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雲外鏡VSスケルトン

 フィリップ•サラグリルに与えられた役割というのは、TOP5三チームに随伴するでもなく、【メッサーズスケルトン】率いる隠密部隊に加わるでもなく、不測の事態への備えとして、銀行外に待機するというものだった。……………言ってしまえば彼女は、この作戦の主戦力として数えられなかったということ。


 愚兄、〝メドゥーサ〟(ウィリアム)が汚したチームの面を拭うべく、忸怩たる思いを抑え込みながら、間近にある挽回のチャンスに意気込んでいた彼女にとって、この空回りは心に重くのしかかっていた。



 だからこそだろう。TOP5弱点(ウィークネス)が、まばゆい光に飲まれ、その場から姿を消す。その異質な出来事に誰よりも早く反応できたのは。



 最速に倣った、フィリップ•サラグリルの超加速。銀行近くの茂みに身を隠していた彼女は、模倣から昇華させたオリジナル(自身の長所)を持って、瞬く間に銀行のガラスを突き破り、突入を果たしていた。



 そして、〝フランケン〟(バンタン)〝ミイラ男〟(マミィ)〝狼男〟(ウールネス)、の3人動き出しから一拍遅れて、フィリップもカメラの男へ一歩を踏み出す───



 フィリップが、カメラの男からまろび出る、黒い異形に気がついたのは、表象(シンボル)モンスター3人と同時だった。


 彼女は理解していた。その異形、【百目】の恐ろしさ。そして強さを。だからこその立ち止まり、様子をうかがう判断。瞬きを許さず、その一挙一動を逃さない、集中と心の準備。



 故にこそ、彼女は見届けた。友が光と共に消えゆく光景を、今度は手の届く所で。



 一瞬にしてガラガラになった銀行内を、力なく見つめているその時、舌の上で鉄の味が踊り始めた。噛み締めた唇から血が漏れたのだと遅れて気が付く。


 心に聞くまでもなく分かった。自分は今、友を奸計に嵌めたこの男を討ちたいのだと。


 間もなく背後から、そして前方のカウンターから、討伐者(ハンター)達が鉄砲水のように溢れ出てくるだろう。



 即ち、これから……………総力戦が始まるということ。



 では己の役目は何だ?今誰よりも前にいて、〝俊足〟を長所として誇る自分のすべきことは?



 この戦の、戦果を綴る第一筆。戦端を開く、先駆けだ。



 怒りを脳から足の先まで流す。後悔と自責は己の最高速を持って示す。チーム【メドゥーサ】の弱点(ウィークネス)、フィリップ•サラグリルが駆け出した───



『総員待機!!繰り返す。総員待機!!』



 寸前、無線から響く男の声。現場監督、アラボネの一声がフィリップの足を止める。



『対象【雲外鏡】と【百目】は、討伐者(ハンター)チーム【メッサーズスケルトン】、アラボネ•バッツバックとパルトコーツ•バッツバックが対応する』



 そして気がついた。今【雲外鏡】と【百目】の近くにいるのは自分だけではない。アラボネ•バッツバック………自らの師匠も、既にカウンターを越えて、広いロビーに立っていた。



「いきますよ。パルトコーツ•バッツバック」


「アイアイサー様〜」



 アラボネに名を呼ばれながら、骨頭の男、パルトコーツも遅れてカウンターを乗り越え、戦場に立つ。



 【メッサーズスケルトン】。北アメリカ大陸のボルテックス、フリムホーツ州に勤務する討伐者(ハンター)…………その頂点を飾る、双子のチーム。


 一卵性双生児である彼らだが、その事実が疑わしい程に共通点は少ない。


 細身な身体で短刀2本を操るアラボネ()と、筋骨隆々な肉体でアサルトライフルとショットガンを持ち歩くパルトコーツ()


 体格の歴然とした差と、戦闘スタイルの違いは特に疑念を持たれる点だ。他にも性格がまるで違ったり、顔と肉体が構造的に違ったり、趣味も、好きな食べ物も、全く別々。共通点と言えば血縁と背丈が同じであることくらい。



 気が合う訳じゃない。決して仲が悪い訳でもないが、理解者と呼べる程親しくはなく、想いの全てを分かち合えてはいない。


 彼らの間にあるのは、身に宿した異能、その共有と、28年の月日を共にしたことで築かれた、何の変哲もない素朴な信頼、それのみであった。


 しかし、それらこそ紛れもなく、彼らの実力の根幹であり、数々の実績を積み上げてきた立役者だ。



 彼らの判断に疑いはない。彼らが自分達だけで勝てるというなら、きっとそうなのだろう。



 しかしそれでも、そうだとしても。フィリップの心中にはどうしても無力感が、己の情けなさが、この場と足を縫って、戦う事を要求してくる。


 退きたくない。立ち向かう強さが欲しくて、自分は力を磨いてきたのだから。



 アラボネが、フィリップに視線を向ける。



 足手まとい、場違い、思い上がり……………そのような、人の弱さを責めるような目ではない。


 アラボネはフィリップの強さを知っている。決してこの敵は、フィリップの手に余るような相手ではないと、そう分かっている。


 それでも、だとしても、彼女は経験不足で発展途上。大人として、フィリップを危険に晒す判断はできないのだ。



 アラボネは彼女の上司として、或いは教師として、そして師匠として、今この場は自分の身を優先し、退いてもらいたいと、その目で訴える。



 そしてパルトコーツが、自分の足元にある死体を拾い上げた。


 それが誰の死体なのかはよく分かっている。常に位置を捕捉していた、いつでも助けられるように気にかけていた、実兄、ウィリアム•サラグリルの死体だ。



「フィリップのお子様!!」



 そう、フィリップに声をかけ、パルトコーツは傷だらけで、だらんとしている、ウィリアムの死体を投げた。



「!!」



 慌ててフィリップは手にしていたトンファーをしまい、両手を前に広げる───




 ウィリアムの死体がガラスを突き破り、銀行の外に投げ出された。



 けたたましいガラスの破壊音の後、ウィリアムは1回2回とバウンドして、日の照りつけるアスファルトに叩きつけられる。


 全身の骨折、出血、肌のあちこちにガラス片が刺さりながらも、ウィリアムの意識は戻らず、ぐったりと寝そべって動くことはない。



 戦いは今にも始まるかもしれない。すべきことはチーム【メドゥーサ】(サラグリル兄弟)を早急に逃がすことである。



「ウィリアムのお子様を任せたぜぇ〜!!」



 パルトコーツはウィリアムをフィリップに託して、生き生きとサムズアップした。



「………………わかったッス!!」



 フィリップはすぐに踵を返し、外に出されたウィリアムの元に駆け寄る。



 自分が行かなければいけない。だって、彼に優しさを、思いやりを与えてあげるのは、この街で自分だけなのだから。



「ふーん…………みすみすと子供を3人も犠牲にさせといて、何でまだ見栄を張れるのかなぁ?神経疑っちゃうよ…………いやそもそも通ってないのかキミらには。じゃ当然なのかな人でなし」


「ただ戦力の過剰投入で必要以上の死傷者を出したく無かっただけです。…………それに、まだ彼らが死んだとは限らないでしょう。果たして犠牲を払ったのはどちらの方なのでしょうか?」


「………………………………」



 戦いの火蓋を切るには先送りに、【雲外鏡】とアラボネは舌戦にて、探りを入れる。



 【雲外鏡】に寄生するあの【百目】だが、先日目にした時と比べて大人しすぎる。


 【百目】の肉体は家一つを容易に飲み込めるくらい巨大な上で、TOP5と張り合える程に強大な力を持っている。たかが1級討伐者ファーストクラスハンター相手に、様子見をする必要などない筈だ。



───恐らく、あの【百目】は分体だ。



 【百目】の力をコントロールしきるには、【ぬらりひょん】が直接使役しなければいけないのだろう。


 だから、【ぬらりひょん】以外のモンスターが操りたいなら、寄生の前に弱体化を施す必要がある。



 【雲外鏡】は戦闘に秀でた表象(シンボル)モンスターじゃない。だが、【ぬらりひょん】の勢力の中枢といっていい程に、重要な役割を持っている。


 今は絶好のチャンスなのだ。【ぬらりひょん】の脅威を大きく削ぐ、またとない好機。



「は〜…………やれやれ、お前様のThomasアカウントは凍結されてる筈なんだがなぁ〜……………まだ対策に努力の余地ありって感じかぁ?」



 ただの真っ向勝負なんて勿体ない。パルトコーツは馬鹿を装い、【雲外鏡】の心に隙を作る動きをする。



「はっ…………当たり前でしょ?おれのスマホが使えなくたって、馬鹿を利用してやればいいだけじゃん?わかんない?…………ほら見てよ、この何のセンスのないダッサいスマホケース。こんなしょうもない物を常用するカスなんかをあんな大切に想っちゃってさぁ……………ゴミとゴミは寄り添って慰め合うものだよね」



 【雲外鏡】が【メッサーズスケルトン】の足元に投げたのは、TOP5らを転送するのに使っであろうたスマートフォン2台。口ぶりからしてそのスマホは他人の物。このスマホの持ち主に親しい人物と連絡をとり、連携することで、能力を不全なく使い、TOP5を貶めたのだろう。



「…………人質は?既に解放しましたか?」



 アラボネがまず気にしたのは、スマホの持ち主(人質)の安否。そして、悪事に手を貸してしまった者の心であった。



「そんなの自分で確認しなよ。………ほら、元気にしてるよ」



 【雲外鏡】は笑いを堪えながら指先を、【百目】に向けた。



 単なる真っ向勝負はしない。その意図は【雲外鏡】にもあった。


 アラボネの脳に熱が籠る。パルトコーツのアサルトライフルを握る手に力が込もる。



「ほんと、おれ苦労したんだよ?撮影役のカスもそうだけど、強盗の馬鹿共とか碌に話を聞けなくてさぁ……………こういうのに手を出す奴ってのは頭の悪い奴ばっかでやになるよ」



 自分の過去を見上げる様に、【雲外鏡】は瞳孔を右上に寄せながら語る。…………そしてここであると、踏み込むならば今この瞬間であると判断したパルトコーツが、そのさも苦労してきたような口ぶりを叩き切った。



「ニャハハ!!悪を気取っといて謙遜なんてするなよ!!自覚があるだけまだ賢いじゃあね〜かぁ!!なぁ?」


「…………………………」



 【雲外鏡】のこめかみの血管が膨らむ。眉が歪み、目が血走る。分かりやすい位の怒りの表情。プライドが高い奴は扱いやすくて助かる、パルトコーツは心の中でほくそ笑んだ。



「貶したがりの品性下劣はまともに話ができなくて困るよ…………!!顔が醜いと心まで醜くなる。これっぽちも親に恵まれないと、人生生き辛くて大変だなぁ!!」


「人様のパパママ速攻でバカにするお前様も!!両親様方の教育の良さが伺えるぜぇ!?」



 小石の投げ合いはもう終わりだ。パルトコーツのアサルトライフルが火を吹いて、【百目】の全身が波打ち膨らみ始める。



 【雲外鏡】の身に寄り生きる、【盾】の力が【SUPERE(貫通)】を乗せたパルトコーツの弾幕を防いだ。



 ノイズと火花が交わり、弾かれた弾丸が、【雲外鏡】の足元に溜まっていく。


 苛烈を極める【盾】と〝槍〟の攻防。その一連を横から刺す黒い残像。【雲外鏡】の首筋に黒い刃が迫る。



 人食いの悪魔は、風のように駆ける男一人に目ざとく反応。口と称す白を散りばめただけの穴に、【百目】はアラボネをご招待。お気に召さなかったのか、アラボネは迫りくる口を跳んで躱し、せめてもの礼として斬撃を4発ドス黒い肉に刻んだ。



「うん………反応できるね。臭い思いをした甲斐あってったよ」



去っていくアラボネの姿を追いながら、【雲外鏡】は【百目】がアラボネの動きに即応したことを確認した。



 急所もわからない【百目】の膨大な肉体に小刀の細い攻撃を浴びせるのはのれんに腕押し。


 狙うべくは【雲外鏡】だ。【盾】の力はパルトコーツ•バッツバックに切らせている。カウンターの懸念もない。やるべきことは単純だ。ただただ速く駆け、【百目】の反応を置き去りにして本丸を切裂くだけ───



 パルトコーツの弾幕が【雲外鏡】の【盾】を釘付けにする中、アラボネは疾く疾く銀行内を駆け回る。


 壁も天井も、当然床も、アラボネの埒外の走力であれば、全ての面が足場と言える。


 腐った血液が【雲外鏡】の周りを汚していく。【百目】の超反応、それをもってしても、アラボネの攻撃を厚い肉で防ぐ以上のことが叶わない。



 防戦一方、【雲外鏡】と【百目】の即席コンビが、愚かにも経験と実力で勝る【メッサーズスケルトン】に挑んだその結果だ。


 しかし、彼らはモンスターで、【メッサーズスケルトン】は人間。異能と技術、双方に基づく差は決して背比べで優劣が決まる単純なものではない



 ここで、パルトコーツのアサルトライフルの弾が切れる。


 銃器に定められた逃れられぬ大きな隙。これにより、【雲外鏡】の【盾】が解放。アラボネに割ける力のリソースが増える。


 防御から攻撃、2つの動作を求めていたから【百目】はアラボネの速度についていけず、半分の仕事しかこなせなかった。


 つまりは分業。【百目】には〝攻撃〟を指示し、【雲外鏡】自身が【盾】にて〝防御〟をする。


 カウンターにて【メッサーズスケルトン】の〝刃〟を折る……………それが【雲外鏡】の狙いであった。


 しかし、パルトコーツもこの分かりきっていた隙への備えを怠っていない。



 床を跳ね、【雲外鏡】の目の前によぎる2つの光。パルトコーツの放ったBOMBの爆風に【雲外鏡】と【百目】は飲み込まれる。



「ぅうわぁあああぁあぁあぁぁぁぁあ!!!!?」



 化質を乱すBOMBの輝きは、【百目】に覿面の効果を発揮し、悲鳴を引き出し怯ませた。



 【雲外鏡】の視界に張り付き染みる、白の名残が消える頃、脳を横合いから痺れさせる、殺気を感じた。



「ちっ……………!!くそっ!!」



 ギリギリだ。まさしく危機一髪。目と鼻の先に張られる【盾】、その向こうで、アラボネの一撃は停滞している。ほんの一瞬の遅れで敗北していた、その自覚が身を覆う汗を感じ取らせ、骨の奥まで体が凍える。


 しかし、確かに肝が冷える攻防であったが、これは一瞬反応が遅れたとしても、自分はアラボネの攻撃を凌げるという教えでもある。



 パルトコーツのリロードが終わり、弾幕が再開される。【雲外鏡】がパルトコーツの攻撃を、【百目】がアラボネの攻撃を防御する、元の体勢に戻った。



 右、左、右、後ろ、右………………



 【盾】で凌ぎながらパルトコーツの動きを観察するのと並行して、【雲外鏡】は高速で駆け回るアラボネの攻撃先を追う。


───やはり、【雲外鏡】(自分)なら追えなくもないスピードだ。


 そもそも【盾】の力は発動までのラグが皆無で、受けに徹するならこちらの分はいい筈なのだ。BOMBの爆風も、うまいこと【雲外鏡】(自分)の肉体で遮れば、【百目】を滞りなく動かせる。



 【雲外鏡】の狙いは、一貫してアラボネを標的としたカウンター。動きを修正した上で、今度こそ仕留めに行く。



 アサルトライフルの残弾は残り半分。



 【雲外鏡】がアラボネ(こちら)の動きを見切る素振りを複数確認。



 頃合いは今。



 アラボネは、パルトコーツと一瞬視線を交わし。両手に持った短刀を腰の鞘へ───腕をクロスし、本来とは違う鞘への納刀。




 左



 【雲外鏡】の脳裏に立つその思考が、突き上がる激痛に破かれる。


 【雲外鏡】の油断を待ち、秘められていた〝最速〟の所以。その一撃は【百目】の反応を越え、【雲外鏡】の左腕を両断し、首の骨をなぞっておびただしい量の血を呼び出した。



 その腹が立つにやけ面を斬り飛ばして、保存してやれなかったのは心残りだ。一瞬でも【一反木綿】の助けが遅れていれば、首も両断できたことだろう。



「別に戦わんでよかったやろ!!アンタやられんのが一番あかんっちゅーねん!!」


「うるさい黙れ…………っ!!TOP5程じゃなくとも、コイツらを殺せたらよりOliverの士気を折れただろ!!お前みたいな消極的ばっかだから未だに敵対組織の組織の一つも落とせてないんだよね!!馬鹿なの!?」



 助けられた立場から助けてもらった者を誹るとは、中々真似できない離れ業だ。


 【百目】の肉体が広がりだす、肉をプルプルとさせるくらい張ったその体は、【雲外鏡】と【一反木綿】、二人の男女を包み込んでいく。



「文句は後にしいや…………ほな逃げるで」


「ちっ……………はい、チーズ」



 アラボネへの被弾を避け、一回アサルトライフルの連射をやめたパルトコーツは、そのままクロスするように掛けていた銃のもう一丁、ショットガンを構えながら【百目】の繭に向かう。



 パルトコーツの持つショットガンは、ドラムマガジンのフルオート。人体破壊のスペシャリスト、散弾の25連射は並のモンスターの肉なら跡形もなく削り取れる。


 しかし、異質なモンスター、【百目】の防御に徹した肉体をぶち抜くには、これでも火力不足であった。



 【雲外鏡】の掛け声が銃声の間を抜けていき、黒い肉の塊は、内包していた【雲外鏡】、【一反木綿】諸共姿を消した。



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