守護神の都・中央都市へ
中央都市へ向かう輸送機の中は静まり返っていた。
普段なら誰かが話し始めれば、それにつられて笑い声が広がる。
機内には重い空気が流れている。
誰もが戦争を前にしていた。
初等部の小さな子どもたちは不安そうに身を寄せ合っている。
泣き疲れたのか、目を真っ赤にしたまま座っている者もいた。
彼らは前線ではなく、治療能力として後方支援に所属されるが、怖いのは当たり前だ。
1070番は窓の外を見つめた。
眼下には東市の街並みが広がっている。
生まれてからずっと暮らしてきた場所。
いつもは高い壁の向こうにあるだけだった世界が、今日はやけに遠く感じた。
「怖いか?」隣に座る1073番が小さく聞いた。
1070番は少しだけ考えて答える。
「……そりゃ怖いよ」
その返事に1073番は小さく笑った。
「そりゃそうだよな」
2人はしばらく黙った。
やがて1070番が呟く。
「ねぇ」
「ん?」
「1074番、生きてると思う?」
1073番は迷わなかった。
「生きてる」即答だった。
「だってあいつだぞ」
その言葉に1070番も少しだけ笑う。
確かにそうだった。
誰よりも強くて。
誰よりも真っ直ぐで。
誰よりも自由を求めていた少女。
簡単に死ぬ姿など想像できなかった。
数時間後。
輸送機は中央都市へ到着した。
ここは守護神マリアが暮らす巨大なドームを中心に発展した都市である。
輸送機の扉が開いた。
輸送機に乗っていた全員が思わず息を呑んだ。
ドーム内部に足を踏み入れた瞬間、巨大な映像装置が目に飛び込んできた。
映し出されていたのは中央都市の全景だった。
見渡す限り続く巨大な街並み。
空を覆う幾重もの結界。
ひっきりなしに発着する何十隻もの輸送機。
そして――
数え切れないほどのイハたち。
全国から集められたイハたちが中央都市に集結していた。
「うそでしょ……」
1070番は目を見開く。
広場を埋め尽くす人の波。
東市では決して見ることのできない光景だった。
「映像で知ってはいたけど、こんなに人がいるのか……」
1073番も驚きを隠せない。
その時だった。
ドームの天井付近に巨大な映像が映し出される。
五大都市を守る守護神たちだ。
広場がざわめいた。
守護神。
それは全てのイハたちの憧れであり、目標でもある存在。
そして、一人の女性が姿を現した。
白く美しい衣をまとった中央都市の守護神――マリア。
広場は一瞬で静まり返る。
「全国のイハよ。よくぞ中央都市へ集まってくれた」
穏やかな声だった。
しかし、その声は広場の隅々まで力強く響き渡る。
「諸外国からの攻撃は近い」
その言葉に空気が張り詰めた。
「正直に言おう。私一人の力では、この国を守り切れない。
だからこそ、ここに集まった皆の力が必要だ。
ここにいるイハは、優れた能力を認められ、国の心臓である中央都市へ集められた。
どうか、この国を守るために力を貸してほしい」
そう言ってマリアは深く頭を下げた。
守護神が頭を下げる。
その光景に、誰もが息を呑んだ。
そして次第に広場の空気が変わっていく。
恐怖だけではない。
この国を守るのだという覚悟が、静かに広がっていった。
マリアの隣に立っていたお付き合い人が前へ出る。
「これより各部隊は迎撃準備に入ります」
「それぞれ指定された持ち場へ移動してください」
戦争が本当に始まる。
その現実が胸を重く締め付けた。
1070番と1073番もそれぞれの持ち場へ向かう。
1070番は後方支援部隊へ.。
1073番は守護神直属部隊へ
これまで共に訓練してきた二人も、ここで別行動となる。
しばらく無言で歩いていた1070番が、不意に振り返った。
「次に会う時はさ」そう言って、いつものように笑う。
「1074番も入れて、三人で会おう」
1073番は一瞬だけ目を丸くした。
そして、小さく笑う。
「おう!」
根拠なんてない。
1074番がどこにいるのかも分からない。
自分たちが生き残れる保証だってない。
それでも不思議と、そうなれる気がした。
1074番ならきっと生きている。
自分たちも必ず生き残る。
そしてまた、三人で笑い合える。
そんな小さな希望が、戦争への恐怖を少しだけ和らげてくれた。
「約束な」
1073番はそう言うと、防衛部隊の列へ駆けていった。
――絶対に生きて会おう。三人で。
その時だった。
突然、警報が鳴り響く。
耳をつんざくようなサイレン。
広場の空気が一変した。
赤い警告灯が点灯する。
『全イハへ通達』
機械音声が中央都市中に響き渡る。
『南市に向けて多数のミサイルが確認された』
『迎撃態勢へ移行せよ』
『繰り返す』
『南市に向けて多数のミサイルが確認された』
『迎撃態勢へ移行せよ』
ざわめきが広がる。
しかし、それは一瞬だった。
イハたちはすぐに持ち場へ駆け出していく。
誰も他人事だとは思わなかった。
次に狙われるのが中央都市であっても不思議ではない。
いつミサイルが降り注いでもおかしくない状況だったからだ。
広場に設置された巨大モニターには、南市の様子が映し出されていた。
上空を飛ぶ監視ドローンが、戦場の光景をリアルタイムで中継している。
無数のミサイルを空中で迎撃し、爆発させる者。
巨大なシールドを展開し、街を守る者。
敵の戦闘員が侵入してきた時に備え、各防衛拠点で待機する者。
誰もが命を懸けて戦っていた。
モニターの向こうで起きている戦いは、数時間後の自分たちの姿かもしれない。
戦争は、もう始まっていた。




