三章 七話
オペレーション室の照明は、少し落とされていた。
壁面には、複数の地図が重なって表示されている。
安全領域。
危険領域。
M領域。
パズリア山周辺。
それぞれの上に、これまで集められた測定点と、前線調査の結果、
そしてマギアス軍前線基地から押収した観測記録が重ねられていた。
赤い点は、もうほとんど残っていない。
残っているのは、山だった。
「再計算、終わりました」
フィリアが端末から顔を上げた。
声は落ち着いていた。
けれど、指先にはまだ少しだけ力が入っている。
何度も条件を変えて計算した。
市民協力調査の測定値。
危険領域側の前線調査結果。
マギアス軍の観測ログ。
霧流動予測。
地脈ノイズの補正。
センサー型式ごとの誤差。
それらを重ねても、結論は大きく変わらなかった。
「M領域の封印核マナ候補は、パズリア山周辺でほぼ確定です」
フィリアはそう言って、画面を切り替えた。
地図上で、パズリア山の周辺だけが強調表示される。
反応そのものは、派手ではない。
むしろ、薄い。
だが、他の候補は消えた。
説明がついた。
誤差だった。
残留反応だった。
マギアス軍の観測装置由来だった。
地脈ノイズだった。
それでも、パズリア山だけは消えなかった。
ガイは腕を組み、壁面の地図を見上げていた。
「ほぼ、か」
「断定はしない」
リヴァルが中央卓の前で言った。
「封印核マナの直接反応を確認したわけじゃない。
けれど、現時点で最も説明が残る地点はパズリア山だ」
「他は潰れたんだろ」
「優先候補としては潰れた。
低優先の未確認点は残っているが、
そちらは封印核マナの所在を説明するには弱すぎる」
ガイは短く息を吐いた。
「結局、山か」
「結局、ではない」
リヴァルは端末を操作しながら言った。
「そこへ行くための理由が揃っただけだ」
フィリアは画面の端に表示された補足情報を確認する。
パズリア山頂。
パズリア家墓所。
安全管理区域。
私有地。
一般立入禁止。
それらの文字が並んでいる。
「問題は」
フィリアが言いかけると、リヴァルが頷いた。
「パズリア山は、パズリア家の私有地だ。周辺の許可区域なら調査できる。
けれど、山頂と墓所周辺、そして内部に向かう管理道は、
パズリア家の許可なしには入れない」
ガイが少し眉を寄せる。
「無断で入る選択肢は?」
「最後の最後ならある」
リヴァルは否定しなかった。
「だが、選ぶべきではない」
「まあ、そうだろうな」
ガイは頭を掻いた。
「クラリス・パズリアの家だ。
あの人、今やただの有名人じゃねえ。
市民協力調査を動かした顔でもある。
そこに無断で踏み込んだら、敵を増やしすぎる」
「その通りだ」
リヴァルは淡々と答える。
「リヴァイヴ・プランは、力だけで進められる計画じゃない。
信頼を失えば、市民協力も、各地域の支援も、今後の調査許可も細る」
「分かっちゃいるが、面倒だな」
「面倒でも必要だ」
リヴァルは、パズリア山の地図を閉じずに別ウィンドウを開いた。
申請書類の雛形。
調査目的。
立入希望範囲。
同行者予定。
安全管理体制。
情報開示範囲。
フィリアはその項目の多さを見て、少しだけ目を丸くした。
「これ、全部必要なんですか」
「必要だ」
リヴァルは即答した。
「世界的象徴でもあるパズリア家の私有地に入る。
しかも、封印核マナ候補として扱う。
手続きは丁寧にしておいた方がいい」
ガイが苦笑する。
「戦場で敵の基地落とすより面倒そうだな」
「それとは別の面倒さだ」
「だろうな」
ガイは壁面の地図をもう一度見た。
「でも、申請するしかねえか」
「ああ」
リヴァルは書類の一部を保存した。
「今日はここまでにする。
計算結果は確定版として保留。
パズリア山の入場許可をパズリア家へ申請する。
返答が来るまで、次の調査計画は仮組みに留める」
フィリアは頷いた。
「分かりました。計算ログと補正前データも、まとめて保存しておきます」
「お願いする」
ガイは肩を回した。
「じゃあ、今日は解散か」
「解散だ」
リヴァルは短く答えた。
ガイは壁面の地図を見たまま、小さく言う。
「山に入るだけで、また一つ山だな」
フィリアが少しだけ笑った。
「ガイさん、それは……」
「悪かったよ。自分でも今のは雑だった」
リヴァルは反応しなかった。
ただ、パズリア山の表示だけを少し長く見ていた。
光の粒が消えた地図の中で、その山だけが残っている。
許可を取る。
それが、次に進むための一歩だった。
それから数日後。
オペレーション室には、リヴァルとフィリアだけが残っていた。
大型画面は消えている。
代わりに、中央卓の上に複数の資料が開かれていた。
パズリア家からの返答。
立入許可範囲。
同行条件。
クラリス・パズリアの関連資料。
ナンディーヌ・ロームの封印解除記録。
地の精霊戦のログ。
それらが整理されているはずなのに、机の上は片付いているように見えなかった。
情報そのものが重い。
フィリアは端末にタグを付けながら、向かい側のリヴァルを見た。
リヴァルは同じ資料を、もう何度目か分からないほど読み返している。
目線は動いている。
けれど、処理しているというより、同じ場所で引っかかっているようだった。
「リヴァルさん」
フィリアは声をかけた。
「何だい」
「何か、問題があったんですか」
リヴァルの指が止まる。
「問題?」
「はい。許可は、出たんですよね」
「ああ」
リヴァルは端末を閉じなかった。
「許可は出た。許可は出たが……」
そこで言葉が止まった。
フィリアは続きを待つ。
急かさない。
リヴァルが言葉を選ぶ時は、たいてい、情報が足りない時ではない。
情報が多すぎる時だ。
「パズリア家の私有地への立ち入り許可は下りた」
リヴァルはようやく言った。
「山麓の管理道、墓所周辺、山頂部の一部。
調査に必要な範囲については、条件付きで認められている」
「条件付き」
「クラリス・パズリアが同行すること」
フィリアは手を止めた。
「クラリスさんが?」
「そうだ」
リヴァルは資料を一つ開く。
そこには、パズリア家から届いた正式な回答と、
クラリス本人の署名が表示されていた。
「パズリア家に申請する際、こちらは地の精霊の事例を提示した。
ナンディーヌ・ローム主任が、地下の封印地点に同行していたこと。
地の精霊の人柱だったこと。
封印解除時に、人柱と精霊の結びつきが確認されたこと」
フィリアは小さく頷く。
「ローム主任には」
「許可を取っている」
リヴァルはすぐに言った。
「本人に確認した。
医療情報や個人情報にあたる部分は伏せて、
精霊封印と人柱に関係する最低限の情報だけを提示した」
「それが、原因ですか」
リヴァルは数秒黙った。
「こちらの仮説も添えた」
「仮説」
「精霊の人柱は、封印の場所に引き寄せられる可能性がある」
フィリアは息を止めた。
「地下にローム主任が同行していたことは、偶然ではなかった……
ということですか」
「ああ」
リヴァルは淡々と答える。
「そういう理論として記述した。
地の精霊の封印地点で、ローム主任があの場にいた。
彼女自身が地の精霊の人柱だった。
ならば、風の精霊の封印地点にも、同様の現象が起きている可能性がある」
「それを、パズリア家が読んだんですね」
「読んだ。そして、クラリス・パズリアにも身に覚えがあるらしい」
フィリアは何も言えなかった。
クラリスの放送を思い出す。
パズリア山の頂。
墓所。
羽の家紋。
風。
彼女にとって大切な場所。
何かをお願いするというより、報告に近いと言っていた。
行ってきます。
無事に終わりました。
まだ迷っています。
そういうことを、あの場所で考えると。
「クラリスさんが、人柱……?」
フィリアの声は小さかった。
「本人は、そうだと言っている」
リヴァルは言った。
「少なくとも、自分がそうである可能性を強く疑っている。
だから同行させてほしいと」
「でも、同行しないと」
フィリアは資料を見る。
「私有地に無断侵入に……」
「多少無理をする場面もある」
リヴァルは言った。
「けれど、
世界的象徴でもあるパズリア家の私有地に無断で入れば、敵を作りすぎる。
クラリス・パズリアはただの所有者側の人間じゃない。
今のリヴァイヴ・プランにとって、市民の信頼を支えている人物の一人だ」
「はい」
「その信頼を壊す選択は、簡単にはできない」
リヴァルの声は、いつもと同じように静かだった。
けれど、フィリアには分かった。
これは、計算だけの話ではない。
クラリスを連れていく危険。
連れていかないことで失う信頼。
無断で入る政治的損失。
人柱である可能性。
人柱ではない可能性。
どちらにも、危険がある。
「クラリスさんが、もし人柱ではなかった場合は」
フィリアが聞いた。
「彼女は一般人だ」
リヴァルはすぐに答えた。
「戦闘できる人ではない。
精霊の封印地点へ連れて行けば、彼女自身が危険になる。
そして、彼女を守るために、ARKのメンバーも危険になる」
フィリアは端末を見下ろした。
そこには、クラリスの資料が表示されている。
俳優。
平和支援キャンペーンのイメージアンバサダー。
市民協力調査の呼びかけ。
パズリア家。
風の精霊の人柱候補。
文字が並ぶほど、一人の人間から遠ざかっていく気がした。
「リヴァルさん」
「何だい」
「悩んでいたのは、そのことですか」
リヴァルは少しだけ目を伏せた。
「悩んでいるように見えたか」
「はい」
「そうか」
彼は否定しなかった。
フィリアはゆっくり息を吸った。
そして、顔を上げる。
「私が行きます」
リヴァルが、フィリアを見た。
「フィリア……?」
フィリアはもう一度、まっすぐに言った。
「私が行きます」
会議室には、主要メンバーが揃っていた。
リヴァルは前方に立っている。
その横には大型画面。
画面には、パズリア山の地形図と、
パズリア家から送られてきた立入許可範囲、
そして封印核マナ候補として再計算されたM領域の分布が表示されていた。
机の周りには、
ガイ、リオン、シェスター、織葉、
イルル、紫乃、一輝、クリス、
フィリアがいる。
いつもの作戦会議より、少し空気が重かった。
パズリア山。
クラリス・パズリア。
その二つの名前が並んだ時点で、ただの調査では済まないことは誰にでも分かる。
リヴァルは全員の視線が集まったのを確認してから、口を開いた。
「M領域の封印核マナ候補について、再計算が終わった」
画面が切り替わる。
パズリア山周辺だけが強調表示される。
「危険領域側の残存候補は、先日の前線調査と、
押収したマギアス軍の観測記録を加えて再評価した。
結果として、封印核マナの所在候補はパズリア山周辺でほぼ確定した」
ガイが腕を組む。
「ほぼ、ってことは、まだ断定はしねえんだな」
「しない」
リヴァルは即答した。
「直接反応を確認していない。
だが、現時点で最も説明が残る地点はパズリア山だ。
ほかの候補は、残留反応、地脈ノイズ、
マギアス軍の観測装置由来の反応で説明がつく」
リオンが端末の資料を確認しながら言う。
「候補順位としては、パズリア山が最上位。
残る候補は低優先、または別要因で説明可能という扱いですね」
「ああ」
リヴァルは頷いた。
「次の調査は、パズリア山を前提に組む」
その言葉に、室内の空気がわずかに固くなる。
リヴァルは続けた。
「パズリア山はパズリア家の私有地だ。
立ち入りには許可が必要だった。申請は通った」
そこで、わずかに間を置く。
「ただし、条件がある」
クリスの背筋が伸びた。
織葉も静かに顔を上げる。
イルルは両手を膝の上で重ねた。
リヴァルは、先に釘を刺すように言った。
「驚かれて現地で判断を誤る方が危険だ。だから、率直に言う」
全員がリヴァルを見る。
「パズリア家からの要望により、クラリス・パズリア本人が同行する」
その瞬間、会議室の空気が一度揺れた。
「クラリス殿が……」
織葉の目が、明らかに光った。
隠そうとしているが、隠しきれていない。
クリスも口元に手を添える。
「まあ……クラリス様が直接……」
イルルも小さく息を呑んだ。
「クラリスさんが、あの山へ……」
紫乃が三人を順に見て、柔らかく言った。
「織葉ちゃん、クリスちゃん、イルルちゃん。
気持ちは分かるけれど、今は作戦会議よ」
「承知しております」
織葉は即答した。
「もちろんですわ」
クリスも胸に手を当てる。
イルルは少し赤くなって頷いた。
「す、すみません」
ガイは少し呆れたように息を吐いた。
「本当に人気者だな」
シェスターは表情を変えずに言った。
「同行する理由は、ただの所有者側の立ち会いじゃないんだろ」
「ああ」
リヴァルは頷く。
「それも含めて説明する」
画面に、ナンディーヌ・ロームの封印解除記録が概要だけ表示される。
個人情報に関わる部分は伏せられている。
表示されているのは、地の精霊、人柱、封印地点、同行記録、
という最低限の情報だけだった。
「パズリア家へ立入許可を申請する際、こちらは地の精霊の事例を提示した。
ナンディーヌ・ローム主任が、地の精霊の人柱だったこと。
封印解除時、人柱と精霊の結びつきが確認されたこと。
もちろん、ローム主任本人の許可を得た上で、
必要最低限の情報だけを共有している」
一輝が少しだけ背筋を伸ばした。
「ローム主任のこと、ちゃんと許可取ってるんスね」
「当然だ」
リヴァルは短く答える。
「その上で、こちらの仮説も添えた。
精霊の人柱は、封印の場所に引き寄せられる可能性がある」
フィリアは膝の上で手を握った。
リヴァルと二人で確認した内容を、会議室で改めて聞くと、やはり重かった。
リオンが静かに続ける。
「ローム主任が地の精霊の封印地点に同行していたことは、
偶然ではない可能性がある。
そういう仮説ですね」
「そうだ」
リヴァルは言った。
「そして、クラリス・パズリアにも身に覚えがあるらしい」
室内が静まった。
リヴァルは言葉を選ぶように一拍置いた。
「今回の人柱は、クラリス・パズリアその人だ」
誰も、すぐには反応しなかった。
リヴァルはすぐに言い直す。
「……その可能性が高い、というのが今の段階では正しい」
ガイが低く言う。
「本人は、それを分かった上で同行したいって言ってるのか」
「そうだ」
リヴァルは答える。
「自分が風の精霊の人柱である可能性を、本人は疑っている。
その上で、同行を希望している」
織葉は唇を結んだ。
先ほどまでの浮ついた光は、もう消えている。
「クラリス殿は、それでも向かわれるのですね」
「そうなる」
クリスの表情も引き締まっていた。
「ご自身が人柱かもしれないと知って、それでも山へ向かわれる。
……お強い方ですわ」
イルルは胸元に手を当てる。
「怖くないんでしょうか」
紫乃が静かに答えた。
「怖くない人なんて、あまりいないわ。
怖くても行く理由がある人はいるけれど」
シェスターは腕を組んだ。
「人柱じゃなかった場合は、ただの護衛対象だな」
「ああ」
リヴァルは頷く。
「クラリス・パズリアは戦闘要員ではない。
彼女が人柱でなかった場合、
精霊の封印地点へ一般人を連れていくことになる。
これは大きなリスクだ」
「でも、連れていかないと許可が出ない」
フィリアが言った。
リヴァルはフィリアを見て、頷く。
「そうだ。
無断で入る選択肢は最後まで残る。
だが、世界的象徴でもあるパズリア家の私有地に無断で踏み込めば、
敵を作りすぎる。
今後の市民協力、地域支援、調査許可にも影響する」
ガイは短く息を吐いた。
「戦う前から厄介だな」
「だから、編成を絞る」
リヴァルは画面を切り替えた。
そこに、今回の現地メンバーが表示される。
フィリア。
シェスター。
織葉。
クリスティナ。
そして、クラリス・パズリア。
「今回、パズリア山へ向かう現地部隊は、
この四人とクラリス・パズリアで構成する」
フィリアは画面の自分の名前を見つめた。
分かっていた。
自分で言った。
それでも、名前が正式に並ぶと、胸の奥が少し強く鳴った。
「まず、フィリア」
「はい」
フィリアは顔を上げた。
「戦闘能力は高くない。
だが、精霊がマナアーツを使用した際、
クラリスを守れる可能性が最も高い。ライトとアイギス、
そしてレイアーツデバイスによる防護運用を前提にする」
「はい。守ります」
短い返事だった。
けれど、迷いはなかった。
リヴァルは次にシェスターへ向いた。
「シェスター」
「おう」
「クラリス・パズリアが人柱でなかった場合、君が守る。
精霊との戦闘で勝つ必要はない。
護衛対象を生かして下がらせることが任務だ」
シェスターは短く頷いた。
「了解。連れて帰ればいいんだな」
「そうだ」
「なら、分かった」
それだけだった。
けれど、シェスターの返事としては十分だった。
リヴァルは次に、織葉とクリスを見る。
「織葉。クリスティナ」
二人が同時に姿勢を正した。
「君たちの戦闘力は、十分把握した」
会議室に、妙な間が生まれた。
先日の前線基地の件を思い出した者が、何人もいた。
ガイが小さく笑いそうになり、紫乃が横目で制した。
クリスは少しだけ誇らしそうに胸を張る。
「お役に立てたようで何よりですわ」
リヴァルはすぐに言った。
「予定外の形でだ」
「まあ」
織葉は真面目に頭を下げた。
「あの件については、報告書に記載した通りです」
ガイがぼそっと言う。
「反省報告書な」
「……記載した通りです」
織葉は少しだけ言い直した。
紫乃が穏やかに微笑む。
「二人とも、今回はめっ、されないようにね」
「はい」
「はいですわ」
リヴァルは話を戻す。
「たとえ精霊が現れても、クラリスのために精霊を止められる人員が必要だ。
織葉とクリスティナには、その役を担ってもらう」
クリスの表情が引き締まる。
「クラリス様を守るためなら、全力で」
織葉も頷いた。
「必ず止めます」
「同時に」
リヴァルは続けた。
「クラリス・パズリアが人柱だった場合、
君たちは精霊から彼女を救い出すための人員でもある」
その言葉に、全員の表情が変わった。
守るだけではない。
救い出す。
そこには、精霊と人柱を引き剥がす戦いが含まれている。
地の精霊の時を思い出した者は、それが簡単ではないことを知っていた。
イルルが、小さく手を握った。
「クラリスさんも、痛い思いをするんでしょうか」
リヴァルはイルルを見た。
「可能性はある」
イルルは一瞬だけ俯いた。
それから顔を上げる。
「戻ってきたら、私が診ます。クラリスさんも、みんなも」
「頼む」
リヴァルは短く答えた。
そこで、リヴァルは全員へ視線を戻した。
「残る者は、シェルター防衛に回る」
会議室の空気が、改めて引き締まった。
それは誰かを置いていくという意味ではない。
このシェルターが狙われている以上、
外へ出る者と同じくらい、残る者にも役割がある。
リヴァルは続ける。
「こちらがパズリア山へ動けば、
マギアス軍がシェルター側を狙う可能性もある。
現地メンバーを増やせば、その分ここが薄くなる。
だから、外へ出る人数は絞る」
ガイは頷いた。
「分かった。こっちは俺が前に立つ。留守を狙われても通さねえ」
リオンも端末に防衛配置を開く。
「外周センサー、搬入口、避難民区画の監視を強化します。
前線通信と防衛通信を同時に維持します」
「お願いする」
紫乃は静かに微笑んだ。
「じゃあ、おばさんは留守番ね。帰ってきた子たちを叱る準備もしておくわ」
織葉とクリスが、同時に少しだけ視線を逸らした。
一輝は端末を抱え直し、勢いよく言った。
「フィリアさんの装備確認が終わったら、防衛設備の点検に戻るッス。
外周の自動砲座と隔壁ロック、もう一回見ておくッス」
「頼む」
リヴァルは頷いた。
「次に装備だ」
画面が切り替わる。
フィリアのレイアーツデバイスが表示された。
カービン状の本体。
肩掛けで保持できるフレーム。
そして銃身下に取り付けられた追加ユニット。
一見すると、グレネードランチャーのような形状だった。
「フィリアのレイアーツデバイスには、
封印マナ抑制装置用の下部マウントを追加している。
銃身下に固定する形だ」
一輝が補足する。
「見た目はグレネードっぽいッスけど、中身は発射薬じゃないッス。
抑制装置を安定保持して、
必要な時に照準を合わせやすくするためのユニットッス」
フィリアは画面の装備図を見て、自分の手元を思い浮かべた。
普段より重くなる。
構える位置も変わる。
けれど、扱えないほどではない。
「重量は増える」
リヴァルが言った。
「だが、アイギスフレームと併用すれば保持は可能だ。
フィリアは、抑制装置を持ったままクラリスの防護を行う」
「はい」
フィリアは頷いた。
リヴァルは次に、別の装備を表示する。
小型の貼付型装置。
そして、ガンアーツデバイスを改良した射出型ユニット。
「他の現地メンバーは、ガンアーツ改良の射出型と、
既存の貼付型から選択してほしい。
両方持っていっても構わない」
シェスターが画面を見る。
「射出型は距離を取れる。貼付型は近づく必要があるが、確実ってことか」
「ああ」
リオンが補足する。
「射出型は命中角度と射線管理が重要になります。
精霊の装甲、またはマナ流の表面に弾かれる可能性も考慮すべきです」
「その通りだ」
織葉は画面を見つめた。
「封印解除装置の設置は、誰が」
リヴァルは織葉を見る。
「今回の封印解除装置の設置は、織葉。君に頼む」
織葉は静かに息を吸った。
「わたくしですか」
「最前線になる。
精霊に最も近づく可能性が高い。
速度、精密動作、離脱能力を考えれば、君が最も適任だ」
織葉は迷わず頷いた。
「承知しました。必ず設置します」
クリスが少しだけ唇を尖らせる。
「わたくしでも、華麗に設置できますわ」
紫乃がすぐに言った。
「クリスちゃんは、華麗に守る方ね」
クリスは一拍置いて、微笑んだ。
「……承知しましたわ。では、華麗に守ります」
イルルが小さく笑った。
「クリスさんらしいです」
「イルル様にそう言っていただけるなら、ますます頑張れますわ」
ガイが呆れたように言う。
「お前ら、会議中でも元気だな」
「元気は大切ですわ」
「否定はしねえけどよ」
リヴァルは一度、全員を見渡した。
「確認する」
会議室の空気が再び引き締まる。
「今回の任務は、パズリア山の封印核マナ調査。
パズリア家の許可条件により、クラリス・パズリアが同行する。
彼女が人柱である可能性は高いが、確定ではない」
画面に、任務目的が表示される。
「彼女が人柱でなかった場合、最優先は護衛と撤退。
彼女が人柱だった場合、精霊との接触、封印解除、人柱の救出を行う」
リヴァルの声は淡々としている。
だが、言葉の一つ一つが重かった。
「現地部隊は、フィリア、シェスター、織葉、クリスティナ。
クラリス・パズリアを加えた五名で山へ入る。
残る者はシェルター防衛。
これは待機ではない。
防衛任務だ」
ガイが短く頷く。
「任せろ」
リオンも言う。
「防衛管制、準備します」
イルルは両手を握った。
「医療区画で待っています。誰かが戻ってきた時、すぐ動けるように」
一輝が勢いよく頷く。
「装備も防衛設備も、自分が確認するッス」
紫乃は穏やかに言った。
「おばさんは、留守を守りながら、帰ってきた子たちを迎えるわ」
リヴァルは端末を閉じた。
「メンバーは確定した。準備を開始してくれ」
全員が、それぞれの形で頷いた。
「了解」
シェスターが短く言う。
「承知しました。設置手順を確認します」
織葉が静かに答える。
「華麗に守る準備をいたしますわ」
クリスが微笑む。
フィリアは一度、深く息を吸った。
「私も、準備します」
会議は終わった。
けれど、誰もすぐには軽い空気に戻らなかった。
パズリア山。
クラリス・パズリア。
風の精霊。
人柱。
それぞれの言葉が、会議室の中にまだ残っている。
それでも、動き出すしかない。
封印を解くために。
人を救うために。
そして、誰かを置き去りにしないために。
メンバーは、それぞれの準備へ向かった。
暗い画面に、白い文字が浮かび上がった。
リヴァイヴ・プラン。
それは、世界を救うための計画。
けれど、あなたはその現場を、どれだけ知っていますか。
画面が切り替わる。
薄い闇の霧に覆われた街。
警戒線の向こうで動く調査班。
シェルターへ向かう避難民。
センサーを手に、安全領域を歩く市民たち。
誰かを倒すためではなく。
誰かの上に立つためでもなく。
失われた場所へ、もう一度手を伸ばすために。
白い光の線が、画面の中央を走った。
職場の風通しスペシャル
リヴァイヴ・プラン、その最前線へ。
次の瞬間、クラリス・パズリアが映し出される。
落ち着いた装い。
けれど、いつものスタジオではない。
背後には、風に揺れる草と、遠くに見える山並みがあった。
クラリスはカメラをまっすぐに見つめる。
「皆さんは、リヴァイヴ・プランと聞いて、何を思い浮かべるでしょうか」
映像が重なる。
封印解除の装置。
現地で測定されるマナ反応。
医療区画で治療を受ける人。
子供へ飲み物を渡す職員。
警戒線の前で立ち止まり、慎重に周囲を確認する前線メンバー。
「戦いでしょうか」
画面に、荒れた前線の映像。
「危険な調査でしょうか」
霧の中を進む影。
「それとも、遠い場所で行われている、自分とは関係のない出来事でしょうか」
映像は、静かに変わる。
センサーを手に測定する市民。
受信されたデータが、地図の上で光の点になる。
調査員の端末に、その点が重なっていく。
「でも、その現場には、戦う人だけがいるわけではありません」
クラリスの声は、柔らかく、けれどはっきりしていた。
「測る人がいます。
運ぶ人がいます。
治す人がいます。
待つ人がいます。
帰ってくる場所を守る人がいます」
画面に、短い文字が浮かぶ。
倒すのではなく、救う。
映像が切り替わる。
マギアス反応を示す赤い表示。
その横に、人間の生命反応を示す青い表示。
捕縛。
治療。
回復。
「マギアスをただ倒して終わるのではなく、人として戻れる道を探すこと」
次の文字。
上に立つのではなく、手を取る。
「危険な場所へ踏み込む人だけではなく、
安全な場所から支える人の力も信じること」
市民協力調査の映像。
講習を受ける人々。
センサーの扱いを確認する手元。
無理をしないこと。
指定範囲から出ないこと。
異常値を自己判断しないこと。
「その一つ一つが、リヴァイヴ・プランの現場です」
画面が再びクラリスへ戻る。
風が吹く。
彼女の髪が、わずかに揺れた。
「今回、私はARKの活動の最前線を訪ねます」
映像に、ARKの徽章。
続いて、シェルターの外観。
オペレーション室の光。
装備を確認する手。
山岳地帯へ向かう道。
「そこにあるのは、英雄だけの物語ではありません」
クラリスは少しだけ目を伏せ、それから再びカメラを見る。
「誰かを救おうとする人たちと、
救われた後にもう一度立ち上がろうとする人たち。
そして、その両方を支えようとする、たくさんの小さな力です」
画面に、大きく番組名が表示される。
職場の風通しスペシャル
クラリス・パズリアが見た、リヴァイヴ・プランの真実
ナレーションが重なる。
「リヴァイヴ・プランの本当の活動とは何か」
「前線で倒し、上に立つのではなく」
「共に手を取り合う現場」
「その真実に、クラリス・パズリアが迫ります」
映像は、山へ向かう道を映す。
安全確認の表示。
風に揺れる草。
遠くに見えるパズリア山。
そして、クラリスの横顔。
「当日は、現地より生放送でお届けします」
クラリスがカメラへ向き直る。
「世界は今も、変わり続けています」
一拍。
「その変化を、恐れるだけではなく、知ること」
さらに一拍。
「そして、見届けること」
クラリスは静かに微笑んだ。
「世界の今を、皆さんと共に見届けましょう」
画面が白へ切り替わる。
職場の風通しスペシャル
リヴァイヴ・プラン、その最前線へ。
現地生放送。
近日放送。
最後に、クラリスの声だけが残った。
「あなたは、救われる世界を信じますか」




