第二十三話 夏が終わった虚脱感
軽井沢骨董市のしっちゃかめっちゃかな日々は、穏やかに過ぎていった。
最終的に、軽井沢骨董市でみんが売り上げた金額は、1ヶ月で25万円だった。
まぁ、仕入値段にすると3万円もかかっていないガラクタと、ちり紙交換で手にした古着ばっかりだったから、これでもよく売り上げたほうだろう。
後の話になるが、みんは結局この「軽井沢骨董市」に9年間出店することになった。
それは、みんが新米アンティーク屋として昭和という時を過ごした時期と重なる。
みんは、ワープロのカルクという、今のエクセルに近い機能のソフトで、1年分の売上管理、在庫管理、等々をポイポチと打ちながら1カ月間のんびりと過ごしたものである。
1年目は25万円、2年目は同じ大広間で百万円、3年目は古伊万里の河野さんが使っていた小部屋に移って2百万円、4年目には16畳の中部屋を半分借りて4百万円、5年目は中部屋を全部借りて8百万円、6年目から9年目までは、この畳敷きの部屋で1カ月の売上が、1千万円を切ることはなかった。
あれから、築地さんが亡くなり、千葉の老夫婦が亡くなり、吉野さん、河野さん、本谷さん、おまけに班長さん、それにおやじさんまで、みんなあの世に行ってしまったけれど、あのお化け屋敷みたいなボロ公民館でのはちゃめちゃな生活は、みんのアンティーク屋としての根幹をつくってくれた。
さて9月に入って東京に帰ってきたみんは考えた。
軽井沢での売上は25万円。経費その他を引いて、手元には20万円弱のお金が残ったものの、このくらいのお金、すぐなくなるのは目に見えていた。
睨んだとおり、虎郎はいいかげんなその日暮しで1ヶ月を過ごし、部屋代も公共料金も払っていなかった。
それを払ったら、元の木阿弥。
みんは武蔵野の片田舎の古びた一軒家の濡れ縁に座って、ぼんやり空を見ていた。
クーラーもないボロ屋で、3日間ぐらいそうしていた。
夏の気配が、まだそこここにあって、涼しい軽井沢から帰ってきたみんの頭はうすらぼけていた。




