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五章 三話

輸送車がシェルターへ戻った時、出迎えの空気は重かった。


第三東部避難シェルターで起きたことは、

すでに最低限の情報だけ共有されている。

マギアス軍支部長、エルガン・ヴァイス。

半精化兵。


フィリアのライトによる鎮静と解除。

そして、ヴァイスがその光を見たこと。

どれも、帰還したから終わりにできる話ではなかった。


リヴァルは輸送車を降りると、すぐに言った。


「負傷確認を優先。イルルは医療区画へ。

 フィリアも念のためジェーンに見せて」


「私は大丈夫です」


イルルが答える。

背中には、飛行型の半精化兵に刺された傷がある。


レインで走れる状態には保っていたが、治ったわけではない。

シェスターが横からイルルを見る。


「それ、信用しねえ言葉ランキング上位だぞ」


イルルは少しだけ肩をすくめた。


「分かっています。だから、ちゃんと見てもらいます」


シェスターは何か言いかけた。

だが、言わなかった。

代わりに、短く頷く。


「ならいい」


イルルが目を瞬かせる。


「止めないんですか」


「止める理由がねえ。見てもらうって言ってんだろ」


「会議には、出ます」


「出ろ」


シェスターはぶっきらぼうに言った。


「お前が見たもんは、お前が話した方が早い」


イルルは一瞬、驚いた顔をした。

それから、静かに笑う。


「はい」


リヴァルは二人のやり取りを横目で見た。

何も言わない。


必要な変化は、本人たちが処理している。

それでいい。

医療区画でジェーンがイルルの背中を確認した。


傷は浅くはない。

だが、貫通も内臓損傷もない。


試作の触媒フレーム入りインナーと、

低出力レインによる応急処置がなければ、走り切るのは難しかっただろう。

ジェーンは処置を終えると、イルルの背中へ保護材を貼った。


「動いていいとは言うけど、戦っていいとは言っていないわ」


「分かっています」


「会議だけね」


「はい」


ジェーンはシェスターを見る。


「あなたも、止めすぎない」


シェスターは少し顔をしかめた。


「止めてねえだろ」


「だから言ったの」


ジェーンはそう言って、カルテを閉じた。


「信じるのと放っておくのは違う。でも、今のところは合格」


「試験かよ」


「怪我人の付き添いなんて、毎回試験みたいなものよ」


イルルは小さく笑った。

その後、会議室へ入った時には、

すでにリヴァル、一輝、リオン、フィリアが集まっていた。


フィリアはレイアーツデバイスを横に置いて座っている。

顔色はまだ少し悪い。


だが、逃げるような目ではなかった。

一輝は複数の端末を前に広げている。


第三東部避難シェルターの映像、損傷記録、外部接続部品の画像、

半精化兵の動作ログ。

それらを見ながら、明らかに睡眠より作業を優先している顔をしていた。


リオンは壁際に立っていた。

椅子はある。

だが座らない。


外周警戒にすぐ戻れる位置を選んでいる。

シェスターがイルルの横へ座る。

イルルが椅子に腰を下ろすと、彼は一度だけ背中の保護材を見た。


それだけだった。


「過剰に心配しないんですね」


フィリアが小さく言う。

シェスターは目を細める。


「してる」


「してるんですか」


「過剰に口に出してねえだけだ」


イルルが少しだけ頬を緩めた。

リヴァルは端末を卓上へ接続する。


「始める」


室内の照明が落ち、中央にシェルターの立体図が浮かぶ。


自分たちの拠点。

外周防衛設備。

搬入口。

通信線。


整備口。

監視装置の配置。

防衛班の動線。


それらが複数の色で表示された。


「第三東部避難シェルターの件で、少なくとも三つの問題が確認された」


リヴァルは言う。


「一つ。物理的な中継部品による通信・映像系統への侵入」


映像線の図が赤く光る。


「二つ。防衛人員を削った上での人質化」


避難民区画が黄色く表示される。


「三つ。半精化兵の投入」


最後に、半精化反応の記録が黒く表示された。

フィリアの肩がわずかに強張る。

イルルがその横で、そっと手を置いた。


リヴァルは続ける。


「これを前提に、防衛設備の更新状況を確認する。

 今後の優先順位もここで決める」


一輝が手を挙げるより早く、端末を操作した。


「まず外周設備っス。

 現状、搬入口と整備口のセンサーは更新中。

 物理中継部品のチェックは始めてるっスけど、

 全部の線を分解確認するには時間がかかるっス」


リヴァルが頷く。


「分解確認の優先順は」


「映像線、通信線、外部給電線、旧式補助ラインの順っス。

 第三東部で使われたのは映像線寄りだったんで、まずそこっス」


リオンが口を開く。


「外周の巡回経路も変え、固定化している場所があります。」


「具体的には」


「北側搬入口から車両整備区画へ抜ける通路。

 車両影で死角ができる。

 第三東部での侵入が物理接続なら、

 こちらでも死角を使われる可能性がある」


一輝が端末へ印をつける。


「そこ、ガイさんも言ってたっス。動けないのにめっちゃ口出してくるっス」


シェスターが短く言う。


「動けねえから口が動くんだろ」


リオンは表情を変えずに続けた。


「口だけなら役に立つ」


「それ、褒めてるんスか?」


「半分」


「半分」


リヴァルはそのやり取りを流した。


「搬入口の死角は優先修正。監視装置の追加だけで済ませない。

 物理遮蔽物の配置も変える」


一輝が頷く。


「了解っス。あと、半精化兵前提だと、

 隔壁の閉鎖速度も見直した方がいいっス」


「理由は」


「通常マギアス兵より速い個体がいるっス。

 犬型とか鳥型とか。

 隔壁が閉まる前に抜けられる可能性があるっス」


フィリアが顔を上げた。


「動きが、すごく速かったです。ライトを撃っても、当たりませんでした」


リヴァルはフィリアを見る。


「当たらなかった理由を、射撃だけの問題にしない」


フィリアが瞬く。


「え」


「敵の速度、距離、遮蔽物、射線。

 防衛側が当てられる状況を作れていなかった」


リオンが静かに頷く。


「撃つ者だけに負担を寄せる配置は悪い」


フィリアは少しだけ息を吐いた。

イルルが言う。


「第三東部では、織葉さんが紫電方陣で動きを止めてくれました。

 あれで、ようやくフィリアさんが狙えました」


シェスターが腕を組む。


「なら、設備側でも足止めが要る」


一輝がすぐに端末へ書き込む。


「床面拘束、低出力電磁ロック、

 隔壁前の足止めフィールド……やれることはあるっス。

 ただし人間や避難民を巻き込まない設定が必要っス」


リヴァルが頷く。


「殺傷設備は増やさない」


一輝は即答した。


「そこは分かってるっス」


「半精化兵は戻せる可能性がある」


フィリアが、手元のレイアーツデバイスを見た。


「はい」


リヴァルは言う。


「だから、防衛設備の目的は排除ではない。

 侵入を遅らせること。

 射線を作ること。

 避難民との接触を断つこと。

 フィリアのライト、または鎮静化装置を使える時間を稼ぐこと」


シェスターが頷く。


「守るための設備だな」


「そう」


リオンが図面を見上げる。


「巡回班の役割も変わる。発見したら交戦ではなく、誘導と遅延を優先する」


「単独で倒しに行くな、ってことっスね」


一輝が言う。


「そうだ」


リオンは短く答えた。


「半精化が相手なら、倒すより止める。止めた後に戻す手段へ繋ぐ」


フィリアはその言葉を聞いて、背筋を伸ばした。


「私が、撃てる場所まで」


シェスターが言う。


「お前だけでどうにかする話じゃねえ」


イルルも頷く。


「私も支えます。トリートスプレイも、レインも使えます」


ジェーンに戦闘禁止と言われたばかりの背中で、

イルルは真面目にそう言った。

シェスターは一瞬だけイルルを見た。

そして、ため息をつく。


「会議だけだぞ」


「はい。今は会議だけです」


「今は、な」


「はい」


フィリアが小さく笑った。

リヴァルは次の図面へ切り替える。


外周防衛設備の更新状況が一覧で表示される。

搬入口、整備口、旧式通路、非常用排気口。

一輝が説明を続ける。


「即日対応できるのは、搬入口の遮蔽物変更、映像線の物理確認、

 巡回経路変更、仮設センサーの増設っス。

 隔壁閉鎖速度と床面拘束は調整が要るっス」


「必要な時間は」


「仮なら今日中。正式更新は数日っス」


「今日中に仮でいい。正式版はナンディーヌと詰める」


リオンが言う。


「外で作業するなら護衛をつける」


「一輝は作業側」


リヴァルが言った。


「護衛はリオンを中心に。

 シェスターは内部待機。

 イルルは医療区画の許可が出るまで前線行動禁止」


イルルが口を開きかける。

シェスターが先に言った。


「文句言うな」


「言いません」


「ならいい」


イルルは少しだけ笑って、頷いた。

リヴァルは全員を見る。


「防衛設備の更新方針は決めた。次はセンサーだ」


中央の図面が切り替わる。

マギアス反応。

生体反応。

半精化時の異常深度。


フィリアのライトで浮かび上がった人間反応。

それらが重ねて表示された。


「第三東部で見えたものは、今の設備では拾いきれない」


リヴァルの声が、少し低くなる。


「だから、ここからは見つけるための話をする」


一輝が端末を構え直す。

リオンが壁から背を離す。


フィリアがレイアーツデバイスへ手を置く。

イルルは背中の痛みを隠さず、まっすぐ画面を見た。

シェスターはその横で、何も言わずに座っている。


止めるためではない。

信じて、隣にいるために。

リヴァルは表示を拡大した。


「マギアス反応センサーと生体センサー。両方を更新する」


リヴァルの言葉に、一輝が端末を操作した。

卓上に浮かんでいた防衛設備図が縮小し、

代わりにシェルター外周の広域図が表示される。


外壁。

搬入口。

整備口。

監視塔。


周辺の廃道路。

旧施設跡。


それぞれに、現在設置されているセンサー範囲が薄い円で重ねられた。

一輝が説明する。


「今のマギアス反応センサーは、侵入してきた相手を拾うには十分っス。

 ただ、第三東部みたいに外部線へ物理接続されたり、

 半精化兵みたいに急に反応が変わる相手だと、

 認識が遅れる可能性があるっス」


リオンが図面を見る。


「範囲が内側に寄っている」


「そうっス。

 元々はシェルター防衛用なんで、外周ぎりぎりと搬入口周りが中心っス。

 遠くから近づく相手を早めに拾うより、

 中へ入らせないことを優先してる配置っスね」


シェスターが腕を組む。


「今まではそれでよかったってことか」


「マギアス兵が普通に攻めてくるなら、っス」


一輝は半精化兵の記録映像を小さく表示した。


猟犬型。

鳥型。

蛇型。

熊型。


それぞれの反応波形が重ねられる。


「こいつらは、反応の出方が変っス。強くなったというより、深くなってる」


フィリアが小さく頷いた。


「第三東部でも、そう見えました。

 マギアス化反応が上がっているというより、人の反応が沈んでいく感じで」


リヴァルが言う。


「反応値の高さだけでは足りない。侵食深度を見る必要がある」


「侵食深度……」


イルルがその言葉を繰り返す。

リヴァルは半精化兵の波形を拡大した。


「通常のマギアス化は、人間のマナが闇の霧に侵食されている状態だ。

 だが、半精化はその侵食をさらに奥へ押し込んでいる。

 だから、表面の反応だけ見ると異常値として拾えるが、

 何が起きているかまでは分からない」


リオンが短く言う。


「敵がいる、では遅い」


「そう」


リヴァルは頷く。


「必要なのは、敵性反応の早期検知と、変質の進行段階だ」


一輝が新しい表示を出す。

外周のセンサー円が広がり、さらに何層にも分かれる。


「提案としては、マギアス反応センサーを三段階に分けるっス」


端末上に、三つの枠が並ぶ。

遠距離警戒。

外周識別。

侵入直前判定。


「遠距離警戒は、精度より早さ優先。

 反応があったら方角とおおまかな数だけ拾うっス」


一輝が外周図のさらに外側を示す。


「外周識別は、通常マギアスか、半精化疑いか、ただのノイズかを見るっス」


次に搬入口周辺が強調される。


「侵入直前判定は、今までのセンサーに深度測定を追加するっス。

 ここで半精化の可能性が高ければ、隔壁閉鎖と足止め設備を連動させる」


シェスターが言った。


「殺傷設備は動かさないんだったな」


「そこは変えないっス。止めるだけっス」


リヴァルが補足する。


「防衛設備とセンサーを連動させる。ただし、攻撃ではなく遅延と隔離だ」


リオンは外周図から視線を外さない。


「遠距離警戒の範囲を広げると、誤検知も増える」


「増えるっス」


一輝は即答した。


「鳥とか獣とか、風で動く残骸とか、マナ濃度の揺らぎとか、

 拾いたくないものも拾うっス」


「それは誰が見る」


「一次判定は自動。

 怪しいものだけ監視班に回すっス。

 ただ、人が見る量も増えるんで、全部は無理っス」


リヴァルが言った。


「優先順位をつける。

 反応の強さだけではなく、移動方向、速度、反応深度の変化。

 シェルターへ向かっているものを先に見る」


フィリアは表示される反応波形を見つめた。


「ライトで見えた人の反応は、マギアス反応センサーでは拾えませんか」


リヴァルは頷く。


「拾えない。少なくとも今のままでは」


フィリアの手が、膝の上で少しだけ強く握られる。

リヴァルは続けた。


「だから、生体センサーを拡大する」


一輝が別の表示へ切り替えた。

今度はシェルター周囲に、生体反応の検知範囲が表示される。


心拍。

呼吸。

体温。

神経反応。


マナ循環。

それらを組み合わせた、生体存在の識別図。

イルルが画面に身を乗り出した。


「これは、人の反応を見るものですか」


「元は避難民や職員の安否確認用っス」


一輝が言う。


「シェルター内で倒れてる人がいないか、

 閉じ込められてる人がいないか、医療区画へ運ぶ必要があるか。

 そういう用途っスね」


リヴァルが言葉を引き継ぐ。


「だが、半精化では別の意味を持つ」


フィリアが顔を上げる。

リヴァルは半精化兵の解除時の記録を表示した。

蛇型の半精化兵。


フィリアのライトが核を射抜き、獣の輪郭が崩れ、人の身体へ戻っていく。

その直前、黒いマギアス反応の奥に、細い生体反応が残っていた。


「敵を見つけるだけなら、マギアス反応センサーでいい」


リヴァルは言った。


「だが、救える反応を拾うには、生体センサーが要る」


室内が静かになる。

シェスターが低く言った。


「まだ人かどうかを見るってことか」


「そう」


リヴァルは答える。


「半精化兵を、ただの敵性反応として見るなら対処は簡単だ。

 隔離して、止めて、近づけなければいい」


フィリアの表情が硬くなる。


「でも、それだと戻せません」


「戻せない」


リヴァルは断言した。


「必要なのは、

 半精化した身体のどこに人間反応が残っているかを見つけることだ。

 フィリアのライトはそれを照らせる。

 だが、毎回フィリアの目と感覚だけに頼るのは危険だ」


イルルが頷く。


「第三東部では、フィリアさんが見つけて撃ちました。

 でも、動かれたら当てるのが難しかったです」


「だから設備側で補助する」


一輝が表示を拡大する。


「生体センサーを広げて、マギアス反応と重ねるっス。

 マギアス反応の塊の中に、生体反応がどこに残ってるかを見えるようにする。

 完全じゃないっスけど、撃つ時の目印にはなるっス」


フィリアは息を呑んだ。


「それができたら、もっと早く戻せます」


「可能性はある」


リヴァルは慎重に言った。


「ただし、半精化した身体は通常の生体反応から外れている。

 誤差も大きい。

 装置の表示を信じすぎるのも危険だ」


リオンが言う。


「目印として使います。答えというわけではありません。」


「その通り」


フィリアは真剣に頷いた。


「分かりました。ライトで確認して、センサーで補助するんですね」


「逆でもいい」


リヴァルは答える。


「センサーで候補を出し、ライトで確定する。状況次第だ」


シェスターがイルルを見る。


「トリートスプレイは」


イルルは少し考えた。


「人の反応が分かれば、そちらへ寄せられるかもしれません。

 前より無駄に広げずに済みます」


一輝がすぐに書き込む。


「フィリアさんのライト、イルルさんのレイン、

 生体センサーの表示を連動……いや、まだ仮っスね。

 調整項目多すぎるっス」


リヴァルは頷いた。


「仮でいい。今は方向性を決める」


フィリアはレイアーツデバイスに触れた。


「私は、センサーがあっても撃つ練習が必要です」


「必要だね」


リヴァルは即答した。

フィリアが少しだけ沈む。


「はい……」


シェスターが言う。


「落ち込むところじゃねえだろ。必要なもんが分かっただけだ」


イルルも続ける。


「私も、レインを合わせる練習が必要です」


リオンが短く言う。


「こちらは当てられる状況を作る訓練が要る」


一輝が端末を叩く。


「防衛班にも共有するっス。

 半精化疑いは倒すんじゃなくて、止めて、照準を作って、ライトにつなぐ」


「そうだ」


リヴァルは画面を切り替えた。

マギアス反応センサー。

生体センサー。


それぞれの拡大範囲が重なり、

シェルター外周に新しい警戒網が仮表示される。


完璧ではない。

穴もある。

作るには時間もいる。


それでも、今までより早く見つけられる。

今までより、戻せる可能性が増える。

リヴァルは全員を見た。


「更新方針を決める」


一輝が姿勢を正した。

リオンも頷く。

フィリアは小さく息を吸った。


イルルは背中の痛みをこらえながら、画面を見つめる。


シェスターはその横にいる。

リヴァルは順に告げた。


「マギアス反応センサーは、外周の外側まで拡大。

 反応値だけではなく侵食深度を測る」


一輝が入力する。


「生体センサーは、避難民確認用から半精化対応へ拡張。

 マギアス反応と重ねて、人間反応の残存位置を候補表示する」


さらに入力。


「防衛設備との連動は、殺傷ではなく遅延、隔離、射線確保に限定する」


リオンが言う。


「巡回班には、発見時の行動基準を変えさせます。」


「任せる」


リヴァルは頷いた。


「半精化疑いを発見した場合、単独撃破を目的にしない。

 捕捉、足止め、位置共有。

 ライトまたは鎮静化装置へ繋ぐ」


フィリアが顔を上げる。


「鎮静化装置も使うんですか」


「使う」


リヴァルは言った。


「精霊の時に使った鎮静化装置を、半精化の一時抑制に転用できるか試す。

 正式な解除は君のライトが必要だとしても、時間を稼げるなら価値はある」


イルルが静かに言う。


「戻すまでの時間を、作るためですね」


「そう」


リヴァルは端末を閉じかけた。

だが、手を止める。


「ただし、ここで一つ問題が残る」


一輝が顔を上げる。


「問題っスか」


「センサーを広げれば、相手も気づく」


リオンの目が細くなる。

リヴァルは続けた。


「第三東部では、物理的な中継部品で映像線へ入り込んだ。

 なら次は、センサーそのものを避ける、騙す、

 破壊する手段を使う可能性がある」


フィリアが不安そうに息を呑む。

リヴァルは画面に、新しい空白の項目を出した。

対センサーマナアーツ。


表示された文字を見て、一輝が眉を寄せた。


「センサーを、すり抜けるマナアーツっスか」


「可能性の話だ」


リヴァルは答える。


「確定ではない。だが、無視する理由もない」


リオンが壁際から口を開く。


「第三東部では、反応が出る前に映像系へ入り込まれていた」


「物理的な中継部品だった」


フィリアが言う。


「はい。ハッキングではなくて、外部から線に直接噛ませていました」


「つまり、相手はこちらの監視設備を警戒している」


リヴァルは卓上の図面を切り替えた。

第三東部避難シェルターの映像線。


外部から噛まされた中継部品。

通信役が使っていた制御端末。

起爆装置。


そして、映像に残らなかった侵入経路。


「センサー類を増やせば、相手はそれを避ける。

 壊す。騙す。あるいは、反応する前に通過する」


シェスターが腕を組む。


「そこまでやられたら、増やしても意味ねえんじゃねえか」


「意味はある」


リヴァルは即答した。


「ただし、一種類に頼るなら弱い」


一輝がはっと顔を上げた。


「多層化っスね」


「そう」


リヴァルは新しい表示を出す。

マギアス反応。

生体反応。

熱。


音。

振動。

映像。

物理接触ログ。


それぞれの項目が、円形に並んだ。


「センサーを欺くマナアーツがあるとして、

 何を欺くのかを分ける必要がある」


リヴァルは一つ目を指す。


「マギアス反応を隠す」


次に二つ目。


「生体反応を偽装する」


三つ目。


「熱源を環境に溶け込ませる」


四つ目。


「音や振動を消す」


五つ目。


「映像に映らない、または映っても別のものに見せる」


最後に、物理接触ログを示した。


「そして、センサー本体に触れた記録を残さない」


一輝は唸った。


「全部やられたら無理っス」


「全部を同時にやらせないための新センサーだ」


リヴァルは言う。


「高性能な一つを作るんじゃない。異なる弱点を持つ複数の検知を重ねる」


リオンが頷く。


「一つが消えても、他の違和感で拾います。」


「その通り」


フィリアは画面を見つめた。


「マギアス反応を隠しても、生体反応が残るかもしれない」


イルルが続ける。


「生体反応を隠しても、熱や音が残るかもしれません」


シェスターが言う。


「音も熱も消されたら」


リオンが短く答えた。


「踏んだ場所が変わる」


一輝が指を鳴らした。


「床面圧と振動っスね。外周の古い通路なら、踏めば必ずわずかに歪むっス」


「空を飛ばれたら」


シェスターがさらに聞く。

リオンは少し考えてから言った。


「空気が動く。粉塵も動く。完全な無風にはできない」


一輝が端末へ入力する。


「粉塵変位、空気流、微振動……うわ、項目が増えるっス」


リヴァルは淡々と告げた。


「全部を常時見る必要はない。

 通常は軽い監視でいい。

 異常が一つ出た時に、周辺の別種ログを重ねる」


フィリアが少し首を傾げる。


「つまり、最初から全部を細かく見るんじゃなくて、

 怪しいところだけ詳しく見るんですね」


「そう。人員も処理能力も無限ではない」


リヴァルは画面に三段階の警戒表示を出した。


通常監視。

異常候補。

複合確認。


「通常監視では軽い反応だけ見る。

 異常候補が出たら、周辺のマギアス反応、

 生体反応、熱、音、振動、映像、物理ログをまとめて照合する」


一輝が頷く。


「複合確認で複数がズレてたら警報っスね」


「ズレを拾う」


リヴァルは言った。


「敵が完全に消えたように見えても、環境だけが不自然に変わっていれば、

 そこに何かがいる可能性がある」


イルルが静かに言う。


「見えない敵を、見えないまま疑うんですね」


「正確には、見えていないことを異常として扱う」


リヴァルの言葉に、室内が少し静かになった。

フィリアは第三東部の映像を思い出す。


映像は奪われた。

声は届いた。

人質は映された。


けれど、その前に何が起きたかを、誰も見ていなかった。

見えていないことそのものが、穴だった。


リオンが言う。


「巡回にも使える」


「どう使う」


「監視が薄い場所に向かうんじゃなく、ログが不自然に綺麗な場所を見る。

 何も起きていない場所ほど、逆に怪しい」


一輝が苦笑する。


「いやな発想っスね」


「敵が嫌なことをしている」


リオンは表情を変えなかった。

シェスターが少し口元を歪める。


「それはそうだ」


リヴァルは続ける。


「新センサーの開発方針は三つ」


画面に項目が並ぶ。

第一、単一反応への依存を避ける。

第二、反応の有無ではなく、不一致を検知する。


第三、破壊されたセンサーそのものを警報にする。

一輝が三つ目を見て顔を上げた。


「壊されたら警報っスか」


「反応前に破壊されるなら、破壊されたことを反応にする」


リヴァルは言う。


「センサーが沈黙した時、それを正常終了と扱わない。

 周辺センサーが同時に沈黙した場合は、侵入可能性として扱う」


リオンが頷く。


「壊して進むほど、道筋が出るという事ですね。」


「そういうことだ」


フィリアは少しだけ目を見開いた。


「壊されても、分かるんですね」


「分かるようにする」


リヴァルは答える。


「今はまだ、そうなっていない」


一輝が両手で頭を押さえた。


「やること増えたっスねえ……」


「増えた」


リヴァルは否定しなかった。


「ただし、全部を完成させてから運用する必要はない。

 まずは仮の多層ログを作る。

 既存センサーから取れる情報を重ねるだけでもいい」


「新規開発はその後っスね」


「そう」


シェスターがリヴァルを見る。


「どのくらいで形になる」


一輝は端末を見ながら答えた。


「仮版なら今日中にログ統合だけはできるっス。

 警報精度は低いっスけど、何もないよりはマシっス」


リオンが言う。


「外周作業には使える」


「使う」


リヴァルは即決した。


「防衛設備の仮更新と同時に、外周でセンサーログの取得を始める。

 整備班と施設班が外へ出るなら、護衛をつける」


シェスターが顔を上げる。


「俺が出るか」


「君は内部待機」


リヴァルは言った。


「外で高速型が来た場合、君よりリオンの方が対応しやすい」


シェスターは少しだけ眉を動かした。

だが、反論はしなかった。


「ワイヤーと射撃か」


リオンが頷く。


「足止めと捕縛なら、こちらが向いている」


イルルが言う。


「一輝さんは作業がありますしね」


一輝が頷く。


「パイルでぶっ飛ばすのはできるっスけど、

 外部作業中に高速で動く相手を捕まえろって言われると厳しいっス」


「役割の問題だ」


リヴァルは言う。


「一輝は作業。

 リオンは護衛。

 内部はシェスター。

 フィリアはライト対応の待機。

 イルルは医療許可が出るまで後方支援」


イルルは素直に頷いた。


「はい」


シェスターが横目で見る。


「本当に言わねえんだな」


「言いません」


「言いそうな顔してるぞ」


「少しだけです」


「やっぱりな」


フィリアが小さく笑う。

リヴァルは会話を切った。


「新センサーの開発は、ナンディーヌにも共有する」


通信端末が反応する。

ナンディーヌの声が入った。


『聞いてるよ。

 多層化は妥当だね。

 ただ、あんたたちのシェルターだけで完結させるには処理量が大きい』


「分かっている」


『最初はログを取るだけにしな。判定は後回し。

 変なものが取れたらこっちにも投げな』


一輝が即座に頷く。


「了解っス。仮版はログ統合、正式版はナンディさんと設計っスね」


『あと、対センサー系のマナアーツがあるなら、

 相手はセンサーだけじゃなくて人間の目も騙す可能性がある』


リオンの目が細くなる。


「幻惑か」


『その類も含むね。映像だけで判断しない方がいい』


紫乃がいれば幻惑への感覚も聞けた。

だが、今はこの場にいない。


リヴァルは一つ項目を追加する。


「後でミス・シノにも確認する。

 幻惑、認識阻害、気配の偽装。

 センサーと人の感覚の両方を欺く系統を洗い出す」


フィリアが小さく言う。


「敵がどんどん見えにくくなりますね」


「だから、見えない前提で準備する」


リヴァルは答えた。


「怖がるためじゃない。見失わないためだ」


フィリアはその言葉を聞いて、静かに頷いた。

リヴァルは最終項目を表示する。


新センサー開発仮称。

まだ名前は入っていない。

一輝が見た。


「名前、どうするっスか」


「今は不要」


リヴァルは即答した。

一輝は少し残念そうにする。


「仮称くらいあっても」


「君が名前をつけると、あとで整理する僕の仕事が増える」


「信用がないっス」


「実績がある」


イルルが笑いをこらえる。

フィリアも少しだけ表情を緩めた。


リオンは静かに言う。


「仮称、多層警戒でいい」


リヴァルは頷いた。


「それで十分」


一輝が端末に入力する。

多層警戒。

仮運用。


対象、外周作業および半精化警戒。


「今日中に動かす」


リヴァルは言った。


「完全ではない。だが、何もしないより早い」


リオンが壁から離れた。


「外へ出る準備を始めます。」


「待って」


リヴァルは止めた。


「作業班の準備が整ってからだ」


「了解」


一輝が端末を畳み始める。


「じゃあ仮ログ統合、今から組むっス。外周作業は一時間後くらいで」


「四十分」


リヴァルが言う。


「半精化の情報は敵にも渡った。こちらの反応が遅いほど不利になる」


一輝は一瞬固まった。


「四十分っスか」


「できない?」


「できますけど、言い方っス」


「できるなら問題ない」


リオンが静かに歩き出す。


「護衛準備、先にしておく」


シェスターも立とうとする。

リヴァルが見た。


「君は内部待機」


「分かってる。内部の配置を見に行くだけだ」


「ならいい」


イルルも立ち上がりかけて、シェスターとリヴァルに同時に見られた。


「……座っています」


「そうして」


リヴァルは端末を閉じた。

会議は終わっていない。

だが、方針は決まった。

防衛設備を更新する。


センサーを広げる。

生体反応を拾う。


そして、センサーをすり抜ける敵がいる前提で、新しい警戒網を作る。

リヴァルは最後に、画面に残った空白の反応ログを見た。


何も映っていない場所。

何も起きていないはずの場所。


次に敵が来るなら、そこから来るかもしれない。


「見えないことを、見落としにしない」


誰に向けるでもなく、リヴァルはそう言った。

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