第二十七話 NEWYOKER USED COTTON SHIRT
11月4日金曜日、待ちに待った天下市。
国立の駅前通りに着いても、まだ夜は明けていない。
駅前から伸びるその道に、整然といくつものテントがたてられていて、開店準備の人が動いている。三角屋根で、4本パイプの骨組みにキャンパス地を張った、運動会で校長先生や役員が座っていたようなテントで、間口は2間、奥行き1間。大体で4畳分くらいの広さだ。
事務局で示されたのは、通りの中央あたりに位置する場所で、ちゃんと「リサイクルショップ ぺんぺん草」と看板までかかげてくれていた。
そのせっかくの看板を隠すように、厚紙でつくってきた「NEWYOKER USED COTTON SHIRT」と書いた大きな看板で覆った。
この看板の製作を虎郎に頼んだ時、彼は「へっ?」と顔をあげたものだ。
「ニューヨークで綿シャツが流行っているの?」
「どっちでもいいのよ、そんなのは」
「そ、そうなの?」
「古雑誌から、ニューヨークっぽい写真切り取っておいたから、こんな雰囲気で書いてね。書いたら、この切抜きを全部厚紙に貼り付けて、パネルにしておいてね」
虎郎の器用はホントに重宝する。
虎郎のつくってくれたパネルを、柱やテントの結び目にいくつも括りつけた。
それから、商品の飾りつけ。ともかく綿シャツ。綿シャツだけ。
それらはすでに、おなじみのクリーニング店の前や団地のゴミ捨て場で拾った針金ハンガーに掛けて段ボール箱に収まっていた。
テントのありとあらゆる場所に綿シャツをかけまくる。まるで中東のバザールみたいだ。
その真ん中に、団地で売っていた時に使っていた売り台、つまりダンボール4個を足にして、解体している家から持ってきた戸板を置いただけのテーブルを設置した。
その上には、とりあえず、何も置かない。
午前10時、花火があがって駅前でパレードが始まった。
トランペットの高らかな演奏が、国立駅からまっすぐ続く街路樹を揺らし、赤と黄色に染まって天に伸びる。秋晴れの空は真っ青だ。
ざわりざわりと人波が動き始める。
「やるぜ」
「了解」
人波は、あれよという間にいっぱいだ。お祭気分で、みんな何かが買いたい。
虎郎がちり紙交換で使っているカセットテープを登場させ、ジャズとロックをスピーカーが震えるくらいの音でかけた。
ちょっと声が聞き取りにくい程の音量で、ガンガン流す。
その音より大きな声を張り上げて「いらっしゃいませ、ニューヨークで大流行のユーズドショップがお届けするおしゃれな綿シャツです。おなじみのチェック柄、ボーダーに無地、様々なスタイルが揃っております。大きな方から小柄な方までいろんなサイズを取り揃えました。ぜひ、お立ち寄り下さい。ぜひお選び下さい。いらっしゃいませ、いらっしゃいませ。ニューヨークで大流行のユーズドショップがお届けする・・・」声を限りに叫んだ。
不思議なものだ。音楽があって、それよりでかい声で叫ぶと、人はふうっと足を止める。
この作戦は成功した。
自分の中に、こんな声があったのかと驚くほどの声で叫んでいた。
1人が綿シャツを手に取った。
「お客様、すごく素敵でしょう。羽織ってみてください。鏡はこちらにございます。虎郎さん、こちらのお客様のサイズ、見てあげてください」
大丈夫、あの客はもう絶対に買う。
お客がわらわら集まってくる。
「虎郎さーん、お客様いっぱいいらっしゃるから、特別商品をお出しして」
「ほいほい」
虎郎が、戸板の売り台の上に、ダンボールに入れたままにしてあったハンガーにかけていない綿シャツを振り撒く。
戸板の上に、桜の花が舞い散るように、シャツが広がる。
虎郎には言っておいた。
「なるべく大きく高くね。餅投げする時の要領でシャツを撒いてね」
「みなさまぁー、ただいま当店の特売品をお出ししております。今ならどれでも2百円です。6枚まとめていただくと千円にさせていただきます」
通り過ぎようとした人までおもしろいくらい集まってくる。
「2百円なの、これ」
「そうなんです。ただし、ちょっと難ありですよ。だけどぜんぜん大丈夫。かっこよく着られるものばかりです。あ、お客様、それ、袖のところが少しだけほつれているけれど、パッチワークになんか使ったら素敵。なんてったって6枚で千円ですよ。いいコットンですよ」
「そうよねぇ、安いわよねぇ」
「虎郎さーん。こちらのお客様まとめて千円でーす。いいお買い物ですねー」
まだ客が「買う」とも言っていないけれど、ニコニコしながらそう叫ぶと、客はつられて、ニコニコしながら千円札を出す。
まるで自分で「これ買うわ」と言い出したかのように。
「でも、これじゃいくら2百円でも俺は着られないしなぁ」と、別の客。
「お客様、いい体格をしてらっしゃるもの、だったらこのくらい大きなもの着なくっちゃ。大きな体の方が、ダブッと大きな綿シャツを着る、それがまた、かっこいいんだから。あ、でも、これちょっと高いんだなぁ」
「えっ?いくらなの」
「それがね、これ特別品だから、5千円しちゃうのよ。どうします?違うもの探しましょうか?」
「いや、これ気に入ったもんなぁ。これにする」
高いと言われれば、客は勝手にものすごく高いと思ってくれる。それが5千円、俺にも買えるじゃないか、高いって言っているものが・・・客のプライドはぐっと満足するらしい。
これは体の小さい人にも応用できる。
「お客様のようにスマートな方が、ダブッと大きな綿シャツを着る、それがまた・・・」
そして「でも、ちょっと高いんだよなぁ」
財布はどんどん口を開く。みんはしゃべりまくる。
30分に1回くらいのペースで、綿シャツ餅投げのパフォーマンスを繰り広げる。
どう考えても綿シャツを着そうにないおば様方や、おじ様方まで勇んで綿シャツの餅拾いに参加してくれる。
戸板の売り台にシャツがいっぱいになると、客の隙を見て虎郎がこっそりダンボールに仕舞っては次のパフォーマンスに備える。
2百円の綿シャツは、ダンボールに50箱くらい用意してある。
ボロ家であふれんばかりの綿シャツを選別していて「値段に極端な差を付けよう」と考えた。2百円以外のものは、一番安くて2千円、高いのは5千円まで値段を付けた。
良く見れば、2百円のものと、2千円5千円のものなんて、たいして違いがあるわけではない。
だけどハンガーにつるしたら2千円にも5千円にもなり、餅なげ方式で戸板に撒けば、2百円になる。
「水商売・その開業ノウハウ」にお金の借り方の方法は書いてあったけれど、ものの売り方はどこにも書いていない。
勘しかなかった。商売というものを始めてまだ半年と少し。まだ何にもわかっちゃいなかったけれど、こうすれば客がお金を出すだろうと、勘が教えてくれた。
ジャズやロックに負けないように声を限りに叫んで、売り、シャツをばら撒いて、しゃべり、また売り、テントに掛け、また売る。それを3日間繰り返した。
場所代を払って焼肉を食べても、手元には50枚以上の1万円札が残った。




