狩りに仕事。そしてドーナッツ
新暦106年 1月27日 1:46PM
ウェスタル南部 路上
アラートが車内に充満する。リズムからしてTOP5案件。音程からしてハザードは4だ。
「キタァァァァァァァァァァ!!!」
「来たであります来たであります!!運転手殿!!車出すであります!!」
司令部からの無線にウールネスとミリーは狂喜乱舞。手に持っていたドーナッツを付属の紙で包み直し、シートベルトを締めて出発の用意をする。
だが───
「現場はイーストリア北部、〝株式会社 黎明が如き白〟本社」
レベル4モンスターが出現したのは、ウールネスとミリーがいる場所の正反対であった。
因みに事件の概要は、過酷な労働環境に耐えかねた〝株式会社 黎明が如き白〟の社員が眠りにつく為にレベル4モンスターに化けたとのこと。対象【夜を作り出すモンスター】は自身が通った道をコロニーに変えて、光を奪い夜にする能力を持っており、化けてすぐ上司を殴った後、社内ビルを練り歩いて枕を配り入眠を要求しているとのこと。
殴られた上司は暫定応報だろうし、恐らく攻撃性の高いモンスターではない。ただそれでもレベル4モンスターはレベル4モンスター、戦いを旨としてなくても戦ってみれば歯ごたえのある戦いぶりを見せてくれるもの。
ウールネスは、またも呼び出されなかったことに愕然とする。
ミリーもまた、自分達に仕事が回ってこない現状に不満気だ。
「………フリムホーツ州の一日のレベル4モンスター発生数は平均10体前後……………つまりいい加減な計算ではありますが、TOP5は一日に2、3体はレベル4モンスターを討伐する筈であります………」
「じゃあどうしてオレらはゴリゴリに勤務中だってのにレベル4モンスターの狩りが回ってこないンだよォォォォォォ!!!!」
現時点で本日発生したレベル4モンスターの数は|【夜を作り出すモンスター】《先ほど知らされた》ものも含めて4体。討伐に当たった、及び現在当たっているTOP5の内訳は、【酒呑童子】、【酒呑童子】、【フランケン】………………そして【酒呑童子】だ。
とどのつまりすごく偏っているのだ。
「クソォォォ!!羨ましいぜ〝酒呑童子〟!!やっぱり群れの頂点に立つ強者こそが最も多くの取り分を得るもんだよなぁ…………」
強さこそウールネスの絶対的指針。それ故にミサカラカの強さは羨ましくはあるが、妬んだりはせず、より多くの狩りを回されるのも納得している。
ただそれでも、そうだとしても、こうして満足に狩りをさせてもらえていない現状には、やはり悲しさを覚えてしまうもの。
ウールネスはおもむろに、包み直したドーナッツを取り出し、見つめながら語り出す。
「やっぱりドーナッツはウメェよ………甘くて甘くてクソウマい。こういう甘いモンを毎日食うためにオレは人に生まれてきたんだと常々思うぜ。…………けどよォ……やっぱり一番ドーナッツがウマい瞬間ってのは、血の滾る楽しい一狩りを終えた後の一口なんだ。たかが雑魚数体の獲物じゃあ…………腹は満たせても心が満ちないぜェ」
「分かるでありますよウールネス。本職も同じ気持ちであります」
語るウールネスはかじりかけのドーナッツの穴を見つめていた。その行為には特に意味があるわけではない。ただ、昂ぶったものの行き場がなく、肉体を無為に跳ね回って静まってしまった、やる気の抜け殻がそうさせているだけだ。
ミリーにはウールネスの気持ちが分かる。よく理解できる。ミリーは共感し、ウールネス同様、包み直したドーナッツを取り出し、見つめながら語り出す。
「ドーナッツは、とても美味なる食べ物であります。このひたむきなまでの甘さはまさに至高。こうやって甘い物を食べる事が本職が働く意義であります。ただ………やはりドーナッツが一番美味しい瞬間というのは、やりがい溢れる過酷な職務を終えた後の一口であります。たかだかレベル3のモンスター6体を倒した程度では……………腹は満ちても心は空虚のまま…………」
「わかるぜェ、ミリー………………つかそれオレの復唱じゃねェ?」
「ええ、ええ、全く同じ発言でありましたが…………言いたかったので言ったのであります」
……………復唱?今この2人は同じ事を言っていたか…………?
ドーナッツをかじりながら暇つぶしで2人の会話を聞いていた運転手は首をかしげる。
ウールネスとミリーは完全に波長で会話をしている。そもそも彼らの発言自体、独特の価値観とよく分からない言い回しで構成されており、言ってる事が理解できないわけじゃないが、人としてはあまり理解されずに生きてきた。
故にこそ、幼少より自身の理解者はたまたま波長の似通った己の表象モンスターのみであり、それが噛み合ってるように思えない会話を成立させる原因となり、彼らの強さの根幹になった。
「しかし、マジウメェな…………〝ドーナッツインザショコラオンチョコレート〟…………『ありったけのチョコをできうる限りかけた結果、ドーナッツとの割合が半分半分になってしまいました』ってキャッチコピーを聞いたときはバカなんじゃねェのコイツらって思ったけどよォ…………中々どうしてクソウメェ。そっちのはどうだミリー」
「ええ、大変美味であります〝ドーナッツインザルビーオンストロベリー〟…………まさかコンセプトを守りつつドーナッツをしがんだときのチョコとドーナッツの配分を保つために、細い2つのドーナッツを◎のように配置し多量のチョコで固定するとは……………〝|Ultimate Donut〟…………社名と発想はバカそのものでありますが、ドーナッツ専門店としての矜持と熱意は本物であります」
少なくとも彼らはドーナッツの会話をするときには普通の言い回しの噛み合った会話をする。この話題に関してはおかしいのはドーナッツの方であって2人の会話の仕方は至って普通だ。
「んじゃ明日はミリーの奴にしてみようかなァ」
「本職も明日はウールネスの方にしてみるであります」
表象モンスターと弱点のチームで最も重要なのは、実力や能力の相性ではなく、性格が合うかどうかだ。
ウマが合わぬ相手と四六時中一緒にいるというのはある種の拷問。その上、その関係性は当人の意思に関わらず、表象を保持し続ける間は、解消することができない。
更に言えば表象モンスターと弱点は基本異性同士、性差に基づく食い違いは当然のようにある。大人であればうまいこと折り合いをつけて、適度な距離感を作れるが、思春期の男女にとっては至難と言えるだろう。
しかし、奇跡的なまでの性格の類似と、互いが互いを性的対象と認識していないことによる、アッサリとした関係性なウールネスとミリーは、それの例外。
無意識的に適度な関係を築き上げた2人は、【ミイラ男】に次ぐモンスターチームの理想形であろう。
アラートが再度車内に充満する。リズムからしてTOP5案件。音程からしてハザードは4だ。
***
モンスターが現れたのは、ウェスタル西部の住宅街。何の変哲もないその家々に、異能は顕現した。
子供の元気の良い笑い声が響くその場所に、1台の車が猛スピードから急停車。
その車から2人の男女が出てくる。
一人は、羽根のついた緑のハットを被り、狩人のようなファッションをした少女。同年代から見ても小柄で、顔立ちも実年齢よりも幼く見える彼女だが、その性格はワークホリックを拗らせた筋金入りの異常者。運転手に軽くお礼を済ませると、足早に現場に向かう。
もう一人は、ビジネススーツに身を包んだ、社会人のような姿の大柄の男。そのガタイと強面から、実年齢以上の成人男性と見紛われることも多い彼だが、その性格は野性味に溢れた戦闘狂。というかよく見れば顔中ゴリゴリにピアスをつけてるので全然社会人ではない。勢いよくドアを閉めたあと、慌てて戻り運転手にお礼を告げてから、足早に現場に向かう。
闘争心が高まる、〝森〟を駆け回るその愉悦でドロっとした唾液が分泌されていく。背広を思い切り脱いでミリーにパスし、ネクタイを引っこ抜くように首から外した。
ウールネスの肉体が膨れていく。内側から圧迫されるシャツは今にも破れそうになるものの、獰猛に眼光を鋭くするウールネスは気にもとめていない様子。
いつの間にか牙で溢れた口を大きく開いて、ウールネスは猛々しく吠える。
「ガオオオオオオオオオオ!!!森の狩人がやってきたァ!!さァ!!!獲物はどこだァ!?」
ウールネスの気迫に対し呆気にとられたような。場の空気は実に呆けたものであった。
ウールネスは左右を見渡す。現場は何の変哲もない一軒家で、破壊の痕跡も何もない。そこにいるのはスーツを着た……………困惑した様子の討伐者達のみ。
「……………ウールネス。無線聞いてなかったのでありますか?」
「…………あン?」
呆れた様子のミリーの一声を聞いて、ウールネスはようやく気づく。自らの獲物は、討伐者達の足元にいたと
「ひっ…………すみませっ…………ど、どうか殴らないで…………………」
レベル4モンスター、【幼き頃に戻ったモンスター】は、小さな体を震わせ怯えていた。
***
「いやァすみません。早とちりしちまって…………オレちっと血の気が多いもンでして…………」
「い、いえ…………毎日危険なモンスターを相手取ってる以上剣呑になるのは当然の事かと……………」
【幼き頃に戻ったモンスター】は、レベル4クラスの化質を抱えながらも、理性を保っていられる珍しいタイプのモンスターであった。
彼、【幼き頃に戻ったモンスター】は、今の風貌は6、7歳くらいの小さな少年だが、実年齢は26歳の、独身の社会人である。
ふと有給を自宅で消化している時に、自分の幼い頃の記憶を思い出し、思いっきり外で遊ばなかったあの頃を悔いて、モンスターに化けてしまったらしい。
こういう理性を保てるモンスターは稀有であるが、実害がないタイプのレベル4モンスターはそこそこいる。だからこそ、暴力を使わずに討伐を行うやり方は、稀ではない。
【幼き頃に戻ったモンスター】連れて向かったのは、近くの公園。そこには丁度【幼き頃に戻ったモンスター】の現在の年齢と、同世代の子供達がサッカーをして遊んでいた。
「そこの君達ちょっといいでありますかー?」
橋渡し役を担うのはミリー。あまり子供は得意でない彼女だが、日頃練習している愛想笑いを全開にして、子供達に話しかける。
「え……………?あっ!!TOP5の人だー!!」
「ホントだあああ!!何のチーム?」
「変な格好と話し方してるから女の人の方がモンスターだァァァァァ!!」
「本職は弱点でありますよー」
州を守る主戦力として1年近く活躍してきたTOP5は当然有名人。小さな子供にすら顔が知られている。
だから、子供を相手にするときは意図せずにちょっとテンションを上げさせてしまい、御しにくくなってしまいがちだ。
ギャイギャイとこちらの話を聞かずに、よく分からない盛り上がりを見せる子供達を前に、ミリーはやっぱり子供は苦手だと、心の中で渋面を作る。
予見できていた事ではあったが、不幸な事に現場にいた討伐者は、あまり子供との相性が良くなさ気な強面ばかり。子供が苦手でも童顔かつ顔も知られてるミリーを中心とせざるを得なかった。
フォローに誰かつけようにも、同じくチンピラフェイスのウールネスはマストで、それ以上強面を追加するとなると、子供たちを脅されているような心境にさせかねない。
だから他の討伐者はちょっと離れた所で待機しており、側にいるウールネスも何すればいいのか分からないらしく、役立たずであった。
そんな苦心するミリーの状況を打開したのは、【幼き頃に戻ったモンスター】。
「あ、あのっ…………!!ボクと遊んでくれませんかっ…………!!?」
彼の望みは、子供に戻って外で遊ぶことであった。ミリーやウールネスが遊んであげるのも無しじゃないが、どうせなら同じくらいの年頃の子供がいい。
勇気をだし【幼き頃に戻ったモンスター】が作った切り口をつき、ミリーは穏やかに子供達に話しかける。
「えー………そうは見えないと思うでありますが………実はこの子はモンスターで、人間に戻してあげる為にこの子と遊んであげて欲しいんであります。よろしいでしょうか?」
一拍置いて、子供達は顔を見合わせ合う。そして可愛らしく声をあげて、【幼き頃に戻ったモンスター】を輪に迎えてくれた。
***
「楽しそうでありますね」
「そうだなァ………………」
近所の子供達とサッカーで遊ぶ【幼き頃に戻ったモンスター】は、今の年相応に屈託なく笑っている。
ぎこちなく体を動かし、生き生きと駆け回る【幼き頃に戻ったモンスター】………………人の気持ちを推し量るのは不得手なミリーだが、未練が少しずつこの思い出に溶かされているであろう事は感じ取れる。
自分達も暇ではない。彼に与えて上げられる時間は僅か30分。心残りを消化しきれなかったら申し訳なかったが、この様子だと心配ないだろう。
「…………過酷で残酷な森の中にも、小鳥がさえずる泉がある…………この牧歌的一面もまた森だよなァ」
「分かるであります。人を救うことこそこの仕事の本質。戦わず平和的に解決するのもまた職務であります」
ミリーはブラックコーヒー、ウールネスはミルクティー。ベンチに腰を掛けそれぞれ自販機で買った飲み物を口にしながら、和気あいあいとした子供達の遊ぶ様子を見守る。
その微笑ましい光景を前に、2人の相好は崩れていた。
それはきっと、その子にとって何の悪気もない何気ない言葉であったのだろう。
「ねぇモンスターくん!!そのシャツなぁに…………?」
その子が気になったのは、【幼き頃に戻ったモンスター】が着ている服の、柄であった。【幼き頃に戻ったモンスター】は少し照れて、やや嬉しそうに言う。
「え?あっ…………あ〜、これは〜……………旧歴の遺物の一種の〝ハリウッド映画〟ってやつでぇ…………実はボクこれが大好きでぇ…………」
子供に戻っても彼の趣味嗜好は健在。自分の趣味に興味を持ってもらえた事が嬉しいのか、サッカーをしている時とはまた違う嬉しそうな表情をしている。
「へぇー………なんかそれダサーい!!」
ウールネスが笑顔を固めたまま背広をミリーに投げる。
きっとその子が〝ダサい〟といったのは、【幼き頃に戻ったモンスター】の服装に対してだろう。
確かに言われてみれば、〝ハリウッド映画〟と思われる様々な映画のブルーレイのパッケージが間断なくプリントされた、錯雑としすぎたこのデザインは到底イカしてるとは言えない。
更にそれがシャツだけであれば着こなし次第でどうにかなるだろうが、半ズボンまで同じデザインなのは、はっきり言って壊滅的センスだ。
ミリーはファッションに頓着がないのでここまで気付かなかったが、理性的と思われた【幼き頃に戻ったモンスター】にもモンスターらしい、荒唐無稽で理解不能な一面があった
ともかく、そういうレベルで〝ハリウッド映画〟を愛する者が、断じて誤解であるがそれを冒瀆されたとしたら?
「もうイチどいッテみロォォォォォォォォォガキがァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」
【幼き頃に戻ったモンスター】が瞬く間に進化を遂げる。ウールネスの膝に肩を並べる位の大きさであった彼は、一瞬にしてウールネスを超える背丈とガタイに変貌。可愛らしい顔立ちは夢のように消え、怒りで歪んだオッサンの形相が、子供達の視界をを占領する。
「アアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
【幼き頃に戻ったモンスター】は奇声を上げ、つい先程まで仲良く遊んでいた子供達に、筋肉質で大岩のような拳を振り下ろす。
「強靭くなったなァ…………!!」
勢いよく降下した拳がピタリと止まる。大地を打ったからでも、子供を潰せたからでもない。
その間に立つ、獣の膂力に相殺されたからだ。
その獣は白いシャツを着ており、後ろ足二本で綺麗着直立していた。まるで人間のような装いで、振る舞いであるが、頭は獰猛な獣…………狼の頭そのものであった。
「森へようこそ!!さァ!!狩りを始めようぜェ!!!」
膨張を続けるウールネスの上体が、遂にシャツを内からズタズタに裂いた。
戦闘開始、ミリーは取り出した無線を口に近づけ報告をする。
「【幼き頃に戻ったモンスター】の暴力行為を確認。チーム【狼男】応対するであります」




