全国のイハが集められた日
牢獄からでてから、1073番と1070番の日常は続いた。
早朝から夜まで繰り返される訓練。
身体の中心にエネルギーを蓄え続ける基礎訓練。
一定範囲にシールドを展開し、何時間も維持し続ける訓練。
そして、大人の教官を相手にした武術訓練。
何度倒されても立ち上がり、また挑む。
自分の苦手な能力や戦闘技術も克服しなければならない。
その中でも1073番への指導は特に厳しかった。
次代の守護神候補。
そう期待されていたからだ。
訓練時間も他の生徒より長い。
求められる基準も高い。
少しでもミスをすれば厳しく指摘された。
時には教官たちから複数人がかりで攻撃を受けることもある。
「その程度で守護神になれると思うな!」
何度も地面へ叩きつけられた。
何度も立ち上がった。
身体中に傷を作りながらも、1073番は決して弱音を吐かなかった。
訓練が終わると、1070番がそっと寄り添い治療をする。
そんな毎日が繰り返される。
昨日と同じ訓練。
毎日変わらない景色。
けれど、二人の心だけは違っていた。
イハの組織に対する憎しみ。
そして、1074番が無事でいてほしいという願い。
いつか必ず、もう一度会えると信じていた。
そんな日々が数カ月ほど続いたある朝。
2人は最悪の知らせを聞くことになる。
その日の朝礼は異様だった。
本来なら初等部・中等部と高等部は別々に行われる。
しかし、この日は違った。
広場には東市いる全てのイハが集められていたのだ。
さらに、巨大な中継モニターには西市、南市、北市、そして中央都市が映し出されている。
同じ時刻、全国にいるイハたちもそれぞれの広場へ集められ、この朝礼に参加していたのだ。
全国のイハが一斉に集められるなど、前代未聞のことだった。
見渡す限りの人、人、人。
これほど多くのイハが一堂に会する光景を、見たことがなかった。
「……何事」1070番が不安そうに呟く。
1073番も無言のまま周囲を見回した。
胸騒ぎがした。
1070番はちらりと1073番を見る。
その表情には隠しきれない不安が浮かんでいた。
――まさか、1074番じゃないよね?
言葉にはしなかった。
だが長い付き合いだ。
1073番には何を考えているのかすぐに分かった。
1073番は小さく首を横に振る。
「大丈夫だ」小声で答える。
「一人の生徒のために、ここまで大事にはならない」
その言葉に1070番は少しだけ肩の力を抜いた。
やがて壇上に校長と数名の教師たちが姿を現す。
広場が静まり返った。
校長は重々しい表情で口を開く。
「皆よ。今日は非常に重要な知らせがある」
その一言で空気が張り詰めた。
「西市の守護神であらせられるカノア様が予言を受けられた」
ざわめきが広がる。
守護神の予言が外れたことは一度もない。
だからこそ、その言葉には絶対的な重みがあった。
「近いうちに、この国へ諸外国から大量のミサイルが撃ち込まれるとのことじゃ」
一瞬、誰も言葉を発せなかった。
そして次の瞬間、広場は騒然となる。
「ミサイル……?」「戦争ってことか……?」
不安と恐怖の声があちこちから上がった。
校長はそれらを制するように続ける。
「静まれ!」
その声だけで広場は再び静寂に包まれた。
「彼らと戦い、この国を、外の弱い人間たちを守らねばならぬ。
それがイハに与えられた使命じゃ!」
校長の視線が全員を見渡す。
「各都市の守護神を中心に、全イハで迎撃作戦を行う」
その言葉を聞きながら、1070番は拳を握り締めた。
戦争。
今まで訓練でしか知らなかったものが、現実になろうとしている。
(俺たちは、何のために生まれてきたんだ…)
朝礼が終わると、状況は目まぐるしく動き始めた。
教師たちは休む間もなく生徒たちを振り分けていく。
能力ごとに。
役割ごとに。
シールドに優れた者は守護神直属部隊へ。
治癒能力を持つ者は後方支援部隊へ。
戦闘能力の高い者は各都市の防衛部隊へ。
次々と番号が呼ばれていく。
「1068番。あなたは西市の後方支援部隊へ」
「1069番。君は北市の防衛部隊へ」
二人は一瞬だけ顔を見合わせた。
幼い頃から共に訓練を受けてきた仲間。
いつも隣にいた存在だった。
しかし、今回は同じ場所へは行けない。
二人の表情に寂しさが浮かぶ。
それでも涙は見せなかった。
ゆっくりと歩み寄ると、互いをそっと抱きしめる。
「気を付けて」1068番が小さく言った。
1069番は力強く頷く。「ああ。お前もな」
それぞれ指定された列へ向かっていった。
次に会える保証はない。
そもそも、生きて再会できるかさえ分からなかった。
そんな光景があちこちで繰り返されていた。
そんな中――
「いやだっ!」
甲高い叫び声が広場に響いた。
声の主は初等部の小さな少女だった。
「ぼ、ぼく行きたくない……!」
隣では同じく初等部の少年が涙を流している。
「死にたくないよぉ……!」
その言葉を聞いた瞬間、広場の空気が重くなった。
今まで誰も口にしなかった言葉。
だが、誰もが心のどこかで考えていたことだった。
死。
今回の任務は訓練ではない。
本物の戦争なのだ。
教師たちは泣き叫ぶ子どもたちをなだめる。
だが、一度溢れた恐怖は止まらなかった。
あちこちで嗚咽が聞こえ始める。
クラスメイトと別の都市へ送られる者。
互いに抱き合いながら泣く初等部・中等部の子どもたち。
いつもは厳しい訓練に耐え、強くあろうとしている彼らも、まだ子どもだ。
戦争を前にすれば、怖くて当然なのだ。
しかし教師たちは振り分けを止めない。
戦いは待ってくれない。
残酷なほど淡々と、番号だけが呼ばれ続けた。
やがて――
「1070番」
「1073番」
2人の番号が呼ばれる。
教師は手元の資料に目を落としながら告げた。
「お前たちは中央都市へ向かえ」
中央都市。五大都市の中心に位置し、全国のイハが集結する最大拠点。
守護神たちの本部が置かれた、この国の心臓部。
そして同時に――
敵から最も狙われる場所でもあった。
予言通りなら、最も激しい戦いが起こる戦場。
1070番と1073番は顔を見合わせる。
どちらも何も言わない。
だが、その表情だけで十分だった。
中央都市へ送られる意味を理解していたからだ。
二人はぐっと唇を噛む。
死ぬかもしれない。
その現実が、初めて鮮明に胸へ迫ってきた。
だがその時。
二人の脳裏に、同じ少女の姿が浮かぶ。
1074番。
もしかしたら…中央都市にいるかもしれない。
1070番と1073番は顔を見合わせた。
言葉は交わさない。
それでも互いに何を考えているのか分かった。
会いたい。
無事でいてほしい。
そして、もう一度話がしたい。
不安と恐怖が渦巻く中、その小さな希望だけが二人の背中を押していた。




