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最終話  灰に降る朝陽と、刑事の背中


 狂気の化身が連行され、山奥の別荘に訪れたのは、耳鳴りがするほどの重く冷たい静寂だった。


 赤錆にまみれた焼却炉の前。


 鑑識の捜査員から手渡された小さな透明の袋を、中島は両手で受け取った。


 中に入っていたのは、白い灰に塗れた数片の骨。


 それが、田口が自らの命を削ってまで追い求め、信じ続けてきた「正義の象徴」の成れの果てだった。


 玄関の冷たい土間に敷かれた毛布の上で、田口は車輪付きの担架に横たわっていた。


 泥と乾いた血に覆われた顔は酷く落ち窪み、息をするたびに胸が微かに上下するだけの、死に体のような姿だ。


 中島は静かに歩み寄り、冷たい土間に膝をついた。


「……田口さん。出ました」


 中島が差し出した袋を、田口は震える、無数の傷に覆われた両手で包み込むように受け取った。


 親指の腹で、袋越しに骨の感触を確かめるように撫でる。


 この男を救うために、田口は光の届かない地下牢で飢えと絶望に耐え抜いた。


 だが、その正体は、自分を地獄に突き落とした真の悪魔であり、あのおぞましい拷問部屋の創造主だった。


 信じていた正義も、刑事としての誇りも。


 すべてはこの一握りの灰のように、あまりにも脆く、刹那的な幻に過ぎなかったのだ。


「……馬鹿だな、俺」


 掠れた声が、土間に落ちた。


 田口の閉じられた瞼から、止めどなく涙が溢れ出した。


 泥に塗れた頬を伝い、土間の冷たい床へと吸い込まれていく。


 それは、尊敬する師を失った悲しみではない。


 自らの信じた道が根底から覆された途方もない虚無感と、どうしようもない人間の業の深さに対する、血を吐くような慟哭だった。


 中島は何も言わず、ただ田口の痩せ細った肩を強く、力強く握りしめた。


 慰めの言葉など、この泥だらけの世界には存在しない。


 ただ、この絶望を共に背負うことしか、中島にできることはなかった。



 不意に、開け放たれた玄関の向こうから、冷たくも透き通った風が吹き込んだ。


 夜が、明ける。


 木立の隙間から差し込んだ朝陽が、血と泥に塗れた凄惨な現場を、残酷なまでに美しく照らし出した。


 どんなに人間が醜い悪意をぶつけ合い、絶望の泥沼でもがき苦しもうとも、太陽は等しく昇り、世界を黄金色に染め上げる。


 その刹那の美しさが、今の二人には痛いほどに胸に沁みた。


「……帰ろう、中島」


 田口は骨の入った袋を己の胸に深く抱きしめ、ゆっくりと目を開けた。


 その瞳の奥には、絶望の淵で焼き尽くされた後になお残る、決して消えない炭火のような鈍い光が宿っていた。


 どれほど正義が薄っぺらで、泥にまみれた幻であろうとも。


 俺たちはこの朝陽の暖かさを守るために、這いつくばって生きていくしかない。それが、刑事という生き物なのだ。


「はい。帰りましょう。俺たちの場所へ」


 中島は立ち上がり、自らの背広についた泥を力強く払い落とした。


 担架が救急隊員の手によって押し出され、朝の光の中へと進んでいく。


 山道を下る警察車両の赤色灯が、朝靄の中で静かに点滅していた。


 あまりにも重く、救いのない真実。


 それでも二人の刑事は、泥だらけの背中を朝陽に照らされながら、確かな足取りで前へと進んでいった。



【公式主題歌】公開中 ➡ https://youtu.be/Y5NhXfwTIWk


【Tik Tok】https://www.tiktok.com/@kazuki6400/video/7632707464751795457?is_from_webapp=1&sender_device=pc&web_id=7588754456154867221



―完―

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