昼のひと時
来る公聴会に向けて政治家達が水面下で策略を巡らせている頃、ウィリアムはグリュニアの寝所の一室で算盤を弾いていた。公聴会に向けて、更に具体的な数値を弾き出すためだ。
パチ、パチ、パチ。静かな部屋に算盤を弾く音が響く。
電卓という便利な物が存在するにも関わらず、彼は算盤を好んで使う。算盤を弾いていると、とても落ち着く。データを見て、数字を合わせる。単調な作業。彼はそれを苦痛には感じない。
そんな事を続けていると、コンコンと規則正しいノックが二回鳴った。恐らくエルザだろう。
「失礼します。」
カートを押しながらそう告げるエルザは、普段の給仕服ではなく宮内省の制服だ。今、寝所は普段より遥かに人の出入りが激しくなっている。理由は、寝所の外にある。
「まだいるのか?」
「はい、全く減りませんね。むしろ増えているぐらいです。」
その理由とはマスコミだ。親任式の一件が知れ渡るや否や、ウィリアムは今まででは考えられない程の報道陣に追い回される羽目になった。
考えてみれば至極当然だ。百年余りお飾りだった王が政治に対して初めて反旗を翻した。しかも、それが類稀な美貌の持ち主とあればメディアが食いつかないわけがない。
おかげで、ウィリアムは寝所に宮内省の設備を一部移して、公聴会に向けてのデータ整理を余儀なくされている。
慌しく宮内省の役人やら高名な経済学者達が寝所を出入りするのは自分のデリトリーを荒らされているようで正直余り良い気分ではないが、仕方ないだろう。
窓の外へと移した視線を部屋へと戻す。トレイの上には、淹れたてのコーヒーが湯気を上げていた。その横では、綺麗な直角三角形をしたサンドイッチが並べられている。
「余り手間をかけた物ではありませんが、一応お食事を用意しました。根を詰めすぎても効率が落ちるだけですし、休憩しては如何でしょうか?」
「そうだな、そうするか。」
算盤を脇にどけ、ペンを置く。
その間にエルザは、折りたたみ式の机と椅子をデスクの前に広げていく。そつの無い動作。
「どうぞ。」
「うむ。」
ウィリアムが椅子に座ると、食事を載せたトレイが差し出される。サンドイッチに手をつけようとした所で、止まる。
「そういえば、お前は食べないのか?」
「私はもう食事を摂りましたので。」
「そうか。」
言って、再度手をつける。
その時、「キュウゥ~」という間の抜けた音が部屋に響いた。
「・・・・。」
「・・・・。」
その後に訪れる、沈黙。勿論、ウィリアムの腹から出た音ではない。
ジト目でエルザの方を見上げる。
心なしか彼女の頬は紅潮しているように見えた。
「ふっ、くくっ。」
そんな様子にウィリアムは思わず吹き出してしまう。
対してエルザは少し恥ずかしそうにしながら
「早くお召し上がり下さい。」
「ぷふっ。」
その様子が何故かおかしくて、ウィリアムは声を押し殺して笑う。
そうしてひとしきり笑った後
「食え。」
短くそう言った。
だがエルザは首を振る。
「これは陛下のために用意された物、それを私が食すなどど・・・恐れ多くてとてもできません。」
「構わん、余はそれほど・・・空腹で腹が鳴るほど飢えてはいないからな。」
そう言ってまたくっくと笑う。どうやらツボに入ったようだ。
それでもエルザは手をつけようとしない。
「どうした?王の厚意を無駄にするつもりか?」
そこまで言って初めてトレイの上のサンドイッチに手をつけた。
ウィリアムはそれを笑いながら見ている。
公聴会まで、後一週間と少し。




