ウールネス•ジャバポット【狼男】
新暦97年 6月12日
オランダ フーレ地方
当時7歳だったウールネスは、その日も狩猟家である祖父と共に山に入っていた。茂みをかき分け、山菜を採り、野鳥を猟銃で狙い撃つ。ウールネスは森が、森で過ごす事が大好きであった。
澄んだ空気が、木々の香りが、弱肉強食というその価値観が、ウールネスをこよなく魅了し、幼き頃の彼は森という場所に強い憧れを抱いていたという。
ある日、ウールネスの祖父が見かけた狼の群れに発砲し、喧嘩をふっかけた。
ウールネスの祖父はつい数か月前まで、違法狩猟で投獄されていた狩り狂いの前科持ち。何度刑罰を受けても懲りることなく、その日も孫を連れハイキングと称し、後から隠していた猟銃を回収して狩りに出向いていた。
しかし、獄中生活でなまっていたのか、それとも可愛い孫であるウールネスに意識を取られすぎていたからか。狼の群れを追いかける最中、茂みに身を潜めていた狼の一匹に、ウールネスの祖父は不意打ちで喉笛を食い千切られてしまった。
そして示し合わせたように踵を返す狼の群れによって、ウールネスとウールネスの祖父は生きながらその血肉を牙にて貪られる、地獄を見たという。
それはまさしく残酷な森の実態。食うか食われるか、手を取り合うことを常とする人間の世界とは違う、命の奪い合い。
ただ当時のウールネスに恐怖はなかった。自身のはらわたを食い尽くされ、命を奪うべく一心不乱に傷つけられるその惨たらしさに対し、彼は恐れの一切覚えなかったという。
代わりに彼の半壊した胸を占めていたのは、弱者であることへの怒り、悔しさ、そして闘争への揺るぎない意欲であった。
こいつらを狩りたい、森の狩人としてこいつらに勝ちたい。
ウールネス•ジャバポット【表象:狼男】
心に宿った野性に火をつけて。自身を獣に変え血路を導き、〝森の狩人〟としての華々しき初戦を勝ち抜いたモンスター。
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〝狼男〟の能力はこの上なくシンプル。野性に基づいた、圧倒的膂力と走力。
獣化したウールネスの一挙手一投足は、些細な運動すら破壊をもたらす……………兵器と呼ぶにふさわしい威力を擁し、膂力だけで言えばこの世界の誰も彼に比肩しない。
「ガオオオオオオオオオオ!!!!!」
咆哮と共に、ウールネスは【幼き頃に戻ったモンスター】を跳ね飛ばし、子供達から距離を取らせる。
「とシうえにはッ!!敬意ヲ払えヨッ!!ガキがァァァァァァァァァァ!!!!!!」
【本能60%】
4足で駆け加速し、【幼き頃に戻ったモンスター】との距離を詰めながら、ウールネスは肉体を更に肥大化。しかしそれでも尚ガタイは【幼き頃に戻ったモンスター】をやや下回る。
膂力では勝っている…………【幼き頃に戻ったモンスター】がそう勘違いしてしまうのも詮方無いだろう。
「アアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
【幼き頃に戻ったモンスター】が放ったパンチが、同タイミングでウールネスが放ったパンチに軽々と弾かれる。
「ガオッ!!ガオッ!!ガオッ!!ガオッ!!」
前のめりに行った攻撃が真っ向から挫かれ、体勢が後ろに傾く。組み立てたイメージと真反対の現在地点が、ウールネスの連撃をモロに受ける隙となる。
吠えながら【幼き頃に戻ったモンスター】の腹めがけて放たれた打撃の数々は一発一発が重く、髄まで染み入るような衝動孕んでいた。
ようやく立て直した【幼き頃に戻ったモンスター】は即座に殴打を繰り出し、ダメージレースの遅れを取り戻そうとする。
──が、その安手を見逃されるほど、両者の実力は拮抗していない。野獣が如き迫力で攻め続けるウールネスだが、その内心は至って冷静。【幼き頃に戻ったモンスター】の一撃を裏拳で逸らしながら、踏み込み、横を過ぎ、位置を入れ替えるよう立ち回る。
そして今度は前傾姿勢になった【幼き頃に戻ったモンスター】の背中に、躊躇いなく後蹴りを放ち、転倒させた。
「グッ……………アアアアアアアッ!!!!……………あ?」
一貫して【幼き頃に戻ったモンスター】は手玉に取られて子供扱い。これ以上の屈辱は耐えられない。一刻も早く〝狼男〟の鼻を明かしたい。そう息巻き立ち上がり振り返ったその先に、〝狼男〟の姿はない。
頭蓋と視界に沈むような衝撃が走る。肌で感じる重みと毛並み。〝狼男〟は跳躍したのだ、【幼き頃に戻ったモンスター】が立て直すよりも早く跳び、そして押しつぶし、裏をかいた。
ウールネスに潰されながら投げやりに敢行した腕の振り上げ、それすらも見透かすようにウールネスは宙返りして回避。その回転の勢いを乗せた掌打が、【幼き頃に戻ったモンスター】の顔面に命中する。
もう2度目だ、ほんの数秒で2度も大地とくんずほぐれつ荒々しく身を寄せ合った。
屈辱に続く屈辱。相手の目を見るほどの余裕はないが、直感的に感じる…………自分は今見下されてると。
「削りはもう充分でありますウールネス」
「そうだなァ!!………これから出す本気の度合いはちょっとばかし!!だか抜からず感じろミリー!!………………あン?」
多少加減してるとはいえ、〝狼男〟の打撃をノーガードでしこたま食らったのにも関わらず、【幼き頃に戻ったモンスター】は元気がよかった。
───近くの木を引っこ抜き、ウールネスに投げてこれるくらいには。
「ハッハッハァ!!大はしゃぎだなァ!!そうでなくちゃッ!!森にいるのならばそうでなくちゃなァ!!!」
木の投擲。そのスケールの攻撃ですら、ウールネスにとっては高揚の種。回避はしない。変な場所に行って怪我人を出したらたまらないし、何よりつまらない。
飛んでくる木の勢いをパンチで殺し、広くて人のいない場所に誘導した。
「まだ来るよなァ…………!?来たなァ……!!ガオオオオオ!!」
【幼き頃に戻ったモンスター】は次々に木を引っこ抜いては投げ、引っこ抜いては投げ、半ばヤケクソな猛攻撃。
ウールネスはそれを真っ向からパンチング、パンチング、パンチング。飛ばす方向に気を使いながら、投じられる木々の全てを弾いていて進む。
「あァ…………そうだよなァ………!!やはり闘争……!!闘争………!!闘ッッ争…………!!これこそが森の本質!!綺麗な泉と小鳥の鳴き声ェ?んなモン紛い物ッッ!!奪い奪われてこそのッ〝森〟なんだよなァッッッ!!!?」
昂ぶっていく、戦いから生じる熱気に脳を溶かされていく。沸騰した血液が、鳴動を楽しむ筋肉が、ついうっかり、その力加減を誤らせた。
「あっ」
テンションにつられて思いっきり殴り飛ばしてしまった木が、不運なことに逃げる子供達の方に向かう。
「………やっべェェェェェェェェ!!!」
慌てて踵を返し、ウールネスは子供達の元に向かおうと───
「来るなでありますウールネスっ!!あれは本職が対処するであります!!」
張り上げたミリーの言葉を聞いたその瞬間、ウールネスは迷いなく【幼き頃に戻ったモンスター】のもとへ4足で駆け出した。
「…………やれやれようやく本職に仕事が回ってきたであります」
もしミスれば子供が死ぬだろう。それはつまり、自分達【狼男】の評価暴落を意味する。
気を引き締めろミリークリム。失敗だなんて勿体ないことしてられない。
己を鼓舞しながら、ミリーは腰を落とし自らの左腕……………猟銃を構える。
ミリークリム•シャルクムーン【弱点:猟銃】
ミリーは自身の左腕を猟銃に変えることができる。左腕の猟銃は〝狼男〟相手には抜群の殺傷能力を持つが、普通の人間に対してはただの時代遅れの銃でしかなく、弾も別売りだ。
しかしミリーには、100年続くOliverが編み出し、継承していった技がある。
【IMPACT】
猟銃が撃ち出した弾丸は、淡い光をこぼしながら、宙空の木に向かって飛んでいく。その弾丸の光はうっすらと延びて槌の形状に広がって、木のど真ん中に追突し、打撃音を奏で弾き飛ばした。
枝葉が散った様子もなく、逃げる子供達に怪我はないようだ。
最悪身を挺してでも命を守るつもりだったが、うまいこと吹っ飛ばせたおかげで今日も明日も問題なく勤務できる。
「やはり仕事はこうでなくちゃであります………!!困難でない仕事などやりがいにかける………!!レベル4モンスターの討伐こそッ!!本職が求める最高の職務であります!!」
モンスター討伐。とりわけレベル4モンスターのそれは、TOP5といえど死亡のリスクは0じゃない、過酷極まりない仕事だ。
秀才と謳われるパイロにとっても、天才と豪語されるツナグですらも、その例外ではない。
しかし、ミリーはそんなこの仕事をこよなく愛している。死が怖くないわけではない。ただ彼女は、やりがいを死ぬほど求めて生きているのだ。
ウールネスが【幼き頃に戻ったモンスター】に肉薄する頃には、投げる木はとっくに尽きていた。
「なぁめるナァッ!!」
【幼き頃に戻ったモンスター】は必死に腕を振るって抵抗。しかし、その一撃は虚しく空を切る。
「いいやッ!!舐めるね…………!!仕方がないさ!!」
一瞬で【幼き頃に戻ったモンスター】の背後に回ったウールネスは、その無防備な尻を全力で蹴り飛ばした。
宙に投げ出された【幼き頃に戻ったモンスター】。瞬く間に変動する状況に、【幼き頃に戻ったモンスター】は理解が追いつかない。
眼球を突き刺す太陽光が、ウールネスの毛むくじゃらの巨体に遮られてなお、その思考は緩慢たる回転を続ける。
「弱いお前が悪いッ!!狩ってくれと言わんばかりに惰弱なッッ!!お前がなァッッ!!!」
【本能 70%】
ウールネスの右腕のみが更に膨張。次の瞬間には【幼き頃に戻ったモンスター】の腹部を突き、その巨腕に詰まった威力を全身で体感する事になる。
宙に飛ばされた浮遊感は束の間。刹那感じる恐るべき衝撃と共に、【幼き頃に戻ったモンスター】は背中で草生い茂る大地を味わった。
一方的。戦況は劣勢一直線の、掛け値なし、異論なしの圧倒。
この状況、相手の発言、相手の態度。何もかもが気に食わない。何せ自分の方が、年上だから。
「ガぁぁぁキがァァァァッッ!!!!」
爆発する激情が、異能の肉体の更なる活性化を果たした。肉が内から燃えだす。【幼き頃に戻ったモンスター】は強烈な踏み切りで跳躍する。血の群れが脇道を開拓し、辺り構わず往来するような、そんな感覚で満ちた腕を、膨張し動きの鈍ったウールネスの右腕に向け掲げた。
〝狼男〟の能力は、獣への強い憧れが原動。森に住み、たくましく生き抜くその力強さへの憧憬が、それ以上のパワーを実現させている。
しかし、その原動故に、ウールネスが本能の値を上げれば上げる程、彼の理性と知性がパワーと引き換えになってしまうという弱みがある。
規格外の力も、制御できなければ危険なだけ、更に御せない力を行使する愚行は敵がつけ入る隙となる。
なのでウールネスは、60%を超える本能を発揮する際は部分解放……………使う肉体のみに力を適用する事で、理性と知性の減退を予防している。
しかしその運用にも欠点が存在する。それは肉体のバランスを無視したことによる、インパクト後の硬直。
能力適用部位は当然、そのデバフは全身にも回り、元の動きができるまで回復するのには時間を要する。
直感か、それとも偶然か、【幼き頃に戻ったモンスター】の2度目の進化は、ウールネスが晒したその隙と同タイミング。狂った脳がもたらした、理外のフィジカルが、ウールネスのボディにて披露される───
その瞬間、銃声が公園中に響く。
「…………欲しかったのかァ!?くれてやれねェなァッ!!!」
肥大したウールネスの右腕に掴みかかろうと伸ばした手が、大気を握りしめ指の間からそれを逃す。
見上げるとそこには、獰猛な牙をすべて見せるように口角を上げ、血の溢れるかすり傷のついた、人の腕を見せるウールネスの姿があった。
ミリーの【猟銃】は、〝狼男〟限定で、強力なホーミング能力を持っている。
その弾丸はまさに百発百中。
どこにいようが、どのように動こうが、心臓だろうが、脳だろうが、腕の表面の僅かな部分だろうが、その弾丸は、放てば確実にウールネスを撃ち抜く。
弱点を突くことによる化質の減退。心臓などの急所を狙えば致命傷となってしまうそれだが、わずかに傷を負わせる程度であればその影響は能力の解除レベルにおさまる。
ミリーはウールネスの腕を弱点能力で僅かに傷つける事によって、獣化の能力を、その反動ごと帳消しにした。
「さっき言ったこと!!オメェには複雑過ぎたのかァ!?なら簡潔に言ってやるッ!!」
ウールネスは、血の滴る右腕を再度同じように膨張、否、先ほど以上の大きさで獣化させる。
「狩る側は……………オレ達だッ!!」
ウールネスの大胆な発言に淀みはない。それは勝ち続けてきたからこその、自覚であり、自信であった。
【本能 80%】
「ガオオオオオオオオオオ!!!!!!」
やかましい咆哮と同時に振り下ろした巨腕は、【幼き頃に戻ったモンスター】を大地深くまで叩き落とした。
***
「フゥゥ……………いつもありがとうなミリー。人里に降りた奴を追いかけ狩るだなんて、〝森の狩人〟としての矜持が廃っちまうからよォ」
「いえいえ、これが本職のお仕事であります」
一仕事終えた【狼男】は、修道女に直してもらったベンチに腰を掛けて休んでいた。【狼男】の2人としてはまだ戦い足りないくらいなのだが、召集はかかってない以上動く理由がないし、ウールネスが破いた自らのシャツを記憶をたどるのにも時間がかかり、座って落ち着く必要がある。
こうして戦闘後、空でも見ながらボーッとして雑談をするのは、【狼男】の日常風景だ。
「修道女の方々…………またキレてたでありますね」
「地面とか滅茶苦茶にしちまったもんなァ…………」
【狼男】はその戦闘スタイルの関係上、とにかく戦った場所を派手にぶっ壊してしまう。ウールネスも気にしていないわけではないのだが、レベル4モンスターを討伐できるだけの出力を出しつつ、何も破壊しないなど土台無理な事。申し訳ないとは思っているが責められる筋合いはそこまでないので、2人の声色は深刻さのない他人事のようなものだった。
「特に木を引っこ抜いてどっかに投げたのが立腹らしいであります。植物は記憶を辿るのが手間だとか」
「木ィ抜いたのオレじゃねェよォ………………」
オリヴィア教との関係改善は遠そうだ。空を見上げるウールネスの瞳はまどろんでいて、表情に覇気がない。ミリーもまた穏やかな顔で、風に連動して揺れる草原に視線を落としていた。
冬の昼下がりのじんわりとした日差しによる、のどかな空気感に肩まで浸かる。
アラートが公園に広がる。リズムからしてTOP5案件。音程からしてハザードは5だ。
「キタァァァァァァァァァァ!!!」
「来たであります来たであります!!すぐに車に向かうであります!!」
水を得た魚のように、【狼男】はテンションを取り戻し駆け出した。
出身国がオランダでありながら、ウールネスの技名がフランス語なのは、この世界におけるヨーロッパはスイスを除いてほとんどオランダの領土になっているからです。
当たり前ですが私が持つよくわからない思想がこの場で発揮されてるとか、そういうわけではありません。───ありませんよ?




