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三章 三話

朝の訓練室には、まだ熱が残っていた。


床に残った足跡。

壁際に立てかけられた訓練用の標的。

冷却のために回る送風機の音。


その中央で、ガイは膝に手をついていた。


「……はっ……はっ……」


肩が大きく上下している。

汗が顎から落ち、床に小さな点を作った。


大剣型のブレードアーツデバイスは、すでに壁際へ戻されている。

だが、ガイの腕にはまだ重さが残っているらしい。

その少し離れた場所で、織葉は静かに息を整えていた。

肩にタオルをかけ、髪を軽く後ろへ払う。


汗はかいている。

けれど、乱れてはいない。


手元のカタナアーツデバイスを確認し、

刃に残ったマナの揺らぎを丁寧に払ってから、鞘へ収めた。

イルルも訓練場の端で水を飲んでいた。


先日の負傷からは、医療班の許可を得て段階的に復帰している。

激しい打ち合いはまだ制限されているが、

マナリンクの基礎訓練には参加できるようになっていた。

紫乃は涼しい顔でタオルをたたんでいる。

訓練に参加していたはずなのに、一人だけ朝の散歩帰りのようだった。


「ガイくん、大丈夫?」


紫乃が穏やかに尋ねる。

ガイは片手を上げた。

返事の代わりらしい。

声はまだ出ない。


イルルが心配そうに覗き込む。


「お水、飲みますか?」


「……飲む」


ガイは短く答え、受け取ったボトルを一気に傾けた。

織葉はその様子を見ながら、タオルで首元を拭う。


「ガイ殿は、体力があるのですね」


「今それ言うか……」


ガイが息の合間に返す。


「それだけ動ければ十分でしょう」


「十分かどうかじゃねえ」


ガイはようやく上体を起こした。


「疑ってたわけじゃねえ。お前が強いのは分かってた。

 分かってたんだが……」


そこで一度、深く息を吸う。


「実際に並ぶと、差が分かるな」


織葉は少しだけ首を傾げた。


「差、ですか」


「お前、動きが軽すぎる」


ガイはタオルで乱暴に汗を拭った。


「こっちは一回振るたびに踏ん張ってんのに、

 お前はすっと入って、すっと抜ける。

 しかも、こっちが受けようとした時にはもう次にいる」


「それは、型の違いでしょう」


「型だけで済むか」


紫乃がくすくす笑う。


「織葉ちゃん、今朝は少し張り切っていたものねえ」


「通常通りです」


「クラリスちゃんの番組前だから?」


織葉の動きが、ほんの少しだけ止まった。

それから、何事もなかったようにタオルを肩へかけ直す。


「朝の情報確認は重要です」


「そういうことにしておきましょうね」


紫乃は楽しそうに言った。

訓練室の隣にある休憩スペースでは、すでに映像出力の準備がされていた。


織葉は当然のように一番見やすい席へ移動する。


肩にタオル。

手元には茶。

姿勢は正しい。

完全に陣取っていた。


イルルもその隣へ座る。

紫乃は少し後ろの席に腰を下ろした。


ガイは最後にやってきて、椅子に座るというより、椅子へ沈んだ。


「……見るのか」


「見ます」


織葉は即答した。


「本日の『職場の風通し』は、リヴァイヴ・プラン協力企画と告知されていました」


「朝練の後に見るもんか、それ」


「朝練の後だからこそ、心身を整えるのです」


「俺はもう整う前に崩れてる」


イルルが小さく笑った。


「でも、私も気になります。

 安全領域の調査協力って、どういう形なんでしょう」


「委託の話か」


ガイは天井を見ながら言う。


「そういえば、リヴァルが詳細は後で共有するって言ってたな」


「その詳細が、今日分かるのかもしれません」


イルルが画面を見る。

織葉は茶を手に取り、静かに一口飲んだ。

画面の中で、朝の番組が始まっていた。


いつものスタジオ。

明るい照明。


右上には、職場の風通し・特別編という表示が出ている。

アナウンサーが資料を手に、カメラへ向き直った。


「続いては、職場の風通し、特別編です。

 本日は、リヴァイヴ・プランへの市民協力の現場をご紹介します」


画面が切り替わる。

映ったのは、広い歩道と低い山並みだった。

前線ではない。


建物は整備され、道路には案内表示が出ている。

しかし、遠くの谷沿いには、薄く灰色がかった霧の流れが見えた。

その手前に、多くの人が並んでいる。


全員が腕章をつけ、手には小型のセンサー端末を持っていた。


番組スタッフ。

地域職員。

ボランティア。


そして、その先頭にクラリス・パズリアが立っていた。


「現在、私たちがいるのは、

 M地点周辺の安全領域に指定されている調査コースです」


クラリスの声が休憩スペースに響く。

織葉の背筋が、さらに少し伸びた。

ガイはそれを見る気力もなく、椅子に沈んだままだった。


画面の中のクラリスは、いつものように落ち着いた表情で話している。

華やかさはある。


しかし、今日は現場用の軽装だった。


片手にはセンサー端末。

腰には簡易記録装置。


番組の中継というより、実際の調査に参加している姿だった。


「今回の企画では、専門機関の監修のもと、

 安全領域内での観測情報を集めています。

 参加者は事前講習を受け、指定された範囲から出ないこと、

 異常値を確認した場合は自分で判断せず担当者へ報告することを徹底しています」


カメラが、参加者たちの手元を映す。

センサー端末に表示される数値。


位置情報。

霧濃度。

微弱なマナ反応。


記録ボタンを押すと、情報が自動で送信される仕組みらしい。


「危険な場所へ行くことだけが、協力ではありません」


クラリスはカメラへ向き直る。


「安全な場所から、正確な情報を集めること。

 それも、誰かを助ける力になります」


休憩スペースで、イルルが小さく頷いた。


「いい言葉ですね」


「はい」


織葉は静かに言った。


「良き言葉です」


ガイは目だけを画面へ向ける。


「……お前ら、完全に番組に入り込んでるな」


「当然です」


織葉は即答した。

画面の中では、参加者たちが数人ずつの班に分かれていた。


案内役のスタッフが、調査コースを示す。

足元には、進行方向を示す仮設ラインが引かれている。

その外側には立ち入り禁止の表示。


危険を冒すための企画ではない。

危険な場所へ行く者たちを、少しでも支えるための企画だった。

クラリスは、参加者の一人に話しかける。


「参加しようと思った理由を伺ってもいいですか?」


年配の女性が、少し緊張しながら答えた。


「前線には行けません。

 でも、近くの安全な場所で歩いて記録するくらいなら、

 私にもできると思って」


クラリスは頷く。


「ありがとうございます。その記録が、調査の助けになります」


次に映ったのは、若い男性のグループだった。

一人がセンサーを見ながら言う。


「思ったより簡単です。指定された場所で数値を取って、送るだけなので」


スタッフが補足する。


「もちろん、数値の判断は専門班が行います。

 参加者の皆さんには、無理をせず、

 正確に記録していただくことをお願いしています」


画面の端に、収集されたデータが地図上へ反映される様子が表示された。

点が増えていく。

安全領域の中に、観測点が次々と打たれていく。


それらが線になり、面になり、霧の薄い流れやマナ反応の偏りを示していく。

ガイが、ようやく少し顔を上げた。


「……なるほどな」


イルルが振り向く。


「どうしました?」


「これ、数がいるやつか」


ガイは画面を見る。


「俺らが前線で動いてる間に、安全なとこは人海戦術で埋める。

 無理に戦えるやつを使う必要がねえ」


紫乃が頷く。


「そうね。危なくない場所なら、戦えることより、

 正確に見てくれることの方が大切だもの」


「リヴァルらしいな」


ガイは息を吐いた。


「いや、リヴァルだけじゃねえか。これ番組側が噛んでるのか」


画面では、クラリスが別の地点へ移動していた。

足元の表示線を越えないよう、参加者たちが順番にセンサーを掲げる。


「今回集められた情報は、リヴァイヴ・プランの調査班へ提供されます。

 もちろん、提供前には個人情報を含まない形で整理されます」


クラリスは一度、周囲を見渡した。


「私たち一人一人ができることは、小さいかもしれません。

 でも、小さな記録が重なれば、見えなかった地図が見えるようになります」


風が吹いた。

クラリスの髪が揺れる。


「前線で戦う人たちだけに、すべてを背負わせないために。

 安全な場所にいる私たちにも、できることがあります」


織葉は茶を置いた。


「素晴らしい」


「早いな」


ガイが呟く。


「まだ終わってねえぞ」


「すでに素晴らしいです」


「そうかよ」


イルルも画面を見たまま微笑んでいた。


「私、こういう形の協力が増えるの、いいと思います」


「ええ」


紫乃も頷く。


「怖い場所へ行ける人だけが、役に立つわけではないものね」


画面は、センサーを持ったボランティアたちを映していく。

子どもを連れた家族はいない。

参加年齢も体調条件も制限されているらしい。


事前講習の映像。

安全確認。

スタッフによる誘導。

休憩所。


医療待機。

画面の下に、小さく注意書きが出る。

無許可での現地訪問は禁止。


指定された企画・調査以外で安全領域へ入らないこと。

異常値を確認した場合は、必ず担当者へ報告すること。


番組は、協力の意義だけではなく、

勝手な行動を防ぐための注意も丁寧に伝えていた。

クラリスは最後に、調査コースの出口に立った。


背後には、センサーを返却する参加者たちの姿がある。


「本日集められた情報は、専門班によって確認され、

 リヴァイヴ・プランの調査資料として活用されます。

 参加された皆さん、そしてこれから協力を考えてくださる皆さん、

 本当にありがとうございます」


彼女はカメラへ向けて、静かに頭を下げた。


「安全な場所で、正確に。無理をせず、できることを。

 職場の風通し、特別編でした」


映像がスタジオへ戻る。

アナウンサーが頷いた。


「市民協力による安全領域調査についてお伝えしました。

 参加には事前登録と講習が必要です。

 詳しくは各地域の公式窓口、および番組公式配信をご確認ください」


一拍置いて、アナウンサーは次の資料を手に取る。


「それでは、次のニュースです」


画面の音量が下げられた。

休憩スペースに、静けさが戻る。

織葉は茶を手に取り、深く一口飲んだ。


「……良き企画でした」


隣でイルルも、満足そうに頷く。


「はい。すごく良かったです。

 安全な場所からでも、ちゃんと誰かを助けられるんですね」


「クラリス殿の言葉選びも見事でした」


「分かります」


イルルが少し前のめりになる。


「優しいのに、ちゃんと気をつけなきゃいけないことも伝えてました」


「まさしく」


織葉は重々しく頷いた。


「人を励まし、同時に逸脱を戒める。容易なことではありません」


ガイは、椅子に沈んだまま二人を見た。

突っ込む気力は、もうなかった。


「……お前ら、元気だな」


それだけ言うのが限界だった。

紫乃がくすくす笑う。


「ガイくん、朝練で燃え尽きちゃったわね」


「燃え尽きてねえ」


ガイは反射で答えた。

だが、声に力はない。


「まだ灰になってねえだけだ」


「それを燃え尽きたって言うのよ」


イルルが心配そうに聞く。


「医務室、行きますか?」


「行かねえ。怪我じゃねえ」


「でも、顔色が」


「疲れただけだ」


ガイは顔を片手で覆った。


「分かったことがある」


織葉が振り向く。


「何でしょう」


「俺は、お前が強いことを疑ってたわけじゃない」


「はい」


「だが、実際にマナリンク訓練で合わせると、差が分かる」


「先ほども聞きました」


「二回言うくらい分かったんだよ」


ガイは深く息を吐いた。


「お前、動きながら自分の間合いを変えすぎだ。

 こっちが合わせようとすると、もう次の角度にいる。

 しかも、マナの出し方が細い。

 無駄が少ない。

 こっちは声と剣で押すから、調整しようとすると全部重い」


織葉は少し考えた。


「ガイ殿の力は、正面から場を動かすものです。私の動きとは違います」


「それは分かる」


ガイは呻くように言った。


「分かるが、分かるのと身体がついてくるのは別だ」


紫乃が優しく言う。


「朝から織葉ちゃんと合わせるのは、少し大変だったかもしれないわね」


「少しじゃねえ」


「でも、いい訓練になったでしょう?」


「なった」


ガイはそこだけは否定しなかった。


「なったから腹が立つ」


イルルが思わず笑った。

織葉は真面目に頷く。


「では、また明日も」


「やらねえ」


「継続は力です」


「休息も力だ」


紫乃が拍手するように手を合わせた。


「あら、ガイくんがいいこと言ったわ」


ガイは立ち上がろうとした。

だが、足に力が入らなかった。

もう一度、椅子へ沈む。


「……五分」


「はい?」


「五分だけ、ここで死ぬ」


「死なないでください!」


イルルが慌てる。

ガイは片手を上げた。


「比喩だ」


織葉は湯呑みを手に、画面へ視線を戻した。

番組はすでに次のニュースへ移っている。

けれど、彼女の表情はまだ満足げだった。


「本日も、良き朝でした」


「こっちは朝だけで一日分終わった気分だ……」


ガイは天井を見上げた。

汗だくで、息もまだ完全には整っていない。

番組への突っ込みも、織葉への反論も、もう出てこなかった。


紫乃が立ち上がり、ガイの前に新しい水を置く。


「はい、燃え尽きた人用」


「燃え尽きてねえ」


「はいはい」


ガイは否定しながらも、その水を受け取った。

そして、ボトルを握ったまま、しばらく動かなかった。

織葉とイルルは、まだクラリスの企画について静かに語り合っている。


紫乃はそれを楽しそうに眺めている。

ガイだけが、朝練と番組鑑賞の両方に完全に敗北していた。

朝練の後、織葉は自室に戻っていた。


今日は任務稼働がない。

前線調査も、訓練室でのマナリンク試行も、午後までは予定に入っていない。


汗を拭き、髪を整え、カタナアーツデバイスを専用の台へ置く。

刃の状態を確認してから、織葉はゆっくりと息を吐いた。

身体は疲れている。

けれど、悪い疲れではなかった。


朝からクラリスの番組を見たこともあって、気分は悪くない。

むしろ、かなり良い。

織葉は湯呑みに茶を注ぎ、机の前へ座った。


そこで、端末の通知に気づく。

着信あり。


相手の名を見て、織葉はほんの少しだけ眉を動かした。

クリスティナ・アドレメリア。

織葉は湯呑みを置き、通信を折り返した。


数秒後、相手が出る。


『おりはー!』


いきなり明るい声が響いた。

織葉は片目を細める。


「朝から元気やなあ、クリス」


『いや元気にもなるっしょ! 届いた! 届いたんだけど!』


「何が」


『サイン!クラリスちゃんのサイン!マジで届いた!

 え、これ本物? 本物だよね? え、やば。

 家宝なんだけど』


織葉は茶を一口飲んだ。


「そら本物や。うちが直接もろてきたんやから」


『知ってる! 知ってるけど! 実物見るとテンション違うって! 

 しかも、うちの名前まで入ってるし!』


「頼んどいたさかいな」


『おりはマジ神。ほんと神。』


「適当な神さん増やさんといて」


クリスは通信の向こうで、まだ騒いでいる。

紙を持ち上げているのか、端末越しにかすかな衣擦れと、

何かを大事そうに置く音が聞こえた。


『これ飾る。いや、飾ったら焼ける? ケースいる? 保護ケース買うわ』


「好きにし」


『てかさ』


「ん?」


『うち、クラリスちゃん本人にも会ってきた』


織葉の手が止まった。

湯呑みを口元へ運びかけたまま、しばらく動かない。


「……は?」


『会ってきた』


「どこで」


『安全領域調査ツアー』


織葉は湯呑みを置いた。


「何しとんの」


『いやいやいや、聞いて? 番組で募集出てたじゃん? 

 安全領域でセンサー持って歩いて、

 リヴァイヴ・プランに協力できますよーってやつ』


「見た」


『でしょ? クラリスちゃんも来るって書いてあったわけ』


「それで?」


『行くでしょ』


「行くんや」


『行くっしょ!』


織葉は額に指を当てた。


「お前、ほんまに行ったんか」


『行ったし。

 ちゃんと講習も受けたし。

 センサー持って歩いたし。

 数値も送ったし。

 めっちゃ真面目にやったし』


「真面目にやったならええけど」


『しかもクラリスちゃん、現地でもめちゃくちゃ丁寧だった。

 参加者にちゃんと声かけててさ。

 テレビのまんま。

 いや、テレビより近い。

 顔ちっさ。

 声きれい。

 無理』


「最後の感想だけ急に雑やな」


『だって無理なもんは無理じゃん』


織葉は小さく息を吐いた。

呆れている。


けれど、声には少しだけ笑いが混じっていた。


「安全領域の調査ツアーに、

 アドレメリア家のクリスティナ様が一般参加したわけやな」


『様とかやめて。うち普通に参加者だったし』


「普通の参加者は、前線に出られるマナ適性持っとらんのよ」


『う』


「しかもアドレメリアやろ」


『それ言う?』


「言うやろ」


織葉は椅子にもたれた。


「お前、安全領域でクラリス殿に会うためにセンサー持って歩いとったんか」


『言い方! 協力もしたし!』


「協力したんはええことや」


『でしょ?』


「せやけどな」


織葉は端末を見た。

通信の向こうにいる友人の顔は見えていない。

けれど、だいたいの表情は想像できる。


嬉しそうで。

浮かれていて。


そして、肝心なことには少し目を逸らしている。


「近くにおるんやったら、前線も手伝い」


通信の向こうが、一瞬静かになった。


『……急にガチじゃん』


「半分冗談や」


『半分なんだ』


「半分や」


『残り半分は?』


「本気やな」


『やっぱガチじゃん』


織葉は茶を飲んだ。


「クラリス殿に会いたい言うて安全領域まで来る元気があるんやろ。

 センサー持って歩けるんやろ。

 講習も受けられるんやろ」


『まあ、できるけど』


「ほな、もう一歩くらい前でもええんちゃうか」


『いやいや、前線は話違うって。

 うち、まだそっちの正式な話とか来てないし』


「話が来てへんから動かん、いう家でもないやろ。アドレメリアは」


『うわ、家名で刺してくるじゃん』


「刺してへん。突いとるだけや」


『余計タチ悪いって』


織葉は少しだけ笑った。

クリスも通信の向こうで、軽く息を吐いた。


『でもさ、うちが行ったら、いろいろ面倒じゃない?』


「面倒やろな」


『そこは否定してよ』


「嘘は言わん」


『ひど』


「でも、面倒やから来るな、とは思わへん」


織葉の声が、少しだけ静かになる。


「今、前線側は人手が足りとるようで足りてへん。

 戦える人間も、調査できる人間も、戻せる人間も、まだまだ足りへん」


『戻せる、って』


「マギアス化した人を戻す、いう意味や」


クリスは黙った。

織葉は続ける。


「殺さんための戦いや。うちらは、そういうことをしとる」


『……聞いてる。ニュースでも、ちょっとだけ』


「安全領域でセンサー持って歩くんも、ちゃんと協力や。そこは間違いない」


織葉は端末から視線を外し、台に置いたカタナアーツデバイスを見る。


「けど、お前はそれだけで終わらんでもええ側やろ」


『おりは』


「何や」


『それ、褒めてる?』


「半分」


『また半分』


「残り半分は、はよ働け、やな」


『圧かけんのやめてくんない?』


「お前が一般参加枠でクラリス殿に会いに行くからや」


『それはマジで行ってよかったし』


「感想が戻ったな」


『だってほんとよかったし。

 サインも届いたし。

 本人にも会えたし。

 センサーもちゃんとやったし。

 うち的には完璧な一日だったわけ』


「ほな、次は前線やな」


『流れるように来るじゃん』


織葉は涼しい顔で茶を飲む。


「考えとき」


通信の向こうで、クリスが少し唸った。


『……考えとく』


「ほんまに?」


『考えとくって。うちもさ、何も考えてないわけじゃないし』


「それは知っとる」


『ほんと?』


「ほんま」


少しだけ、通信の空気が落ち着いた。

クリスの声も、先ほどより軽さが減っている。


『クラリスちゃん、すごかったよ』


「知っとる」


『テレビで見るより、近くで見るとさ。

 ちゃんと怖い場所の近くに立ってる人なんだなって思った』


織葉は何も言わなかった。


『安全領域だったけどさ。

 遠くに霧が見えて、スタッフさんもめっちゃ確認してて、

 参加者も勝手なことしないようにずっと言われてて。

 ああ、これ本当に戦いの一部なんだなって』


「せやな」


『だから、まあ』


クリスは少しだけ言葉を探す。


『考えとく。ちゃんと』


織葉は小さく頷いた。


「それでええ」


『でも、うちが行くってなったら、ちゃんと歓迎してよ?』


「歓迎はする」


『ほんと?』


「訓練もつけたる」


『それ歓迎?』


「立派な歓迎や」


『うわー、前線って怖い』


「クラリス殿に会うためなら安全領域まで来るくせに」


『それとこれは別!』


織葉は少し笑った。


「ほな、サインは大事にし」


『する! めっちゃする! ほんとありがとね、おりは』


「どういたしまして」


『あとさ』


「まだあるんか」


『クラリスちゃん、近くで見るとマジで肌きれいだった』


「切るで」


『待って待って! 最後それだけ!』


「最後がそれでええんか」


『大事じゃん!』


織葉は呆れながらも、どこか楽しそうに端末を見た。


「ほな、また連絡し」


『うん。またね。前線の話は、考えとく』


「うん」


『サイン、ほんとありがと!』


「はいはい」


通信が切れた。

部屋に静けさが戻る。


織葉はしばらく端末を見つめていた。

それから、湯呑みを手に取る。


「……半分冗談やったんやけどな」


そう呟いてから、茶を一口飲んだ。

少しだけ、嫌な予感がした。

クリスティナ・アドレメリアは、考えとくと言った。


けれど、あの声は。

考えるだけで終わる声ではなかった。

訓練室では、今日もマナリンクの試行が続いていた。


ガイと織葉の組み合わせは、結局うまくいかなかった。


互いのマナ出力は強い。

だが、噛み合わない。


ガイのブレードアーツは、正面から押し切る力が強すぎる。

織葉のカタナアーツは、細く、速く、瞬間的に通す。

どちらも鋭いが、同じ場所に重ねようとすると、

互いの強みがぶつかって散った。

イルルと紫乃の組み合わせも、結果は出なかった。


水のマナと紫乃のクナイアーツは同時展開できたが、

片方がもう片方を書き換えるような現象は起きない。

記録としては有用。


だが、マナリンクとは呼べない。


「うーん、難しいわねえ」


紫乃が訓練室の壁際で腕を組む。


「相性だけの問題ではないのかもしれませんね」


織葉が静かに答える。


「互いのマナアーツが、どこまで外へ開いているか。

 そこも関わるように思えます」


リヴァルはオペレーション室から訓練室の映像を見ていた。

通信越しに、フィリアの声も入る。


『記録しました。ガイ隊員と織葉隊員、マナ干渉は発生していますが、

 波形変換は確認できません』


『イルルとミス・シノの組み合わせも同様だ』


リヴァルが続ける。


『失敗ではない。再現しない条件を知ることも、研究には必要だ』


「そう言われると助かるわね」


紫乃は笑った。


「何も起きないのを延々と見せられている気分だったもの」


ガイは訓練用の椅子に座り、息を吐いた。


「俺は何も起きなくて助かった」


「ガイ殿は朝から何度も動いておられましたからね」


「お前のせいだろ」


「鍛錬は共に積むものです」


「積まれた側が潰れそうなんだよ」


そんなやり取りの後、訓練室の中央に立ったのはリオンとシェスターだった。

リオンはストライカーアーツデバイスを装着している。

シェスターは、レスキュー用の装備を並べていた。


担架固定用の仮想ダミー。

骨折時の固定具。

簡易止血マナパッド。


そして、マナアーツ「レスキューアイテム」に含まれる固定具、イモビライザー。


「正直、俺たちの組み合わせで戦闘向けの派手なやつが出る気はしねえんだよな」


シェスターはそう言いながら、訓練用ダミーの上半身に手をかざした。

土色のマナが走る。

ダミーの肩、首、腰、脚部へ、柔らかい帯のような固定具が展開された。


硬すぎず、だが動かない。

負傷者を動かさずに搬送するための救助用マナアーツ。

イモビライザーだった。


「シェスター隊員のアンカーは、救助用の支点形成や固定に向いています」


リオンは低出力のアイス・バレットを構えながら言う。


「ブリザードの性質を重ねるなら、固定具の硬化、あるいは接地面の凍結が起きる可能性があります」


「凍りついたら困るんだよな。怪我人に使うもんだし」


「その通りです。出力は下げます」


「頼むぜ。救助道具が凶器になったら笑えねえ」


リオンは頷いた。


「低温干渉、最小出力で開始します」


アイス・バレットが撃たれた。

弾ではない。


細い氷のマナが、イモビライザーの固定具へ触れる。

最初は、何も起きなかったように見えた。


固定具はそのまま。

凍りつくこともない。


ダミーの表面に霜が降りることもない。

シェスターが眉を寄せる。


「外れたか?」


「いえ」


リオンはすぐに端末を見る。


「固定具側のマナ温度が下がっています。対象本体ではありません」


「固定具が?」


シェスターはダミーの横へ膝をついた。


「ダミーの仮想体温表示を見せろ」


訓練室の表示板に、ダミーの状態が出る。


体温変化。

外傷なし。

固定状態、安定。


そして、仮想体温がゆっくり下がっていた。


急激な低下ではない。

危険な凍結でもない。

管理された速度で、少しずつ。

シェスターの顔つきが変わる。


「……待て」


彼はダミーの肩を確認し、腰の固定具を見る。


「固定は維持されてる。圧迫も増えてねえ。凍傷判定も出てねえ」


リオンも端末を操作する。


「固定用マナアーツが、ブリザードの低温性質を保持しています。

 ただし、冷却対象は固定具とその周辺に限定。

 対象本体への直接凍結は発生していません」


「体温を落とせるのか」


シェスターが呟いた。


「固定しながら」


その声は、いつもの大きな調子ではなかった。


小さい。

けれど、はっきり震えていた。


「救急救命の記録にあった。

 重傷者の搬送で、脳へのダメージを抑えるために、

 体温を意図的に下げる処置があるって」


リオンが目を上げる。


「低体温管理ですか」


「そう、それだ」


シェスターは立ち上がりかけて、またダミーを見た。


「俺のイモビライザーは、動かさないための道具だ。

 首や背骨や骨折部位を守る。

 けど、これは……」


「固定しながら、温度管理ができます」


リオンが言葉を継いだ。


「搬送中の負傷者に対し、一時的な体温低下を付与する。

 出力と温度低下速度が制御できれば、

 救助用として成立する可能性があります」


シェスターの口元が、ゆっくり上がった。


「戦闘じゃ使えねえな」


「はい。少なくとも、直接的な戦闘効果は低いです」


「でも」


シェスターは笑った。


「救助なら、めちゃくちゃ使える」


訓練室の空気が変わった。

ガイが椅子から少し身を起こす。


紫乃が目を細める。

織葉も、静かに表示板を見た。

フィリアの声が通信に入る。


『波形変換を確認しました。

 イモビライザーのマナ構造は維持されたまま、

 低温性質が追加されています』


リヴァルは数秒、何も言わなかった。

ただ、訓練室のデータを見ている気配だけがある。

シェスターが通信へ顔を向けた。


「リヴァル、聞いてるか」


『聞いている』


「これ、いけるよな」


『断言はまだできない。

 実用には温度低下速度、継続時間、対象への負荷、搬送時の安定性、

 複数症例を想定した安全基準が必要だ』


「分かってる」


『だが』


リヴァルの声が、少しだけ柔らかくなった。


『立派な技だ』


シェスターは黙った。

リヴァルは続ける。


『戦闘能力の向上ではない。

 だが、救える命が増える可能性がある。

 マナリンク研究としても、救助技術としても価値がある』


リオンは無言で通信を聞いていた。

その横顔は、いつも通り冷静に見える。


だが、目だけが少しだけ違っていた。

自分のブリザードが、誰かを止めるためではなく、

誰かを運ぶために使える。

それを確かめるような目だった。


『シェスター、リオン』


リヴァルが二人を呼ぶ。


『再現性を確認して、また報告してほしい。

 温度管理の範囲と、固定強度の変化も記録するように』


「了解!」


シェスターは即答した。


「いや、すぐやる。今やる。リオン、もう一回だ」


「了解しました。ただし、出力条件を記録してからです」


「分かってる。記録する。全部する」


シェスターは端末を乱暴に取りかけて、フィリアに注意された。


『シェスター隊員、記録項目はこちらで作成します。今送ります』


「助かる!」


『温度低下速度、固定範囲、対象部位、継続時間、

 解除後の復温速度を入れます』


「完璧だ!」


フィリアは少しだけ困ったように笑った声で答えた。


『ありがとうございます』


リオンはストライカーアーツデバイスの出力を再調整する。


「次は低温干渉をさらに二段階落とします」


「おう」


「その後、逆に一段階上げます。安全域の上下限を確認します」


「おう!」


「シェスター隊員」


「何だ?」


「喜ぶのは構いませんが、手順は守ってください」


シェスターは一瞬止まり、それから笑った。


「分かってる。救助で手順を飛ばすやつは、助ける側に向いてねえ」


リオンは小さく頷いた。


「では、続行します」


二度目の試行が始まった。

シェスターがイモビライザーを展開する。

リオンがブリザードの低温性質を重ねる。


訓練用ダミーの仮想体温が、またゆっくりと下がっていく。


固定は安定。

凍結なし。

圧迫異常なし。


フィリアの端末に、記録が積み上がっていく。

リヴァルは通信の向こうで、その数値を静かに見ていた。


人を殺すためではない。

敵を倒すためでもない。


動かしてはいけない人を動かさず、冷やすべき人を冷やし、

間に合う場所まで運ぶための技術。

マナリンク。

二つのマナアーツが重なって、生まれたもの。


それは派手な光でも、巨大な爆発でもなかった。

けれど、シェスターは今日一番の顔で笑っていた。


「これで、運べる命が増える」


その言葉に、リオンは静かに答える。


「はい」


少しだけ間を置いてから、彼は続けた。


「役に立てたなら、よかったです」


シェスターはリオンの肩を勢いよく叩こうとして、途中で止めた。


「悪い。肩、叩いていいか?」


「軽くなら」


「よし」


ぽん、と一度だけ叩く。


「助かった。リオン」


「任務です」


「任務でも、助かった」


リオンは少しだけ視線を逸らした。

訓練室の壁際で、紫乃が楽しそうに笑う。


「いい発見ねえ」


織葉も頷く。


「戦場を広げる技ではなく、救える範囲を広げる技。良きものです」


ガイは椅子にもたれ、腕を組んだ。


「派手じゃねえのに、すげえな」


『同感だ』


リヴァルの声が通信から落ちる。


『これは、リヴァイヴ・プランに必要な技術だ』


訓練室の中央で、シェスターはもう次の試行準備を始めていた。

リオンはその横で、淡々と出力設定を確認している。

フィリアは記録項目を増やし、リヴァルはそのデータを受け取る。


マナリンク研究の二例目。

名はまだ仮。

低温化イモビライザー。


あるいは、クール・イモビライザー。

どちらにせよ、その技は誰かを倒すためではない。

誰かを、連れて帰るために生まれた。


クール・イモビライザーの記録は、すぐにオペレーション室へ送られた。

マナリンク二例目。

フィリアとイルルの時のような戦闘中の偶発ではない。


訓練室で、条件を変えながら確認した再現性のある現象だった。

リヴァルは送られてきた記録を確認し、端末上に項目を追加する。


低温化イモビライザー。

対象、救助搬送。


用途、負傷者固定および一時的な体温低下。

実用化には医療班との共同検証が必要。


戦闘効果は低い。

救助技術としては、価値が高い。


「……良い発見だ」


リヴァルは小さく呟いた。

その声に、隣の席で作業していたフィリアが顔を上げる。


「シェスター隊員、すごく嬉しそうでした」


「彼らしいね」


「リオン隊員も、少し嬉しそうでした」


「彼も、自分の力が救助に使えると確認できた。意味のあることだ」


リヴァルは資料を保存し、医療班への共有設定を入れる。

その時、端末に別の通知が入った。

外部通信。


発信元を見て、リヴァルの指が止まる。


アドレメリア家。

当主、レオ・アドレメリア。


リヴァルは数秒、その表示を見つめた。

そして、フィリアへ短く言う。


「フィリア。少し外してくれるかい」


「はい」


フィリアはすぐに立ち上がった。


「会議ですか?」


「確認だ」


その返答だけで、フィリアは深く聞かなかった。

彼女が席を離れると、リヴァルは通信を開いた。


通信時間は長くなかった。

内容も、複雑ではない。


ただし、リヴァルにとっては十分に頭が痛くなるものだった。

通信を終えた後、彼はしばらく端末の前で動かなかった。


それから、呼び出しを送る。

相手は二人。

ミス・シノ。

そして、翠川織葉。


数分後、オペレーション室の扉が開いた。

紫乃が先に入り、その後ろから織葉が続く。


織葉はいつものように姿勢を正していたが、

リヴァルの顔を見るなり、少しだけ眉を動かした。


「リヴァル殿。お呼びと伺いました」


紫乃は柔らかく微笑む。


「どうしたの、リヴァルくん。そんなに難しい顔をして」


「ミス・シノ。織葉」


リヴァルは二人を見る。

怒っている声ではなかった。

だが、完全に仕事の声だった。


「確認したいことがある」


織葉の背筋が、わずかに伸びた。


「はい」


「先ほど、アドレメリア家当主、レオ・アドレメリア氏から連絡があった」


その名が出た瞬間、織葉の表情が固まった。

紫乃は一度、織葉を見る。


「アドレメリア家のクリスティナが、こちらに向かっているそうだ」


オペレーション室が静かになる。

リヴァルは端末を操作し、通信記録の一部を表示する。


正式な訪問連絡。

移動経路。

同行者。


アドレメリア家としての一時協力申請。


そして、本人の意向。

前線協力を希望。


「僕は聞いていない」


リヴァルは静かに言った。


「この件に関係がある人物は、君たちしか思い当たらない。何があった」


織葉は少しだけ視線を横へ逸らした。

紫乃がその顔を見て、すぐに察したように目を細める。


「織葉ちゃん?」


「……その」


織葉は珍しく、言葉を探した。

普段の会議や任務で見せる迷いのなさが、少しだけ崩れている。


「今朝、クリスティナと通信をいたしました」


「内容は」


リヴァルが問う。


「クラリス殿のサインが届いた件と、安全領域調査ツアーに参加した件です」


「その後は」


「……近くにいるなら、前線も手伝えばよい、と」


紫乃が目を閉じた。


「あらまあ」


織葉は小さく息を吸う。


「冗談のつもりでした」


リヴァルは織葉を見たまま、数秒黙った。


怒鳴らない。

責め立てもしない。


だからこそ、妙に重い沈黙だった。


「織葉」


「はい」


「君の友人関係に口を出すつもりはない」


「はい」


「アドレメリア家のクリスティナが協力を申し出ること自体も、

 悪いことではない。

 むしろ、戦力としても調査協力者としても、検討する価値はある」


織葉は少しだけ顔を上げた。

だが、リヴァルの声はそこで柔らかくならなかった。


「ただし、前線参加に関わる話は、冗談でも報告してほしい」


「……はい」


「冗談が冗談として終わる人物と、そうではない人物がいる。

 特に、家の権限を持つ者、戦力として動ける者、

 そして本人に行動力がある者は、言葉ひとつで正式案件になる」


紫乃が小さく頷いた。


「そうねえ。クリスティナちゃんは、動く子なのね」


「はい」


織葉は素直に認めた。


「動きます」


「なら、なおさらだ」


リヴァルは端末を閉じる。


「僕は怒っているわけではない。

 だが、知らない前線参加者が増えるのは困る。

 相手がアドレメリア家なら、なおさら手続きが必要だ」


「申し訳ありません」


織葉は頭を下げた。

古風な口調も、いつもの硬さもない。

ただ、自分の言葉が予想以上に大きく動いたことを理解した顔だった。


紫乃がその隣で、軽く頭を下げる。


「ごめんなさいね、リヴァルくん。

 織葉ちゃんには、私からもちゃんと言い聞かせておくわ」


「お願いします、ミス・シノ」


「ええ」


紫乃は織葉を見る。


「織葉ちゃん」


「……はい」


織葉は小さく返事をした。

その呼び方に、リヴァルはほんの少しだけ目を動かしたが、

何も言わなかった。


紫乃は優しい声のまま、しかし逃げ場のない調子で言う。


「お友達に前線の話をする時は、ちゃんと主任に相談してからね」


「はい」


「半分冗談でも?」


「……相談します」


「全部冗談でも?」


「相談します」


「よろしい」


紫乃はにっこり笑った。

織葉は完全に叱られた子の顔をしていた。


リヴァルは小さく息を吐く。


「今回の件はこちらで受ける。

 レオ・アドレメリア氏には、

 到着後に正式な面談と適性確認を行うと返答した」


「クリスティナは、このまま来るのですか」


織葉が尋ねる。


「向かっている以上、追い返すより先に状況確認だ。

 本人の意思、装備、マナセット、現在の任務可否、

 アドレメリア家としての立場。その全てを確認する」


「承知しました」


「織葉」


「はい」


「君は彼女と親しい。だから、到着後の最初の説明には同席してもらう」


「私が、ですか」


「そうだ。君の言葉がきっかけなら、君も説明の場にいてほしい」


織葉は一瞬だけ目を伏せ、それから頷いた。


「承知しました」


紫乃が横から穏やかに言う。


「私も同席しましょうか」


「お願いします。ミス・シノがいてくれると助かる」


「あら、頼られちゃった」


「これは冗談ではありません」


「分かっているわ」


リヴァルは改めて端末を見た。

到着予定時刻。

移動経路。

同行者の人数。


護衛の有無。

すでに処理すべき項目が増えている。


リヴァルは額に手を当てかけて、やめた。


「全く」


小さく呟く。


「マナリンクの研究だけでも情報が増えているのに、

 今度はアドレメリア家か」


紫乃が微笑む。


「賑やかになるわね」


「賑やかで済めばいいけれどね」


織葉が気まずそうに言う。


「……申し訳ありません」


「繰り返すが、怒ってはいない」


リヴァルは織葉を見る。


「ただ、次からは報告してくれ」


「はい」


「冗談も?」


織葉は一拍置いて、きちんと答えた。


「報告します」


「よろしい」


紫乃が口元に手を当てて笑う。


「リヴァルくん、主任らしくなってきたわねえ」


「元から主任です」


「そうだったわね」


リヴァルは反論する気力を少し失い、端末へ視線を戻した。

その画面には、アドレメリア家の紋章と、到着予定を示す時刻が表示されている。


クリスティナ・アドレメリア。

火のマナセットを持つ少女。

きっかけは、友人同士の通信。

半分冗談。


半分本気。

そして、行動力のある相手には、それで十分だった。

リヴァルは椅子に座り直し、次の処理項目を開く。


「では、到着までに受け入れ準備をする」


「はい」


織葉はもう一度、静かに頭を下げた。

紫乃はその肩に軽く手を置く。


「行きましょうか、織葉ちゃん。

 まずは、お友達が来た時に何を言うか考えないと」


「……はい」


二人がオペレーション室を出ていく。


扉が閉まる。

リヴァルは一人、画面を見た。

マナリンク二例目。

安全領域からの調査データ。


M地点前線調査。

そして、アドレメリア家のクリスティナ。


情報は増える。

関係者も増える。


予定は、また少し前倒しになった。

リヴァルは深く息を吐く。


「……報告は、大事だ」


その声は、誰に向けたものでもなかった。

けれど、オペレーション室の記録には、しっかり残った。

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