第三十九話 バクシーシの嵐
それからは、仕入れに虎郎も一緒に行ってもらうことにした。
ベルギーでの、肩が抜けそうな苦行に懲りたみんは、レンタカーを借りることにしたのである。
虎郎は、陸送屋をやっていただけあって、ヨーロッパでも運転はお手の物だった。
ただし、2人分の飛行機代がもったいなくて、旧ソ連が誇るアイロフロートといえども、せっかく北回りに出世したみんの空路は、またも南廻りの3日行程に逆戻り。
最初に2人で使ったのはインドエアーだった。
日本から香港、香港からカルカッタ、カルカッタからデリー、デリーからドバイを経て、アムステルダムに着いてからロンドンに行く便だった。
デリーでは乗り継ぎが27時間、つまり1日以上あった。インドエアーはご丁寧にホテルまで用意してくれていた。
二人は町に出ることにした。
けぶるような梅雨の日本を出発して、からっからに乾いたインドに到着した。
その空港でのことである。
インドの空港では、飛行機から自分の荷物を自身で引き取ってイミグレーションに向かえとアナウンスがあった。
着陸しても、ロビーに向かう通路も何もない、飛行機にはただむき出しの貧相なタラップが設置されているだけだった。
大きくはらわたを開けて飛行機が荷物室を見せる。臓物を受け取るように、威張った係員から自分の荷物を受け取った。
荷物を受け取るやいなや、虎郎はいきなり20人ほどの真っ黒いインド人に囲まれた。
彼らは口々に、バクシーシ、バクシーシと叫びながら虎郎を取り囲んでいる。
しまった、うっかりしているとすぐにたかられるのである。
でもそんなことまで、虎郎には伝えていなかった。
黒い塊に囲まれた哀れな虎郎は、国際便はおろか、国内便も含めて飛行機に乗るのは初めてなのである。
「バクシーシ」というのは本来「ほどこし」を意味するけれど、インドの空港ではポーターが無理にも客の荷物を持って、バクシーシを要求する。
他にも何ヵ所かバクシーシの群れができていて、うぶな客たちが囲まれてはいるが、おー、虎郎の群れが一番すごい。こうなったら、助け出すことはできない。
暑さと人いきれで汗だくになった虎郎は「バクシーシ」が金を要求されている意味だと理解できたようで、自分の財布を開け放して、その群れに1ドル2ドルと言われるままのドルを渡している。ついには、あけっぴろげになった財布に手を突っ込まれ、奪われているといった始末。
よかった、彼にはもともと、小銭20ドルくらいしか持たせていない。まぁ、この調子じゃ、イミグレーションに着く頃には、一文無しかもしれない。
でも、彼らポーターは、あくまでドロボーさんじゃなく荷物持ちだから、無事に荷物は運んでくれるだろうと、みんは他人のふりをして、さっさと先に行って待っていた。
乾いたインドの埃だらけの空港で、ポーターたちは虎郎の2つのちっぽけなバッグを仲良く5人で持っていて、あとは、ジャケットと、帽子、それぞれを持っていただいていた。
虎郎はもみくちゃにされながら、ほうほうの体でやって来た。
「大モテだったねぇ」とみん。




