第二十八話 とにかくパリに行ってみた
1週間後、みんは南周りの安チケットで、パリに向かう飛行機に乗っていた。
アンティーク屋になる。
そう決めたのだから、ともかくヨーロッパで仕入れするしかないのだろう。
どこに行くにも、小さなリュック旅しかしなかったから、スーツケースなど縁がなかった。それを言うと、虎郎は一夜のうちにどこかの団地の粗大ゴミ置き場を回って黒い大きなスーツケースを調達してきた。スーツケースには、商品を買った時に包む新聞紙とガムテープを詰めた。
当時、まだ国際線の飛行機代は高いものだった。安チケットでも20万円はしたものだ。残るは30万円。パリから入ってロンドンから帰る、滞在10日間の日程で、宿泊費と交通費と食費の経費を合わせて5万円。だから商品にかけられるお金は25万円。
この25万円を少なくても3倍以上にしなくては合わない。
だけど、アンティークなんて買ったこともないし、触ったこともない。どこで買えばいいかもわからない。
今のように、インターネットもなければ、アンティークの本もない。
かろうじてわかっていたのは、ヨーロッパ視察旅行をしたおやじさんが「パリのクリニャンクールというところと、ロンドンのポートベローというところで蚤の市がある」と、教えてくれただけだった。
それだけでもわかっていたら、何とかなるだろう。
乗ったのはパキスタン航空だった。北京、カラチ、イスラマバード、オマーンの空港を経てやっとパリに着いたのは、3日目の早朝だった。
シャルル・ド・ゴール空港からバスに乗って、パリ市内に向かう。
冬の始まるパリの空はどんよりとしていた。
駅に荷物を預けたまま、早速そのクリニャンクールに行ってみた。
その日は金曜日だった。金土日とクリニャンクールで蚤の市が開かれると聞いていた。
お祭り騒ぎのような町だった。うろうろと歩き回る。
いかん、自分に言い聞かせる。観光気分で歩いている時ではない。
仕入れに来たのだ。仕事に来たのだ。
だけどいったい、何を仕入れればいいのだろう?
クリニャンクールは迷路のようで、美術館みたいな店があるかと思えば、地べたに布を敷いてものを並べただけの店もある。こちらにはスタンド形式の店がずらりと並んでいたり、間口1間くらいの小さな店が軒をつらねていたり、方向感覚のないみんは、たださまようばかりである。
そんな中で、ふと手にしたのは、地べたの店に並んだ金属の手鏡だった。女の人の体が持ち手になっている。値段を聞くと、10フラン、240円くらいである。
当時のフランスは、フランという通貨だった。1フランが約24円。
あら、買えるじゃない。
どうやらみんの買えるものは、この地べたの店のようである。
でも、この手鏡、古そうに見えるけれど、何だか錆び方がわざとらしい。
私はアンティークディーラーになるんだ。アンティークディーラーなんだから古いものを買わなくちゃいけない。
クリニャンクールを歩いていると、かつて国分寺駅の古い建物の半地下にあった、ジャズ喫茶みたいなアンティーク屋にあったビスクドールも目にした。けれど、みんの仕入れ金額は10日間で25万円。とても買えるものじゃない。
目を皿のようにして、地べたの店を物色する。
古そうなコンパクト、飾りの付いたスプーン、ガラスのコップにスパンコールのバック。
おや、10フラン、20フランで買えるじゃないか。
ちょっとうれしくなった。
ふと顔を上げると、見たことのある日本のご婦人がカフェでおしゃれにコーヒーを飲んでいる。あの「軽井沢骨董市」に差し入れを持って夫婦でおやじさんに会いに来ていた人だ。差し入れは「箱入りのうるめいわし」で、あれは旨かった。
「お久しぶりです。軽井沢ではありがとうございました」と挨拶をすると、婦人はみんのことを覚えているのか忘れたのかわからない素振りで「あら、あなた・・・。仕入れに来たの?こんなお昼近くなっちゃ、もう何にも買えないでしょう?」
「いや、まぁ、初めてですので、そのう、さっきパリに着いたばかりで、ハハハ、ガラクタですが、何とか買ってみようと、、、」
「お座んなさい。カフェオレ奢ってさしあげるから」
彼女は、フランス人みたいなフランス語でボーイさんにカフェオレを注文した。
「ありがとうございます。仕入れでパリにいらっしゃっている方だったんですね」
「あーら、私をご存知ないのね。私は年の半分はパリにいるのよ。それでいろんなマルシェ・ド・ピュースのカフェにいるから、パリの知り合いは私のことを『マルシェ・ド・ピュース・マダム』なんて呼んだりして、フフフ、まぁ、常連ね。パリのことなら、教えてあげてもいいのよ。あら、カフェオレが来たわ。お飲みなさい」
マルシェ・ド・ピュースとは、蚤の市のことである。マルシェは市場、ピュースは蚤。変な名称だ。
「はい、ありがとうございます」
カフェオレはとてもおいしかった。
「すみません、それじゃお伺いしますが、どこに行けばアンティークが買えるんでしょう?」
「そんなこともご存知なくてパリに来ているの?そぉう、ホントに新人さんなのね。でも、ひとつ覚えておいてちょうだい。パリのマルシェ・ド・ピュースは教えてあげるけれど、別に私は、商品を買いあさる『骨董屋』じゃないのよ。『アーティスト』なの。忘れないでね」
「はぁ」
「こんな時間にうろうろしているようじゃ、ダメね。仕入れは早朝にやるものよ。ガラクタといえどもアンティークはひとつしかないの。そのひとつを少しでも早く誰かに買われたら、それはもう永久に買えないの」
なるほど、そう言えばそうだ。アンティークというものは、どんなものでも、たったひとつしかない。過去に大量生産したものであろうと、時がたつうちに、誰かが手にし、使ってきたものだ。つまり同じ状態の物は、ふたつとない。
「このクリニャンクールはね、ほとんどが世界中から集まる観光客目当ての市場なのよ。だから、とっても高いの。それに新しいものもいっぱいあるの。まぁ、あなたじゃ区別がつかないでしょうけど。パリにはあと2ヶ所、バンブーとモントルイーユというマルシェ・ド・ピュースがあるわ。そっちの方が、あなたのように、お金にきゅっきゅしていそうな人には、いいわよ。パリの街中にも、いっぱいアンティーク屋さんあるけど、あなたが買えるものはないから」
親切なのか、失礼なのかわからないけれど、ともかく助かった。
「朝早くって、何時ごろから・・・」
「そうねぇ、どろぼうさんとか屑屋さんとか、怪しげな人たちは夜中の2時ごろには、もうガラクタを売りに来ているものなの。でも、あなたじゃ、タクシー乗るって言ってもねぇ」
そのとおりでございます。タクシーなんぞ使えません。事実だから、仕方がない。
「あ、あなた、これ、差し上げる」
別れ際に手渡されたのは、ペン型をした懐中電灯だった。
多分、とても親切な人なのだろう。
パリのガタガタ揺れるメトロで駅に戻り、ロッカーから荷物をとってモントルイーユのすぐ近くに安宿を探した。これならタクシーを使わなくて済む。




