第55話 薄っぺらな罪と、狂気の創造主
庭の隅で、赤錆にまみれた焼却炉が冷たい朝霧に包まれている。
鑑識員が灰をすくい上げ、その中にあった人骨を袋に収めた瞬間、別荘の広間には耐えがたい死の匂いが満ちた。
田口が追い続けた先輩、山下敬司。
その最期が、この無骨な鉄の塊の中だったという事実が、その場にいる全員の背筋を凍らせた。
長野の捜査員たちに両腕を固められ、安達は床に座り込まされていた。
だが、その顔には微塵の恐怖もなかった。
それどころか、安達は喉の奥でヒクヒクと、吐き気を催すような笑い声を漏らした。
「……くくっ。山下敬司。あの『老いた怪物』を、まだ正義の味方だと思っているんですか?」
中島は安達の胸ぐらを掴み上げ、その顔面に刑事としての底知れぬ怒りを叩きつけた。
「ふざけるな……! 先輩は、お前のような人殺しを追っていたんだ。お前が先輩を殺し、あの炉で焼いたんだろう!」
安達は中島の拳を冷ややかな目で見ていた。
そして、狂気を煮詰めたような声で囁いた。
「あなた方、大きな勘違いをしていますよ。この完璧な防音の地下室……私のような若造に、一から設計して作れるわけがないでしょう? 監視カメラの死角、ガスの制御システム、そして何よりこの閉鎖的な構造。それは、卓越した捜査能力を持つ『プロ』の仕業だ」
広間を、鉛のように重く冷たい沈黙が支配する。
田口の顔から血の気が引いていくのがわかった。
「前に私が起こした殺人未遂事件。警察の追及から逃れていた私に接触してきたのは、定年退職したばかりの山下でした。彼は私を裁くためではなく、『匿ってやる』と言ってこの別荘へ連れ込んだんです。……そう、警察の看板を下ろした彼は、自らの内に飼っていた異常な欲望を満たすための『極上の遊び場』を、ここに作り上げていた」
安達の言葉に、中島の脳裏で何かが弾けた。
「そんなはずはない。先輩は……そんな人間じゃない!」
「あの老いぼれも、私と同類の『精神の破綻者』だったんですよ。……ですが、老いた体では私を押さえ込むことはできなかった。私は隙を突いて立場を逆転させ、あの男を、彼自身が作ったこの地下牢に突き落として鍵をかけてやったんです。……素晴らしい施設でしたよ。私はあの老いぼれが飢えて死ぬまでを特等席で楽しみ、そして、この完璧な『遊び場』を受け継いだというわけです」
安達の吐き出す言葉の一つひとつが、田口の信じてきた「刑事の魂」を粉々に砕いていく。
尊敬していた山下先輩は、正義の使者などではなかった。
法の番人という仮面の下に底知れぬ狂気を隠し持ち、犯罪者を匿っては己の欲望の餌食にしようとした怪物。
この地下牢を作り上げたのは、他ならぬ田口の師匠であった。
広間に漂うのは、安達の勝ち誇ったような呼吸音だけだった。
田口は膝から崩れ落ち、その手は泥で汚れた床を掻きむしった。
自分が追い求めていた間は、実は狂気の怪物を崇拝し続けただけの時間だったのか。
その絶望の深さは、外の冷気よりも遙かに田口の骨身を冷やしていた。
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