第二十一話 酒と惰眠の日々
軽井沢にはさわやかな風が吹き渡り、緑はみずみずしく、そして濃い。そんな美しい毎日は、ぼろぼろの軽井沢公民館にもやっ てくる。
売上という難問題を別にすれば、おやじさんが持ってきてくれる毎日の米だけは食べ放題だし、悪いもんじゃなかった。
夜になると、大広間の自分の店の横で寝袋にもぐりこみ、ザコ寝して日々が過ぎる。軽井沢の夜は涼しくて、気持ちがいいくらいよく眠れた。
ちなみに、大広間のザコ寝は、みんのほかには、裕ちゃん、築地さん、髪の長い彼女、そして班長さんだった。他の小部屋の出店者たちは、それぞれ自分の店で、商品の間に布団をしいて眠っていた。
公民館には2階があって、そこが宿泊施設になっているが、一泊2千円かかるので、客が来たとき使うだけである。
市場や東京での仕事で1ヶ月の半分くらいしか公民館にいないおやじさんには、一応、風呂の隣の3畳間が確保されているが、ほとんど倉庫と化していて、おやじさんは、荷物に挟まれるようにして眠っていた。
おやじさんとは、よく飲んだ。
おやじさんが公民館にいる時は、3日にあけず訪問者があった。同業者であったり、客であったりする。
そのたびにおやじさんは、諸手を挙げて歓待する。
とはいうものの、ほとんどの客が一升瓶と酒の肴を持参するから、おやじさんは酒宴の場所を提供して一緒に飲んでいるだけである。
その度にみんは、いそいそと準備を手伝った。
まあ、どうせ宴会は大広間の1画で繰り広げられるのだから、すぐ隣が寝場所のみんにとっては、成り行きでお相伴にあずかるわけだ。
しかし、そのすぐ向こうで寝ているはずの裕ちゃんは、おやじさんに呼ばれたら「はぁ」と席には着くけれど、30分もしないうちに、すっとどこかに消えている。
築地さんもよく同席したけれど、髪の長い彼女は誰にも気づかれることもないまま、寝袋をステージの奥に運んで寝ていたようだ。
夏の軽井沢骨董市出店業者の面々もよく同席していたが、おやじさんはいつも、客にみんを紹介してくれた。
「この子はねぇ、おもしろいよ。骨董屋になってどのくらいになる?って聞いたら、3ヶ月になります、軽井沢骨董市に出してください。ってきたもんだ。いやぁ、たまげたね。それで一人前に市場に来て商品を競っているんだから、世の中変ったもんだ」
おやじさんの酒は、客によって様変わりする。
好きな客と飲むと、終始ニコニコしていて、聞き上手である。
けれど「おや、今日は妙に饒舌だぞ」とか「むっつりしているぞ」と思うと、そのうち悪態をついて怒鳴り始めたりもする。
怒鳴り始めても、別に害があるわけじゃないので、みんはいつまでもその姿をながめつつ、へらへらと飲んでいるのだが、そのうち台所で息をひそめていた班長さんが、床を踏みならしてやってくる。
そしてみんに向かって「君、君はいつまで飲んでいるんだ。新人の癖に、女の癖に、何だと思っているんだ!おやじさんがお疲れになるだろう」と決まりセリフで怒っては、いきなりおやじさんの方に向きなおり、気持ちが悪い慇懃さで「おやじさん、もうお眠りになってはいかがですか?」と言ったものである。
「~な癖に」なんて妙ちくりんな言葉を使うやつは相手にしないのが一番だから、しらんぷりをしていると、班長さんはまた床を踏み鳴らして台所に帰って行く。客たちはしらけてそそくさと席を立って2階の寝床に退散する。
それでおやじさんが納まる場合もあるが、逆効果になることの方が多かった。
そんな時は、おやじさんがどなり疲れるまで、酒を飲みつつ待っていた。おやじさんはやがてみんひとりが座っていることに気づくと「おい、水汲んできてくれるか? 軽井沢の水はうまいからなぁ」とちょっと照れて笑ったりした。




