い隠すのも辛そうだ。
そんな哀れな彼らに対し、弱点達は───
「あっツナグ。今度はそっちから風が来た。ちょっと下がれ」
「はい、分かりました」
『ウワ”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア!!!!!』
見つけた側から、彼らに嫌がらせを実行していた。
当然だが、別にかける優しさが分からない訳じゃない。クレイで風よけを作ってあげるだとか、色々なやり方が考えつく。ただ金欲しさに人を殺める事も厭わないクズどもには、どんな優しさも値が張るのだ。
「ふむ、この場所よりもあちら…………あっちのほうが車停めやすいかと思うであります」
『…………………‥‥‥‥』
ミリーは顎に手を添えながら、校門からちょっと先の所を指差し、強盗達は碌に焦点の合わない目でそこを確認。自分達にとって遠すぎるその距離を声も出せず凝視する。
「オラっ!とっとと歩け!」
『あ”ア”ア”アっ………………ア"ッ…………アァあァァァ〜……………!!』
強盗達は号泣し、腹から絞り出されるような情けない声を上げながら、のっそのっそと足の裏に突き刺さる冷気に耐えて進む。
そして僅か4メートル程歩いた男達は、ガタガタと震えながら、各々何でもない場所を呆然と見つめだした。
「いっ……………い、ぃい、いぃいまぁ…………なんふっ……………なんふったったぁですかぁ!!?」
「外で待ち始めてからか?50秒くらいだろ」
時は分の区切りすら超えてなかった。あまりにも長い、長すぎるほどに、苦痛の時間が続くことを悟った強盗達はすすり泣きを始める。
その中の一人、最後尾の男が、振り向いてパイロの目をじっと見つめる。ガタガタうるさい歯の震えを、精一杯噛み殺し、飲み干して、呟く。
「といっ…………ひぁっ………ぇええぇぇ〜………………」
「は……………?」
その悲痛な声は、まるで言葉になっていなかった。何が言いたいのかが分からない。何をしてほしいのかは大体分かるが、何にせよやってあげるつもりはないので、「は…………?」と返答した。
「といひあえっ…………!といひっ…………あぇえ"え"え"え"え"え"えっ………………!!ああアァ"ァ"ァ"ァ"ァ"〜……………」
滑舌グズグズの繰り言を男は続けた。懇願する、哀願する、自分を苦しみから解放させる抗弁を垂れ流し…………そして限界を迎えて嗚咽を始め、崩れ落ちる。
「オイ!しゃがむな立て!」
「ひぐっ……………ひぐっ…………んゥゥうぅウゥ……フゥゥゥ…………」
立てない。座ろうとして座ったわけでもないのに、なぜか不思議と腰が上がらない。冷気を浴びに浴びた顔面が、涙で焼き直される。目元を温める涙を拭おうと伸ばした手は、まるで他人の肌を撫でているような違和感を感じた。
冬の大気に全身を食い尽くされる。死が、視界のど真ん中で明滅を続ける。………きっと今崩れ落ちてしまった彼も、同じような感覚だったのだろう。命が抜け切る瀬戸際、かつてなく輝く生存本能が、一筋の救いを導き出す。
「といっ………取り調べぁ"ッ!!といしっ………取りっ調べっ…………しなきゃだろッ!?」
それは、自分達がこの犯行の実行犯。最重要の、情報的価値があるという、その立場であった。
「取り、しあえっ……………!!取り調え"ッ………しよぉうッ!!…………取り調ぇえぇぇ……………とい"調べェェェェ……………!!」
暗闇続きの道を歩くなかで、ようやく、遠巻きに光を目にしたような………………そんな希望が、身の底に沈んだ気力を引き上げる。
残りの3人も、餌を頭上に掲げられた金魚がごとく、必死にパクパクと口を動かし。飯でもかっ食らうように、ひたすら「取り調べ」と何度も口にする。
冷ややかな目を弱点達に向けられるが、この風の冷たさに比べたらぬるすぎる。
必死に訴える。耳を貸すまで何度も叫ぶ。耐え難かったあの風が、自然と辛くない。見つけた希望に食い下がり、声を張り続ける───
「いや、Oliverではオリヴィア教が書き出した〝記憶〟を重要な証拠として扱うので、別に君等はいらないと言えばいらないのであります」
「どうせお前らすぐにでも殺処分だぞ。もうじき死体になるゴミの健康なんて気遣ってられるか。棺桶に入る予行練習だと思って向こうで寝てろ」
フリムホーツ州では警察がいなければ、検察も、弁護士もおらず、故に裁判の概念がない。
理由はいくつか存在するが、一番の理由としては、残虐性が高く、人に危害を加えることに抵抗がない非道な人間をいち早く処分する為だ。
残虐な人間はその分、危険なモンスターになりやすい。個人の思想は能力の殺傷性に色濃く反映されるため、凶悪な精神性のモンスターが現れた場合、討伐を担うモンスターチームや討伐者、更には民間人の死傷率が跳ね上がる。
故にこそこれは、ギリギリのバランスで成り立つ、〝|タメリカのボルテックス《フリムホーツ州》〟を維持する為の欠かせない一環。
危険なモンスターを生まないように、危険人物を見つけ次第抹殺するのは、必要な作業なのだ。
当然、今日一日で随分とキルスコアを稼ぎまくったこの強盗達はその例外じゃない。
記憶を読みたいのなら非生物の方が都合がいいし、一人くらいは念のため3日くらい生かす判断が下されるだろうが、残りの者たちの命が日をまたぐ事はないだろう。
ちなみに殺すかどうかの判断は、一応刑法学んだ討伐者数人が5分くらい話し合って決める。
仕方がないとはいえ、人の命を公的機関を介さず、偏った人員の裁量のみをもとに奪い去る、このシステムは断じて異常であり、決して当たり前の事だと思ってはいけない。
そうアラボネに、本当にくどいくらい3人は言われてきてるので、ちゃんとイカれたシステムであると認識していた。
不意に崖から突き飛ばされて、自由落下を味わうような。ゾッとした感慨が、強盗達の足元から肩までを駆け上がる。そして、腰が姿を消した。
大の大人5人が膝をついて、泣き崩れる。こいつらが嫌いでなければ、到底見てられない姿であった。
男の一人が、自らの膝を抱き始める。温もりが胸に染み込んでいったのだろう、薄く漏れるような声を上げ、目が生気を取り戻す。
そして、それはもう愛おしそうに愛おしそうに、男は強く強く自らの膝を抱きしめて───
「大好きッ……………!!大好きッ…………………!!」
恋に酔いきった乙女のような、愛の告白を告げだした。
「………………なんか今にもモンスターに化けそうですよこの人ら」
「オイ!立てって!早く立てェ!!」
強盗達のメンタルがおかしくなり始めたことに少し焦りを感じるツナグ。パイロも慌てて男達を蹴り飛ばし、一回立たせようとする。がノーダメージ。彼らの触覚は既に焼ききれていた。
その時だった。
「来たであります…………!」
道路の向こうを見つめるミリーが、こちらにやってくる車の正体を掴む。
向こってくるのはパトロールカーであった。勿論警察の車両などではなく、普通車にサイレンを取り付け、そのモンスターチームを象徴する表象が塗装された車だ。
目の前に停車した、その車に描かれた表象は、【グリフォン】であった。
道の真ん中でしゃがみ込み、絶望に暮れていた強盗達が、息を吹き返すように立ち上がる。
「み、みんな大丈夫!?無事!?」
車のドアが勢い良く開き、中から焦った様子で〝グリフォンの弱点〟が出てきて…………即座に空高くを見上げる。
すっぽんぽんの強盗達の、丸出しの男性器を直視しない為だ。カルトネは男性器を初めて見る瞬間は、イケメンとスケベかますその瞬間と心に決めている。妥協するにしても、罪犯したてで手が真っ赤な文字通りの素寒貧野郎共は許容範囲外だ。
カルトネは視線を感じる。その素っ裸の強盗達のものだ。
仮にコイツらが息を呑む程のイケメンであれば、「もっと近くで見に来いよ」と言ってやったものだが……………カルトネは既に彼らの顔面の採点を終わらせている。全員落第だ。早く死ねばいい。
そう思いながらキレているカルトネだが、上を向いているから気づかないだけで、実際の所強盗達はカルトネに目もくれていない。彼らが目に入れているのは、車内だ。
真冬の寒さを拒絶する、暖房ガンガンの、車内。
涙が出てくる。さっきまでの悲痛に喘ぐあの苦しさが液状化したそれとは違う。傷痍を抱え塞ぎ込む、そんな心の底が治癒されていくような………………安堵の涙だった。
全身の冷えがようやく一掃される。そんな希望を胸にヨタヨタと、必死に腰の高さを維持しながら、強盗達は車に向けて一歩を踏み出す。
「……………俺とミリーはな。ツナグは撃たれちまったけど軽傷だ」
パイロは心苦しそうに、ツナグを親指で指しながら、カルトネと、同じく車から出てきたチキントラスに、安否を伝える。
「そうか……………まだ傷が痛むだろう。車内にだし巻き卵を置いていくから、ぜひ移動中に食べるといい。きっと元気が出てくるぞ」
チキントラスはツナグを、少しぎこちなさそうに動いている左腕を一目見て、優しく声をかけながら、車のドアの前を開けた。
「失礼します!」
「詰めろ詰めろ急げェ!!」
「ドライバー殿運転よろしくであります!!」
そして一気呵成と、ツナグ、パイロ、ミリーの3人は、【グリフォン】のパトロールカーに乗り込んだ。
『……………………えっ』
状況を飲み込めず、それを喉につっかえたまま、強盗達は一瞬にして走り去っていくパトロールカーを見つめる。
隣に立つのは若いくせ毛の少女と、鶏頭のモンスター。
そして自分達を捕らえて、さっきまで側にいた、3人がいない。
彼らはどこに行ったのか?……………そうだ、たった今、自分達が見つめて、既に遠くに行ってしまっている…………車の中だ。
『ぁァア"ア"ア"ア"ア"っ!???おいてぇかないえ"ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!』
再臨する死の予感。地獄はまだ終わってないことに気がついた強盗達は、逆に息を吹き返して、去っていく車に向かって駆け出した。
「逃げても無駄だぞ君達?なに、じきに君達の迎えは来るさ。優先順位というものがつけられてただけでな」
産まれたての鹿くらい必死に足を動かす強盗達を、チキントラスは冷静に先回りして押し留める。強盗達は絶叫を上げながら押し通ろうとするが、ほぼ死に体のクズ共が束になった所で、表象モンスターのフィジカルは突破できない。
一人づつカルトネのクレイのロッドで頭を叩かれ、強盗達は沈黙させられる。
糠喜びだ。糠喜びをさせられた。
ようやく終わるかと思われた、地獄の時間。コキュートスの先行体験。それに耐え続けた結果、凍えきった肉体。
それを、溶かせると……………そんな人生最高潮の絶頂を、期待させた側から即座に引き離す。
「あくまッ………おあぇあ"ッ………悪魔ァァァァァッ!!」
「いや、私は〝グリフォン〟だが?見給え頭が鳥だろう。コケーッ!!」
実際の所、本当に弱点達を表象モンスター達と合流させる事を優先しただけで、彼らに報いを与える采配ではなのだが…………………
到底話を聞いてくれる精神状態でないので、【グリフォン】の二人は彼らを無視をして、強盗達を運ぶ車を待つ。




