三章 二話
M地点周辺の前線調査は、予定より静かに進んでいた。
静かすぎる、と言った方が正しいかもしれない。
崩れた舗装路。
半分だけ残った建物。
窓枠だけになった集合住宅の跡。
その隙間を、薄い闇の霧が流れている。
高濃度ではない。
ただ、完全に安全とも言えない。
フィリアはレイアーツデバイスを肩掛けにしたまま、
片手に持ったセンサー端末を確認していた。
もう片方の手は、いつでも装備へ添えられる位置にある。
隣にはイルルがいる。
ハンマーアーツデバイスを背負い、周囲を見ながらも、
歩調はフィリアに合わせていた。
『中央後方、状況を報告してください』
リオンの声が通信に入る。
彼は右側の警戒線を担当している。
反対側には紫乃が展開していた。
広域調査のため、四人は完全に固まってはいない。
フィリアとイルルが中央後方でセンサー確認。
リオンと紫乃が両翼で機動警戒。
前線寄りの調査では、効率と安全を両立するための配置だった。
「こちらフィリアです。地表マナ反応は薄く散っています。
封印候補地点の直接反応というより、
周辺に残った揺らぎのように見えます」
フィリアは端末の表示を拡大する。
「闇の霧の流れも、記録より少し南寄りです。以前の予測線とずれています」
『確認しました』
リオンの声はいつも通り冷静だった。
『中央後方の二名は、現在の位置を維持してください』
「了解しました」
イルルが隣で小さく息を吐いた。
「フィリアさん、もう現場での報告に慣れてきましたね」
「慣れた、というより……慣れないと、足を引っ張ってしまうので」
フィリアは少し困ったように笑った。
「それに、リオンさんの報告は短くて正確なので、聞いていると真似しやすいです」
『通信は開いています』
リオンの声が返ってきた。
フィリアの肩が跳ねる。
「す、すみません」
『謝罪の必要はありません。報告精度が上がっているのは事実です』
イルルが小さく笑った。
「褒めてますよ、たぶん」
『褒めています』
リオンは即答した。
『ただし、中央後方の二名には一点不安があります』
「不安、ですか?」
フィリアが聞き返す。
『はい。フィリア隊員とイルル隊員は、
どちらもあまり慎重派とは言えません』
イルルが目を瞬かせた。
「私は……たぶん、そうですね」
フィリアは一瞬考えた。
「私も、最近は少しだけ自覚があります」
『自覚があるのは良いことです』
紫乃の声が、左翼側からふわりと入ってきた。
『あら。若い子は少し前のめりなくらいが可愛いわよ』
『可愛さは安全基準に含まれません』
リオンが即座に返す。
『前進する判断と、踏みとどまる判断は別です』
「分かっています」
イルルはそう言って、ハンマーの柄を軽く握った。
「今日は、フィリアさんを守るのが私の役目です」
フィリアはイルルを見た。
「私も、イルルさんの足を引っ張らないようにします」
「足を引っ張るなんて思ってません」
イルルは前を見たまま、少しだけ柔らかく言う。
「でも、危ない時は私が前に出ます。
フィリアさんは、撃てる時だけ撃ってください」
フィリアは頷いた。
その言葉は、以前なら苦しかったかもしれない。
守られる。
後ろに下がる。
何もできないまま。
けれど今は、少し違う。
撃てる時だけ撃つ。
それは、何もできないという意味ではない。
リオンに教わった安全管理。
レイアーツデバイスの仕様。
自分のライトが届く相手と、届かない相手。
それらを理解した上で、撃たない判断をすることも任務だった。
『全員、警戒』
リヴァルの声が通信に入った。
それまでの軽さが、一瞬で消える。
『闇の霧のダウンフォールだ。近い』
フィリアは即座に端末を確認した。
警告表示が赤へ変わる。
上空マナ濃度急上昇。
局所降下予測。
フィリアの端末に、リヴァルから送られた座標が入る。
「ポイント受け取りました。場所は……」
表示された位置を見て、フィリアの声が止まった。
「ここ!?」
イルルが空を見上げる。
空、と呼べるものは、壊れた建物の隙間にしか見えない。
その隙間が、黒く染まっていた。
霧は、普通なら流れる。
地面を這い、谷へ溜まり、風に押されて動く。
だが、それは違った。
上から落ちてきた。
雨のように。
煙のように。
けれど、水滴でも灰でもない。
黒い霧が、重さを持って落下してくる。
『中央後方、離脱を』
リオンの声。
『合流まで二十秒』
『こちらも向かうわ』
紫乃の声。
『でも、少しだけ距離があるわね』
黒が降る。
舗装路のひびに染み込み、建物の壁を撫で、瓦礫の影を塗りつぶす。
フィリアのセンサーが鳴った。
一つではない。
複数。
「反応、増えています……!」
崩れた建物の奥から、何かが立ち上がった。
人の形をしている。
けれど、頭部が歪んでいる。
腕が長い。
背中から黒い突起が出ている。
別の影も動いた。
さらに二つ。
三つ。
黒い霧を浴びた暴走個体。
いや、ただの暴走個体より反応が強い。
『マギアス反応、複数』
リヴァルが言う。
『ダウンフォールに巻き込まれて強化されている可能性がある』
イルルは一歩前へ出た。
「フィリアさん」
「はい」
「下がってください。まっすぐ」
フィリアは背後を見た。
ダウンフォールが落ちる直前に確認した退避方向。
右後方には瓦礫。
左は崩れた壁。
まっすぐ後ろなら、まだ空いている。
「でも、イルルさんは」
「私は下がりながら守ります」
イルルはハンマーを手に取った。
「大丈夫。前には出ません」
その言葉に、フィリアは息を呑んだ。
イルルは、自分に言い聞かせるようにもう一度言った。
「前には、出ません」
ハンマーの柄に、水のマナが走る。
足元に、小さな雨音が生まれた。
濡れていないはずの地面に、水気が広がる。
霧が立つ。
白く、細かい水の霧。
イルルを中心に、狭い範囲へ広がっていく。
「マナアーツ」
イルルが低く告げる。
「ミストレイン」
水の霧が、二人を包んだ。
視界が白く濁る。
敵の姿が消える。
フィリアは一瞬、息が詰まりそうになった。
だが、霧が広がりきる前に見た退路を思い出す。
まっすぐ。
イルルに言われた通り、まっすぐ下がる。
「走ります」
「はい!」
フィリアはレイアーツデバイスを胸元に固定し、後ろへ走った。
霧の中から、イルルの足音が聞こえる。
自分と同じ方向へ、少しずつ下がっている。
ただ逃げているのではない。
敵とフィリアの間に立つ位置を保ったまま、後退している。
フィリアには敵が見えない。
けれど、イルルには分かっていた。
霧の中を動くもの。
水滴を押しのける輪郭。
濡れた地面を踏む足。
呼吸のように揺れる黒い霧。
それらが、ぼんやりとした位置情報としてイルルの中に入ってくる。
一体が左から来る。
イルルは身体を半歩ずらし、ハンマーを横に振った。
重い手応え。
何かが吹き飛び、瓦礫にぶつかる音がした。
「一体、止めました!」
『確認できません。視界不良』
リオンの声が少し遠い。
『中央後方、持ちこたえてください』
「はい!」
イルルは返事をした直後、右足に衝撃を受けた。
低い姿勢で飛び込んできた別の個体が、
爪のように変形した手で足を払ったのだ。
「っ」
膝が落ちる。
だが、イルルは倒れなかった。
ハンマーを杖のように床へ突き立て、体勢を支える。
足首に痛み。
すぐに水のマナが流れる。
レイン。
治療の雨が、足首の内側で小さく弾ける。
痛みは消えない。
でも、動ける程度には戻す。
イルルはそのままハンマーを短く振った。
足元にいた個体の肩へ打ち込む。
鈍い音。
相手が横へ転がる。
「まだ……!」
霧の中で、別の影が向きを変えた。
イルルが最初の一体を叩いた音に反応したように、
複数の個体が一斉にこちらへ向く。
音に敏感なのか。
あるいは、衝撃に反応したのか。
イルルは息を吸う。
前には出ない。
フィリアの方へ下がる。
でも、背中は見せない。
「フィリアさん、そのまま下がって!」
「イルルさん!」
「下がってください!」
強めの声で言った。
フィリアの足音が、少し遠ざかる。
よかった。
そう思った瞬間、腹部に衝撃が入った。
霧の中から突き出された長い腕。
避けきれなかった。
「ぐっ……!」
息が詰まる。
身体が後ろへ飛ぶ。
イルルは転がりながらも、ハンマーを離さなかった。
瓦礫に背中を打ちつける。
肺の空気が抜けた。
視界が揺れる。
すぐに、自分の腹へ水のマナを流す。
痛みを消すのではない。
動けるようにする。
内側から、雨が染み込むように呼吸を戻す。
「大丈夫」
イルルは自分に言った。
「まだ、治せる」
霧の向こうで、足音が近づく。
一体。
二体。
三体。
イルルは立ち上がりきる前に、ハンマーを振った。
一体の膝を砕く。
相手が崩れる。
その頭部へ、返す手で柄を叩き込む。
動きが止まる。
しかし、横から来た別の個体の腕が、イルルのこめかみをかすめた。
視界が白く弾ける。
一瞬、霧の白と頭の中の白が混ざった。
「っ、あ……!」
膝が沈む。
頭が揺れる。
それでも、イルルはハンマーを床に突き立てた。
倒れない。
倒れたら、霧が崩れる。
倒れたら、フィリアへの道が開く。
「まだ……!」
水のマナが頭部へ回る。
完全には戻らない。
でも、意識を繋ぐ。
イルルは肩で息をしながら、敵の位置を探った。
ミストレインの中で、水滴が揺れる。
敵はまだいる。
しかも、こちらを見ている。
フィリアは、もう少し下がったはず。
リオンと紫乃も、そろそろ戻る。
それまで。
それまででいい。
守ればいい。
フィリアは霧の外へ出かけていた。
背後の建物の影まで、あと少し。
だが、戦闘音が聞こえた。
イルルの声も。
低く漏れた痛みの声。
フィリアは振り返る。
何も見えない。
白い霧があるだけだ。
イルルのミストレイン。
その中で、何かがぶつかる音が続いている。
「イルルさん!」
「下がってください!」
霧の中から、イルルの声が返る。
少し荒い。
けれど、強い声だった。
「フィリアさんは、そのまま下がって!」
フィリアの手が、レイアーツデバイスに触れる。
撃てない。
見えない。
敵の位置も、イルルの位置も分からない。
むやみに撃ってはいけない。
それは何度も教わった。
リオンに。
リヴァルに。
仕様書にも。
見えていない相手へ撃たない。
仲間の位置が不明な時に撃たない。
それは正しい。
分かっている。
でも、霧の中でイルルが戦っている。
息を詰まらせる声が聞こえた。
何かが叩きつけられる音がした。
「どうにか……」
フィリアはレイアーツデバイスを握った。
「どうにか、見えれば……」
胸の奥で、ライトが揺れた。
撃つためではない。
照らすため。
探すため。
助けるため。
霧の中の水滴が、わずかに光った。
最初は、ほんの一点だった。
それが、次の水滴へ移る。
また次へ。
イルルのミストレインを構成する水の粒が、内側から淡く光り始めた。
白い霧が、金色に近い光を帯びる。
フィリアは息を止めた。
霧の向こうが、見えた。
輪郭ではない。
影でもない。
マギアス化した部分だけが、濁った黒として浮かび上がっている。
長く伸びた腕。
歪んだ足。
背中の突起。
頭部の異形化。
そして、その間にいるイルル。
イルルの身体も見える。
水のマナに包まれ、傷を抱えながら立っている。
敵ではない。
撃ってはいけないものではない。
守るべき人として、はっきり見える。
フィリアの喉が震えた。
「見える……」
水の霧が、光の霧に変わっていた。
通信に、リヴァルの声が入る。
『何だ、この反応は』
リオンも近づきながら言う。
『中央後方に発光現象。ミストレインの範囲内です』
紫乃の声も続く。
『あら、綺麗ね。でも、ただの光じゃなさそう』
オペレーション室で、リヴァルがデータを睨んでいる気配がした。
『イルルのミストレインの性質が……変わった?』
フィリアは、光る霧の中でレイアーツデバイスを構えた。
まだ撃っていない。
けれど、もう見えている。
敵の位置も。
イルルの位置も。
狙っていい場所も。
胸の奥のライトが、霧の中で静かに揺れていた。
フィリアは、光る霧の中で膝を落とした。
左膝を立てる。
右膝を地面につける。
左肩を前へ。
レイアーツデバイスを構え、視線を照準へ通す。
リオンに教わった姿勢。
何度も訓練室で確認した形。
霧の中で、イルルがハンマーを構えている。
その向こうに、マギアス化した個体の黒い変質部分が浮かび上がっていた。
「見える」
フィリアは小さく言った。
「大丈夫。狙える」
イルルが一体を受け止めた。
長く伸びた腕が、イルルの肩口へ打ち込まれる。
イルルは身体を斜めにずらして直撃を避けたが、完全には逃げきれなかった。服が裂け、血がにじむ。
それでも、彼女は下がらない。
「っ……!」
息を詰まらせながら、ハンマーを短く握り直す。
足元の霧が揺れる。
レインのマナが傷へ流れ、痛みを押し戻す。
治ったわけではない。
ただ、動けるようにした。
イルルは歯を食いしばり、相手の膝へハンマーを叩き込んだ。
鈍い音。
変形した脚が折れ、マギアス化個体が崩れる。
「フィリアさん!」
イルルは振り向かずに叫んだ。
「今です!」
フィリアは息を止めない。
目を閉じない。
照準を合わせる。
レイアーツデバイスの中で、ライトが細く整えられた。
「撃ちます」
引き金を引く。
光が走った。
弾丸ではない。
熱でもない。
白く澄んだマナが、霧の中に浮かぶ黒い変質部へ真っ直ぐ届く。
命中。
マギアス化した脚の黒が、ほどけるように揺れた。
崩れた個体が、床へ倒れる。
「一体、停止!」
フィリアはすぐに次へ照準を移した。
霧の中で、敵の位置が見える。
イルルの位置も見える。
撃ってはいけない場所が分かる。
撃つべき場所が分かる。
怖い。
それでも、手は震えなかった。
二射目。
長く伸びた腕の根元を撃つ。
三射目。
背中の突起へ。
四射目。
頭部の歪んだ黒い輪郭へ。
レイアーツデバイスは、フィリアのマナを細く、速く、
連続して撃ち出していく。
速射。
けれど、乱射ではない。
ひとつずつ見て、ひとつずつ狙う。
イルルのハンマーが、別の個体を横から叩いた。
「はあっ!」
足を砕く。
相手が崩れる。
だが、倒れ込む直前に、変形した腕がイルルの腹を打った。
「ぐっ……!」
イルルの身体がくの字に折れる。
フィリアの喉が鳴った。
「イルルさん!」
「大丈夫!」
イルルは息を詰まらせながらも、即座に返した。
「大丈夫です!」
大丈夫ではない声だった。
それでも、イルルはハンマーを離していない。
彼女は膝をつきかけた身体を、無理やり立て直す。
足元の光る霧に水のマナが混じり、腹部へ小さく雨が落ちるように流れた。
一瞬だけ呼吸が戻る。
その一瞬で、イルルは相手の頭部へハンマーを叩き込んだ。
変質した頭が揺れる。
そこへフィリアの光が入る。
射撃。
黒がほどける。
個体が倒れる。
霧の外側から、ワイヤーの音が聞こえた。
リオンだ。
『中央後方、視界を確認しました』
リオンの声が入る。
『フィリア隊員、射線良好。継続してください』
「はい!」
その言葉だけで、フィリアの背中が少し軽くなる。
リオンに見られている。
射線が危険ではないと認められた。
それなら、続けられる。
紫乃の声も近づいてきた。
『イルルちゃん、よく持たせたわね』
「まだ、持ちます!」
『ええ。でも、そろそろおばさんたちにも分けてちょうだい』
光る霧の端で、影が動いた。
紫乃が入ってくる。
クナイが閃き、マギアス化個体の足元へ刺さる。
直接倒すためではない。
踏み込みを乱すため。
次の瞬間、リオンのアイス・バレットが、その個体の片足を凍らせた。
動きが止まる。
フィリアが撃つ。
光が、変質部を正確に射抜いた。
個体が崩れる。
「ライトによる変質干渉、有効」
リオンが報告する。
「複数個体、行動停止を確認」
「フィリアさん!」
イルルが叫ぶ。
最後の一体が、霧を抜けてフィリアの方向へ走っていた。
イルルが追おうとする。
だが、足がもつれた。
先に受けた傷が、そこで重く出た。
「っ!」
イルルが膝をつく。
フィリアは、その個体を見た。
見えている。
相手の変質した右腕。
歪んだ肩。
黒い霧をまとった頭部。
そして、自分との間には誰もいない。
撃てる。
フィリアは膝射の姿勢を崩さない。
息を吐く。
照準を合わせる。
一射。
腕の変質部。
二射。
肩。
三射。
頭部。
突進してきた個体の身体が、フィリアの数歩前で崩れた。
地面に倒れ、動かなくなる。
フィリアは引き金から指を離した。
霧の中に、静寂が戻る。
「……停止、しました」
自分の声が、少し遅れて聞こえた。
水の霧に宿っていた光が、ゆっくりと弱まっていく。
イルルが荒い息を吐く。
ハンマーを支えにして、なんとか立っていた。
紫乃がすぐに近づき、イルルの身体を支える。
「はい、ここまで」
「まだ、確認が」
「確認はおばさんたちがするわ。イルルちゃんは座る」
「でも」
「座る」
紫乃の声は優しい。
けれど、逆らえる余地はなかった。
イルルは素直に膝をついた。
同時に、リオンのワイヤーがフィリアの近くへ刺さる。
「フィリア隊員、こちらへ」
「はい」
フィリアはレイアーツデバイスを保持したまま、
リオンの誘導で崩れた建物の上へ引き上げられた。
高い位置から見ると、霧の範囲が小さかったことが分かる。
イルルを中心とした、限られた霧場。
その中に、マギアス化個体が倒れている。
光が消え、霧が晴れていく。
地面に横たわっていた個体の一つが、小さく震えた。
黒い変質部が溶けるように薄くなる。
長く伸びていた腕が、人の形へ戻る。
背中の突起が消える。
倒れていたのは、痩せた男性だった。
別の個体も、少し遅れて人の姿へ戻っていく。
全員ではない。
まだ黒い変質が残っている者もいる。
だが、少なくとも数体は、マギアス化が解けていた。
リオンは建物上から状況を確認する。
「ライトによるマギアス化解除を確認。複数名、人体へ復帰」
リヴァルの声が入る。
『生命反応は?』
「微弱ですが、あります。遭難者として回収します」
フィリアは息を呑んだ。
「遭難者……」
「はい」
リオンは短く答える。
「敵性反応が消失した時点で、扱いは保護対象です」
その言葉に、フィリアはレイアーツデバイスを少し強く握った。
倒したのではない。
戻した。
少なくとも、何人かは。
紫乃はイルルを支えながら、倒れた個体たちを見た。
「残っている子たちも、動けないうちに戻してあげましょうか」
『フィリア、可能かい』
リヴァルの声が問う。
フィリアは一度、自分の呼吸を整えた。
身体は震えている。
だが、マナはまだ残っている。
「できます」
『無理はしないで。リオン、射線管理を』
「了解」
リオンが建物上でフィリアの隣に立つ。
「一体ずつ行います。焦らずに」
「はい」
フィリアはもう一度、レイアーツデバイスを構えた。
今度は戦闘ではない。
倒れて動けないマギアス化個体へ、慎重にライトを向ける。
変質部を照らす。
撃つというより、ほどく。
一体。
また一体。
黒い変質が薄れ、人の形が戻っていく。
イルルは地上でその様子を見ていた。
腹に手を当て、肩で息をしながらも、目だけは離さない。
「よかった……」
小さく呟く。
紫乃がその隣で、イルルの服ににじんだ血を見た。
「よかった、は後で言いましょうね」
「はい」
「その前に、あなたは医務室」
「はい……」
イルルは素直に頷いた。
少し時間が経つと、周辺の回収班が到着した。
自走担架が運び込まれ、マギアス化から戻った人々が一人ずつ乗せられていく。
まだ意識は戻っていない。
だが、呼吸はある。
リオンが周辺警戒を続け、紫乃がイルルの側を離れない。
フィリアは最後の一人の変質解除を終えると、膝から力が抜けそうになった。
リオンが肩を支える。
「終了です」
「はい……」
「射線管理、良好でした。危険な射撃はありません」
フィリアは顔を上げた。
リオンはいつも通りの表情だった。
ただ事実を述べているだけ。
けれど、フィリアには、その言葉が胸の奥に染み込んだ。
「ありがとうございます」
「こちらこそ。救助対象を増やさずに済みました」
フィリアは小さく笑いそうになって、少しだけ息を吐いた。
拠点へ戻る頃には、イルルは自走担架に乗せられていた。
本人は最後まで歩けると言い張った。
だが、紫乃に止められ、リオンに状態確認をされ、
フィリアに心配そうな目で見つめられた結果、抵抗を諦めた。
見た目には、大きな傷はない。
イルルのレインが、外傷の大部分を塞いでいる。
ただ、服には血がにじんでいた。
肩口。
脇腹。
膝のあたり。
白い布に広がった赤が、戦闘の痕を残している。
シェスターは搬入口でその姿を見た瞬間、顔色を変えた。
「イルル!」
彼は駆け寄り、担架の横についた。
「何だその血。お前、どこをやられた」
「もう塞がってます」
イルルは少し困ったように笑った。
「見た目ほどではないです」
「見た目ほどじゃないやつは、そんな服にならねえんだよ」
シェスターの声が少し荒くなる。
「無理したのか」
イルルは黙った。
シェスターの眉が上がる。
「無理したな」
「……必要な分だけです」
「そういう言い方する時は、だいたい必要以上にやってる」
イルルは担架の上で、少しだけ背筋を伸ばした。
「でも、ちゃんと守れました」
シェスターの動きが止まる。
イルルはまっすぐ彼を見る。
「フィリアさんを、ちゃんと下がらせました。
前に出すぎませんでした。
戻ってくるまで、持たせました」
その声は弱くない。
誇っているわけでもない。
ただ、事実を伝えている声だった。
「だから、大丈夫です」
シェスターは何かを言いかけた。
怒りたい。
無茶をするなと言いたい。
でも、イルルの言葉を否定できなかった。
彼女は守った。
泥くさく、殴られながら、回復しながら、踏みとどまって。
本当に守った。
シェスターは深く息を吐いた。
「……医務室で全部見せろ」
「はい」
「痛いところも、隠すな」
「はい」
「あとでちゃんと怒る」
イルルは少しだけ笑った。
「はい」
シェスターは担架の横を歩き始めた。
「返事だけいいの、誰かに似てきたな」
「一輝さんですか?」
「そうだよ」
イルルは今度こそ、小さく笑った。
搬入口の奥では、フィリアがレイアーツデバイスを抱えたまま立っていた。
リオンが回収報告をまとめている。
紫乃は医務室へ向かうイルルを見送りながら、フィリアの背中を軽く撫でた。
「フィリアちゃんも、あとで診てもらいましょうね」
「私は、怪我は」
「怪我がなくてもよ」
紫乃は穏やかに言う。
「今日は、たくさん頑張ったでしょう」
フィリアはレイアーツデバイスを見下ろした。
戦った。
撃った。
戻した。
そして、イルルが守ってくれた。
「……はい」
通信から、リヴァルの声が入る。
『全員、帰還を確認した。負傷者は医務室へ。
回収対象は保護区画へ搬送。詳細解析は後で行う』
少しだけ間が空く。
『まずは、全員休んでくれ』
誰も、それに反論しなかった。
イルルは医務室にいた。
搬入口で担架に乗せられ、そのまま処置室へ運ばれた。
外傷の多くは、本人のレインによってすでに塞がっている。
だが、服ににじんだ血は消えない。
戦闘中に受けた衝撃も、完全に消えているわけではない。
医療班は、イルルをそのまま安静扱いにした。
シェスターはしばらく医務室の前から動こうとしなかったが、
紫乃に「会議が終わったら戻ってきなさい」と言われ、
ようやく会議室へ向かった。
一輝は会議に呼ばれていない。
正確には、呼ばない判断になった。
本人は別区画で作業中だった。
追加作業は班長の許可制。
徹夜は禁止。
その条件をつけても、直入一輝はよく働いた。
働きすぎた。
一人増えただけのはずなのに、
シェルター内の点検予定、資材搬送、仮設補修、工具整備、
作業ログの量が明らかに増えている。
それを確認する側の処理も、当然増えた。
だから会議室に入った時、リヴァルとフィリアの顔色は少し悪かった。
二人とも席についている。
リヴァルは会議卓の前に立たず、椅子に座ったまま端末を操作していた。
フィリアも隣の席で、資料整理を続けている。
二人の前には、飲みかけのカップが置かれていた。
どちらも、すでに冷めている。
「……始めよう」
リヴァルが言った。
声はいつも通りだった。
ただ、少しだけ疲れている。
ガイが腕を組んだまま、リヴァルの顔を見た。
「寝たか?」
「寝た」
「何時間だ」
「会議に必要な情報ではない」
「少なかったんだな」
リヴァルは答えなかった。
フィリアも端末から目を上げない。
紫乃が小さく笑う。
「フィリアちゃんも、少し顔色が悪いわよ」
「大丈夫です。先ほど、糖分を摂りました」
「それは大丈夫とは少し違うのよ」
「会議が終わったら休みます」
リヴァルとフィリアの声が、ほとんど同時に重なった。
二人は一瞬、互いを見る。
そして、何事もなかったように端末へ視線を戻した。
シェスターが椅子にもたれながら、額を押さえる。
「お前ら、その返事も打ち合わせ済みなのかよ」
「偶然だ」
「偶然です」
また重なった。
織葉が静かに湯呑みを置く。
「息が合っているのは良きことです」
「この場合は、良きことなのかしらねえ」
紫乃が困ったように笑った。
リオンは会議卓の端で端末を開いている。
いつも通り背筋が伸びていた。
「リヴァル主任。医務室からイルル隊員の状態報告が届いています」
「聞こう」
「外傷は応急回復済み。
ただし、打撲、内出血、軽度の脳震盪疑い、
腹部衝撃による呼吸器系への負荷が確認されています。
本人は意識明瞭。安静指示」
シェスターの眉が寄る。
「軽度の脳震盪疑いって、おい」
「医療班は経過観察で問題なしと判断しています」
リオンは端末を見ながら続ける。
「ただし、本日の戦闘再参加は禁止。明日以降も医療班の許可が必要です」
「当然だ」
シェスターは低く言った。
「当然よね」
紫乃も同じ調子で言う。
リヴァルは頷いた。
「イルルには休んでもらう。
今回の会議も、本人には後で必要分だけ共有する」
「本人、来るって言いませんでしたか」
フィリアが小さく聞く。
「言った」
リヴァルは即答した。
「だから医療班に止めてもらった」
シェスターが深く頷く。
「それでいい」
「では、本題に入る」
リヴァルが端末を操作すると、会議卓の中央に映像が浮かんだ。
先ほどの戦闘記録。
黒い霧の降下。
ミストレインの展開。
イルルの周囲に生じた霧。
そして、その霧が光へ変わる瞬間。
全員の視線が、そこに集まる。
フィリアは少しだけ肩を縮めた。
「今回、前線調査中に発生した現象について説明する」
リヴァルの声は、疲れていても明瞭だった。
「便宜上、これをマナリンクと呼称する」
会議卓の映像が、霧の粒子表示へ切り替わる。
白い霧の粒。
そこへ、金色に近い光の波形が重なっていく。
「結論から言う。今回発生した現象は、イルルのマナアーツが、
フィリアのライトの性質に上書きされたものだ」
ガイが眉を上げた。
「上書き?」
「そうだ」
リヴァルは表示を拡大する。
「イルルのミストレインは、本来、水属性のマナアーツだ。
イルルを中心に狭い範囲へ霧を発生させ、視界を遮断する。
さらに、イルル自身はその霧に含まれる水の反応から、
範囲内の動きをある程度把握できる」
「それが、光った」
シェスターが言う。
「ただ光ったわけじゃない」
リヴァルは首を横に振った。
「空間中に展開されていたミストレインそのものが、
ライトの性質を持ったミストレインへ変化した。
だから、霧は残っていた。
範囲もミストレインのままだ。
だが、性質だけが変わった」
フィリアは端末を操作し、別の資料を共有する。
「こちらが発生前の波形です。
水属性のマナ反応が中心で、イルル隊員のレインと一致しています」
リオンが短く訂正するように口を開いた。
「イルル隊員」
フィリアが一瞬止まる。
「あ、はい。イルル隊員のレインと一致しています」
リオンは頷いた。
フィリアは資料を切り替える。
「そしてこちらが、発生後の波形です。
構造自体はミストレインに近いままですが、
干渉性がライトへ変化しています。
特にマギアス反応、変質部位、
闇の霧由来の異常波形への反応が強くなっています」
織葉が画面を見つめる。
「霧の形をした光、というより、光の性質を得た霧……ということですか」
「その理解でいい」
リヴァルは頷く。
「混ざった、というより、書き換わった。
フィリアのライトが、イルルのミストレインの性質を変更した」
紫乃が腕を組む。
「それは、普通にできることなの?」
「普通ではない」
リヴァルは即答した。
「少なくとも、現代の研究では確認されていない。
解析すれば、今回の現象自体は単純だ。
マナアーツの波形が、別のマナ波形へ変更された。
ただ、それを他者間で起こせるとは考えられていなかった」
「考えられていなかった、ですか」
織葉が繰り返す。
「正確には、研究がそこまで進んでいなかった」
リヴァルは端末に指を滑らせる。
資料が切り替わり、マナセット、マナアーツ、
闇の霧発生以降の研究年表が表示された。
「闇の霧が確認されてから、まだ二年だ。
現代におけるマナセットとマナアーツの研究は、
始まったばかりと言っていい。
実戦運用、治療、制圧、防御、封印解除。
必要な研究が多すぎる」
ガイが小さく息を吐く。
「知らないことだらけってことか」
「そうだ」
リヴァルは否定しない。
「僕たちは、分かっていることを使っている。
それと同時に、分かっていないことを現場で踏み抜いている」
少し重い沈黙が落ちた。
フィリアは自分の手元を見た。
今日、自分が起こしたこと。
イルルを助けようとして、霧が変わった。
偶然だった。
けれど、偶然で済ませてはいけない。
そういう顔だった。
リヴァルは続ける。
「今回のマナリンクは、
フィリアのライトとイルルのミストレインによって発生した。
ただし、同じ組み合わせで必ず再現できるとは限らない」
「条件が不明だからですか」
リオンが問う。
「そうだ。距離、互いのマナ出力、展開済みアーツの性質、心理状態、
対象となる異常反応。条件が多い。
現段階では、確定した再現条件は出せない」
シェスターが腕を組んだ。
「つまり、次もできるとは限らねえ」
「その通りだ」
リヴァルは言った。
「だからこそ、研究する」
彼は全員を見る。
「今後、マナリンクは新しい研究対象として扱う。
待機組は時間が許す限り、
訓練室で他のメンバーとマナアーツを合わせてみてほしい」
紫乃が首を傾げる。
「合わせる、というのは?」
「同時に展開する。
片方のアーツ範囲内へ、もう片方のマナを重ねる。
近距離、遠距離、対象あり、対象なし。
条件を変えて記録を取る」
「ずいぶん地道ね」
「地道にやるしかない」
リヴァルは淡々と答える。
「今は理論より先に、記録が足りない。失敗も含めて回数をこなすしかない」
織葉が頷く。
「承知しました。訓練室での組み合わせを試します」
「危険な出力は避けてくれ。
特に、カタナアーツとクナイアーツの同時展開は、最初は低出力で」
「心得ました」
紫乃が微笑む。
「おばさん、ちゃんと手加減するわよ」
リオンが端末へ記録しながら言った。
「手加減の基準は事前に数値化してください」
「あら、厳しい」
「必要事項です」
ガイが欠伸を噛み殺す。
「俺もやるのか?」
「やる」
リヴァルは即答した。
「ブラスターボイスとブレードアーツも対象だ。何が反応するか分からない」
「面倒だな」
「面倒だ」
リヴァルは同意した。
「だが、必要だ」
ガイは頭を掻いた。
「ならやる」
その返事を聞いて、リヴァルは小さく頷く。
フィリアが端末を操作し、各自の端末に資料を送信していく。
その指先は少し遅い。
リヴァルが横目で見る。
「フィリア、送信だけなら僕がやる」
「大丈夫です。もう終わります」
「顔色が悪い」
「リヴァルさんもです」
「僕は慣れている」
「慣れてはいけないと思います」
会議室の空気が一瞬だけ緩んだ。
シェスターがぼそりと言う。
「お前ら、ほんとに似てきたな」
フィリアが少しだけ顔を赤くした。
リヴァルは聞こえなかったことにした。
「次に、委託についてだ」
その言葉で、空気が再び会議へ戻る。
「安全領域の調査委託については、了承が得られた」
織葉が視線を上げる。
「委託先は」
「詳細は後で共有する」
リヴァルは短く言った。
「現時点では、安全領域からデータが送られてくる体制が整った、
とだけ認識してほしい。じきに複数地点から観測情報が届く。
僕たちはそのデータを整理し、前線側の調査結果と照合する」
リオンが頷く。
「では、ARKの担当は引き続き前線側ですね」
「そうなる。
今日のようなダウンフォールもあり得る。
前線調査は小規模でも危険度が高い。
無理に範囲を広げる必要はない」
紫乃が静かに言う。
「安全領域を任せられるなら、その分こちらは危険な場所へ集中できるわね」
「そのための委託だ」
リヴァルは端末を閉じかけた。
しかし、そこで少しだけ手を止める。
「それと、直入一輝について」
ガイが顔を上げる。
「あいつ、また何かしたのか」
「今は何もしていない。作業中だ」
「それが一番怖いな」
シェスターが真顔で言った。
リヴァルは否定しなかった。
「直入隊員は、通常調査には参加させない方針を維持する。
彼はフィリアと同じく、必要な時に出るタイプだ。
精霊戦、構造突破、特殊作戦。
そうした場面で投入する」
「今回は呼ばないんだな」
「呼ばない」
リヴァルははっきり答えた。
「今回の会議内容はマナリンクと委託体制が主だ。
彼には後で要点だけ共有する。
今呼ぶと、本人は訓練か作業を追加しようとする」
シェスターが何も言えない顔になった。
紫乃が優しく笑う。
「真面目な子なのよねえ」
「真面目すぎる」
リヴァルは少しだけ疲れた声で言う。
「エドガー管理責任者は、よく彼とローム主任の作業量を運用していたと思う」
その一言に、会議室の何人かが妙に納得した顔になった。
ナンディーヌ・ロームの現場力。
直入一輝の作業量。
それをシェルターとして成立させていた管理者。
今になって、その重さが分かる。
「エドガーさん、すごい人だったんですね」
フィリアが小さく言った。
「すごい人だ」
リヴァルは短く認めた。
「褒めるのが上手いだけではない」
シェスターが肩をすくめる。
「そりゃそうだ。あの現場まとめてたんだもんな」
「その通りだ」
リヴァルは端末を閉じた。
「話を戻す。
直入隊員には作業量の制限を継続する。
訓練に参加させる場合も、時間を決める。
徹夜は禁止だ」
「本人が守るかしら」
紫乃が少し首を傾げる。
「守らせる」
リヴァルの声が、妙に強かった。
誰も反論しなかった。
「以上」
リヴァルは会議卓の表示を消した。
「マナリンクの資料については、皆の端末にまとめたデータを送っておく。
訓練の前に確認だけしておいてくれ」
フィリアが最後の送信を終える。
各自の端末に通知が入った。
マナリンク暫定解析資料。
ミストレイン・ライト変性記録。
訓練時注意事項。
再現条件未確定。
その文字を見て、リオンがすぐに保存する。
織葉は静かに頷き、紫乃は後で読むわねと呟いた。
ガイは通知を見て少しだけ顔をしかめる。
「資料、多いな」
「必要最低限だ」
リヴァルが言う。
「これで最低限か」
「最低限だ」
ガイは諦めたように端末を閉じた。
シェスターはすでに立ち上がりかけている。
「医務室、行っていいか」
「構わない。ただし、イルルを起こさないこと」
「分かってる」
「怒る場合も、医療班の許可を取ってからにしてくれ」
「怒る許可って何だよ」
紫乃が立ち上がる。
「じゃあ、おばさんも一緒に行きましょうか。
シェスターくんだけだと、声が大きくなりそうだもの」
「ならねえよ」
「なるわよ」
シェスターは言い返しかけて、やめた。
リヴァルは全員を見渡す。
「解散」
その一言で、会議は終わった。
だが、誰もすぐに軽い空気には戻らなかった。
新しい現象。
マナリンク。
前線で得た勝利と、イルルが受けた傷。
安全領域から来る予定のデータ。
そして、まだ見つかっていないM地点の封印。
やることは多い。
知らないことも多い。
それでも、進むための名前が一つ増えた。
マナアーツを、別のマナ波形へ変える効果。
便宜上、マナリンク。
リヴァルは椅子の背にもたれ、ようやく深く息を吐いた。
フィリアも端末を閉じる。
「リヴァルさん」
「何だい」
「会議が終わりました」
「そうだね」
「休みますか」
「休もう」
二人は同時に立ち上がろうとして、同時に少しふらついた。
ガイが無言で片手を伸ばし、リヴァルの椅子を押さえる。
リオンがフィリアの側へ回り、転倒しない位置に立った。
「フィリア隊員。医務室で簡易確認を受けることを推奨します」
「はい……」
紫乃が入口から振り返る。
「ほら、やっぱり若い子も管理者も、ちゃんと休まないとだめね」
リヴァルは反論しなかった。
する気力が、少し足りなかった。




