序章 四話
オペレーション室へ向かう通路は、さっき来た時よりも少し遠く感じた。
フィリアはシェスターの半歩後ろを歩いていた。
検査の後で、まだ体の芯が少し重い。食事も途中だった。
けれど、足は動いた。歩けないほどではない。
むしろ、休憩室に一人で残されるよりは、
誰かについて歩いている方が楽だった。
「きつくなったら言えよ」
前を歩くシェスターが、振り返らずに言った。
「はい」
「返事ができるなら、まだ大丈夫だな」
「それ、基準なんですか」
「現場だとだいたいそうだ」
そう言われると、少しだけ困った。
シェスターの声は軽い。
けれど、歩く速度はフィリアに合わせている。
遅すぎず、急かすほど速くもない。
作戦支援区画の扉の前で、シェスターが認証を通す。
扉が開いた。
オペレーション室には、すでに何人かの姿があった。
中央の操作卓の前にはリヴァルがいる。
壁面には地図と通信記録が浮かび、
別シェルターからの搬送記録らしき表示がいくつも並んでいた。
その近くに、二人の男性が立っている。
一人は、がっしりとした体格の男だった。
年齢はシェスターより少し上に見える。
左肩には大きな装甲があり、肩から胸元にかけて分厚い防具が繋がっていた。
背には幅のある大剣のような武器がある。
ブレードデバイス、と呼ばれるものなのだろうとフィリアは思った。
もう一人は、細身で姿勢のいい青年だった。無駄な動きが少ない。
軍服そのものではないが、装備の着方や立ち方に、訓練された人間の硬さがあった。
腰と腕周りには細いワイヤーの巻き取り機構のような装備がある。
「戻ったか、シェスター」
大柄な男が言った。
「そっちもな、おっさん」
「おっさん言うな」
言い返しながらも、男の声には本気の棘はなかった。
細身の青年が端末を確認しながら口を開く。
「西側の引き渡しは完了しています。
負傷者二名は医療区画へ、歩行可能な三名は一般受け入れへ移行しました」
丁寧な声だった。
けれど、言葉は短く、報告は正確だった。
「助かる、リオン」
シェスターは頷いた。
「こっちは第七区画で民間人一名を保護。簡易検査と入所手続きは終わってる」
大柄な男の視線が、フィリアへ向いた。
怖い、というより大きい。
その視線に、フィリアは少しだけ背筋を伸ばした。
「その子が?」
「ああ。避難民だ。リヴァルに呼ばれて連れてきた」
細身の青年も、フィリアを見る。
「一般受け入れではなく、こちらへ?」
「彼女については、あとで説明する」
答えたのはリヴァルだった。
彼は操作卓から顔を上げる。
「全員を改めて紹介する。その時に一緒に話そう」
フィリアは、何を言えばいいか分からず、小さく頭を下げた。
「その前に」
リヴァルは、操作卓のそばに立っていた女性へ視線を向けた。
「こちらも、今日から合流する」
その女性は、柔らかく笑ってフィリアたちを見た。
黒い髪をゆるくまとめ、落ち着いた装いをしている。
戦闘用の装備はまだ完全ではなかったが、
腰の周りには小型のデバイスを取り付けるための器具が見えた。
「紫乃よ」
女性は軽く手を振った。
「参加、少し遅れたけどよろしくね」
フィリアは少し遅れて頭を下げる。
「フィリア・レイフィールド、です」
「フィリアちゃんね。よろしく」
その呼び方は、自然だった。
まるで、ずっと前からそう呼んでいたみたいに、柔らかい。
フィリアが返事に迷っていると、リヴァルが言った。
「織葉がまだ来ていない。全員が揃ったところで、改めて話そう」
シェスターが壁の時計を見る。
「織葉か」
「そう」
「まだ喋ってるぞ、たぶん」
ガイが眉を上げた。
「何をだ」
「飯」
「飯?」
「白米と漬物について」
ガイは一拍置いて、納得したように頷いた。
「なら、長いな」
「長い」
リオンは少しだけ視線を扉へ向けた。
「集合には遅れていますが」
「今回は大目に見よう」
リヴァルが言った。
「彼女が食事文化を守っている間に、こちらの準備は済んだ」
シェスターが肩をすくめる。
「守れてるかどうかは知らん」
その時、扉の外から足音が近づいてきた。
認証音が鳴る。
扉が開いた。
「なぜ置いていくのですか」
入ってきた織葉は、少しだけ頬を膨らませていた。
背筋は伸びている。歩き方もきれいだ。
けれど、顔だけははっきりと不満を示している。
「私はまだ、我が故郷の食卓における米の精神性について結論に至っておりませんでしたのに」
「呼ばれたから来ただけだ」
シェスターが言う。
「呼ぶならば一声かけるべきでは?」
「かけたら終わらなかっただろ」
「それは否定できませんが」
「できないのか」
ガイが低く笑った。
「まあ、来たならいいだろ」
リオンは端末を閉じる。
「集合は完了ですね」
「ええ」
リヴァルが頷いた。
「これで――」
その言葉の途中で、織葉の視線が止まった。
部屋の奥。
操作卓から少し離れた位置に、一人の女性が立っていた。
織葉の顔から、すっと表情が抜けた。
そして次の瞬間。
「かあちゃん!?」
部屋の空気が止まった。
織葉は、自分の声に一番驚いたように、両手で口を塞いだ。
シェスターが横を向く。
「ぶっ」
完全に吹き出していた。
ガイも口元を押さえながら笑う。
「かあちゃんが無事でよかったな、織葉」
「ガイおじさままで!」
「おじさまはやめろ」
「シェスター殿が、敬意ある呼称だと」
「おいシェスター」
「俺は知らん」
「知っている顔です」
リオンが静かに言った。
「今の反応で、おおむね分かりました」
織葉は耳まで赤くして、ひとつ咳払いをした。
「……失礼いたしました」
それから、何事もなかったかのように背筋を伸ばす。
「どうして母上が、こちらに」
女性は楽しそうに目を細めた。
「遠慮しなくていいのよ」
「遠慮ではありません。場に応じた呼称です」
「あら、そう」
「そうです」
「じゃあ、かあちゃんは黙って聞いておくわね」
「母上」
「はいはい」
織葉はもう一度、咳払いをした。
リヴァルが口を開く。
「紹介が途中だったね。彼女はミス・シノ。
今回から、この任務班に合流する」
この人は、織葉の母親だ。
「本来なら」
リヴァルは続ける。
「この枠にはミスター・ムラクモが入る予定だった」
織葉の表情が少し引き締まる。
「父上が?」
「足の古傷がね」
紫乃が言った。
「無茶はできるけど、無茶を続けるのは無理なの。
だから、うちの人の代わりに私が来たの」
その言い方は軽かった。
けれど、誰も笑わなかった。
翠川叢雲。
フィリアはその名前を知らない。
けれど、リヴァルがミスター・ムラクモと呼んだ時の響きと、
織葉の顔で、その人物がただの代理候補ではなかったことだけは分かった。
「ミスター・ムラクモの参加可否が、最後の保留だった」
リヴァルが言った。
「今日、その保留が解けた」
紫乃は肩をすくめる。
「期待外れだったらごめんなさいね」
「ミス・シノ」
リヴァルは静かに返した。
「あなたの参加を期待外れと評価する人間は、少なくともこの部屋にはいません」
「あら」
紫乃は少しだけ笑った。
「紫乃でいいのよ」
「ありがとうございます」
リヴァルは頷く。
「でも、僕が呼びやすい方が間違いがないですから」
「そういうところ、真面目ねえ」
「よく言われます」
「褒めてないわよ」
「それも、よくあります」
フィリアは、そのやり取りを聞きながら、部屋の中を見回した。
リヴァル。
シェスター。
織葉。
ガイ。
リオン。
紫乃。
そして、自分。
何のためにここへ呼ばれたのか、まだ分からない。
けれど、空気はさっきまでと違っていた。
ただの報告の場ではない。
何かが、ここで始まろうとしている。
リヴァルは全員を見渡した。
「これで、揃った」
その声で、部屋の空気が少しだけ締まる。
「改めて、初期編成を確認しよう」
リヴァルの声で、オペレーション室の空気が少しだけ変わった。
さっきまでの笑いが完全に消えたわけではない。
けれど、全員の視線が自然と彼に集まる。
この部屋の中心にいるのは、
やはりリヴァル・アニムなのだと、フィリアは思った。
大声を出すわけではない。
威圧するわけでもない。
ただ、彼が話し始めると、誰も余計な言葉を挟まなくなる。
「まずは、合流したばかりのミス・シノから」
リヴァルがそう言うと、紫乃は軽く肩をすくめた。
「紫乃よ。さっきも言ったけど、参加が遅れてごめんなさいね」
彼女は部屋の全員を見回し、最後にフィリアへ視線を向ける。
「前に出たり、後ろから少し手伝ったり。必要なところに入るつもりよ。
おばさん、あんまり動けないから、やさしくしてね」
その言葉を聞いた織葉が、真顔で口を開いた。
「母上の『あんまり動けない』は、信用に値しません」
「あら、ひどい」
「経験則です」
紫乃は楽しそうに笑った。
リヴァルはそのやり取りを止めなかった。
「ミス・シノは、偵察、撹乱、近接支援を担当する。
対マギアス戦において、正面から押すだけでは届かない場面がある。
そういう場所で、彼女の経験が必要になる」
「はいはい。できる範囲でね」
「できる範囲が広すぎるんだよな」
シェスターが小さく言った。
紫乃は聞こえていたのか、聞こえていないのか、にこりとしただけだった。
リヴァルは次に、シェスターへ視線を向けた。
「シェスター・ウェーバー」
「おう」
シェスターは軽く手を上げた。
「救助と前線制圧を担当する。アーツデバイスはバンテージデバイス。
民間人の保護、拘束、近接戦闘、撤退支援。現場で誰かを引っ張り戻す役だ」
「引っ張り戻すって雑だな」
「実際、何度もやっている」
「まあな」
シェスターは否定しなかった。
フィリアは、その手を思い出した。
壊れた通路で、自分を引き上げた手。
走れなくなりそうな時、支えてくれた腕。
彼が救助担当だと言われることに、違和感はなかった。
「次に、翠川織葉」
リヴァルが呼ぶと、織葉はすっと背筋を伸ばした。
さっきまで「かあちゃん」と叫んでいた人間と同じとは思えないほど、
姿勢だけは見事だった。
「翠川織葉と申します」
彼女は片手を胸元に添え、静かに頭を下げる。
「カタナデバイスを扱います。登録上のマナセットはライトニング」
「紫電です」
即座に織葉が訂正した。
リヴァルは一度だけ瞬きをした。
「登録上はライトニング」
「紫電です」
「公式記録にはライトニングと記載されている」
「魂に刻まれた名は紫電です」
シェスターが横でぼそりと言う。
「また始まるぞ」
ガイが低く笑った。
リヴァルは少しだけ考え、妥協した。
「……彼女は雷系マナアーツと居合術を組み合わせた、高速一撃型の前線戦力だ」
「紫電です」
「その補足は記録に残さない」
「なぜですか」
「正式記録だからだ」
織葉は少し不服そうだったが、それ以上は続けなかった。
「次は、ガイ・グランベル」
大柄な男が一歩前に出る。
フィリアから見ると、やはり大きかった。
左肩のショルダーアーマーが目を引く。腕につける盾ではない。
肩から胸元を守るように張り出した、重い装甲。
背にはブレードデバイス。大剣と呼ぶしかない形の武器がある。
「ガイだ」
彼は短く言った。
「正規職員として前線支援を担当してる。得物はブレードデバイス。
こっちの肩のは支給装備のショルダーアーマーだ。
対物弾くらいなら、角度次第でどうにかなる」
「対物弾、ですか」
フィリアが思わず聞き返す。
ガイは頷いた。
「そういう弾も飛んでくるからな。ただし、何でも受けられるわけじゃない。
砲弾を生身で受けたら死ぬ。装甲が抜けなくても、中身がもたない」
その言葉は、妙に現実的だった。
防具が強い世界でも、人間の体には限界がある。
それをガイは当然のこととして言った。
「ガイは前線の支柱だ」
リヴァルが補足する。
「正規装備の運用、重装戦闘、味方の退路確保。
彼が立っている場所は、戦線の基準になる」
「持ち上げすぎだ」
「事実だよ」
ガイは少しだけ困ったように笑い、フィリアを見た。
「まあ、怖くなったら俺の後ろにいればいい。だいたい何とかする」
それは乱暴な言葉だったが、不思議と安心感があった。
「次、リオン・ヘイル」
細身の青年が、静かに姿勢を正した。
「リオン・ヘイルです」
声は丁寧だった。
「ワイヤーデバイスを使用します。
担当は機動戦、拘束、索敵補助、撤退支援です。
外部任務では先行確認や経路確保を行うことが多いです」
「リオンは軍務経験者だ」
リヴァルが言う。
「マナセットはブリザード。
氷系のマナアーツをワイヤーデバイスと組み合わせる。
高速で動き、相手の動きを止める役だ」
リオンは頷いた。
「リヴァル主任の説明通りです。
必要であれば、民間人の搬送補助も行います」
「硬いなあ、相変わらず」
ガイが言う。
「職務中ですので」
「今は紹介中だぞ」
「紹介も職務の一部です」
ガイは笑ったが、リオンは表情を崩さなかった。
丁寧なのに、柔らかいわけではない。
フィリアはそう感じた。
リオンは誰に対しても礼儀正しく話す。
けれど、その礼儀の下には、硬い芯のようなものがある。
厳しい訓練を積んできた人間の、簡単には揺れない何か。
「そして、僕だ」
リヴァルは最後に自分を示した。
「リヴァル・アニム。このシェルターの管理と、作戦支援を担当する。
君たちの位置、通信、補給、避難経路、マナ濃度、敵性反応。
現場で必要になる情報は、できる限り僕が整理する」
彼の背後では、今も複数の地図と記録が動き続けている。
「僕は前線に立つことは少ない。
けれど、君たちを現場へ送り、戻す責任を持つ」
その言葉に、誰も茶化さなかった。
シェスターも、ガイも、リオンも、織葉も、紫乃も。
全員が、それを当たり前のように受け止めている。
リヴァルは、そこでフィリアへ視線を向けた。
「そして、フィリア・レイフィールド」
突然名前を呼ばれて、フィリアは小さく肩を揺らした。
「は、はい」
部屋の視線が自分に集まる。
それだけで、胸の奥が縮むようだった。
リヴァルは、フィリアの検査結果には触れなかった。
マナセット。
ライト。
あの翼。
それらの言葉は出さない。
「彼女には、僕の隣で君たちのサポートを手伝ってもらう」
リヴァルは静かに言った。
「時には、彼女が前線をサポートすることになる」
フィリアは思わず声を漏らした。
「さすがに、そんな大役……」
自分は避難民だ。昨日まで逃げていた。
戦う訓練も受けていない。
この部屋にいる人たちのように、何かを背負って立てる人間ではない。
そう思った。
けれど、ガイが肩をすくめた。
「ま、俺たちのリーダーが決めたことだ。構わないぜ」
その声は軽かった。
けれど、軽く扱っているわけではなかった。
リオンも短く頷く。
「リヴァル主任の判断であれば、運用上の前提として受け入れます」
シェスターは少しだけ眉を寄せる。
「無理はさせるなよ」
「もちろん」
リヴァルが答えた。
紫乃がゆるく手を上げる。
「おばさん、あんまり動けないから。後ろから見てくれる子がいると助かるわ」
「母上のその発言も、信用に値しません」
織葉が真顔で言う。
「あら、今日は信用がない日ねえ」
「日頃の積み重ねです」
そんなやり取りを聞いて、フィリアは少しだけ息を吐いた。
歓迎された、とはまだ言えない。
けれど、拒まれてはいない。
少なくとも、この場の大人たちは、リヴァルの言葉を受け止めていた。
リヴァルは全員を見渡す。
「以上が、現時点の初期編成だ」
リヴァルの声が、オペレーション室に静かに落ちた。
壁面には、複数の地図が浮かんでいる。
闇の霧の発生地点。
マギアス反応の分布。
避難シェルターの位置。
そして、そのどれとも少し違う色で示された、高濃度マナ発生ポイント。
フィリアはその表示を見上げた。
赤でも、黒でもない。
淡い金色に近い光点が、地図の上にいくつか浮かんでいる。
リヴァルはその光点を指先で拡大した。
「リヴァイヴ・プランは、世界規模の計画だ」
彼は言った。
「マギアス化の暴走を止める。闇の霧の発生源を特定する。
封印を再構築し、人間もマギアスも殺さずに済む道を作る」
それは、フィリアも番組で聞いた言葉だった。
マギアスを殺す必要はない。
あの会議で、リヴァルが世界に向けて言った言葉。
けれど、今の彼の声は、あの時よりも近く、ずっと具体的だった。
「ただし、計画を実行するには、現場で止めなければならないものがある」
地図上の光点が、さらに拡大される。
地下施設。旧都市区画。山岳地帯。海沿いの封鎖区域。
それぞれの地点に、複雑なマナ波形が重なっていた。
「封印の精霊」
その言葉に、部屋の空気が少しだけ硬くなった。
フィリアは、聞き慣れない単語に目を瞬かせる。
「精霊……ですか」
「便宜上、そう呼んでいる」
リヴァルは答えた。
「童話に出てくるような存在ではない。
封印を維持するために世界の各所へ残された、巨大なマナ機構だ。
通常は表に出ない。けれど、特定の地点と条件が揃えば、人間を核として顕現する」
「人間を」
フィリアの声が小さくなる。
「そう。だから僕たちは、それを殺すわけにはいかない」
リヴァルは、光点の一つを示した。
「精霊が顕現すれば、外から見れば化け物に近い姿になる。攻撃もしてくる。
都市区画を破壊する力もある。通常戦力では近づくことすら難しい」
ガイが腕を組んだ。
「だから少数で行く」
「そう」
リヴァルは頷いた。
「大部隊で包囲すれば、被害が広がる。
重火器を使えば、人間の核ごと壊しかねない。
通常兵を大量投入すれば、現場で守るべき避難民も増える」
リオンが静かに言う。
「精鋭による侵入、発現地点の確認、対象の制圧、停止装置の打ち込み」
「その通り」
リヴァルは画面を切り替えた。
そこには、細長い杭のような装置が表示される。
戦闘用というより、医療器具と封印具を混ぜたような形だった。
「これが停止装置だ。」
「精霊の力の源、あるいは人間体と封印機構の接続部へ打ち込む。
魔力循環を止め、精霊の顕現を解除する」
織葉が真剣な顔で画面を見る。
「つまり、斬って終わりではないのですね」
「斬って道を開く場面はある」
リヴァルは言った。
「けれど、目的は討伐ではない。停止だ」
紫乃がゆるく目を細める。
「壊さずに止める。面倒な仕事ね」
「だから、あなたにも来てもらった」
「はいはい。おばさん、面倒事は嫌いじゃないわ」
シェスターは画面から目を離さなかった。
「核になる人間は、助けられるんだな」
「助けるために行く」
リヴァルは即答した。
「保証はできない。けれど、最初から殺す前提では動かない」
その言葉に、フィリアは胸の奥が少しだけ重くなるのを感じた。
殺す前提では動かない。
その言葉は、さっきの食事中に聞いたシェスターの言葉と、
どこかで繋がっていた。
起きたことは消えない。
でも、全部を今背負う必要はない。
なら。
これから起きることは、変えられるのだろうか。
「このチームは、そのための部隊だ」
リヴァルは全員を見渡した。
「通常の救助隊でも、正規軍でも、研究班でもない」
シェスターを見る。
「救助する者がいる」
織葉を見る。
「道を切り開く者がいる」
ガイを見る。
「戦線を支える者がいる」
リオンを見る。
「敵の動きを止め、道を繋ぐ者がいる」
紫乃を見る。
「正面から届かない場所へ手を伸ばす者がいる」
そして、最後にフィリアを見る。
「現場の外から、全員を見て、支える者がいる」
フィリアは息を止めた。
自分のことだと、少し遅れて分かった。
「僕たちは、封印の精霊を停止させる」
リヴァルは言った。
「人間の核を殺さず、マギアスを必要以上に殺さず、闇の霧の根へ近づく。
リヴァイヴ・プランを、ただの理想ではなく、現場で実行する」
彼は操作卓に手を置いた。
「そのための、少数精鋭の最前線部隊だ」
誰も、すぐには口を開かなかった。
大きすぎる話だった。けれど、
ここにいる人たちは、その大きさを知らないわけではないようだった。
シェスターは黙って拳を握り、
ガイは左肩の装甲に軽く手を当てた。
リオンは端末に表示された作戦項目を確認し、
織葉は鞘に添えた手を静かに下ろした。
紫乃は笑っているようで、目だけは地図の光点を見ていた。
フィリアだけが、自分の立っている場所をまだ測りかねていた。
リヴァルは、中央の投影を切り替える。
画面に、三つの文字が浮かんだ。
ARK.
フィリアは、その文字を見た。
どこかで見たことがあるような、
けれどまったく違う意味を持っているような文字。
「これまで、僕たちは仮編成の任務班として動いてきた」
リヴァルは言った。
「ミスター・ムラクモの参加可否が、最後の保留だった。
今日、ミス・シノが合流したことで、その保留は解けた」
紫乃が軽く手を振る。
織葉はまだ少しだけ複雑そうな顔をしていたが、何も言わなかった。
「だから、ここで正式に登録する」
リヴァルの指が、操作卓に触れる。
ARKの文字の下に、ゆっくりと正式名称が表示された。
All Reconciliation of Kind.
「ARK」
彼は静かに告げた。
「All Reconciliation of Kind」
その言葉が、オペレーション室に広がる。
排除ではなく、和解。
殺すのではなく、止める。
失われたものを取り戻すためではなく、これ以上失わないための名前。
フィリアには、まだそのすべてを理解できたわけではなかった。
けれど、リヴァルがその名を選んだ理由だけは、少しだけ分かる気がした。
リヴァルは全員を見渡した。
「それが、僕たちのチームコードだ」




