質疑応答その1、マルクスの場合
「それでは、これより質疑応答に移ります。」
その議長の言葉と共に、ややざわめいていた室内が一気に静まった。
「ブリスケン革新党、ミスタ・ブリヤード。」
静かに響いた宣言から一拍置いて、眠そうな表情をした議員が立ち上がる。
黄色い肌に禿げ上がった頭、体型は中肉中背の中年、マルクス・ブリヤードである。
ゆっくりとした動作でウィリアム達が座る横長の机に相対する位置に設置された卓へと歩み寄っていく。
そして備えつけられたマイクの前に立ち、「ンンッ。」と咳払いをして、話し始めた。
「エー、あい。どうも、宜しくお願いします。エー、この度は我々の増長を誅すべく陛下御自らこの公聴会にご足労遊ばされた事、慎んでエー、御礼申し上げさせて頂きます。つきましては、陛下が提唱なされた『国家強靭化論』について、エー、我々議員の意見を取り入れた上で予算案として組み込みたいとの旨で御座いましたが、エー、先程のウィリアム陛下の弁を聞くに、さし当たりいくつか重大な欠陥があるのではないかと、エー愚考する次第であります。」
室内にいる議員達が俄かにざわざわと活気立った。
「エー、まずこの『国家強靭化論』において、公共事業の拡大、特に福祉事業にエー、重点を置き雇用を捻出するとありますが、エー近年、毎年の予算案において何ゆえに公共事業を削ってきたか、それは公共事業に捻出する予算的な余裕が無いからで、あります。エー、しかしながら公共事業の拡大を計るという事は、その予算を捻出するために国民に対し、増税をしなければならないという事であります。が、このデフレの不況において、国民にこれ以上の出血を強いるのは傷口に、塩を塗るような行為である事はエー、明白であります。従って、この『国家強靭化論』における論拠は、その入り口において、エー、明確な矛盾を孕んでいると言わざるを得ないでしょうな。」
いつの間にか静まり返っていた室内に「パキッ」という音が響き渡った。メモを取っていた女性議員……ジェーンがペンをへし折った音だった。思わず振り向いた議員達に彼女は右手を上げて、「失礼。」とだけ言った。怒りの余り、思わずペンを持つ手に力が入り過ぎてしまったのだ。
流石にここまで頓珍漢な意見がくるとは思ってもみなかったのだろう。ウィリアム達三人は肩すくめて首を振っている。
まず以って、この『国家強靭化論』における骨子は国民が疲弊しきっている事を鑑みて、経済が回復するまでの間、政府がリスク覚悟で国債から予算を捻出するという所にある。つまりは、国民に増税を強いないためのプランなのだ。
自国通貨立てで貨幣を発行している以上、債務不履行が起こらないからこそできる強気の姿勢であるが、財源の目の付け所としては悪くない。
それを財源が無いからこのプランは実行不可能であると言ってしまう辺り、意見が如何に的外れであるかが分かるだろう。
実際、この配布された資料でも口頭説明でも何度も国債を発行する事による財源確保を説明していたのに、それすら読んでいないし、聞いていないというのだろうか。
この公聴会がブリスケン全土で中継されている事、彼と同じ政党である事を考えるだけで胃がキリキリする思いだ。こんな体たらくだから国民から税金泥棒の謗りを受ける羽目になるのではないか。
的外れな意見を論破され、嘲笑を受けながらすごすごと引き上げて彼の姿が見えるようで、そして数分後、それが現実のモノとなるにあたって、彼女はただ項垂れる事しかできなかった。




