第二十二話 ヘリコプタ-ペテン男
そんなある夕方、ペルシャ絨毯の吉野さんに連れられて、サカモトという男がやってきた。吉野さんは「昔の知り合いなんですけどね。どうしてもおやじさんに紹介しろって聞かないんですよ。すみませんね」とおやじさんに引き合わせる。そしてその場にいたみんや古伊万里の河野さんや掛け軸の本谷さんに「後は頼む」と片手拝みをしながらとっとと自分はホテルに帰っていった。
サカモトは、筋肉質そうな細い身体で、色が黒く目がぎょろぎょろ動く男だった。低い話声に時々おねえ言葉が混ざっている。
「今日はね、おやじさんにいいお話がしたくて、ヘリコプターでやって来たんです」と言いながらピンク色の名刺を出し、見たこともない陶器に入ったブランデーのびんを大広間の机に置いた。
「ヘリコプター?」
「そう、僕はね、ちょっと遠出する時はいつもヘリコプターを使うの。あ、僕のうちには、ヘリポートがあるのよ。軽井沢にもゴルフ場にヘリポートがあるからね、ひとっ飛び」
何となくその場を離れにくい雰囲気に引きずられて、河野さんと本谷さんも、ちびりとブランデーを飲んでいる。
「そりゃ、たいそうなご身分やねぇ」と河野さんが茶化すが、サカモトは大真面目で「便利ですからねぇ」
それから彼は、社会経済の話しやら、骨董業界の将来展望やらの勝手な持論を延々まくしたてたかと思うといきなり「でね、おやじさん」と猫なで声になった。
「すごく儲かるんですよぉ」
「いったいあんたは、何屋なのかね?骨董屋では聞かない名前だが」
「だから、みんは、ほら、名刺にもあるように、陶芸家なんですよぉ。古伊万里を習作として焼く勉強中の陶芸家」
「はぁ?」
河野さんと本谷さんが目を合わせて「あ、俺、夕飯まだだった」と腰を浮かす。
「あ、私も」と立ち上がろうとするみんの肩を河野さんが抑える。
「おう、そうだった。俺今日は肉野菜炒めの材料買うてるから、作ってあげよか? ええねんええねん、待っとりいな。持ってきてあげるし。おやじさんも食べますか? はいはい、いっぱいつくるから」
「あ、僕は昨日いい川魚を釣って来たから、塩焼きにして持ってきますね」
うまい具合に逃げおおせた河野さんと本谷さんをうらみつつ、結局おやじさんとみんは、このサカモトという男と肉野菜炒めと塩焼きの川魚を食べる羽目になった。
「すごくいい出来なんですよ。私の習作ですけどね」
サカモトは、何枚もの写真ファイル持っていた。そこに写っているのは、まぎれもない古伊万里のようにも見えた。
古伊万里の定義はいろいろ説があるけれど、少なくとも『古』が付く以上、江戸時代でなくてはならない。それを「サカモト」が「いい出来」で「焼く」ことは不可能である。
「私はね、骨董市には出てないですよ。だって、古いものを扱っているわけじゃないんだし。でも、骨董屋のお友達はいっぱいいるよ。それで、そのお友達にお願いして、いろんな神社での骨董市の朝、早くですよ、まだ夜が明ける前。私のお店広げさせてもらうんです。あ、すみませんね。おやじさんがやってらっしゃる骨董市も時々お邪魔しているんですが、まだ市が始まる前ですもの、お店開いても別に問題ないでしょ。それで、ちらほらやって来る業者の方に『できたてほやほやの、ほれぼれするような皿ですよ。いい味出してますよ』って売ると、売れること売れること。夜が明けてね、市を回ってみると、私の作品を古伊万里として売っていたりするんですよね。みなさんちゃっかりしてらして、私の売った値段の10倍くらいお付けになったりして、ハハハ、わかっているんでしょうかねぇ、わからないんでしょうかねぇ」
「つまりあんたは、贋作屋ってことかね?」
「いやだなぁ、贋作屋じゃなくて、陶芸家ですよ。贋作屋っていうのはね、おやじさん。有名作家のニセモノをつくることですもの。私は陶芸家として『出来立てほやほやの私の作品』って、ちゃんと言って売っているんですよ。『ほーら、出来立てで、まだ湯気が出てますよ』なんてね。おやじさん、おやじさんみたいにいろんなものを売っている方なら、私の作品はよく売れますよ。今の時代はですねぇ、どんどん古いものがなくなっていく。でも求める人はどんどん増えている。需要と供給、これ流通のあたりまえ」
「帰ってくれ」と、おやじさんが5回は言ったと思う。けれどこの男は、その言葉を平気で聞き流し、今度はまた、日米摩擦の話を持ち出して、のらりくらりとしゃべり続ける。いっこうに帰りそうにない。
おやじさんにしたら、酷な話である。
サカモトは、確かに銘を入れた作品を作っているわけではない。陶芸家が習作として、中国や日本の古い陶磁器を真似るのはよくあることだ。おまけにこの男は、一般人に「古伊万里」と言って売っているわけでもない。
それを買った業者が、勝手に古伊万里としておやじさんの仕切る骨董市で売っているのだ。
もしその業者が「知っていて」売っているとすると、こんな卑劣なことはない。けれどもしその業者が「知らない」で売っているとしたら、こんななさけないことはない。
ブランデーはとうになくなり、おやじさんのコップが空になっているので、みんが立ち上がろうとしたら、おやじさんはみんを目で制して「えっと、サカモトさんだったかね。もうちょっと飲むかね。すまんが、台所に誰かいるから、サカモトさん日本酒1本持ってきてもらえるかな?」と言った。
「お安い御用ですとも」
サカモトが台所に立つと同時に、おやじさんは「おい、あいつ潰しちまおうぜ」
「了解です」
サカモトが一升瓶をぶら下げて帰ってきたので、みんは「何か肴、持ってきますね」と入れ替わりに台所に立った。そして、空の一升瓶に水を入れた。
それからのおやじさんの豹変ぶり。
「サカモトさん、すごいお話ですね。ぜひもっと拝聴したいものですなあ。ま、いっぱい、あ、お注ぎして」
「いやいや私は、もうそろそろ」
「何をおっしゃいます。さ、もういっぱい。僕も一緒に飲ませていただきますよ、さ、ぐいっと」
「いえいえ、もう、ほんとに」
「おもしろいお話ですなぁ。で、その窯は、ご自宅に? すごいなぁ、ヘリコプター、乗ってみたいものだなぁ、そうですか、さ、もういっぱい」
みんはサカモトに酒を注ぎ続け、おやじさんとみんのコップに水を満たしては、いっしょに飲み干し続けた。
否応なく、流し込むが如く。
公民館にいるみんなは、まさかおやじさんとみんが水を飲んでいるとは思いもせず、あきれて寝てしまっている。
やがてフラフラになったサカモトは、正体なく倒れこんだ。
「ざまぁみろ、バカめ」とおやじさんは薄く笑い。
「おい、運ぶぞ」
「はい、で、どこへ?」
「どこにぶち込もうか? そうだな、風呂場だな、あそこにぶち込んじまおう」
「ですね」
風呂場といっても、そこは古い体育館にでもありそうなセメントの床で、シャワーが3つ並び、あとはむき出しの風呂釜がひとつ置いてある。
サカモトを風呂場に運び込むと、おやじさんは「おい、逃げられないようにバリケードつくろう」と、もはや「わんぱく坊主」になって無邪気に楽しんでいる。
大広間にもどり、おやじさんの商品が並べてある文机から商品をおろし、文机を風呂場のドアの前に5脚積み上げ、さらに椅子を支えにしてほうきを十字に組んだ。
深夜のバリケードつくりの作業が終わった二人は、台所でちゃんとおいしいコップ酒を一杯飲んだ。
それからおやじさんは、「さ、明日は早いんだ。おやすみ」と、倉庫みたいな3畳間に消えていった。
翌朝目覚めると、おやじさんはすでに東京に向かって出発していた。
風呂場のバリケードを片付けて中を覗くと、ガラス窓が開け放たれていて、サカモトの姿はなかった。
夜中にヘリコプターにでも乗って、逃げて帰ったのだろうか。




