第四十話 インドのデリーで出会ったものは
赤土が舞うデリーの町にも、アンティーク街というのがあった。
この国のアンティークディーラーは、シーク教徒が多く、頭にうず高くターバンを巻いている。インドでシーク教徒の割合は、たかだか2%くらいのものだが、ほとんどの人が金持ちなのでとても目立つ。
アンティーク店は薄暗くて、昼間でも中が見られる格子のシャッターが閉めてある。警備なのか単に居眠りしているだけなのかはわからないけれど、ヒンドゥーのおっさんが入り口で座っていたり横になっていたりする。
それでも無理して覗いてみると、それらしいアンティークは並んでいる。しかしまぁ、その値段の高いこと。日本の倍の値段がついていた。
当時この町の物価では、カレーが1杯50円くらいで食べられたのに、ボヘミアのガラスが30万円、古びた人形が40万円。大きな壁かけ時計は50万円。
デリーの道はどこもかしこも、歩いている人がいっぱいで、りクシャ(三輪タクシー)に乗ると、ビービーとクラクションを鳴らし続け、通行人を掻き分けて進むのに、このアンティーク街は、ほとんど人が歩いていない。
貧富の差が激しいこの国で、アンティークというのはほんの一握りの人たちの娯楽、というよりは金儲けの手段なのだろう。
それにしても虎郎にとっては、初めて訪れる海外のアンティーク街である。なんだか気の毒になって、ともかく何かそれらしいものを売っている店を探そうと裏道に入った。
どんどん裏道を進む、と、トンテンカン、トンテンカンとしばしも休まぬ鍛冶屋のような音が聞こえてきた。
「何だあれは?」
あっけにとられて立ち止まる。
まさしく鍛冶屋なのである。鉄をたたく道具と、ふいごや大きなハンマーが無造作に置いてある。
本物の鍛冶屋というのは、昭和の真ん中に生まれたみんでももはや見たことがなかったけれど、このままそっくり東京に持って行って「昔懐かしい明治の景色」なんてタイトルで博物館をつくったらよさそうである。
その小屋のような作業場の中には、ヨーロッパにある筈のアールヌーボーのランプの鉄枠や、アールデコのスマートな女の人の像、スタンドの台。
恐る恐る作業場の中に入っていった。
薄暗い中はけっこう奥行きがあって広い。
ムッと鼻を包み込んでしまいそうな臭いは、カレーと埃と煙草が混じっている。
そして、奥の倉庫には、あるある。
かつてクリニャンクールで見かけた、女の人の体が持ち手になっている手鏡が山積みになって並んでいた。
「この手鏡、古そうに見えるけれど、何だか錆び方がわざとらしい」
あの最初の仕入れの時、そう考えて買うのを辞めたことを思い出した。
その後も、その手鏡は何度も見たけれど、そうか、こんなところで作っていたのか。
ロンドンのポートベローで売っていた金属のアクセサリーの地金、写真フレーム、壁掛け、鏡の枠。パリでツンと突っ立っていた、アールデコの置物。そして、ランプシェードのガラスまで。
ガラスシェードのサインは、ガラスの表面をグラインダーで削って、その文字の所をツルツルに磨いてあるのだけれど、ここにあるのはその作業の途中らしく、見慣れたフランス語がウイーンと彫られている途中だった。
「・・・・・」
背後から声をかけられた。
暗い中に、溶け込んでいたようなおっさんがいきなりヌッと現れた。
「いや、ちょっと見せてね」
どうせ通じないだろうと思って、日本語で言うと、癖のある訛り英語で、ちゃんと答えてくれる。
「いいよ。何でも作ってあげるよ。ただし安いものならロットで千個以上だからね。スペシャルなものなら1個でもいいよ、ちょっと高いけどね。あんたがたは日本人?」
古いインド綿の赤い布を鉢巻の要領で頭に巻いたヒンドゥーのおっさんが、欠けた歯に煙草をくわえて、人のよさそうな顔でニコニコ笑っている。
汗のにじむインドのデリーで、背筋がゾッとした。
こんな風に生み出されている、アンティークという名の新しいもの。
時が止まったようなインドで、かつての手法と同じ要領で、休むことなく作り続けられているアンティーク。
それを、どうやって見分ければいいというのだろう。
美しく汚してある鉄。見事なさび色の金属たち。
それらを、平気で並べて「ヴィクトリアンだ」「ジョージアンだ」と売るヨーロッパのアンティークディーラー。
彼らはどこまでわかっているのだろう?
古く見える新しいものを、新しいとわかって売るディーラーと、古く見える新しいものを古いと思って売るディーラー。どれのどちらがすぐれたディーラーなのだろう?
通りに出ると、何の用があるのか、多くのインド人がのったらのったらと行き過ぎる。舗装のない赤い土道にわがもの顔で喚くリクシャ。
インドには、悠久の時が流れているらしい。
1年前の夏「軽井沢骨董市」で、できのいい陶磁器を売ったのを思い出した。無銘だったから25000円だった。
買って行ったのは、近くで店をやっているという骨董屋のおっさんだった。
彼はその陶磁器を取り上げて「おお、いい出来の名無しマイセンだなぁ。よしよし、剣のマークを入れてあげようね」
と言って「お姉ちゃん、2万円にしときなよ」と言った。
マイセン陶器には、必ず剣のマークが入っていて、それで時代もある程度特定できる。
業者だとわかったので、みんも「わかりました、では2万円で」と梱包した。
おっさんは、出回り始めたばかりの携帯電話「ショルダーホン」を肩にかけ、「お姉ちゃん、ありがとよ。これで、20倍か? いやなかなかの出来だから40倍でも化けるな。安いもんだ」とウインクをして出て行った。
あの時は冗談だと思ったものだ。
でもみんはあの時すでに偽物売りの片棒を担いでいた事になる。




