二章 五話
帰還車両がシェルターへ戻った時には、すでに医療区画への案内が表示されていた。
搬入口の床に、淡い青の誘導ラインが伸びる。
その先に立っていた医療スタッフは、車両のハッチが開くのを待ってから、
迷いなくフィリアへ視線を向けた。
「フィリア・レイフィールドさんですね。
初任務後の健康確認を行います。こちらへ」
フィリアは車両を降りかけた姿勢のまま、少し固まった。
「え、私ですか」
「はい。手配済みです」
「手配済み」
フィリアはその言葉を繰り返した。
ガイが隣で吹き出しそうになる。
「早いな」
リオンはすぐに察したように端末を確認する。
「任務前の装備登録時点で、帰還後確認が予定に組み込まれています」
「主任ですか」
フィリアが聞くと、通信からリヴァルの声が返った。
『初任務後の健康確認は必要だ』
「私、戦闘はしていません」
『戦闘していないことと、健康確認が不要なことは別だ』
「大きな運動もしていません」
『移送車両内で仕様書を読んでいたことも把握している』
「それは健康診断と関係ありますか」
『長距離移動中に細かい文字を読み続けた場合、疲労が出る可能性がある』
ガイはもう我慢できずに笑った。
「過保護だな」
『必要管理だ』
「言い方変えただけじゃねえか」
フィリアは少し困った顔をしながらも、医療スタッフへ頭を下げた。
「分かりました。行ってきます」
「レイアーツデバイスとアイギスフレームは、装着したままで構いません。
装備による負荷も確認します」
「はい」
フィリアは誘導ラインに従って歩き出した。
その背中を見送って、織葉が穏やかに言う。
「大切にされておられますね」
『必要管理だと言っている』
通信越しのリヴァルの声は、少しだけ固かった。
紫乃が搬入口の奥から歩いてくる。
「でも、必要な管理を先回りしておくのは良いことよ」
「紫乃さんまで……」
『……否定はしない』
フィリアの健康確認は、拍子抜けするほど短く終わった。
体温、脈拍、血圧、神経反応、マナ流量、装備装着による肩と背中への負荷。
医療スタッフは淡々と数値を確認し、最後に端末へ結果を入力した。
「異常なしです」
「本当に何もありませんか」
フィリアは思わず聞き返した。
「はい。移動疲労は軽微。マナ消費も通常範囲内。
レイアーツデバイスとアイギスフレームの装着による身体負荷も、
現時点では問題ありません」
「よかった……」
フィリアは息を吐いた。
「ただし、装備に慣れるまでは肩や首に疲れが出る可能性があります。
違和感があればすぐ申告してください」
「はい」
医療スタッフは端末を閉じる。
「結果はアニム主任へ共有済みです」
「もうですか」
「手配済みですので」
フィリアは小さく苦笑した。
どこまで手配されているのだろう。
医療区画を出ると、通路の表示が変わっていた。
今度はオペレーション室への誘導ライン。
フィリアがそちらへ向かうと、途中でイルルと出会った。
「フィリア、大丈夫だった?」
「はい。異常なしでした」
「よかった」
イルルは本当に安心したように笑った。
「リヴァルさん、ずっと結果待ってたよ」
「ずっと、ですか」
「うん。会議の準備しながら、端末を何回も見てた」
フィリアは少しだけ頬を押さえた。
「……必要管理、だそうです」
「ふふ。そっか」
二人でオペレーション室へ入ると、すでに多くのメンバーが集まっていた。
中央の大型テーブルには、岩盤に囲まれた空間の立体映像が表示されている。
四角い広い空間。
崩れた壁。
円錐状に穿たれた穴。
無数の圧痕とクレーター。
その横には、リオンが回収した白い金属片の拡大映像も浮かんでいた。
リオンは壁際に立っている。
いつものように姿勢は正しい。
ただ、白い金属片を入れた保護ケースを、手元から離していなかった。
ガイはその横で腕を組んでいる。
織葉は静かに映像を見つめ、紫乃は少し後ろで全体を眺めていた。
シェスターもいる。
イルルはフィリアの隣に座った。
リヴァルは中央端末の前に立っている。
フィリアが入ると、彼は一度だけ視線を向けた。
「健康確認の結果は見た。異常なしだね」
「はい」
「よかった」
その一言は、会議前の確認にしては少しだけ柔らかかった。
ガイがすかさず言う。
「必要管理じゃなかったのか?」
「必要な管理の結果、問題がなかった。だから、よかった」
「言い直したな」
リヴァルは答えず、端末を操作した。
部屋の照明が少し落ち、立体映像が鮮明になる。
空気が切り替わった。
フィリアも席に着き、端末を開く。
自分が現地で整理したデータが、会議用にまとめ直されている。
移送任務。
地下調査。
封印核候補地点。
未知の白い金属片。
そして、記録にない旧時代の決闘跡。
今日見つかったものは、多すぎた。
リヴァルは全員を見回した。
「まず、移送任務は完了した。避難民の受け入れも、
ロウウェル管理官から安定して進んでいると報告を受けている」
誰も口を挟まなかった。
「その上で、僕たちは予定外のものを見つけた」
中央の映像が、岩盤の中の空間へ切り替わる。
リヴァルの声が、低く響いた。
「ここからは、その整理を始める」
リヴァルが端末を操作すると、中央の立体映像が切り替わった。
岩盤に囲まれた空間の図が縮小し、その横に二つの装置が表示される。
一つは、手のひらより少し大きい球体。
表面には細い溝がいくつも走り、内部に淡い光が巡っている。
起動前にもかかわらず、中心部に圧縮されたマナ反応があることは、
フィリアの席からでも分かった。
もう一つは、掌に収まる程度の円盤状の装置だった。
こちらは球体より薄く、中央に小さな針のような機構が格納されている。
外周には固定用と思われる細かな爪があり、
医療器具にも、拘束具にも見えた。
「まず、次に必要になる装備について説明する」
リヴァルは球体を示した。
「これは封印解除装置だ。
設置型。
起動後、地面に置くことで封印解除用のマナアーツを床面へ広げる」
ガイが眉を寄せる。
「投げるんじゃねえのか」
「投げない。置く」
「地味だな」
「封印に触れる装置が派手である必要はない」
リヴァルは淡々と返し、次に円盤状の装置を示した。
「そして、こちらが精霊のマナ循環を止めるための装置」
部屋の空気が少し重くなった。
フィリアは画面の円盤を見る。
精霊。
まだ姿も形も分からない相手。
けれど、止めるための装置だけは、すでに用意されている。
「精霊の顕現が確認された場合、精霊本体と人柱の人体には、
マナ循環上の接続部が生じると想定している」
リヴァルの声は低く、感情を抑えていた。
「この装置は、その接続部に貼り付けて使用する。起動すると、
内部の小型マナ稼働マシンが体内の魔力循環核へ打ち込まれる」
イルルが少しだけ肩を強張らせた。
シェスターがその変化に気づいたのか、視線だけを向ける。
リヴァルは続けた。
「打ち込まれたマシンが、循環を吸収し、停止させる。
円盤本体は、その後に外れる仕組みだ」
紫乃が静かに尋ねる。
「装着位置の判断は?」
「現地のマナ反応で判断する。完全に自動ではない。
だから、前線に出る全員へ配備する」
「全員が使えるように、ということね」
「そうだ」
リオンは円盤の映像をじっと見ていた。
「起動条件は」
「使用者認証と、対象のマナ反応確認。
誤作動防止はかけてある。
ただし、接続部に近づかなければ使えない」
「つまり、最終的には接近が必要」
「そうなる」
ガイが軽く息を吐く。
「毎度のことながら、近づくなって言いたくなるもんほど、
近づかなきゃなんねえな」
「だから準備する」
リヴァルはそう言って、球体と円盤の映像を一度並べた。
「今日の時点で、封印核の場所は断定していい。
岩盤に囲まれた、あの人工空間だ」
中央の映像が、再び地下空間へ切り替わる。
「ただし、次に向かう時は調査ではない。
封印解除と、精霊への対応を目的にする。
今日のような移送装備の延長では行けない」
全員が黙って聞いていた。
フィリアも端末に表示された装置の情報を追う。
自分が今回見つけた場所へ、次は別の目的で向かう。
それが分かっただけで、胸の奥が少し重くなった。
その時、リオンが一歩前へ出た。
「主任」
「何?」
「回収した未知の金属片について、
解析に回す際、可能であれば私も同席させてください」
リヴァルはリオンを見る。
「理由は?」
リオンは一瞬だけ、手元の保護ケースへ視線を落とした。
白く光る小さな金属片は、透明なケースの中に収められている。
それでもリオンは、ケースを手元から離していなかった。
「現地で、この回収物に対して通常とは異なる反応がありました」
「センサー上の?」
「センサー上の反応は、フィリア隊員が記録しています。
私が言っているのは、それ以外です」
部屋が少しだけ静かになる。
リオンは表情を変えずに続けた。
「主観的なものです。
軍人としては、判断材料に含めるべきではないと理解しています」
「それでも報告する?」
「はい。未解析の要素として扱うべきだと判断します」
ガイが小さく口笛を吹きかけて、やめた。
織葉は静かにリオンを見ている。
フィリアは、地下空間でリオンがその破片を握っていた姿を思い出した。
手放したくないのではないか。
織葉がそう言った時、リオンは否定できなかった。
リヴァルは少し考えた後、頷いた。
「分かった。同席を許可する」
「ありがとうございます」
「ただし、解析中は研究班の指示に従って。必要があれば、一時的に保管を移す」
「了解しました」
返答はいつも通りだった。
けれど、リオンの手は保護ケースの側面に添えられたままだった。
リヴァルが次の資料を開こうとした時、通信通知が鳴った。
表示された名前を見て、リヴァルが少しだけ目を細める。
「ローム主任からだ」
通信を開くと、ナンディーヌの声がオペレーション室に響いた。
『あー、悪いね。今いいかい?』
「大丈夫です。何かありましたか」
『いや、さっそく例の空間に床整備機材を入れたんだけどさ』
ガイが呆れたように言う。
「もう入れたのかよ」
『使えるかどうかは、早めに見ないとね』
ナンディーヌはまったく悪びれない。
『で、床をならそうとしたら、黒い金属片が山ほど出てきた』
空気が変わった。
リヴァルが端末を操作する。
「映像を送れますか」
『送ったよ』
中央に新しい映像が表示された。
床整備用の機材の前に、黒い金属片がいくつも集まっている。
大きさはばらばらだった。
指先ほどのものから、腕ほどの長さがあるものまである。
表面は傷み、風化しているように見える。
だが、赤く錆びている様子はない。ただ黒い。
古いのに、金属としての形を残している。
リオンが端末を見た。
「通常金属ではない可能性があります」
紫乃が目を細める。
「床に埋まっていたの?」
『そう。へこみの周りとか、崩れた壁の近くとかにね。整備機材が異物として弾いた』
「回収が必要だ」
リヴァルは即座に言った。
「こちらから改めて回収班を送ります。現地では触れずに、位置だけまとめておいてください」
『了解。じゃあ、端っこに寄せとくよ』
「いえ、触れずに」
『ああ、駄目?』
「駄目です。位置情報も必要です」
ナンディーヌが少し笑った。
『分かった分かった。じゃ、寄せない。印だけつけとく』
「お願いします」
『しかし、何なんだろうね。
黒い金属片がざくざく出てくる運動場候補なんて、なかなかないよ』
ガイが額に手を当てる。
「まだ運動場にする気なのか」
『広いからね』
「理由が強いな」
『じゃ、こっちは作業止めとく。回収班が来るまで、そのままにしとくよ』
「助かります」
通信が切れる。
オペレーション室には、黒い金属片の映像だけが残った。
リヴァルはしばらくそれを見ていた。
「白い金属片。黒い金属片。そして、岩盤に囲まれた旧時代の決闘跡」
フィリアはその言葉を聞きながら、地下空間の光景を思い出す。
崩れた壁。
巨大なクレーター。
人間サイズの足跡。
そこに、まだ見つかっていないものが残っていた。
「解析するものが多すぎるね」
リヴァルはそう言って、表示を整理した。
「現時点で断定できることは少ない。だから、今日の会議はここまでにする」
ガイが顔を上げる。
「もう終わりか?」
「終わりじゃない。整理する時間が必要だ」
リヴァルは全員を見回した。
「封印解除装置と循環停止装置の最終確認。
白い金属片の詳細解析。
黒い金属片の回収と分析。
地下空間の痕跡整理。
これらを進めた上で、改めて封印解除に向かうメンバーを発表する」
リオンが頷く。
「了解しました」
「それまでは、各自待機。必要に応じて追加確認を行う」
イルルが小さく手を上げた。
「あの、私たちは何か準備しておいた方がいいですか」
リヴァルは少しだけ考える。
「装備点検と、休息。次に動く時は、今日より負荷が大きくなる可能性がある」
「分かりました」
「フィリア」
急に名前を呼ばれ、フィリアは背筋を伸ばした。
「はい」
「君は今日のセンサーデータの整理を手伝ってほしい。
ただし、休憩後でいい」
「大丈夫です。すぐにできます」
「休憩後でいい」
言い方は穏やかだったが、譲る気はなさそうだった。
ガイがにやりとする。
「必要管理か?」
「そうだ」
今度はリヴァルも否定しなかった。
フィリアは少しだけ苦笑し、頷いた。
「分かりました。休憩してから、手伝います」
「それでいい」
リヴァルは会議用の表示を閉じた。
中央の立体映像が消え、オペレーション室の照明が通常の明るさに戻る。
けれど、空気は戻らなかった。
岩盤の中の空間。
白い金属片。
黒い金属片。
封印を解く装置。
精霊を止める装置。
今日見つけたものが、次の任務へつながっている。
それだけは、全員が分かっていた。
「会議は一旦終了」
リヴァルが言った。
「次は、準備が整ってからだ」
解析室の中央には、透明な保護ケースが置かれていた。
中に収められているのは、地下空間でリオンが回収した白い金属片だった。
白銀よりも白く、光を反射しているというより、
内側から淡く発光しているように見える。
掌に収まる程度の破片で、曲面を持つ形状から、
何らかの装具の一部と推定されている。
表面には、旧時代の祈りを示すような紋章が刻まれていた。
リヴァルは解析台の横に立っていた。
リオンも同席している。
本来なら、回収者が解析室に残る必要はない。
だが、リオン自身が同席を希望し、リヴァルがそれを許可した。
解析班の技術者たちは、複数の端末を操作している。
整備班も数名、後ろで腕を組んだり、補助機材を調整したりしながら、
表示される数値を見守っていた。
「第三波形、照射します」
解析班の一人が告げる。
保護ケース内部の照射機が、ごく微細なマナ波を放つ。
白い金属片の表面が、わずかに揺らいだ。
溶けたわけではない。
曲がったわけでも、膨張したわけでもない。
ただ、その輪郭だけが一瞬、別の形を思い出すように揺れた。
すぐに元へ戻る。
解析班の技術者が、端末に目を走らせる。
「形状変化、再確認。第一波形、第二波形に続き、第三波形でも同様の応答です」
整備班の主任が眉を寄せた。
「熱変形じゃないな」
「温度変化は誤差範囲内です。外部圧力もありません」
「じゃあ、マナを当てただけで形を変えようとしたってことか」
「はい。厳密には、形状記憶に近い復元反応と、
マナ波形に応じた一時的変位が同時に出ています」
「旧時代、どうなってんだ」
整備班の誰かが小さく呟いた。
リヴァルは、端末に並ぶ照合結果を見ていた。
現代に残る旧時代資料。
再現実験の失敗記録。
ルクヴォイド合金レプリカの測定値。
そして、今回の白い金属片の測定値。
現代の再現合金では届かない領域に、当たり前のように数値が並んでいる。
解析班の技術者が、慎重に口を開いた。
「アニム主任。断定してよろしいかと」
「言って」
「この金属片は、純正ルクヴォイド合金です」
解析室に短い沈黙が落ちた。
リオンの表情は変わらない。
だが、白い金属片へ向けられた視線だけは、わずかに鋭くなった。
リヴァルは表示された成分表を見つめる。
「現代のレプリカではない」
「はい。
レプリカには存在しない反応層があります。
成分の一部も、現行の素材分類では説明できません」
「想定外成分」
「そう表記するしかありません」
整備班の主任が腕を組む。
「現代の材料表に載ってないものを含んでるってことか」
「そうなる」
リヴァルは成分表の一部を拡大した。
通常金属とはまったく違う分子配列。
マナを受けるための空隙が、偶然ではなく、
最初からそう設計されているように並んでいる。
その配列の一部に、リヴァルの指が止まった。
「……これ」
解析班が顔を上げる。
「何か?」
「どこかで見たような気がする」
「支給装備の素材データですか?」
「いや。支給装備なら、僕が把握している」
リヴァルは即答した。
「これは違う。僕の管理下にある素材じゃない」
そう言いながらも、目は成分表から離れなかった。
見覚えがある。
だが、どこで見たのかがつながらない。
同じではない。
純正ルクヴォイド合金そのものではない。
けれど、配列の癖が似ている。
「後で照合する。今は保留」
「了解しました」
解析班は別の画面を開いた。
「それと、リオン隊員に関する測定値です」
リオンが静かに視線を向ける。
「私に?」
「はい。
回収時のセンサーログ、保護ケースへの移送時のマナ変動、
そして先ほど許可を得て行った非接触測定の結果です」
画面に、リオンの体内マナ循環と、白い金属片のマナ応答が重ねて表示された。
二つの波形が、ほとんどずれずに並んでいる。
解析班の技術者は、少し言葉を選んだ。
「この金属片は、リオン隊員のマナに対して異常に高い適性を示しています」
「適性とは」
リオンが問う。
「通常、人体のマナ循環と装備素材のマナ応答には、遅延や抵抗が発生します。
アーツデバイスは、それを調整するための機構を持っています」
技術者は画面を切り替える。
一般的なアーツデバイス素材の応答。
現代合金の応答。
そして、白い金属片の応答。
差は明らかだった。
「しかしこの金属片は、リオン隊員のマナに対して、
ほぼ肉体組織に近い応答を返しています」
整備班の主任が目を細める。
「肉体と同じってことか?」
「同じではありません。
ですが、装備素材としては異常です。
正確には、リオン隊員のマナが金属片の内部反応を安定化させています。
そして金属片側も、リオン隊員の体内循環に近い波形で応答を返しています」
リヴァルは画面を見つめた。
地下空間で、リオンが破片を手放そうとしなかった理由。
それを感情だけで処理するには不自然だった。
だが、この数値なら説明がつく。
少なくとも、科学的には。
「リオンが強く保持しようとしたのは、心理的な錯覚だけではない可能性がある」
「はい」
解析班が頷く。
「金属片から返ってくるマナ応答が、本人の循環に近すぎた。
身体の一部に近い感覚として認識された可能性があります」
リオンは保護ケースを見た。
「私の判断に、外部要因が影響したということですか」
「可能性としてはあります。
ただし、精神干渉や強制汚染の反応はありません。
危険な誘導ではなく、
適合性が高すぎることによる保持感覚の増幅と見るべきです」
「危険性は」
「現時点では低いです。むしろ、適切に制御できれば、
非常に高効率なアーツデバイス素材、あるいは参照体になります」
整備班の主任がリヴァルを見る。
「主任。これ、リオン用の装備に使うんですか」
リヴァルはすぐには答えなかった。
リオンの主装備はワイヤーアーツデバイス。
だが、次に向かうのは、封印解除と精霊への対応だ。
接近が必要になる。
対象の動きを止める必要がある。
そして、場合によっては、
遠距離から極めて精密なマナ干渉を行う手段も必要になる。
「破片そのものを削るつもりはない」
リヴァルは言った。
「これは素材である前に、旧時代遺物だ。無理に加工はしない」
「なら、参照体ですか」
「そうだ。反応を読み、レプリカ側を調整する」
リヴァルはリオンへ視線を向けた。
「新型のガンアーツデバイスを検討する」
リオンがわずかに反応する。
「私に、ですか」
「候補として、君を外す理由はない」
「ガンアーツは、現代戦では主力になりにくいと認識しています」
「主力として使うわけじゃない」
リヴァルは、精霊のマナ循環停止装置のデータを横に表示した。
「必要なのは殺傷力じゃない。
精密なマナ照射、対象部位への干渉、
そして君自身の判断力と同期できる装備だ」
リオンは短く頷いた。
「必要であれば、協力します」
「必要になる可能性が高い。
ただし、安全確認が先だ。
適合率が高いことと、安全に使えることは別だからね」
「了解しました」
リオンは保護ケースの中の白い金属片を見た。
説明はついた。
自分がそれを手放しがたく感じた理由に、数値が与えられた。
それなら納得できる。
そう思う一方で、胸の奥に残る感覚は、まだ完全には消えなかった。
リヴァルは成分表へ視線を戻す。
「……問題は、こっちだ」
「想定外成分ですか」
「それもある。でも、僕はこの配列をどこかで見ている」
解析班が、過去の支給装備データを検索する。
いくつもの素材候補が流れていく。
該当なし。
「ARK支給装備内には、近似配列は見当たりません」
「だろうね」
リヴァルは画面を見ながら、少しだけ眉を寄せた。
「支給装備じゃない。
僕の管理下じゃない。
けれど見た。
外部協力者。
持ち込み装備。
東方系。
金属。
マナ応答」
そこで言葉を切り、端末から離れる。
「少し考える」
「了解しました」
リヴァルは解析室を出た。
通路に出ても、思考は止まらなかった。
純正ルクヴォイド合金。
想定外成分。
似た分子配列。
ARK支給装備にはない。
外部協力者。
持ち込み装備。
「支給品ではない。
けれど、戦闘時にデータは見た。
使用時の反応だけ記録している。
素材そのものは登録していない。
なら、候補は」
考えながら歩く。
前を見ていなかった。
だから、曲がり角に立っていた紫乃に気づかなかった。
柔らかいものに、額がずむりと沈んだ。
リヴァルは一拍遅れて足を止める。
紫乃はまったく動じていなかった。
「考え事?」
「失礼」
リヴァルはそう言って、まだ考えたまま横を抜けようとした。
紫乃は微笑む。
「謝り方まで考え事ね」
リヴァルの足が止まった。
「……支給品じゃない」
「え?」
リヴァルは振り返る。
「ミス・シノ。あなたの装備は、ARKの支給品ではありませんでしたよね」
紫乃は一瞬だけ目を丸くし、それから楽しそうに口元を緩めた。
「あら。本命を差し置いて、私をお茶に誘う話かと思ったのに」
「違います。装備の素材データを見せてください」
「そういうところよね」
「何がですか」
「いいえ。あなたらしいわ」
紫乃は肩をすくめる。
「フィリアちゃんが聞いたら、少し困った顔をしそう」
「なぜですか」
「そういうところも含めて、あなたらしいという話よ」
リヴァルは理解できないという顔をしたまま、端末を開いた。
「ミス・シノ。
あなたのクナイアーツデバイス、それから織葉のカタナアーツデバイス。
解析にかけたい」
紫乃の表情から、冗談の色が少し薄れた。
「例の白い金属片?」
「断定はまだしない。ただ、似た配列を見た可能性がある」
「私たちの装備に?」
「その可能性がある」
紫乃は少し考え、それから頷いた。
「分かったわ。織葉ちゃんにも声をかけましょう」
「助かります」
「ただし」
紫乃はにこりと笑った。
「次に考え事でぶつかる時は、せめて一言くらい感想を言ってからにしてね」
「感想?」
「何でもないわ」
解析室へ戻る頃には、織葉も呼ばれていた。
呼ばれた理由を詳しく説明される前に、
織葉はすでに自分のカタナアーツデバイスを携えている。
紫乃はクナイアーツデバイスを解析台へ置いた。
リオンはまだ解析室に残っていた。
リヴァルが戻ると、整備班の主任が顔を上げる。
「主任。追加解析ですか」
「ミス・シノのクナイアーツデバイスと、織葉のカタナアーツデバイス。
外装ではなく、芯材の反応を見たい」
織葉が静かに問う。
「我がカタナに、何か?」
「まだ分からない。だから見る」
織葉は頷いた。
「承知しました」
紫乃は解析班へ向けて軽く手を振る。
「壊さない範囲でお願いね」
「もちろんです」
解析班が二つの装備を非接触測定にかける。
照射されるのは、ごく弱いマナ波。
装備の表面ではなく、芯材の反応を見るためのものだった。
最初に表示されたのは、紫乃のクナイアーツデバイス。
続いて、織葉のカタナアーツデバイス。
そして最後に、純正ルクヴォイド合金片の成分表が並べられる。
三つのデータが重なった瞬間、解析班の一人が息を止めた。
「……近似配列あり」
整備班の主任が身を乗り出す。
「どれくらい近い」
「同一ではありません。
純正ルクヴォイド合金そのものではないです。
ただ、マナ応答層の配列が一部一致しています。
特に、空隙構造と応答方向が近い」
リヴァルは画面を見つめた。
「ビンゴだ」
織葉の表情がわずかに引き締まる。
「つまり、我が国の刃と、あの旧時代遺物に繋がりがあるということですか」
「可能性は高い」
リヴァルはすぐに答える。
「ただし、同一素材ではない。
純正ルクヴォイド合金と完全一致しているわけじゃない。
長い年月で別系統に変化した素材か、
同じ系統の鉱脈から得られた派生素材と見るべきだ」
織葉は自分の刀を見る。
その目には、驚きよりも、深い納得があった。
「我が国の刃を最強たらしめる理由は、我が国でしか採れぬ金属にある。
幼き頃より、そう教えられております」
リヴァルが顔を上げる。
「国内限定の鉱物?」
紫乃が頷いた。
「ええ。
とても希少なの。
情報は渡せるけれど、素材そのものは昔から輸出禁止。
国外へ出るのは、完成品としての武具くらいね」
「だから、素材データとして流通していない」
「そういうこと」
紫乃は解析台のクナイへ視線を向ける。
「協力者として装備の使用データは渡しているけれど、
素材の詳細までは、こちらの国の管理になるわ。
必要なら正式な形で共有申請は出せる」
「お願いします」
リヴァルは即答した。
「ただ、これで理由は通る。
僕の支給装備データベースにないわけだ。
素材そのものが国外へ出ていない。
完成品としてしか観測できなかった」
整備班の主任が腕を組む。
「でも主任、よく気づきましたね。
国内限定の希少金属なんて、普通は候補に入らないでしょう」
リヴァルは画面を見たまま答える。
「気づくのが遅れた。僕の管理下にない装備を、一度候補から外していた」
紫乃がくすりと笑った。
「輸出禁止の希少金属まで、胸にぶつかった拍子に思い出す人はそういないわ」
解析班の手が一瞬止まった。
リオンがわずかに目を向ける。
織葉が静かに紫乃を見る。
「母上」
「事実よ」
リヴァルだけが、意味を正しく処理できていない顔をした。
「胸にぶつかったことと、思い出したことに因果関係はありません」
「そういうことにしておきましょう」
紫乃は楽しそうだった。
織葉は少しだけ咳払いをして、話を戻す。
「では、我が国の金属は、旧時代の素材の末裔なのでしょうか」
リヴァルは少し考える。
「末裔、という言い方が正確かは分からない。
ただ、純正ルクヴォイド合金と同系統の性質を持つ素材である可能性は高い。
少なくとも、マナ応答の構造が偶然一致したとは考えにくい」
解析班が追加データを表示する。
「ミス・シノのクナイと、織葉さんのカタナでは、
同じ配列を持ちながら反応の出方が違います。
クナイは分散と浸透寄り。カタナは集中と切断寄りです」
「加工法の差か」
整備班の主任が言う。
「あるいは、装備形式に合わせて芯材の組成を変えている」
リヴァルは二つの装備を見た。
「この素材のデータが使えれば、レプリカ側の調整精度が上がる。
純正ルクヴォイド合金片を加工せずに、
新型装備へ近い応答を持たせられるかもしれない」
リオンが口を開く。
「私用のガンアーツデバイスですか」
「候補の一つだ」
リヴァルは頷く。
「純正ルクヴォイド合金片は、君のマナに異常な適性を示している。
だが直接加工はしない。
代わりに、東方系素材のデータを参考にレプリカ合金を再調整する」
紫乃が目を細める。
「つまり、うちの国の刃の技術を、あなたの新装備に少し貸すわけね」
「必要なら、正式に協力を依頼します」
「ええ。そうしてくれると助かるわ」
織葉は真剣な顔で頷いた。
「我が国の技が、人を救うために用いられるのであれば、私は協力を惜しみません」
リヴァルは短く頷く。
「ありがとう」
解析班が全データをまとめる。
白い金属片。
純正ルクヴォイド合金。
リオンとの異常なマナ適性。
紫乃のクナイアーツデバイス。
織葉のカタナアーツデバイス。
東方系希少金属との近似配列。
それらが一本の線でつながった。
「解析結果を会議資料へ回す」
リヴァルは言った。
「白い金属片は、純正ルクヴォイド合金として登録。
ただし加工禁止。
旧時代遺物として保管し、反応参照体として扱う」
「了解」
解析班が入力する。
「ミス・シノと織葉の装備については、素材データの一部共有を正式依頼。
回答が来るまで、現時点の測定値のみで試算する」
「承知したわ」
紫乃が頷く。
「リオン」
「はい」
「君のマナ応答データも使う。新型ガンアーツデバイスの検討に入る」
「了解しました」
リオンの声はいつも通りだった。
だが、その視線は一度、保護ケースの中の白い金属片へ向いた。
それはもう、ただの未知の破片ではなかった。
純正ルクヴォイド合金。
旧時代から残った、本物の素材。
そして、なぜかリオンのマナに、肉体と見まがうほど高く応答するもの。
リヴァルは最後に、成分表と装備データを並べて見た。
思考の中で、次の装備の形が少しずつ組み上がっていく。
封印を解く。
精霊を止める。
そのために、現代の技術だけでは足りない。
旧時代の遺物。
東方の刃。
リオンのマナ。
そのすべてをつなげて、次の任務へ持ち込む必要がある。
「解析はここまで」
リヴァルはそう告げた。
「次は、整備班と設計に入る」
白い金属片は、ケースの中で静かに光っていた。
誰かが残したものが、千年後の装備へつながろうとしていた。




