質疑応答その2、クロードの場合
相変わらず長いです・・・。ごめんなさい。本を読んでいたら色々書きたい事ができてしまったので詰め込んだらこんな長さになってしまったと言い訳してみる。・・・これでも大分要点だけに絞ったんだけどなぁ・・・。
「ブリスケン人民党、ミスタ・ヴェルナール。」
すごすごと引き下がったマルクスの次に立ち上がったのは、ブリスケン人民党の若手議員、クロード・ヴェルナールである。
スーツの上から見ても分かるほど引き締まった身体、190センチはあろうかという長身もさる事ながら、ほとんど無毛と言って良いほどに刈り上げられたスキンヘッドが光を反射している。その上、南方諸島民族の血が入っているのか、肌はやや黒みを帯びた黄色系で、顔は彫りが深く、目尻も吊りあがっているために、見る者に威圧感を与える風貌だ。政治家というより、ギャングの幹部とでも言った方がしっくりくるだろう。
ウィリアムとしては、先程の議員よりは多少マシな質問を投げかけてくれる事を願いたいものである。
彼は非常にテキパキとした動作でマイクの前に立つと、その外見に良い意味でも悪い意味でもマッチしている低くドスの利いた声で話し始める。
「えー、まずは陛下を始めとし、高名な先生方にご足労願い大変恐縮であります。私としましては先達の方と違って、大変有意義な話が聞けたように思います。」
そこでクロードは一旦言葉を切る。ブリスケン人民党の席から小さく嘲笑が沸き起こる。
更にクロードは続ける。
「では早速、本題に入らせて頂きますとこの『国家強靭化論』における骨子は公共事業における内需の拡大と医療・福祉関連事業への援助。それによって新たな雇用を創出する事。加えて、民間企業の雇用に対する規制を強め、同じ業種の企業間において雇用協定を結ぶ事によって、一時的に一定の雇用を生み出す事を中心に据えているように見られます。その論を提唱するにあたって、何故民間投資の規制を緩めるのではなく、公共事業の拡大なのか。何故、雇用を捻出するにあたって雇用に対する規制緩和でなく、規制を強めるのか。同じ業種間での雇用協定は、市場概念的に見て危険ではないのか。その点について、御三方の意見をお聞かせ願いたく思います。」
ほう、とウィリアムは思った。横にいる二人を一瞥する。アルフレッドが小さく頷いて立ち上がった。
「まず、この場に集まって頂いた皆様に知って頂きたい言葉に、『流動性の罠』という言葉がありましてこれが要するにどういう事かと申しますと、デフレにおいて規制をいくら緩和しようと民間投資は冷え込む、という事であります。通常でならば景気後退に際して、金融緩和を行うと利子率が低下することで民間投資や消費が増加します。しかし、投資の利子率弾力性が低下すると金融緩和の効果が低下するのです。更に、景気が回復しないからと利子率を下げ続けると、投機的動機に基づく貨幣需要が無限大となり、通常の金融政策が効力を失います。こう聞くと、難しい事のように感じるかも知れませんが実は単純な話で、要は景気が悪くなれば人はその中でも少しでも利益を上げようとしますが、更に悪くなれば今度は損失を抑えるように動きだします。そうなると利子率を下げなくてはならない。しかしそうすると回収できる利益は少なくなります。そうなると投資する側としてはリスクの高い民間投資をするより少しでもお金を溜め込もうと守りに入るために、民間投資は当然冷え込む、とまぁこういうわけです。」
アルフレッドは乾いた唇を少し湿らせて、一拍置く。
「この考えは、実は我々が『国家強靭化論』において提唱している国債発行による財源の確保と実はかかわりを持っていまして、国債の需要が高まっているというのも、実は民間投資の冷え込みにあるのです。流動性の罠は超短期に限らず長期債などの資産が全て貨幣と代替になって初めて起きるのですが、政策金利がゼロ制約にあったとしても、長期債の買い入れなどには実はまだ余地があるのですよ。つまり、安定した利益回収が見込める国債の需要が高まるというわけですね。ただ、やはりそうは言っても国債の金利は安いため、下手にばら撒きを行ってもそのほとんどのマネーは海外の経済がマシな国に投機マネーとして流れる可能性が高いです。そこで、我々としては今の民間投資に期待してそれらの援助に金を使うよりは政府が主体となって推し進められる公共事業の拡大を推進したいのですよ。民間投資が冷え込み、雇用が年々減少している今この時に、大型投資をする事ができるのは、利益を追求する必要の無い政府だけなのです。だからこそここに私は強く公共事業の必要性を提言致します。」
アルフレッドが席に着くのと入れ替わる形でジョゼフが立ち上がる。
「先程のプロフェッサー・シンの話に加える形で話をさせて頂きたいと思います。最も、言いたかった事は大方言われてしまったのですがね。私としては、公共事業の拡大に関して乗数効果の議論という観点から話をしましょうか。乗数効果というのがどういうモノか、というのを簡単に説明致しますと、えー。」
最近歳の所為か、物忘れが激しい。こういう時ジョゼフは顎を撫でる。顎を撫でていると不思議と思考が収束するのだ。
「そう、紅茶とシロップの関係であると、私は良く説明するのですが。要はカップに入れた紅茶にシロップを垂らす。するとシロップはカップの紅茶を甘くしながら下降していき、紅茶は全体的に程よい甘さになります。ところが、ストローか何かでカップの底にシロップを大量に入れてしまうとカップの底は濃い甘さで満たされますが、なかなか全体には行き渡らない。しかも底だけは甘すぎる。これが要するに乗数効果というモノで、有効的な需要を増加させればその投資額より国民の所得が大きく増え、結果的に税収が上がり、経済が回復する。というわけなのですが。こういったカップ全体に行き渡るようなシロップの使い方というのは民間企業では難しいのです。何故ならば企業経営者というのは企業の最大利益を追求する種族であって、決して全体の利益を考える人々では無いからです。そういった意味でも、やはり前述のプロフェッサー・シンが述べたように利益のみを追求する必要の無い政府が音頭を執る事が重要だと思います。」
ここで議員達の反応を見るために一拍置く。ジョゼフが見た感じでは、掴みは悪くないようだ。
「勿論、先程有効的な需要と述べましたが、当然不要な公共事業もあるでしょう。しかし、そこにおいて私はレジリエンス的な観点で以って、公共事業というモノを見て欲しいと思っています。いや、必要性があると言うべきか。このレジリエンスというのは、危機に対する適応力というような意味なのですが、これからの公共事業においては、そういった平時ではなく非常時を想定した見方が必要だと思うのです。例えば、ある山奥の集落にむかう道があったとしましょう。その道が一本しかないと何らかの災害…例えば土砂崩れ等が起きた場合、その集落はたったそれだけで孤立してしまう事になります。ところが、その集落にもう一本道があれば塞がれた道を復旧するための物資等も容易に運ぶ事ができます。そういった非常時を想定した投資、そういったモノは決して民間では行う事ができないと思っています。前に述べたように経営者という種族は、企業の利益を第一として動くからです。しかしながら、そういった考え方は往々にして効率化故の脆弱性を招く結果になる。だからこそ、利益を追求しなくても良い政府の、真の意味で国民の生活に帰着した政策が必要不可欠なのです。私からは以上です。」
続いて、最後にウィリアムが立ち上がる。
「前の二人が公共事業の必要性について、余が言う事が無いほどに述べてくれたので余は雇用協定について論述する事にする。ヴェルナール議員の論では、企業が提携し協定を結ぶ事に対する危惧が挙げられていた。成る程、確かに大手の企業同士が提携し市場を独占するかも知れないという危惧は然りである。しかしながら、実はここで政策として述べるまでもなく雇用協定というのは実は存在しているのだ、いや存在していた。では何故雇用協定が無くなってしまったのか。実はその原因は、八年ほど前に行われた企業雇用に対する規制緩和政策なのだよ。」
果たして先刻のマルクス議員にはこの程度の内容すら理解できないのではないか、と思いつつウィリアムは続ける。
「政府としては企業の雇用に対して規制を緩和する事で雇用の増進を図ろうと思ったのだろうが、結果としてその規制緩和は非正規の雇用者を爆発的に増やしただけだったのだ。考えてみれば当然で、企業の利益を追求する。ならば、少ない社員数で効率的に仕事を回す方が利益は大きく上がる。そこでブリスケンではここ二十年ほど民間企業でリストラの嵐が吹き荒れたわけだが、政府はそれに対して雇用の規制を緩和し、非正規雇用を受け皿にする事でリストラの嵐を乗り切ろうとしたわけだ。が、結果としてそれは企業の雇用意欲の減退に繋がり、雇用協定は非正規雇用者を雇うから不要と切り捨てる企業が増加した。更に、定職に就かず職を転々とするフリーターが増加した事で企業に入ってからのスキルアップが難しくなった。当然、定職に就けない人間は国家に金を落とす筈はない。税収は低下する。実に悪循環だ。加えて、ここ数十年、ブリスケンでは企業の競争力を高めるという名目の下、市場の競争を推進してきた。ある意味ではリストラの嵐の遠因と言えなくもないだろう。競争に勝つためには利益を上げなければならず、不況で生産が増えない以上はコストカットせざるを得なく、企業で最も金がかかるのは人件費なのだからな。」
ここでまた一拍置く。
「その様相は正に市場という土地を巡った戦争という言い方が一番しっくりくるように思う。自分以外の企業を叩き潰し、そこに路頭に迷う人間がいようとお構いなしでただ利益のみを追求して土地を広げていく侵略戦争だ。だが、考えてもみよ。コストをギリギリまで削減し、骨身を削ったような状態でそれでもなお戦う事ができるだろうか?大企業はまだ何とか立っているようだ。しかし、最早その身体は傷だらけの満身創痍である。これ以上、自由競争の名目で企業同士が戦い続けて居ればどうなると思う?簡単な話だ。そこには何も残らんのだよ。市場も、企業も、国さえもな。皆まとめて共倒れだ。同じ国の企業がお互い死ぬまで殺し合いをして、結果市場まとめて巻き込んで自滅するぐらいならば、まだ独占のリスクを犯す方がマシだ。平時ならば争っていてもなんと言う事はないのだがな。だが、今この大不況において企業が殴りあいを止めないのは非常に都合が悪い。休息が必要なのだ。誰にとっても、何にとってもな。この危機を乗り越えてなお企業同士が馴れ合いを続けるならば、それはそれでまた新たに政府が適宜介入すれば宜しい。それだけの事だ。」
ウィリアムが再び席に着く。室内は痛いほどに静まり返っていた。




